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はじめまして、聖女に振られた旦那様  作者: 一分咲


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3/11

3.旦那様の帰還(……ですがボロボロです)

 信じられない。


「五年も帰ってこなかったのに、今さら帰ってくるとか信じられる?」

「とにかく兄様に会いに行きましょう」


 ルキウスに手を引かれ、階下のロビーへと向かう。大きな螺旋階段を下りかけたところで、旦那様――英雄ヴィクトル・グランティス公爵の姿が見えた。


 背が高く、遠目で見てもわかるほどのオーラ。騎士なのにがっしりでなくすっとした体躯をしているのは、聖騎士だからなのだろう。整った顔立ちと精悍な顔つきも含め、総合的に判断すると『女たらしの英雄』なのも納得してしまうほどの人だ。


「あれが、ヴィクトル様……?」

「そうです! 兄様!」


 ルキウスがはしゃいで階段を降りていく。出迎えのために駆け寄ってくる弟に目を留めたヴィクトル様は優しく微笑んだ。


 けれど、何かおかしい。あれだけのイケメンなのに、彼はものすごく暗いオーラを背負っている。もちろん比喩に過ぎないのだけれど、それがちょっと暗いどころではないのだ。聖騎士と名乗るのが許せないほどに、真っ黒くずーんとしているように見える。


 結婚するとき、夫となる人は私よりも2歳年上だと聞いていた。だから当時18歳だったはずの彼はいま23歳になっているはず。けれど、どうしてもそう思えないほどやつれているのだ。一体どうしたのだろう。


 けれど、かわいい義弟は容赦がない。兄に抱きつき、帰還への喜びを伝え終わったルキウスは早速不満へと切り替えた。


「兄様! リスティア姉様に謝ってください。五年間も放っておいて、一体どういうおつもりですか! 帝国にも、ブリュンティア王国にも失礼です!」


 けれど、ヴィクトル様は浮かない表情で答えるのだった。


「ルキウス。大人のことに口を挟むんじゃない。それに今はその話をする気分じゃないんだ」

「兄様がそれを言える立場ですか? 結婚式をすっぽかして、しかも五年間も姉様を放っておいたのに! とんでもなく失礼です!」

「それは……とにかく今日は疲れているんだ。その話は後に……」


 そこまで話したところで、ヴィクトル様は螺旋階段の上――私のほうに視線を上げた。


 呆然と立ち尽くしていた私と視線が合う。数秒前に認識した通り、ヴィクトル様はとんでもないイケメンだった。私からの夫への第一印象、ただそれだけ。


 けれど、ついさっきまでうんざりした顔をしていた彼は驚愕に目を見開く。


「君は……!?」

「え?」


 一体何? 私たち初対面なのに、そんなに大げさな反応されるようなことがあるの?


 あまりにもドラマチックな反応に引いている私に構うことなく、ヴィクトル様は即座に階段を駆け上ってくる。長い脚で数段飛ばし、あっというまに目の前に美しい紫水晶の瞳があった。作り物のように整った、美しい顔立ち。


 彼のまっすぐな瞳の中にぽかんとした私の顔が映っている。なんて間抜けなんだろう。やっぱり五年前に大人しく国に帰っておくべきだったのかもしれない。でも帰ったところで居場所もない。


 ここまでは『二つの国が絡んだ政略結婚』を理由としてグランティス公爵家に居座ってきたけれど、出て行かないといけなくなるのかもしれない。


 改めて離縁を言いつけられると覚悟を決めた私に、ヴィクトル様は震える声で尋ねるのだった。


「君の……いや、あなたの名前は?」

「リスティアと申します。はじめまして、旦那様!」


 五年前からあなたの妻です、と付け加えるのはやめておいた。そんな嫌味が言えない位に、間近で見る彼の顔は真っ青でやつれていたからだ。彼は引き続き聞いてくる。


「リスティア……。セレーネという名前ではないのか?」

「? いえ。全然違いますけれど」

「……そうか。いや、なぜ……そんな」


 それ、まるで聖女様みたいなお名前ですね、って言おうとしたのだけれど、初めてお会いした旦那様はそのままフラフラと自室に篭ってしまった。どういうこと。


 彼は当然夕食にも出てこなくて、久しぶりに主人が帰還した夜のはずなのに、お屋敷はとても静かだった。


 夕食の席。ヴィクトル様を出迎えた時には怒りを露わにしていたルキウスが心配そうにスプーンを置く。


「兄様、どうしたのでしょうか。あんな兄様見たことがありません」

「普段はきちんとしていらっしゃるのなら、よそ者の私がいるせいかしら?」


「それはないです。確かに、この結婚でリスティア姉様を冷遇していることは許せないと思っていました。でも、それ以外は……僕の記憶では優しくてかっこよくて、賢く思いやりがあって……大好きな兄様だったはずなんです」

「まぁ」


 ルキウスは嘘をつかないいい子だ。その彼がここまでいうのなら、あのご様子はなにか事情があるのかもしれない。


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