第3話 ハレッド学園魔法科の浮きこぼれ
以前、庭で白詰草の花かんむりを作っている時にメアリージュンがお姉様にだけ内緒よ? 念を押しながら話してくれたことがあった。
それがメアリージュンの想い人の話。
「いつも頑張っている人で、明るくて優しいの。それに笑顔が可愛いんです」
「恋だなんて、メアリーはとっても大人ですねぇ! 素敵です」
いつかの本で男性を可愛く見えるのは相当惚れ込んでいるからだと書かれていた。
メアリーは相当惚れ込んでいる、マロウはそう判断し微笑んだ。
「ヒント、ヒントをください」
「下に兄妹がいます。それに好き嫌いもあって子供っぽいところもあるんですよ」
「ほぉ……」
考えて頭を捻ってみたが、庭師も執事も父もメアリージュンの条件に当て嵌まる人物は思い浮かばなかった。
けれど決意した。メアリージュンと好きな人の恋路を、全力で応援すると!
◇◇◇
マロウは指折り考えた。
その好きな人とスチュアートの共通項を。
だが指を折れたことは終ぞなかった。
スチュアートは兄が一人。下に兄妹はいない。それに好き嫌いはあんまりしないタイプだと言っているのも聞いたことがある。
笑顔が可愛いや頑張り屋さんは保留としておいても、条件に合っているとは思えなかった。
再度首を傾げている内にスチュアートが声高らかにマロウを糾弾する。
「君が姉であるということを理由にメアリージュンに宿題を押し付けたりしていることは知っているんだぞ!」
「し、していませんそんなこと!」
自慢ではないが座学は意外と得意なのだ。それに大切な妹を酷使するようなお姉ちゃんではない。
「ね、ね。してませんよねメアリー!」
「いいえ、私はずっとお姉様に酷いことをされてきました……っ」
「なんですと!」
ドッペルゲンガーでもいるのかもしれない……。ゴクリと喉を鳴らしたマロウだったが、そんな彼女を無視しメアリージュンは一枚の紙を取り出した。
「それで。お姉様と婚約破棄するためにこの紙にサインをしてください」
「あぁ、勿論だ」
「ま、待ってください!」
なおも言い募ろうとしたマロウだったが、手早くサインしたスチュアートに肩を押される。
ドサ、と尻もちをついてしまった。
「お姉様!」
絹を裂くような叫びに大丈夫だと返事をしようとするが、その前に一段と大きな叫びが上がった。
え? 後ろを見遣れば床に膝をつき、わなわなと震える青年がいた。金色の瞳で見据えられた。
「君、せっかくの魔法陣が崩れてしまったではないか。良いかい? 魔法陣を生み出す時何者にも阻まれてはならないんだ。現に今僕はアイデアの糸がプツリと途切れてしまった。これは世界の損失だよ。今すぐ僕に謝りたまえ」
黒髪の青年だった。魔法科を表すローブをまとった彼はペンを左右に揺らしながら苛立ったように早口でマロウを責める。
お尻を見れば、申し訳なくて消えてしまいたいと主張する魔法陣が、途中まで描かれた状態でクシャクシャになっていた。
慌てて尻を退けて伸ばしてみるが、もう元には戻らない。
教科書を隣に散らばらせている青年は頭をかいた。
「突如思いついたから忘れない内に書き記そうと思っていたのに……」
「ご、ごめんなさい。これはなんの魔法だったのでしょうか?」
「知らないに決まっているだろう」
ポカンと口を開けてしまった。
マロウは難しいことは分からないが、こういうのは初めから分かっているものではないだろうか?
彼女の疑問を感じ取ったのか、青年はまた早口言葉を展開する。
「君は僕と同じ魔法科の生徒だと見受けられるが、どうにも魔法という事物に対しての興味は薄いみたいだね。あまりにも勿体ない。――魔法陣というのは目的を持って繋ぐのではない。神が示す通りに繋ぐことによって円環を成し、魔法としてこの世に顕在するものなんだ」
「はぁ……?」
気の抜けた返事が漏れてしまった。
目的はない? 繋いだら意味を成す? 彼が紡ぐ言葉は難解であったが、単語一つ一つは理解ができた。
ゆっくりと咀嚼し、今度こそ青年の機嫌を損ねないよう口を動かす。
「その、その、例えばお菓子を作るみたいな感じですか? お菓子は作り方が少し違うだけで、同じ材料でも全く違う料理になってしまうので……」
辿々しい言葉だったが、青年は一つも聞き落とさず、馬鹿にもせず、ふぅむと熟考した。
スチュアートもメアリージュン周りの人も、物音一つ立てず固唾を飲んで見守る。
青年の眉根に寄ったシワが解れた。
「その考えには及ばなかった。お菓子作りか。君の言う通り似た境遇なのかもしれないぞこの二つは。そうかそうか……」
深く頷く彼から花丸をいただけたようだった。
ホッと胸を撫で下ろしてから、そう言えば名前も知らないと思い立つ。
「あの、マロウは貴方のお名前が知りたいです!」
「ん? ……あぁ、僕の名は――」
「マロウ、君がトロいのは十分に知っているつもりだけど早くしてくれないかな?」
待ちくたびれたのかスチュアートが声を荒げた。
青年が煩わしそうにまた眉根を寄せる。
「彼は君の知り合いかい?」
「はい、婚約者です」
「その割には随分と他の女生徒と仲が良いみたいだね」
鼻で笑われ、スチュアートが顔を赤くした。
「彼女はマロウに虐められているから、近くに置いて守っているだけだよ」
「殊勝なことだ、誰かを守ろうとする意思は尊いものだよ」
すっと彼が立ち上がった。手を伸ばされマロウも立ち上がる。この時初めて、マロウは青年の背が自分より頭一個分高いこと、そして端正な顔をしていることに気づいた。
骨張った手に重ねられていた、自身の子供のような丸っこい手を引っ込める。
「――だが、君たちは嘘をついている」
「なんで、そんなことを……」
「魔法を扱う者の習性でね。つい真偽を確かめる嗅覚が優れてしまうんだ」
そのまま彼は、胸ポケットから取り出した手のひらサイズの正方形の紙にサラサラとなにかを記した。
瞬間、紙から魔法陣が浮き上がる。緑色に発光するそれは風魔法だった。
「君たちは騎士科と普通科か。質問しよう、風魔法を得意とする魔法使いは諜報員として活躍していた。なぜだか分かるかい?」
「わ、わかりません……」
マロウが答えれば青年の顔が向く。
「君に聞いてるんじゃない。それに君は魔法科の生徒だろう? 僕より授業の進みが遅いクラスの生徒なのかな?」
「恐らく……というか絶対そうです。自信を持って言います」
胸を張れば、青年は些か毒気を抜かれたようだった。
こほん、わざとらしく咳払いをする。
「高度な風魔法は噂も乗せるからだよ」
「なるほど……」
「で、一体それがなんだって言うんだ」
スチュアートの頬に汗が光る。対照的にメアリージュンは落ち着き払った表情をしていた。
そこで魔法陣に風が集約した。小さな竜巻のようなそれは、暫くすれば満足したように消える。
「君たちの噂について調べたという訳さ。まずは君――スチュアート・トレドシンは伯爵家の次男でマロウ・フェリシーと婚約し将来的には婿入りする予定。だが勉強はからっきし魔法の才もなく騎士科に在籍しているが……ここでも成績は振るわないようだね」
「……っそこら辺に――」
「それから。……これは凄いな恋人が三人もいるのか」
片眉を上げる。
マロウは驚きスチュアートに顔を向ければ、彼は気まずそうに顔を逸らした。
「隠れてやっているから、確たる証拠は掴めない。だから君、メアリージュン・フェリシーが自らを囮にしたというところか」
視線が集中した。
メアリージュンは小首を傾げる。
「なんのことですか? 言いがかりはやめてくださいね」
「言いがかりではないさ。……ねぇ君、そう君だよマロウ・フェリシー。君はよく妹に物を取られたらしいけど、一体なにを取られたんだ」
「取られた、ですか? えっと……」
思い出したのか、マロウが人差し指を立てる。
「これのことかは分かりませんが、メアリーはマロウが嫌いな野菜をこっそり食べてくれるんですよ!」
野次馬と化した周りの生徒たちの目が、メアリージュンに向けられた。
主に、生暖かい物を見る目で。
「それから、くまのお人形の手が取れた時には綺麗に直してくれたんです! 自慢の妹なんですよ!」
一切の曇りがない笑顔に、メアリージュンは罪を認めるようにため息を吐いた。
「――そうです。私は彼がお姉様という婚約者がいながら恋人を侍らせていると知り、作戦を立て決行しました。本当はこちらから婚約解消に持ち込みたかったのですが、お父様が一時の気の迷いだと言ったから一人で行動することに決めました。必ず彼の有責になるように」
メアリージュンは拳を握り締めた。
「衆人監修で婚約破棄を叫べばもう言い逃れはできません。書類にもサインをしてもらいました。恋人たちの情報も集めたのでこれでもう彼は終わりです」
「ど、どうしてメアリーはそんなことを?」
「お姉様が大好きだからです……っ!」
真っ直ぐな愛の言葉だった。
青年が感心したように目を細める。
スチュアートが「嘘だろ……」と呟いた。
「き、君も停学……いや、退学になるかもしれないんだぞ!」
「構いません! 私はとうの昔から、お姉様にこの身を捧げると決めておりました」
青年がメアリージュンの言葉を受け継ぐように口を開く。
「スチュアート・トレドシンは常々婚約者の悪口を仲間内で話していた。そして、メアリージュン・フェリシーはそれに勘付いていたという訳だね」
眉尻を下げ見守っていれば、それに気づいたメアリージュンも泣きそうな顔をした。
「……なんで言ってしまうんですか。やはり男性は嫌いです、浅慮で人を思い遣ることを知らない。真実を言ったらお姉様を傷つけると知っていたら、私が悪者になっても構わないと思っていたのに……」
堪えきれず泣き出したメアリージュンを、マロウは抱き締めた。
弱々しく泣く彼女は、出会った頃からついとも変わっていなかった。それに気づいてあげられなかった。
「このままだと、彼女も良くて停学、悪くて退学、もっと行けば社交界から追放だろうね。姉の婚約者を奪った、これほどの醜聞もない」
「そんな……っ」
「だが、こんな噂がある。曰く、メアリージュン・フェリシーはスチュアートが迫っても躱し、普通の生徒としての距離感を保っていた。また、二人きりになる状況を避けていた、と。加えてメアリージュン・フェリシーの悪事は大勢の前で明るみになった、今の彼女はただの姉想いな妹だね」
青年が魔法陣をマロウの手のひらに載せた。
「これが証拠になる。アルセルド・フェリクスの魔法となれば、疑う者もいまい。役立てれば良い」
彼はそのまま背を翻した。
「あ、ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。興味深い話が聞けたからね、等価交換だとでも思えばいい」
ひらりと手を振り、彼――アルセルドは去っていった。
それから。
スチュアートとの婚約は解消となり、マロウは慰謝料を貰った。彼は両親からも叱られ、成人後は家名を捨て生きていくよう厳命されたらしい。
メアリージュンと言えば、お咎めなしとはいかなかったものの、三日間の謹慎で終わった。
あれから仲良し姉妹として認識され、開き直ったのかメアリージュンはマロウにべったりくっついている。
そんな彼女は、姉マロウと晩御飯を食べていた。
今日のご飯はチリコンカンという豆やひき肉をトマトで煮込んだ料理だった。
あちち、となりながら食べるマロウがメアリージュンの手の甲をつつく。
「メアリー、今日のご飯もとっても美味しいですね」
「そうですね」
今日もメアリージュンのお眼鏡には叶わなかったようだ。
明日の晩御飯を考えながら、マロウはクッキーをポケットから取り出した。少し焦げていて歪なそれは、辛うじてハートの形を保っている。
メアリージュンの目が見開かれた。
「それは……」
「えへへ、食堂の一角を借りて久し振りに焼いてみました。メアリーにだけあげます」
「ありがとうございます」
あげる相手がメアリージュンしかいないという事実は丸っと覆い隠して、マロウは彼女にクッキーを渡した。
受け取った彼女は早速クッキーを一枚つまみ歯を立てる。
硬く、香ばしいというよりも苦いに近いそれを噛み締める。
マロウはまだ気づいてないかもしれないが、圧倒的に料理のセンスもないだろう。
小さい頃から度々食べさせられてきたこの味にふっと苦笑した。
「……おいしい」
誰に聞かせるでもない呟きは、賑やかな食堂に溶けて消えていった。




