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神様たちと紡ぐ日々~忘れないでくれ~  作者: 空白朔名


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第108章 人としての終わり

 第108章 人としての終わり


 その一室に足を踏み入れた。


「わあ、前に泊まった旅館と全然ちゃうなぁ!」


 クレハが部屋を見渡して、無邪気に歓声を上げる。


「そ、そうだろうな……」


「ベッドもめちゃくちゃ大きいで!」


「そ、そうだろうな……」


 部屋中を興味津々で見渡すクレハ。

 その視線が、部屋の奥にあるの浴室へと向く。


「お風呂も、紡くんのところのやつより全然大きいわぁ!」


「そ、そうだろうな……」


 さっきから同じ相槌しか返せない俺を見て、クレハが不思議そうに首を傾げた。


「紡くん、なんかさっきから様子が変やで? 顔も赤いし、大丈夫?」


「だ、大丈夫だ。なんでもない」


「そうか? じゃあ、ウチお風呂入ってくるわ!」


「……うん。ゆっくり入ってくれ」


 ようやくクレハは浴室に向かった。

 俺は密かに胸を撫で下ろした、その時だった。

 クレハが脱衣所のドアに手をかけたまま、振り返ってとんでもないことを言い出した。


「あ、ねえ紡くん。お風呂大きいから、一緒にはいる?」


「ひ……一人で入れよ」


 心臓が跳ね上がるのを必死に抑えた。

 相手は人間の大人の事情なんて知らない、純粋無垢な神様なんだ。

 意識してはいけない。邪念を捨てるんだ。

 そう自分に言い聞かせるように、俺はぶんぶんと激しく頭を振った。


 ——そうだ、明日だ。明日の事を考えよう。

 明日、夜が明けたら石清水八幡宮へ行って、八幡様に会う。

 そして、オトの居場所を絶対に聞き出すんだ。

 エヒメを安心させるためにも、俺はここで立ち止まっている場合じゃ……。


「紡くん、見て見て! このお風呂、下からブクブクって泡でてくるわ! すごいなぁこれ!」


 浴室のドアの向こうから、クレハのはしゃぐ声が響いてくる。

 泡が弾ける音。脳裏に浮かびそうになる映像を掻き消すように、俺はソファに突っ伏して、全力で自分の頭を掻きむしった。


 ——早く明日になってくれ……っ!!



 やがてクレハが風呂から上がり、交代で俺が浴室に入った。

 自宅のお風呂では全く気にならなかったのに、ドアを閉めた瞬間、『さっきまで、彼女がここに居た』という事実が猛烈に押し寄せてくる。

 それだけで、俺の頭はまたどうにかなりそうだった。


「八幡様だ! 明日は八幡様に会うんだ!」


 必死に冷水を頭から被るような気持ちで、明日のシリアスな目的を考えようとする。

 その時、脱衣所のドアがガラリと開いた。


「紡くん、泡のボタンわかる?」


「わかる! わかるから! 頼むから閉めてくれ!」


 湯気の向こうから必死に叫ぶ俺に、クレハはケラケラと笑う。


「ふふ、ボタンわからへんで、またさっきみたいに泣いてるんかと思たわ」


「そんなことで泣くか!」


 風呂を上がり、服を着込んで部屋に戻る。

 クレハはすでに大きなベッドの上でごろんと寝転がり、大画面のテレビを見ていた。

 しかし、その画面に映っていた映像を見て、俺は文字通り飛び上がった。

 あろうことか、大人のチャンネルが堂々と流れていたのだ。


「お前、何見てるんだよ!?」


「ん? リモコンのスイッチ入れたら勝手にこれやっとったんや。……なぁ、これ、あれやろ?」


 ベッドの上で頬杖をついたまま、クレハがじっと画面を見つめている。

 俺はあまりの気まずさに言葉が詰まった。


「……これ、『子作りチャンネル』やろ?」


「まあ、間違ってはない……けど、早く消せよ!」


「ふふ、そんなに慌てんでもええよ。ウチもな、もとは人間や。これくらいのこと、ちゃんと知っとるで」


「ああ……そうだったな」


 俺が少し冷静さを取り戻して呟くと、クレハはテレビの画面を消し、静かに天井を見上げた。


「ウチとアナハはな、人間としてはもの凄く長生きやったんや。すごくね……百歳くらいまで生きたんやで」


「ひ、百歳!?」


「うん。それでな、ウチが死んだ次の日、アナハも後を追うように息を引き取ったんや」


 俺はベッドの上にいる彼女の姿をまじまじと見つめた。

 瑞々しい肌に、柔らかな髪。

 どう見ても二十歳前後の、一番美しい盛りの女性にしか見えない。


「じゃあ、その姿は……」


「これは、人々がウチらを信仰してくれたことで定まった、象徴的な姿やな。なんや、百歳のお婆さんの姿の方が良かった?」


「いや、そんなわけないだろ。……そっか、二人は長生きしたんだな」


「そう。長く生きて、民衆に機織りを教えてな、死んだあとに神様として祀られたんや。……でもな」


 クレハはそこで言葉を区切った。

 その横顔に、夜の闇に溶けてしまいそうなほど深い寂しさが広がる。


「オト姉様は……ウチらと違って、すごく早くに亡くなられたんや……」


 静まり返ったラブホテルの室内で、その言葉だけが、重く、切なく響き渡っていた。

 

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