7.白いドレスの秘密
魔法陣に名前が刻まれていたことから、当然のように私の世話役はヴィクトル様に決まった。この選定が不本意だったらしい彼は、わかりやすく不満を表明する。
「……私は明日結婚する予定でした。あなたの世話役はほかの聖騎士が務めるはずだったのです。元々、そういうことで話がついていました」
「結婚していると聖女の世話役はできないのですか?」
「はい。ここからは教会の機密事項ですので口外禁止です。聖女と聖騎士は一心同体。聖女が召喚されれば特定の聖騎士と契約を結び、聖騎士は聖女ただ一人に尽くすことになります。それは身の回りの世話などだけでなく、聖女としての実務においてもそうです」
そうして、ヴィクトル様は心底面倒そうに説明してくださった。
聖女は定期的に大司教によって召喚されること。神殿の中に作られた箱庭に住み、力を失うまでは任務を除いてそこから絶対に出られないこと。平和を祈って毎日を過ごし、傷ついた人間がいれば癒し、瘴気に冒された土地があれば浄化すること。聖女は魔力量が少なく、大きな魔法が必要なときは、一心同体の聖騎士から魔力をかりて使うこと。大体は、十年間ぐらい聖女を務めることになること。王宮勤めの人の100倍、給金がもらえること。
「お給金、100倍ですか?」
「聖女らしくないな……」
「すみません」
うっかり興味を示してしまった私に、ヴィクトル様は戸惑いの視線を送ってくる。クールなお顔にほんの少しだけ人間らしさがのぞいている。あれ、一度だけこんなお顔を見たような。そうだ、お屋敷に五年ぶりに帰ってきて、ルキウスの出迎えを受けたときに一瞬見せたお顔だ。
もしかして、本来はもっと人間味があってお優しい人なのかもしれない。
そんなことを考えていると、ヴィクトル様はため息をついた。
「……明日、私は顔も見たことがない相手と結婚する予定だったのです。お相手はブリュンティア王国の第十二王女です」
「あっ、えっ、何番目なのかちゃんと覚えてるんですね!?」
「? 当然でしょう。妻となる人ですから」
正直、自分でも『末席王女』と自称しているぐらいなので、彼が知っていてくれたことにびっくりしてしまう。
この調子で私も自分のことを明かしたい……と思ったのだけれど、先ほど同様、五年後から召喚されたことや、自分が隣国の末席王女リスティアであることを明かそうとすると、声は出なくなるし口も動かなくなる。
それなら文字で……と思ったのだけれど、私が『真実』を書いた文字はなぜか違う意味の文章に書き変わってしまうようだった。不思議すぎる。
けれど、ヴィクトル様も私がはるか遠い場所から召喚されたことは雰囲気で理解しているようだった。心底申し訳なさそうに伝えてくる。
「このような召喚になったのは、大司教様がご高齢でご病気のせいかと思われます。聖女セレーネ様には遠方から来ていただいて申し訳ありませんが、この国の平和のため、どうかご尽力いただきたい」
そう言って頭を下げる姿は、まさに国民が想像する『英雄、ヴィクトル・グランティス』だった。後光が差して見え、神々しさすら感じてしまう。
そっか。こういう事情があったんだ。だから、ヴィクトル様は五年間一度も家に帰らなかった。
そして、『結婚する予定だった』と二度も繰り返したことから察するに、ヴィクトル様は末席王女である私をきちんと受け入れようとしてくださっていたのだ。事情を知ってしまった私は、16歳の自分を慮る。
「私の世話のため、私が聖女である限り家に帰れないのって不便ですよね」
「いいえ、私の結婚は政略結婚です。家のことは両親がやるでしょうし、式を挙げる前に婚姻を中止すれば婚約者は傷物にならなくて済む。不幸中の幸いでした」
ああ。ヴィクトル様はここまで考えてくださっていたのに、居座ってしまった自分が本当に申し訳ないです。あとで事実を知ってショックを受けませんように。
というか、今私は21歳の体ごとここにいる。けれど、結婚式を翌日に控えた16歳の私もこの時代にきちんと存在しているのかな。
そんなことを考えていると、ヴィクトル様は紳士らしく言うのだった。
「まず、着替えをお持ちしましょう。随分めずらしいお召し物を着ていらっしゃいますね。その格好では寒そうです」
「あ、なるほどです」
「?」
「いえなんでも。こちらの話です!」
思わず漏れ出た心の声を隠すように、私は笑った。きっとヴィクトル様は、聖女が召喚されたときにこの白いナイトドレスを着ていたことを覚えていらっしゃったのだろう。だから脱がせようとしていたし、白いドレスを屋敷から消し去ったんですね、旦那様?
……私が、聖女としてどこかに連れて行かれないように。





