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第8話 夏季休暇に向けて

「――じゃあ、今日はここまでにしましょうか」

「は、はい」


 アレイナとマロウ、二人きりでの特別学習がようやく終わる。

 異例となる学年の変わり目でもない時期のクラス替え。一番下のクラスは授業の進みも遅いため、マロウはこうして補習を受けていた。


「よく頑張っていますね。これなら、夏季休暇の後上のクラスに行っても問題なく授業についていけると思うわ」

「ありがとうございます、アレイナ先生」


 授業が終わった後、アレイナはくすりと上品に微笑んだ。


「それにしても本当に良かった。でもクラスが上がるのは想定外でしたよ」

「マロウも同じ気持ちです……」


 えへへと頬をかく。


 マロウは夏季休暇を終えて、新しいクラスへと行く。夏季休暇の前日にクラスの皆でお別れパーティーをしようと言われた時には嬉しくて堪らなかった。


「――それにしても」

 アレイナの表情がすっと真剣なものへ変わる。


「あの時フェリシーさんになにがあったのか。私たちに方でも気をつけるけど、なにかあったらすぐ言ってちょうだいね」

「分かりました!」


 元気な返事にアレイナの表情が綻び、今日はそのまま解散となった。


 授業が終わったフェリシーが、ふわふわ空気に漂う綿毛の軽やかさでアルセルドの下へ向かう。

 彼はまた魔法陣を考えて熟考しているようだった。


「アルセルドさんっ」

「あぁ、ご機嫌なようだね。それが良い、涙は心という器官に対して働きかけてくれるが、やはり人間は笑っている方が健やかだと僕は思うよ」

「うぅ、あの時はご迷惑をおかけしました……」

「そういうことを言ってるんじゃない」


 肩をすくめたアルセルドは上等な製本が施された本を開いた。

 大きな円の中に花畑のように模様が敷き詰められている。


「中級魔法は大体使えるようになったようだね、マロウ・フェリシー」

「はい、マロウとっても頑張りました!」

「うん、だから今日から上級魔法の練習を始めようか」

 ぱぁ、と顔が華やぐ。


 気持ちを新たに頑張ろうとペンを握り、上級魔法を見ながら描き出した。



「――そこ、模様が一つ足りてないよ」


 開始から三十分後。ちまちまと描き進める魔法陣をアルセルドが指摘した。

 慌てて足りない部分を埋める。


「難しいですね、上級魔法って」

「でもその分美しい、君も一度見ればその美しさの虜になるよ」


 本を読みながら歌うように彼は告げた。


「魔法陣とは小さな粒を繋ぐことだ。以前にも似た話をした気がするが、君は未だにその繋がりを感じ取れないみたいだね。それで良い、謎が多い方が人生は華やかだ」

「……でも、そろそろ輪郭を掴めたらなぁ、とは思います」

「ふむ」


 本を閉じた彼に、紙とペンを差し出す。いつもどういう思考を経てアルセルドが魔法陣を生み出しているのかがずっと気になっていたのだ。


「同じ魔法陣を描いてみて欲しいです」

「いいよ、実力も提示できない者には誰もついていきたがらないと相場で決まっているからね」


 そして彼は、流れるように描き始めた。

 円の中に、模様を余すことなく加えていく。


「この六星は力の制御の源だ。そしてこの黒い点たちが、力を制御する源を循環させている。君はさっきこの黒い点が一個欠けていた。これがどういうことか想像できる?」

「力の制御ができなくなって、危ない……?」

「そうだ、そんなことはこの魔法陣の本望ではない。だから気をつけて配置しなければならない」


 完成した魔法陣を渡される。

 穴が空くくらい見つめてから、「あげる」と言われ胸に抱き締めた。



 この魔法陣は宝箱に入れようと考えながらあるいていれば、近くを歩いていた女子生徒に声をかけられた。

 水色の髪と瞳が流水を思わせる、美しい少女だった。


「あの、はじめまして。わたしはミウ・テリアと言うのですが、マロウ・フェリシーさんで合っていますか?」

「は、はい。マロウで合ってます。なにかご用でしょうか?」


 知り合いにいただろうかと必死に頭をフル回転させていれば、ミウと名乗った少女がきゃあと歓声を上げた。


「やっぱりそうですよね。わたし、マロウさんにお礼を言いたかったんです!」

「お礼、ですか……」

「はい、この間魔法の暴走を起こしたわたしをマロウさんという栗色の髪の可愛らしい方が助けてくれたと伺ったので……!」


 猫のように目を細める彼女に居心地が悪くなる。

 あの後なにが起こったのか聞いてみたが、マロウにはどれも覚えがなかった。

 だからこうしてお礼を言われても実感が薄い。


「その節はありがとうございました」

「いえいえ、お役に立てたなら光栄です」


 角が立たないよう言葉を選べば、彼女にそっと手を取られる。


「マロウさんが夏季休暇後わたしと同じクラスになるとも聞いています。仲良くしてくださいね、というか今からお友達になりましょう!」


 ――お友達!!

 とても素敵な響きにマロウはミウにぐっと顔を近づけた。


「良いですね。お友達になってください、ミウさん!」

「やったぁ」


 きゃっきゃうふふと微笑み合う。


「良かったら、マロウには敬語をつけないでください。……マロウのこれはクセなので、勘弁してほしいですが」

「本当? じゃあお言葉に甘えちゃう! 沢山お話しようね、あ、マロウさんって寮生? だったら一緒にご飯食べよぉ」


 疑問形でありながら算段はつけられていたような物言いで首を傾げた。


「マロウが寮生だと知っていたのですか?」


 ミウは得意気に顎に手を当てる。


「ふふん、美形な姉妹なんて噂が流れればわたしみたいなミーハーはすぐに食いついちゃうの」

「わぁ、メアリーはとっても可愛いですものね!」


 不意を突かれたように目を丸くして。

 ミウはくふふと肩を揺らした。


「ちゃんと()妹っていうところは聞いてた? 貴女もだよマロウさん」


 そのまま二人は尽きることのない話をしながら一緒に寮へと帰った。



「……ふーん。そういうわけだったのですか」


 ――という話を聞き終えたメアリージュンは明らかに頬を膨らませていた。

 マウロの隣に座るミウからぷいと顔を背ける。


「男性は嫌いですが女性だって得意にはなれません」

「そう言わず仲良くしようよぉ」

「そうですよ、メアリー」


 メアリージュンは「お姉様が良いなら私は関係ないですけどぉ……」とチキンを頬張った。


◇◇◇


 時間は流れ、夏季休暇前日。

 終業式を終えてから、お別れパーティーまで少しだが猶予があった。


「アルセルドさん!」

「やぁ、今日も来たんだ」

「せっかく最後なので」


 彼の隣に椅子を寄せ、何度も練習した魔法陣をなにも見ずに描く。


「できました」

 ペンを置けば、間髪入れずにアルセルドの骨張った指が一箇所を指差す。


「ここ、足りない。この模様を忘れると魔法陣が窒息を起こしてしまうよ」

「……あ、本当です」


 何度練習しても、上級魔法の魔法陣は描き間違えが消えなかった。

 重く息を吐く。


 アルセルドはそれに対し気にした様子はない。


「気をつけながら描いていますのに……」

「マロウ・フェリシー。この数ヶ月の君の進歩は目覚ましい。だからこそ一度休憩した方が良いのかもしれない」

「……でも、」


 なおも言い募ろうとすれば、アルセルドが手を叩いた。


「休憩を兼ねて、僕の屋敷に遊びに来るかい? 見せたいものもあるんだ」

「良いのですか、良いのですか!? マロウ、お友達の家に行くのは初めてです!」

「じゃあ決まりだ」


 そこで時間が迫っていることに気づく。

 マロウは扉に手をかけながら何度も念押しした。


 その度に「分かっている」と返される。

 幸福な掛け合いだった。



「じゃあ、マロウ・フェリシーさんの門出を祝って!」

「「「かんぱーい!!」」」


 教室で、各々が持ち込んだお気に入りのカップにジュースを入れ乾杯をする。


 クッキーやらのお菓子をつまみながら、皆で楽しくお喋りした。


 時折涙ぐんでいる子もいて。

 マロウも勿論寂しいのに、口角はどうしてもにまにましてしまう。


 それは明日からアルセルドの家に行くからなのだろう。


 ふへへとだらしなく頬を緩めれば話しかけられる。


「嬉しそうだけど夏季休暇中に予定あるの?」

「はい、お友達の家に遊びに行くのです!」

「へぇ〜」


 頬をぷにとされた。


「なんだ、私てっきり彼氏の家にでも行くのかと思っちゃった。そういう顔してたよ、マロウさん」

「…………」


 言われた言葉の衝撃で、その後のことはよく覚えていない。

 

 意識が戻ったのは布団に潜ってからだった。


「………………………………え」


 頬が赤くなる。引っ張ったり叩いても元に戻らなくて眠れない。

 涙がじんわり滲んだ。


「あれ、あれぇ……!?」


 こうして夏季休暇前日の夜は更けていった。


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