第113章 神選
第113章 神選
新幹線に飛び乗り、博多からさらに電車を乗り継ぎ、最後はバスに揺られることしばらく。
俺たちが辿り着いたのは、大島へと渡るフェリー乗り場のある、福岡県宗像市の神湊だった。
バスを降りると、目の前には夕日に赤く染まった広大な玄界灘が広がっていた。
「うわぁ、海やで!」
「明日は泳ぎで競争だね」
はしゃぐクレハを綺麗に無視して、俺は海の向こうを見つめた。
「……明日、フェリーで渡ろうな」
いつもの計画性のなさのせいで、昨日の京都では野宿しかけるという大変な目に遭った。
その反省を活かし、今回は新幹線の中でスマホを叩いて、神湊の近くにある安いホテルをなんとか確保してある。
この先の九州旅がどれほど長引くか分からない。
心もとない俺の財布と相談した結果、食事なしの『素泊まりプラン』にした。
ホテルに荷物を預けた俺たちは、夕食を求めて近くの地元の店へと足を運んだ。
宿泊代を極限まで抑えたというのに、目の前に運ばれてきたのは、美しく盛られた新鮮な地魚を使った料理だった。
「うわ……すごいなこれ。さすが、玄界灘の海の幸だな」
一切れ口に運ぶと、信じられないほどの弾力と旨味が広がる。
宿泊費をケチって浮いたお金で、結果的にとんでもなく豪華な夕食になってしまった。
「うん、美味しいわぁ!……新鮮な神饌やな」
クレハが幸せそうに声を弾ませる。
「神様ギャグか……」
俺が思わずツッコミを入れた。
アナハは箸を止めると、熱を帯びた怪しげな視線をじっと俺に向けてきた。
「今晩はわたしをお召し上がりになって、心洗なお心にさせてあげますわ。主様?」
京都での『内緒』の一件をまだ完全に引きずっている、夜のお誘い。
いつもの破壊力に心臓を跳ね上がらせながらも、俺は必死にポーカーフェイスを維持して言い返した。
「だ、大丈夫だ、ここで腹いっぱい食べておくから……」
物理的な満腹を理由に全力でスルーを試みる。
——服を縫い合わせる針線の神が言うなよ……
美味しい料理のおかげで、その場の空気は別の意味で熱を帯び始めた。
ホテルに戻り、大浴場で旅の疲れを流した俺たちは、備え付けの浴衣に身を包んで明日の作戦会議を開いていた。
スマホの画面に表示された大島の情報を睨みながら、俺は小さく息を吐く。
「『神宿る島』か……。ついに、ここまで来てしまったんだな」
ユネスコの世界文化遺産にも登録されている大島。福岡県指定文化財にもなっている中津宮の本殿。
画面越しからも伝わってくるその歴史の重みに、自然と背筋が伸びる。
「なあ、アナハ。やっぱり、エヒメを迎えにまずは厳島神社に寄った方が良かったんじゃないか?」
「心配には及びませんわ、主様。お相手はあの湍津姫神ことですもの。エヒメ姉様は、もう大島に連れてこられていると思いますわ」
「そうやね。姉様はめちゃくちゃ可愛がられてたしな」
クレハが髪を拭きながら頷く。
「だけど、宗像に来たはいいものの、ウチは正直ここからどうしていいか分からへんし……」
「問題は、宗像のどこに行けばオトに会えるか、だな」
「そや。それを聞くためにも、まずは湍津姫に会わんとな」
クレハの言葉に、アナハがふっと不敵な笑みを浮かべた。
「いざとなれば、あの方ならいつでも目の前に呼び出すことも可能ですから。まずは島に渡ることですわ」
「よし、明日は早いし、もう寝るぞ」
話がまとまったところで、俺たちは部屋の照明を落とした。
少し離れた場所に、三つ並べて敷かれた布団。俺は何も深く考えず、無意識に右端の布団へと腰掛けた。
すると、その布団の主であるアナハが、すかさず隣に滑り込んできて妖しく微笑んだ。
「あらあら、主様。口ではあんなに拒んでおきながら、結局はわたしのお布団をお選びになったのですか?」
「あ、違う! そうか、ここはアナハのスペースか!」
慌てて立ち上がり、今度は逆の左端の布団へと移動する。
すると今度は、クレハが布団の中から悪戯っぽく首を覗かせてニヤニヤと笑いかけてきた。
「そこ、ウチの布団やで、紡くん。……もしかして、また『内緒』の寝方したいん?」
「クレハ、お前までからかうなよ!」
右を見ても左を見ても、完全に姉妹の術中に嵌っている。
「さあ主様、選んでください」
「そやで、紡くんはどっちで寝るん?」
逃げ場を失った俺は、真ん中の布団へダイブしながら叫んだ。
「神選か! 俺は真ん中で寝るよ」
最後には少し離れていた布団は、ピタリと引っ付いた。




