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第9話 フェリクス家へ

「お姉様……本当に私たちバラバラなのですか?」


 悲壮感溢れる顔でメアリージュンがマロウに抱き着く。


「ごめんなさいメアリー。でもすぐに帰りますから!」

「一緒に帰れると思っていましたのに……」


 メアリージュンは芝居がかった動きでヨロヨロと回る。


「お姉様なんてもう知りませんっ! 必ず帰ってきてくださいね!」

 走り去っていくメアリージュンに手を振った。


 アルセルドの家には一日お世話になろうと思っている。


 マロウが列車に乗っていきたいと乞えば、アルセルドは元よりそのつもりだと頷いた。

 荷物を持った二人はフェリクス家へ向かう列車を目指す。


 駅員に話しかけるアルセルドの隣で、マロウは必死に会話を聞いていた。


「シェルーラ駅までの切符を二枚頼む」

「かしこまりました」


 厚紙を渡され、代わりにアルセルドは銀貨を六枚支払った。


「あ、マロウも払います」

「これくらいなんてことはない」


 渡された切符は絶対宝箱に入れようと決意する。

 こうして二人は列車に乗り込んだ。



 流れていく景色は、暫くすれば自然が多くなる。


 ふわぁ、大きな欠伸が一つ。

 向かいに座るアルセルドが苦笑した。


 マロウの隣に腰を下ろし、自らの肩にマロウの頭を載せた。

 彼の服から香る石鹸は、マロウを拒まず受け止めてくれる。


「まだ時間がかかる。無理せず眠ったら良い」

「はい……」


 とろとろと夢の世界に誘われていく。

 

 次に意識が浮上した時、誰かに体を揺さぶられていた。


「うん、ぅ……やめてくださいぃ……」

「マロウ・フェリシー、着いたから早く起きるんだ。僕に君を運ぶような筋力は持ち合わせていない、そこのところをちゃんと理解してくれ」


 妙に早口な話し方。

 ようやく意識が定まれば、鼻先が触れ合いそうな距離に澄ました顔のアルセルドがいた。


『私てっきり彼氏の家にでも行くのかと思っちゃった』


「――マロウはそんな顔なんてしていませんからぁ……っ!」


 勢いをつけて立ち上がったマロウにアルセルドが驚く。


「そんな顔……?」

「していません!」

「僕はなにも言っていないだろう」

「だからしていませんってばぁ!」


 顔を真っ赤にして駆け出すマロウに焦りながらアルセルドは荷物を持ち、後ろ姿を追いかけた。


 駅の前には馬車が一台止まっていた。


「お坊ちゃん、お迎えにあがりました。隣におられますのがご友人のマロウ・フェリシー様ですね。ささ、お乗りください」

「失礼します」


 アルセルドは馬車に乗った途端眉を潜めむっつりと黙り込んでしまった。


 向かいに座るマロウは体を小さくさせる。


「さっき変なこと言って走って置いていってしまったので、怒っていますか?」

「いいや、馬車が嫌いなだけだ」


 彼は青い顔をしていた。


「――馬車は、酔うんだ」

「……なるほど」

 うぷ、口を手で押さえるアルセルドは本当に馬車が苦手らしかった。

 だから列車での移動だったのかと腑に落ちる。

 

 なるべく馬車に乗る時間は短くしたかったようで、程なくして大きな屋敷の前に着いた。


 屋敷の前には使用人と思しき人たちと、背の高い男性がいた。


 アルセルドと同じ黒髪に金の目を持つ彼は、しかし柔和な笑みを浮かべている。


「やあ、よく来たね!」

「……兄上、今持ち上げられると吐くのだが」


 ズズイと近寄ってきた彼にアルセルドは腰を掴まれてげんなりとしている。初めて見るアルセルドの姿に珍しいものを見た! と目を輝かせていると、兄上と呼ばれた彼と視線が合う。

 アルセルドから手を離した彼が今度はこちらににじり寄ってくる。


「こんにちは、私はレイ・フェリクスだよ。君がマロウ・フェリシーさんだね! うんうん、聞いていた通り可愛らしい子だ」

「えっ……」

 可愛い。脳内でぐわんぐわんと繰り返される。

 マロウについてを教えるのはアルセルドしかいない。つまりは彼がそう言ったのかと心臓がおかしくなる。

 

 変なことを言われた日からマロウは普通ではなくなってしまった。うぅ、と頭を抱えていると酔いが収まってきたアルセルドが口を挟む。


「僕はそんなことは言ってない。『ひよこみたい』だと言ったんだ、飛躍させないでくれ」

「えー? でもそれは可愛いって意味だろ?」

「それが曲解だと言っているんだ」


 兄弟同士で言い争う彼らをおろおろと見守っていると、使用人の女性に鞄を持ってもらう。

 使用人たちは慣れた様子なことから、この光景は珍しくないのだと察せられた。


 可愛いと言われた訳ではなかった。ひよこみたいは誉め言葉なのかどうなのか判断に困ってしまう。

 マロウがのんびり考えてれば、兄弟喧嘩も収まっていた。


「まぁ、マロウさんがお腹を空かせているかもしれないしこの話はここで終わりにしようか。昼ご飯はシェフが腕によりをかけて作ってくれているんだ」

「それもそうだな、行こうか」


 アルセルドに手を差し出される。「え」と固まっていると耳打ちされた。


「兄上に抱っこされたくなければ、手を繋いでおく方が賢明だ」

「……あ、あぁ。なるほどぉ」


 そっと繋いだ手は思っていたより温かくて、体温が上がった。



 レイがシェフが腕によりをかけた、と言っていたがそれは本当だったとマロウは口から垂れそうになったよだれを飲み込む。それとも、毎日こうなのだろうか?


 大きなテーブルの上には、それでも場所が足りないと料理が並べられている。

 つやつやと飴色に輝くロールパンはかごに盛られていて、サラダは宝石のような野菜が瑞々しく輝いている。鴨のローストもほんのりピンク色の丁度良い焼き加減で脂が滴っていて、かけられた茶色のソースの香りが食欲をそそった。


「わぁ、とっても! とっても美味しそうです!」

「それは良かった。けどご飯というのはやっぱり食べることによって真価を発揮するからね、頂こうか」


 手を合わせ神に祈りを捧げてから、早速マロウは鴨のローストを口に放り込んだ。

 柔らかな肉を歯で噛んだ瞬間、じゅんわりと肉汁が飛び出してきて夢見心地な美味しさだった。暫く美味しすぎて天を仰いでると、使用人が取り分けたサラダが置かれる。


 サラダは新鮮でパリパリしていて、少し酸味のあるドレッシングがよく絡んでいた。

 湯剥きされたトマトは柔らかく、舌触りも滑らかだった。

 パンも勿論ふわふわもちもちで美味しい。じゅわりとバターを溶かせば天にも昇る美味しさでふとメアリージュンが頭をよぎる。


「メアリーにも食べさせてあげたかったです。だってこんなに美味しいんですから」


 レイが微笑んだ。


「それじゃあまた遊びに来てよ、そのメアリーさんも連れて」

「良いのですか?」

「勿論だよ。そうだ、帰りには美味しいクッキーをあげるよ」


 至れり尽くせりな状況にふくふくと笑っていれば、先に食事を終えていたアルセルドがじっとマロウを見つめた。


「あの……?」

「君は髪が長いね。邪魔じゃないのか?」


 髪の長さ、というよりも身なりについて言及されるのは初めてだった。


「き、切った方が良いですか!?」

「そんなことは言ってない。縛った方が楽なのではと思ったんだ」


 言われてみればマロウは髪を結ったことはなかった。


「リボンは結ぶことができなくて……」


 肩を落とす。


「メアリージュン・フェリシーにやってもらえば良いだろう」

「っ本当ですね、その手がありました! メアリーは手も器用なんですよ!」


 マロウの回答に満足そうに頷いたアルセルドはふっと口角を上げた。


「じゃあ後でそのリボンを買いに行こう。――マロウ・フェリシーが中級魔法を使えるようになったお祝いに」




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