第12章 主様の為の正装
第12章 主様の為の正装
「……おまえ、その格好」
「主様、お背中を……」
「いや、……待て。どこでそんな情報を仕入れたんだ」
「……えっ、違うのですか?」
湯気の中に立つ彼女の姿は……。
手にはオーガニックシャンプーの詰め替えを持ち、紺色のスクール水着にシャンプーハットという、人類の歴史上あり得ないコーディネートだった。
水着の胸には白布でデカデカと『佐藤』の文字が縫い付けられている。
先ほどのドアの音の正体は、これを強制徴収してきた音だったのだろう。
「年頃の男性は、スクミズなるものが好物であると……」
「ふんっ、オトよ、やはり正装以外は壊滅的じゃのう」
「そんなことありません。先ほど主様の端末で『水場における、現代男性の至高の正装』についてリサーチを……」
「人のスマホで何を検索してるんだよ。また、オススメ欄に変なの出るだろ」
最近、俺のスマホは、『取り寄せご当地スイーツ』や『メイド服』の広告がやたら出てくる。
その場でオトが崩れ落ちた。
その後ろで、高笑いをするエヒメ。
「お前ら二人とも……今すぐ、風呂場から出ていけ!」
風呂から上がると、ベッドの上にドカッとあぐらをかいたエヒメと、スクール水着のまま床に正座するオトの姿があった。
オトの手には、申し訳なさそうにシャンプーハットが握りしめられていた。
「ククク……オトよ、そんな格好で正座など衣服への侮辱じゃぞ」
「お前は昔から『他人が決めた格式』の中でしか生きられぬやつじゃ。型ばかりにこだわって中身を置き去りにするから、そうやってネットの文字面に踊らされるのじゃ」
「織恵の私物を分捕ってまで『至高の正装』と信じ込むとは……滑稽が極まっておるわ!」
「エヒメ、そんなにオトをいじめるなよ」
「……オト、まずその佐藤さんの水着を着替えろよ。というか、何でまだ着てるんだ」
「……主様、お優しい言葉ありがとうございます」
「この主様の為に織恵より徴収した、大好きなスクミズは主様に差し上げます」
「……エヒメ。続けていいぞ」
エヒメは完全にマウントを取ったかのように、俺にはよく分からない説教を続けた。
オトは悔しそうに唇を結びながらも、黙って姉の説教を聞いていた。
姉であるエヒメの方が『衣縫部』の世界、アパレルの神々の中では圧倒的に格上の存在なのだろうか。
オトの行動の意味は……俺には分からないことばかりだった。
「……主様、主様。朝でございます」
オトの声で目覚める。
彼女の丁寧な起こし方には、悪い気はしなかった。
「紡、起きたか。そろそろベッドを空けろ」
「エヒメ……昼夜逆転生活やめろって」
「何を言うのじゃ、一つの寝床を時間で分ける。これほど効率的なことがあるか」
「駐車場のシェアリングサービスみたいに言うなよ」
——そういえば、オトはどこで寝ているのだろう?
いつも俺より遅くまで起きていて、朝は俺より早く起きている。
彼女の寝ている姿は見たことがなかった。
彼女は文字通り、謎多き美女だった。
しかし、彼女は俺のネクタイを選び、『朝の身支度』をしてくれている。
フォーマルに妥協を許さない彼女の性格なのだろうか。
「オト、ありがとう」
「わたしの主たるもの、だらしない身なりは許しません」
オトは俺のネクタイの位置を直しながら、キリッとした顔になる。
「……姉やお前はいいのか」
「くくっ、紡よ。もう飼いならされたか」
「主様、これをお忘れにならずに」
すっと美しく気品のある動作で手渡されたのは、綺麗に折り畳まれた、佐藤さんのスクール水着だった。
「こんなもん、持って会社にいけるか! 途中で職質されたら一発で社会的生命が破滅するわ!」




