8.もうひとつの五年間
私が聖女として五年前の世界に召喚されてから、二週間が経った。
「どうしてだ……?」
神殿の奥にある箱庭のガゼボで私と一緒にお茶を飲んでいたヴィクトル様は、公爵家から送られてきた手紙を読んで頭を抱えている。薄々その内容に予想がつく私は、答え合わせをするのみだ。
「何かあったのでしょうか?」
「いえ。結婚を中止したはずなのですが、妻になる予定だったはずの人が、なぜかグランティス公爵家に残って馴染んでいると。弟は聡明な先生だと慕い、先週は使用人たちが主催する盛大な歓迎パーティーが開かれたと」
ありましたね、そんなこと!
懐かしい思い出に浸りつつ、この世界には確かにもう一人の私もいるのだと実感する。そして、私が経験したのと全く同じイベントが起きていることを踏まえると。
おそらく私が16歳から21歳になるまでの五年間、旦那様が聖女だと慕っていたのは間違いなく五年後の私だったのだと思う。というか複雑にこんがらがっていて、自分でも意味がわからないし意味不明だけれど、現実にそういうことが起きていたのだ。
けれどまず、声を大にしていいたい。自分が二人存在しているってどういうこと!? 大司教様が最後の力を振り絞っての召喚だったのと、五年後の失恋傷心ヴィクトル様が唱えた呪文のせいでこんなことになっているみたいだけど、あまりにも事故すぎない……?
そして大きな疑問がもう一つ。
ガゼボの横には噴水がある。そこに映る私は確かに二十一歳。ヴィクトル様は十八歳。私が年上なのもあって、ヴィクトル様はずっと敬語で話している。加えて、聖女に対する敬いの姿勢と距離感を崩さない。
ここから一体どうやって恋愛関係に発展するのでしょうか……?
いや、そうならない可能性もあるとは思うし、個人的にはそうだと信じたい。だけど、あの落ち込みっぷり。何もなかったとは思えません……!
「一度、おうちにお帰りになってみてはいかがですか?数日でしたら私も困らないですし」
「なりません。聖女の聖騎士として選ばれた以上は、あなたのそばを離れるわけにはいきませんので。これは国家からの重要任務です」
「そうですか……」
やはりこういう事情で家に帰って来られなかったのは間違いないようだ。
それにしても、聖女の力は十年ぐらいは持つと聞いた。けれど、ヴィクトル様は五年後に公爵家に戻ることになる。
つまり、予定よりも早く新しい聖女が召喚されるか、ヴィクトル様が聖騎士としてお役御免になったことになる。どちらなのだろう。気になって問いかける。
「もし私があなたとの契約を解除すると言ったらどうなりますか?」
「聖女セレーネ様を召喚する魔法陣には、私の名前が刻まれていました。これは大司教様の召喚がうまく噛み合わなかったことによるものと思いますが、あなたの力がある限り、私たちの契約が破棄される事はありません」
「なるほど」
私とヴィクトル様が結んだ契約は想像以上に強い効果を発揮しているものらしい。じゃあ、どうして五年後にヴィクトル様は帰ってくることになるのだろう。それにあの落ち込みっぷりもすごく気になるところで。
……その辺りは追々考えよう。だってまだ五年もあるんだもの。
とにかく、こんなふうにいろいろな疑問を抱えながら、私とヴィクトル様は二人で協力して聖女と聖騎士としての仕事をこなしていった。
ずっと、本当にずっと、本当に五年間毎日ずっと一緒だった。
神殿の奥で日課のお祈りをするときにはいつも私の背後にヴィクトル様がいたし、本当は任務以外で箱庭から出てはいけない規則になっているけれど、私が暇すぎて瀕死になっているのを察してお忍びで街に連れ出してくれることもあった。面白かったのは、私がえらい人に治癒魔法を使うことになったとき。ヴィクトル様は私以上に緊張していて、魔力を受け渡すために握っている手が震えていた。本当に笑ってしまう。同時に、殺気も感じていた。えらい人の側近は、もし治癒魔法を失敗したら私を殺すつもりだったのだと思う。けれど、ヴィクトル様は間違いなくその前に彼らを仕留めるつもりだった。目が本気だった。聖騎士が王族を殺してはまずいので、絶対に治癒魔法を失敗できない私が結局一番緊張した。
聖女になって初めて、国民には何も知らされていなくても、聖騎士や聖女が暗躍して国の平和を守っていたことを知った。枯れた土地を復活させるための旅にも出たし、魔物の討伐もした。私は聖女の魔法しか使えなくて、いつも皆の足手纏いだった。そんな反省を伝えられても皆困ると思うので私は何も言わずひたすら治癒魔法をかけるだけだったけれど、私に魔力を渡すため握る彼の手はいつも温かくて優しくて、安心した。ヴィクトルはいつだって、私の聖騎士だった。聖女の魔力量は少ない。それでいて、魔力を使いすぎると聖女としての寿命を縮めるばかりか、命にかかわる事態にも発展する。いつからか、ヴィクトルはそのことを甚く気にするようになった。そして、私を見つめる瞳が熱を帯びるようになった。それは私も同じことで。ああ、二人はこうやって想いあうようになったんだな。自分のことなのに、どこかふわふわとして現実のものと思えない自分がいた。
私はといえば、五年後に何があるのかわからないままだった。とにかく、ヴィクトルには何があってもごはんだけはきちんと食べるように言った。その度に、ヴィクトルは私を『行きすぎた食欲の聖女』と呆れた目で見た。解せない。
そうして、私が聖女として召喚されてから、もうすぐ五年が経つ。





