第10話 身を寄せ合い、星を見上げる
部屋に案内され荷物を置いたマロウは、姿鏡の前に立った。黒いローブは安心感があるが、街に出かけるのにこれは不適切な気がした。
かと言って脱いでみるが、シンプルで飾り気もない紺色のワンピースが出てくるだけ。メリハリのない、布をそのまま被ったようなワンピースにため息が漏れる。
なにか良い服はないかと、ないと知りながら探してしまう。
メアリージュンが手伝ってくれたお陰で、服は整頓され入っていた。それを崩すのは忍びなくて丁寧に一枚ずつ取り出すと、その内の一枚に目が止まる。
桃色のふんわりした可愛らしいワンピースはメアリージュンが十七歳の誕生日に贈ってくれたものだった。貰った当時はちょっとばかし可愛すぎると眺めるだけだったそれも、今なら着る勇気が湧いてくる。
袖を通せば、マロウのために誂えたように体にぴったりと合う。
気恥ずかしく思いながらもくるくる回れば、スカート部分が花が開くようにふんわり踊った。
「えへへ……ありがとうございます、メアリー」
ローブをハンガーにかけ、マロウは部屋から出た。玄関前まで行けばもうアルセルドは準備を終えていた。
白いシャツと黒いズボンという簡素な服装の彼は袖を捲っていた。白い腕が惜しげもなく晒されている。
「アルセルドさんっ」
「来たか」
そのまま二人は、レイたちに見守られながら馬車に乗り込んだ。
◇
馬車から降り、酔ってふらふらと歩くアルセルドをベンチに座らせてから、マロウは街を見渡した。広場の中央に据えられた噴水からは水が絶えず噴き出していて、街を歩く人々も楽しそうに笑っている。活気があって賑やかだった。
マロウもなんだか楽しくなる。
「凄い、凄いですよアルセルドさん」
「分かったから揺らさないでくれ、出る」
肩をゆさゆさすれば顔を思いっきり顰められる。
本当に辛そうだったのでなにかないかと辺りを見渡せば、果実水を売っている店があった。
「あの、飲み物を一ついただけませんか?」
店主は気前良く笑う。
「いいぞ、何味がいいんだ」
指さされた看板には多くの種類が並んでいてテンパってしまう。後ろに列もできてきて、余計に思考が纏まらない。
実技のテストでなにも考えられなくなったことへの反省から、窮地に陥っても頭を働かせるよう頑張ろうとしたが一朝一夕でどうにかできるものではなかった。
「えっと、えっと」
「飲みたいのがないのかい?」
「あ、ごめんなさい。えっと、アルセルドさんが体調不良で……」
要領を得ない説明でも店主は状況を把握したようだった。
「体調が悪いんだったらレモン水がいいかもな。それで良いか?」
「は、はい!」
「じゃあ十リベーラ貰うよ」
銅貨を一枚差し出せば代わりにレモン水を渡される。
透明な水にレモンの輪切りとミントが浮かんでいて、清涼感溢れる香りが辺りに振りまかれた。
それを未だぐったりしているアルセルドに持たせれば、彼はちびちびと飲み始める。
段々と彼の頬に赤みがさす。マロウは安堵の息を吐いた。
アルセルドは立ち上がり伸びをした。
「もう十分だ……ありがとう。レモン水はいくらだった?」
「十リベーラです!」
元気よく答えたマロウは、アルセルドが財布を取り出しようやく真意に気が付いた。
「わあぁっ、貰えません! マロウが勝手に買ってきただけですから!」
「だが、」
「いつも教えていただいていることに比べたら、こんなのほんのちょっとですから」
「そうか。じゃあありがたくいただくとするよ」
アルセルドが歩き出す。
横を歩きながら、先々にある店にマロウは目を奪われていた。
◇
辿り着いた店は、こじんまりとしていた。だが窓にうさぎの人形が飾られていてマロウは目を輝かせる。
「兄上に聞いたらこの店が良いと言われたんだ」
「そうなのですね」
扉を開ければ、カランコロンと鈴の音が来客を歓迎した。
店いっぱいにリボンやバレッタ、ピンが棚の上に陳列されている。
「好きなのを選んでくれ」
「本当に良いのですか? 教えてもらっていて、お礼をしなくてはいけないのはマロウの方ですのに……」
「無論だ。……僕も嬉しかったんだよ。魔法陣を真剣に描く君の姿を見るのは」
アルセルドはあまり笑わない。だから見れた日はそれだけで得をした気分になる。
「ではお言葉に甘えますね」
「そうしてくれ」
リボン一つをとっても、色や柄は千差万別で悩み込んでしまう。
深紅のリボンは力強く、可愛さと美しさの両方を与えてくれる。
藍色のリボンは昔見た青い海のように深い色だった。
「ど、どれにしましょう」
「ゆっくり考えればいい。それにしてもリボンとは魔法陣に似ているな。順序通りに結んで形を成す、これがどれほど素晴らしく得難いのか多くの人間は考えることもしないのだろう。だがそれがいい、特別なものでないほど彼らは喜ぶ」
嬉々として語っていた彼は我に返ると気まずそうにした。マロウに魔法陣のことは考えずゆっくりしなさいと言った手前なのだから。
だが彼女はリボンに意識を取られていて、アルセルドの言葉に大して気を割いていなかった。
マロウはまだじっくりと吟味している。
目でリボンを一つ一つなぞれば、とあるリボンの前で動きが止まる。
レモンイエローのリボンだった。ぬめるような光沢を放つリボンは角度を変えればきらきらと光っているように見える。
「きれい」
それに、このリボンはまるで――
「決まったのか?」
「ひゃあっ」
背筋がしゃんと伸びる。いつの間にかマロウの背後に立っていたアルセルドは驚かれたことに眉根を寄せていた。
「ひゃあとはなんだ」
「ご、ごめんなさい」
「そのリボンで良いのか?」
そっとリボンを両手で掴む。
「……はい、これが良いです」
支払いが終わって。早速身に着けたいとねだるマロウだったが、アルセルドに人の髪を結べるような技量はなかった。
妥協案として、マロウの手首に彼は蝶々結びをする。
空に手を掲げ、光に透かして楽しそうな彼女の顔をアルセルドが覗き込んだ。
「そう言えば、なぜ黄色なんだ?」
金色の目に射抜かれ、頬が熱くなる。
「内緒です」
人差し指を唇に当てれば、彼は難解な謎にただ首を捻る選択肢しか残されなかった。
◇◇◇
晩御飯もまた絶品だった。特にじゃが芋の冷製スープはおかわりまでしてしまった程。
お風呂にまで入りほかほかで寝る用意万端のマロウがベッドに座りくつろいでいると、「僕だ」とアルセルドが扉を叩いた。
就寝用の薄い白のワンピースのまま出るのははしたないと思い、ハンガーにかけていたローブを着てから扉を開ける。
「もう寝るところだったか?」
「いいえ、まだです」
「だったら少し付き合ってくれないか?」
行き先は告げられずされるがまま歩けば、天井に伸びるはしごを上らされる。先に上ったアルセルドに支えられながら上り切れば、そこは屋根裏部屋のようだった。
しっかりと部屋として造られていて電気まで通っている。掃除もされているのか埃一つ見当たらない。
ここでなにをするのかと思っていれば、アルセルドがカーテンに手をかける。
「よく見ているんだぞ」
シャッと開けられる。
目の前を覆う景色にマロウは感嘆の息を吐いた。
「きれいな星空ですね……」
「そうだろう。マロウ・フェリシーにこの美しい景色を見せたかったんだ」
窓の前に来るよう手招きされ、マロウの隣に彼も腰を下ろす。
銀砂を散らばらせたような満天の星は、深い青の空を埋め尽くすように輝いている。
瞬きをすることすら惜しくて、暫くの間マロウは美しい景色を瞼の裏に焼き付け続けた。
アルセルドはそんな彼女の姿に満足そうにして、事前に運び込んでいたのであろうハーブティーが淹れられたカップを一つ差し出した。




