第117章 四姉妹の結び目
第117章 四姉妹の結び目
大島からフェリーで本土へと戻ってきた頃には、昼時を迎えていた。
港に降り立つなり、エヒメが嬉しそう周囲を見渡す。
「ふむ、本土の空気も良いものじゃな。……さて紡、昼飯は何にする? 海鮮も良いのう、それとも宗像牛のステーキもそそられるのじゃが」
その言葉に、俺の背中に冷や汗が流れた。
一昨日は京都でクレハとステーキを食べ、昨日は神湊でアナハと豪華な海鮮料理で腹を満たしたのだ。
これ以上そのジャンルを続けたら、財布が消滅するだけでなく、色々と秘密が厳しくなる。
「い、いや、エヒメ。せっかく福岡に来たんだし、博多ラーメンとか良くないか?」
「博多ラーメンとな? ふむ……。そうじゃな、海鮮は夜のお楽しみに取っておくとするか!」
エヒメがこくりと頷くのを見て、俺は胸を撫でおろした。
地元の有名店へと滑り込み、運ばれてきた濃厚な豚骨スープと細麺をすすりながら、俺たちはこれからの行動について机を挟んで声を潜めた。
「それで、どこに向かう? 八幡様も湍津姫様も、オトはもう宗像に来てるって言ってたけど……」
俺が尋ねると、クレハが麺をすすり終えて口を開いた。
「やっぱり、『宗像大社』の辺津宮やろうか?」
「大きい神社なら、織幡神社もありますわ」
アナハがレンゲを置きながら付け加える。
だが、俺はラーメン屋の席でスマホの地図画面をじっと睨みながら、首を横に振った。
「いや……そもそも、神社として今も大きく残っている場所だけとは限らないぞ。もっと俺たち四人に直接関係のある……」
画面をスクロールさせ、宗像の市街地から少し外れた場所にある、小さな神社のピンに目が留まった。
その詳細説明のテキストを読んだ瞬間、俺の指が止まる。
「……これか」
「どうしたん、紡くん?」
「ここだ、『縫殿神社』。……説明に『縫媛四姉妹を祀る』って書いてある」
その言葉に、三人の箸がピタリと止まった。
呉織、穴織、兄媛、弟媛。
かつて大陸から織物の技術を伝えるために日本へ渡ってきた、四人の織姫。
「ふむ……紡。おぬしが言うなら、間違いなくそこが結び目じゃな」
エヒメが真剣な目を俺に向ける。
「よし、場所は決まりだ。ただ……ルートを調べたら、最寄りのバス停から徒歩三十分って書いてあるな……」
俺が少し身構えて言うと、クレハが笑った。
「バス降りてすぐなんや」
「クレハ、お前の基準で言うなよ……」
「主様、『案ずるより産むのは年八回』ですわ。行ってみましょう」
「それはハツカネズミだよ……」
アナハに促され、俺たちはラーメン屋を後にした。
博多ラーメンで満たされたお腹とは裏腹に、俺の胸は見つけたオトの影に向けて、静かに高鳴り始めていた。
縫殿神社の最寄りのバス停へと降り立つ。
周囲にはのどかな風景が広がっていたが、目指す神社の方角を見据え、エヒメが小さく息を吐いた。
「では、行こうか」
「そうだな。行くか、オトのところに」
歩き始めてしばらくすると、のどかだった景色は一変した。
道幅は急激に狭くなり、俺たちはいつの間にか鬱蒼とした山の中へと足を踏み入れていた。
木々が陽の光を遮り、昼間だというのに妙に薄暗い。
不意に、先頭を歩いていたクレハの足がピタリと止まった。
「どうしたんだ、クレハ?」
「……紡くん、あいつかもしれんわ」
「あいつって?」
「ほら、和歌山で会ったやろ。あの未練の布……『機尋』や」
その名を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
ガサリ、と不自然に木々が揺れ、俺たちの目の前の空間を、蛇のようにうねる布の怪異が音もなく横切っていく。
「いけませんわ!」
暗い森にアナハの声が響いた。




