第107章 二人だけの秘密
第107章 二人だけの秘密
石清水八幡宮の鳥居の前に、俺たちは立ち尽くしていた。
漆黒の闇に包まれた神域の入り口には、無情にも一枚の立て札が掲げられている。
『時間外立ち入り禁止』
「……そうだろうな……」
俺はがっくりと肩を落として呟いた。
夜間の参拝時間外になれば当然、門は閉まる。
「なんや、紡くん。ケーブルカーに乗りたかったんか?」
「……違うから。そうじゃなくて、時間外だから入ったらダメなんだよ」
「内緒で入ったらええやん?」
クレハはあっけらかんとした調子で夜空を見上げる。
宮島での別れから、完全に冷静さを欠いていた。
勢いだけで夜の京都まで来てしまったものの、己の計画性のなさに、後悔が押し寄せてきた。
「はぁ……。まあ、とりあえず飯でも食うか」
わざわざ大阪から付き合ってくれたクレハを空腹のままにするわけにもいかない。
俺はスマホで店を探し、少し奮発して、近くの本格的なステーキの店へとクレハを連れて行った。
「わあ、お肉めちゃくちゃ柔らかい! 紡くん、これ最高やわ!」
目の前でジュウジュウと音を立てる極上のステーキを前に、クレハは目を輝かせて大喜びしている。
その弾けるような笑顔を見ていると、出費の痛みも綺麗に吹き飛んだ。
「喜んでくれてよかったよ。……内緒だぞ?」
「ふふ、わかってるって」
クレハは悪戯っぽく笑う。
二人だけの秘密ができたようで、少しだけ胸がくすぐったかった。
お腹がいっぱいになったところで、今夜の泊まる場所を探し始めたのだが、驚くほど見つからない。
急な当日予約な上に、夜も遅い。
スマホの画面には『空室なし』の文字が冷たく並ぶ。
「弱ったな。近くの駅まで戻って探すか……。最悪、大阪まで引き返した方が確実かも」
俺が頭を抱え、駅に向かって歩いていると、クレハが俺の袖を引っ張った。
「ここでええやん」
「え? 」
クレハが指差す先を見上げて、俺は完全にフリーズした。
そこにそびえ立っていたのは、夜の闇の中に、きらびやかな照明を妖しく輝かせている……どう見ても、そっち系のホテルだった。
「……クレハ、ここがどういう場所か分かって言ってるのか?」
「ん? 泊まるお部屋があるとこやろ? 泉質とか料理とか、細かいことは気にせんとこ!」
クレハには、大人の事情や『ラブホテル』という概念など一切関係ないらしい。
純粋無垢な瞳で俺の手を引こうとする。
これ以上夜道を彷徨うわけにもいかない。
俺は完全に諦めの境地に至り、天を仰いだ。
「……分かったよ。行くよ……。でもな、クレハ」
自動ドアをくぐる直前、消え入りそうな声で呟いた。
「これ、本当に……内緒だぞ……」
「うん、ええよ!」




