第2話 メアリージュン
マロウは無事二年生に進学した。……と言っても魔法科で三クラスある内の一番ビリのクラスなのだが。
そして滞りなくマロウの妹、メアリージュンも入学した。
桃色の髪を肩で切り揃え、マロウと同じ緑眼をぱっちりさせているメアリージュンは入学式から「可愛い子が入学してきた」と騒がれていて、マロウは鼻高々だった。
しかもメアリージュンはただ可愛いだけではなかった。
普通科の入試では首席で、新入生代表として挨拶をしていた。
ほわぁ、と妹の勇姿を目に焼き付けていれば、壇上にいるメアリージュン目がバチッと合った。
手を小さく振れば、彼女は猫みたいに不敵に口角を上げた。
入学式が終わった後、マロウはメアリージュンを探していた。
だが人混みに流され体がよろめけば、誰かに背を支えられる。
「……っ、メアリー! こんなところにいたのですね!」
「うふふ、お久しぶりですねお姉様。お休みの時も帰ってこないのでとっても心配しましてよ、私」
「列車の切符の買い方が分からなかったのです……」
頭をかき、照れ笑いしながら打ち明ければお姉様らしい理由ですわねとメアリージュンは手を離した。
「さあさあ、学園を案内してくださりませんかお姉様。早く行きましょう」
「まっかせてください!」
自信満々なマロウが手を握り、二人は生徒たちの視線を一身に集めながら歩いていく。
その視線は、マロウに対する嘲りが多分に含まれていた。
◇
「ここが一年生のメアリーの教室です。凄いですねメアリー、一番上のクラスだなんて。お姉ちゃんはとっても自慢に思います」
「ありがとうお姉様」
メアリージュンの机は窓際だった。暖かな日の光が差し込み、干した後のシーツを被っている気分になる。
「良い席で良かったですねぇ、メアリー」
「そうですか? 日が強くて眩しいです……」
「ま、まあ! それはいけません、メアリーが失明してしまいます」
カーテンをシャッと閉じたマロウに、メアリージュンは呆れた声を漏らした。
「お姉様、今閉めたところで今日は使いませんわ」
「はっ、そうでした」
カーテンのタッセルをもたもたと結び直し、二人は違う場所に行った。
マロウは一番見せたかったところに、メアリージュンの手を引っ張り早く早くと急かす。
そこは学園内にある食堂だった。授業もない今日はランチ時と言えど利用者はいない。そもそもとして運営すらされてなく閑散としていたが、マロウには関係ないことだった。
頬に手を当て、ここで食べていた美味しいものを想起する。
「ここで食べたハンバーグが……こう、とても美味しかったんです」
「そうですか」
「はい。あれは感動的な美味しさでした。メアリーもあれは絶対食べなくてはいけません。あ、でもお野菜も食べなくてはいけませんよ」
「私はお姉様と違って好き嫌いはありませんよ」
そうでした! マロウは我に返る。
メアリージュンはなんでも食べる子だった。
マロウが人参のグラッセと格闘している横で顔色一つ変えずパクパク食べていた。マロウにとってそれは初めての衝撃だった。
反対に、好きな食べ物もない様子だった。
誕生日で我が儘言い放題な日だって別になにもありませんと澄まして答えている。丸々一匹ローストしたチキンが食べたいやら大きいゼリーを作ってくれとおねだりしていたマロウにとって二度目の衝撃だった。
マロウは彼女の手を握る力を込める。
「この学園で、ぜひメアリーの好きな食べ物も探しましょうね!」
「……余計なお世話です」
ぷいと顔を背けられてしまった。
それからも二人で音楽室を覗いたり、二年生になったマロウの教室を覗いてみたりした。
最後に訪れたのは図書室。
「マロウはここで本の貸し出しの仕事をしているんですよ。メアリーも読みたい本があったら水曜日に来てください。一緒にお話したいです」
そこでぬっと後ろから伸びた手に髪の毛をかき混ぜられる。
スチュアートが呆れた顔をして立っていた。
「こら、なに図書室で喋る前提になってるの。そもそも話しちゃ駄目でしょ」
「あ、スチュアート様」
顔を輝かせたマロウは乱された髪をせっせと直す。
「偶然通りかかったらマロウの声が聞こえてね。――そうか、メアリージュンももう学園に入る歳なのか」
「はい、しかも新入生代表だったんですよ! お姉ちゃんとして誇りに思います」
メアリージュンがニコッと微笑んだ。
「お久しぶりです、スチュアート様」
その微笑みにスチュアートは顔を僅かに赤らめた。そのまま頬をかく。
「いや、同じ学園の生徒だし『様』は付けなくていいよ」
「ではスチュアートさんとお呼びいたしますね」
「あ、あぁ……」
口角を上げたまま、メアリージュンはスチュアートの手を握った。
「少し二人でお話しませんか? ここで出会ったのもなにかの縁ですし」
「そ、そうだな」
そのまま二人は横並びになって出口へと向かっていく。
「ではまた後ほど、お姉様」
自分は『様』を付けろって言われたなぁ。
袖口をきゅっと握りながらマロウはひとりごちた。
「……生麦生米生たまっ。――痛い、ほっぺの内側を噛みました」
そのまま何度か練習して、マロウは図書室を後にした。
◇◇◇
夕食時になって、噛んだ部分がジンジンと痛みを訴え始めた。切ってしまったのかもしれない。
こっくりと野菜が煮込まれた、普段なら美味しい美味しいと平らげてしまうシチューも上手く喉を通らない。
「……うぅ、いひゃいです」
寮の食堂は新入生が入って来たことによって顔ぶれが一新されていた。
一人で食事を取っている人も珍しくない中で目に涙を溜めていると、向かい合わせの席に誰かが腰を下ろした。
「まぁお姉様、どうかなさいましたの?」
「メアリー!」
痛みも忘れ、ぱぁ、と顔を明るくする。
「えへへ、なんでもありません。それより、今日のシチューも絶品ですよぉ」
「そうなのですか」
猫舌のメアリージュンはしっかり冷ましてから口に含み、期待の眼差しを向けるマロウに「確かに美味しいですね」と淡々と返した。
どうやら普通だったらしい。しょんぼり肩を落としながら大人しく啜る。
けれど浸して食べたパンがあまりにも美味しくて、またマロウの気分は浮上した。
「明日はなんのご飯が出てくるのでしょうか? 当てっこしましょうメアリー」
「……お姉様は、私とスチュアートがなにを話したか気になりませんの?」
食堂のざわめきが幕を下ろしたかのように遠ざかっていく。
「名前……」
「呼び捨てで良いとおっしゃられていたので」
桃色の髪を耳にかけ、メアリージュンは食べ続ける。
メアリージュンから、ふわりと甘い香水の香りが漂う。
スチュアートの顔が浮かんだ。
すっかり動きを止めてしまったマロウとは対照的に、メアリージュンは最後の一滴まで食べ切った。
細くて長い指を組み、彼女はうっそりと微笑んだ。
「うふふ、彼ったら私はお姉様の妹だと思えないくらい可愛いって言ってくれましたの。可哀想ねぇ、お姉様」
「メアリー……」
今まで何度もマロウの物を奪ってきたメアリージュンは、姉に顔をぐっと近づけた。
「『マロウは馬鹿でうんざりしていた。君みたいな思慮深い女性の方が好み』……そうも言っておられましたわ。あぁ、なんて可哀想なお姉様。可愛いお姉様の魅力にスチュアートは気づきませんのね」
うふふ、うふふ。せせら笑いながらメアリージュンは席を立ち、踊るように去っていく。
次の日から、スチュアートはメアリージュンを恋人のように扱うようになった。
代わりに、なにかのタガが外れたようにマロウに対する態度はぞんざいで酷いものになっていく。
夕食時にメアリージュンに詰られながら、マロウは一緒に食べてくれるのは嬉しいけどこれは望んでなかったと涙ぐんだ。
それから一ヶ月。
五月になり新緑が生い茂る暖かな季節で、マロウは廊下に呼び出されていた。
スチュアートとメアリージュンに。
行けば二人は周りの目も憚らず寄り添っていた。
「マロウ・フェリシー! 君は妹であるメアリージュンを虐めていたようだね!? そんな人と結婚する訳にはいかない、婚約破棄させてもらうよ――!」
「怖かったですスチュアート様ぁ」
人々が目の前で行われている断罪劇を一斉に噂する。
マロウは目を見開き、二人を見つめるしかなかった。
――そんな中。
一人の青年は床に座り込み、今しがた思い浮かんだ魔法陣を紙になぐり書きしていた。




