第111章 結び目
第111章 結び目
「人の子よ。お主は、どうしたいのじゃ?」
八幡様の問いかけに、俺は迷わなかった。
「俺は……オトともう一度話したいです。アイツの本音を聞きたい」
「八幡様、わたし達姉妹も同じ気持ちです」
クレハも俺の隣で、真っ直ぐに八幡様を見上げる。
二人の覚悟を見届けるようにじっと見据えていた八幡様は、やがて満足そうに、低く笑った。
「そうか。では……宗像へ行け」
「……宗像」
「そこに、すべての糸の結び目があるはずじゃ。行きおれ、人の子よ」
再び、激しい風が展望所を駆け抜ける。
次に目を開けたとき、目の前にはただ朝日に輝く京都の街並みと、いつもの私服に戻ったクレハの、引き締まった横顔だけが残されていた。
「はあー、緊張したわぁ……!」
展望所の柵に寄りかかり、クレハが大きく息を吐き出しながら肩の力を抜いた。
「俺もだよ。心臓が止まるかと思った……。だけどクレハ、八幡様とは昔馴染みだって言ってただろ? なんでそんなに緊張してたんだよ」
「当たり前やん! ウチが緊張したのはな、紡くんが神様の前で変なこと言うて、八幡様に『ハツカネズミ』にでもされへんかと心配したからや!」
「ハツカネズミって……どんな罰だよ」
スケールの大きい神罰なのか、それとも妙に具体的なのか分からない例えに俺が苦笑した。
「まだ、ドキドキしとるわ。ほら」
クレハはと、躊躇いもなく俺の右手をとった。
そして、自分の胸の真ん中へと、俺の手のひらをぐっと押し当てた。
「ちょっ……! おっぱ……っ!?」
柔らかい感触が手のひらを通して脳を直撃し、俺は完全にフリーズした。
あまりの事態に、今度は俺の心拍数が限界を突破して跳ね上がる。
俺の右手首を掴んだまま、クレハが不思議そうに目を丸くした。
「あれ? 紡くんの脈の方が、ウチより圧倒的に速いな?」
「そ、そうだろ……っ! ハツカネズミの心拍数はな、毎分五百回なんだ……! これ、本当に内緒だぞ!」
完全にパニックに陥った俺の口からは、自分でも訳の分からない『どうでもいい雑学』が、勢いよく飛び出していた。
クレハは一瞬きょとんとした後、いつもの悪戯っぽい笑顔に戻って俺の手を離した。
男山を駆け下り、梅田へと向かう『おけいはん』京阪電車の車内。
揺れるシートに並んで腰掛けながら、俺たちは八幡様から告げられた言葉について頭を巡らせていた。
「宗像って……やっぱり、福岡の『宗像大社』のことだよな?」
俺がスマホの画面を睨みながら尋ねると、クレハも真剣な表情で頷いた。
「そうやね。ただ、宗像大社って言うても、九州本土にある『辺津宮』だけやなくて、大島にある『中津宮』、それに沖ノ島の『沖津宮』もあるからな」
「そうか。どのみち、エヒメも迎えに行かなきゃならないしな」
俺が覚悟を決めてそう言うと、クレハは嬉しそうに、けれどどこか頼もしげに微笑んだ。
「うん! まずは大阪に戻って、アナハと合流やね」
オトの本当の願いを知った今、俺たちの進むべき道は一つだけだった。
大阪で待つアナハを迎え、俺たちは、すべての始まりの地である九州へと向かう。




