第7話 魔法陣:実践編
「僕と君ではテストを行う場所が離れているから見守ることはできないけど、上手くいくことを誰よりも願っている。自分の精一杯を出してくるんだ」
「マロウ、頑張りますね。アルセルドさんも頑張ってください」
ひらひらと手を振られる。
むん、と緊張を吹き飛ばそうと握り拳を作った。
◇
試験は午前は筆記で、午後から実技だった。
お昼休み。ランチを食べながら何度も魔法陣を見返すマロウにメアリージュンがパスタを食べながら、姉の止まっている手をつついた。
「お姉様、手が止まっていますよ。午後のテストで体が持たなくなってしまいます」
「確かに! すっかり失念していました、ありがとうございますメアリー」
「根を詰めすぎるのも悪ですから」
テストの出来に自信がある様子のメアリージュンは、参考書にくっつけそうなくらい顔を近づけてる周りを見渡してからもう一度トマトのパスタを食べた。
「……アルセルドさんとの練習では、無事魔法が出せたんです」
「そうですか。でしたら本番でもきっと上手くいきます。というかお姉様がこんなに頑張ってるのに失敗したら世界がおかしいんです」
「うぅ……メアリーはマロウを甘やかし過ぎです」
「普通だと思いますけどぉ?」
食べ終わったタイミングでお昼休みの終わりを告げる鐘の音も鳴る。
一度深呼吸してから、マロウは実技を行う中庭へと歩き出した。
実技は一人ずつ教師の前で行う。与えられる時間は十五分。それまでに描き切らなければならない。
その際なにか不測の事態が起こっても基本的にはやり直しは不可だと。即時判断し行う力が魔法使いには求められることから決められたらしい。
間違えないように、一つも取りこぼさないように。五月蝿いくらい脈打つ心臓を落ち着かせる。
いつこいつも暗い気持ちで試験の列に並んでいたのに、こんなに緊張するのは初めてだと笑みが浮かんだ。
列に並ぶ。今回は中級土魔法を使い、種の状態から開花までを行う。咲かせることは勿論、花の美しさも問われることとなる。
「次、マロウ・フェリシー」
「はいっ」
考え過ぎると体がカチンと固まってしまう。だから描くことだけに意識を集中させて、力まないよう気をつける。
円を描き、大きな星を中央に描く。周りに土魔法である【ラ・テール・クーヴル・エ・ザングリュティ・トゥ】と記していく。
教師たちはほぉ、と第二魔法を行使しようとしている少女をつぶさに見つめた。
授業でも真面目だが、話すと何度もつっかえてしまい魔法も上手く扱えないマロウ・フェリシーが真剣な顔つきで迷いなく筆を運ぶ姿に、教師たちは皆感慨深くなる。
なにより、マロウの描く魔法陣は丁寧でまだ歪さもあるが綺麗だった。
残り五分というところで描き終わったマロウが目を皿にして間違いがないか確認する。
全てが余すことなく繋げるために。
「……うん、うん、大丈夫です」
アルセルドの笑顔を思い出す。
そして魔力を流そうとした瞬間、爆風が魔法陣が描かれた紙を攫っていった。
「……っ」
手を伸ばすが空を切り、青い空へ吸い込まれていく。
「きゃあぁ――っ!」
声のする方を見れば、生徒の一人を目として竜巻が起こっていた。魔力の暴走が起こったのだろう。
マロウ在籍するクラスの一つ上――真ん中のクラスは上級魔法を扱っているらしかった。
暴走は稀にあるが今回のは規模が大きいのか教師たちも慌てて消そうとしているが、運が悪いことに魔法使い本人が風に覆われているため難航していた。
一方マロウは、力強い風に押されながら紙がなくなった手を握ったり開いたりする。
もう、無理だ。今から描いても間に合わない。そもそも、こんな風の中では描くことすらまともにできないだろう。
栗色の髪がバラバラになり空を仰ぐ。
不慮の事故として再テストを受けれる可能性もあるかと思ったが、こちらを見極める教師の目にその可能性は低いと唇を噛んだ。
不甲斐なくて、ペンを握る手に力が入る。
「あん、なに、教えてもらったのに……っ」
考えなくては、良い方法を。そう思えば思うほどに、頭が真っ白になっていく。
人より劣っていることを、こんなにも悔しく思ったのは初めてだった。
早く、早く――。
「マロウ・フェリシーさん、大丈夫ですか?」
「残り三分です」
肩が跳ねる。汗が出て、目の前が真っ暗になっていく。
駄目だった、駄目だった。上手く息が吸えない。
そこで意識がプツリと途絶えた。薄れていく視界の中、誰かがマロウの頬を撫でた気がした――。
「フェリシーさんっ!」
矢のような言葉が崩れ落ちたマロウに向けられる。
教師たちは席を立とうとしたが、時間が止まったように動きを一斉に止めた。生徒たちもじんわり汗をかきながら立ち止まる。
暴走した魔法を収めようとしていた教師たちでさえ、なにかに縛り付けられたようだった。
「ふふ、うふふ」
場違いなほど、明るい声だった。
――ゆらり。マロウは屍が起き上がるような仕草で立ち上がった。側にいるだけで苦しくなるような威圧感を纏って。
教師たちですら指一本も動かすことができない。
轟々と風が吹き荒れる中、マロウの背だけがまっすぐに伸びている。
彼女は唇を吊り上げた。
彼女が空に手をかざせば、威圧感は鳴りを潜める。
「ごめんなさいね。久しぶりだからわたくし、制御ができていなかったみたい。ごきげんよう、皆様」
微笑むマロウは軽やかに礼をし、ゆったりと耳に髪をかける。
全ての人間が、異質な物に注視していた。
「これはほんの挨拶です」
小さく呟けば、マロウの魔法陣が赤い光を帯びながら現れ、光は彼女の人差し指に集約した。
火の球体となったそれを竜巻にぶつければ結び目が解けるように風が飛散する。風がやみ、中から出てきた魔法の暴走を起こしていた少女が崩れ落ちた。咳き込んでいるが怪我はない。
それを見届け、マロウは胸に手を当てた。
「今回はここまで。またお会いしましょうね」
今度こそマロウはその場に倒れ気絶し、救護室へと運ばれていった。
◇
救護室のベッドで目を開ければ、隣でアルセルドが腰かけていた。
マロウが起きたことに気づいたのか、彼は本を閉じる。
「なにがあったかは知らないがよく眠っていたようだね、と言っても三十分ほどだが。君の妹のメアリージュン・フェリシーだが、あと少しでテストが終わって教師から君について知らされるだろうからあと二十分もすればここに来るだろう。そしたら今日はもう寮に戻り寝ればいい」
「……はい。ありがとうございます、アルセルドさん」
アルセルドはテストの出来については触れなかった。
マロウは無理矢理口角を上げ、頭に手を当てる。
「……あはは。アルセルドさん、魔法のテストなんですけど、なんと言うか……上手くいきませんでしたぁ。描くところまではもう今までで一番! ってくらいできたんですけど、風に飛ばされちゃって」
「そうか」
立ち上がった彼は、教え子が百点を取った時の教師を思わせる柔らかな手つきでマロウの頭を撫でた。
「それは悔しかったな」
マロウの心の代弁だったのかもしれない。
だから熱いものがお腹の底から上がってきて、耐えられずボロボロと溢れ出した。
必死に浮かべていた笑みが崩れていく。
「――……ふ、ぅっ、うわあぁん! がん、頑張ったのに! 頑張ったのにぃ……っ」
「知っている」
顔をくしゃくしゃにして泣くマロウの頭を、アルセルドは慣れない手つきでずっと撫で続けた。
メアリージュンが来るまで、ずっとずっと。
テストの日は金曜だった。
だから二日間の休みの間、マロウは気が済むまでベッドで丸くなり静かに泣いた。
◇◇◇
マロウの足取りは重かった。
月曜日、まだ腫れぼったい目がヒリヒリとする。メアリージュンが冷やしたタオルを当ててくれたお陰でだいぶ腫れも収まったが、寝起きはそれは酷いものだった。
廊下をのろのろと歩けば、にわかに騒がしい音が耳に届く。
目線を向ければ、廊下に掲示されたものに皆が集まってるようだった。
なんだろう? 気になって背伸びをしていれば、それに気づいた一人の生徒がマロウを引っ張った。掲示板の真ん前に躍り出る形となる。
そして、そこに飾られた紙に綴られた言葉に目を見開いた。
『マロウ・フェリシー殿
次学期より所属クラスを現在のクラスから、一つ上のクラスへと変更することを決定いたしました。
本決定に伴う新クラスへの移行は、夏期休暇終了後の新学期より適用となります。』
何度見返しても、文字の形は変わらない。
「ど、どうして……。マロウ、花を咲かせられなかったのに……」
「なに言ってるの! 上級火魔法で暴走している風魔法を一瞬で蹴散らしたじゃない!」
一体気を失っている間になにが起こったのかマロウには分からない。
働かない頭でぼんやりとして、暫く周りの声も耳に入らなかった。




