第24話 一番星
学園の中に入るが、辺りはぞっとするほど静まり返っていた。
慎重に進む。石に覆われた生徒はあまりおらず不思議に思っていれば、今日が休みの日だったことを思い出した。元々今日来てる生徒が少なかったのだろう。
息を殺しながらアルセルドを探していると前から誰かが走ってくる。魔物かと疑ったがセギアだった。老体に鞭を打っていることが一目で分かる走り方をする彼に駆け寄る。
「マロウさんたち。良かった、無事だったのか」
「セギア先生もご無事だったんですね」
「あぁ。……だが一緒にいた教師たちは皆石に覆われてしまった。あいつらは取り敢えず魔法で飛ばすことしかできず、申し訳ない限りだよ」
マロウはセギアにも彼らが火に弱いことを話した。
「なるほど……その魔法陣のようなものを燃やせばいいのか。して、君たちはこれからどこへ?」
「魔王さんを倒すために、アルセルドさんを探しているんです」
「魔王」
今学園を襲っているのが魔王だということを初めて知ったのかセギアは細い目を開けた。
「魔王が今まで生きておったということか? 確かに百年前に滅ぼされたと……」
セギアはそこで言葉を切った。魔王、魔法陣が描かれた紙、百年前……と単語を呟く。
あごひげを撫でながら考え込んだ様子だった彼は、急に顔を上げた。
「魔王たちは魔法人形だった、これは調べれば文献に載っている。だが第一魔法ではなく第二魔法で制作された人形だったのか……! だから魔法陣は燃やされず残り、復活する機会を与えてしまったということだ」
「……? 当時の人たちはなぜ魔法陣を燃やしたりしなかったんですか?」
もっともな疑問を口にすれば、百年前だよと言われる。
「百年前、第二魔法は衰退し滅びかけた魔法だった。だから誰もその人形たちが第二魔法によって作られたというところまで考えが及ばなかったんだ」
はっと息をのむ。同じ授業を受けていたミウも気づいたようだった。
セギアは長いため息をついてから、マロウに赤い指輪を渡す。
「新しい魔法陣を入れたものだ。これから私は学園の入り口に立つ。私の身になにかあれば、これに魔力を流す。君もなにかあれば流してくれ」
「はい」
セギアは優しい笑みを浮かべた。
「教師とは子供を守るものだ。だからこれを言うのは本当に情けないのだが……。お互いできることをしよう。私の方でも魔王を倒すため尽力する」
マロウ、ミウ、メアリージュンは揃って頷いた。
小さくなっていくセギアの後ろ姿を見守ってから、残された三人はまたアルセルドを探すために歩き出す。
◇◇◇
ふとミウが声を潜めた。
「そういえばさっきからマロウさんは魔法を使わないね。魔法陣を描く暇はないかもだけど、初級魔法なら使えるんでしょ?」
悪気なんてこれっぽっちもない言葉だった。だからこそ心を抉り、立ち尽くしてしまう。
「……マロウさん?」
「お姉様?」
動揺を悟られたくなくて、わざと明るい声を出す。
「あはは、なんかマロウの魔法陣、魔王さんのだったみたいです。だから魔王さんがいなくなって魔法陣も消えちゃって……第一魔法、使えなくなっちゃいましたぁ」
絶句する二人の表情を和らげようと言葉を重ねる。妙に早口になってしまって止まらない。
「あ、でもでも魔力は正真正銘マロウのですから第二魔法は使えます。だから何一つ困りません!」
ミウの顔が痛ましく歪んだ。
「ごめんなさい、わたし軽率に言ってしまって」
「いえ謝らないでください。謝ることなんてありませんですから」
「――そうですよ、謝る必要なんて一つもありません」
きっぱりと言い切ったメアリージュンがマロウの手を掬い取った。
「だって、魔法陣なんてなくてもお姉様はお姉様ですから。その価値は少しだって下がりません。だから泣かないで、お姉様」
「……メアリぃ」
「うわーん、本当に無神経でごめんなさいマロウさんー!」
「なんで貴女の方が先に泣いているんですか」
涙を流しながらマロウに抱き着くミウにメアリージュンは冷静にツッコむ。
へへ、と強がりではない笑みが浮かんだ。
「早く探しに行きましょうか、アルセルドさんを」
「そうですね」
和やかな空気が流れた刹那、指輪が少し窮屈になった。指を軽く締められる感触を辿れば、指輪がぼんやりと輝いている。
セギアの身になにかあったのだ。
猶予はもうあまり残されていない。
三人はもう言葉を交わさず、自然と駆け足になった。
◇
階段を上り三階に着いたところで、窓ガラスが音を立てて割れた。魔物たちがなだれ込んでくる。
早く逃げなくてはと思う前に、ミウがマロウたちを庇うように止まった。
「【ブルレ・タウト】!」
魔物たちは燃やし尽くされていく。
「わたしのことは良いから、早く行って!」
「……っ」
そんなことできるはずがなかった。そう言いたかった。
けれど振り向いたミウの笑顔があまりにきれいで見惚れてしまった。
「沢山、わたしを助けてくれてありがとう。でもわたしだって、ずっとマロウさんを助けたかったんだよ」
メアリージュンに引っ張られる。涙を流しながらマロウは精一杯走る。
もう三階も探していない部屋は少ない。
「一体彼はどこにいるのでしょうか……それとも、学園にいない?」
「でも外にもいませんでしたよね?」
未だアルセルドの居場所は透明で、焦りが膨らんでいく。
彼も既にこの事態は知っているはず。それでもなお姿が見られないということは、動き出しているのかもしれない。魔王を倒すための魔法陣を描くために。
それならマロウも力になれるかもしれない。
マロウを信じてくれた人たちのためにも早く行かなくては。マロウの胸中を占めるのは、深い正義感だった。
学園が揺れる。バランスを崩しながらも走り続ける。
メアリージュンと繋いだ手は温かい。
やっぱりメアリージュンは自慢の妹だ。優しくて、温かくて。
マロウ以上にもしかしたらマロウの気持ちに敏感なのかもしれない。だからずっとずっと助けられてきた。
転びそうになれば支えられ、おどおどしていれば彼女が前に出てくれ、不器用なマロウを助けてくれる。
メアリージュンがくれたものに、自分はどれだけ報いることができているだろうか?
「メアリー、こんなマロウをお姉ちゃんにしてくれて、ありがとうございます」
メアリージュンは足を止めず、振り返りもしない。少しの間を置いた。ようやく出てきた声は湿っぽかった。
「お姉様こそ、こんな私を受け入れてくれてありがとう。私は、お姉様の妹になれた瞬間から大抵の不幸は些事でした。――忘れないでください、どうか胸に刻んでください。この世界は、醜いです、曲がりくねっているんです。だからこそお姉様のまっすぐな言葉は、それだけで人を幸せにすることができるんです。それで、それでねお姉様」
――どうか永遠に、私の一番星でいてください。そうすれば私は迷うことなく貴女の下へ行けます。どれだけこの身が焼かれて朽ちようとも、また生まれ直して羽を伸ばします。
足を動かす。走る。息が上がっていく。
けど自然とそんなことは気にならなかった。
与えられてばかりな気がしていた。皆マロウが失敗するたびに呆れて、任せるより自分でやる方が良い、だからそこに座っておいてと笑顔で遠くを見つめている。
マロウは人形のように座り与えられるのを待つことしかできない。
違ったのかもしれない。マロウも人に与えることができていたのかもしれない。それはなんて、素敵なことなのだろう。
顔を俯かせた。だから反応が遅れた。
背後から迫りくる光にメアリージュンが先に勘付き、マロウの手を引っ張り場所を反転させた。
魔法が当たり、彼女の体があっという間に石に変えられていく。
ぼんやりと、空になった手を見つめる。
メアリージュンは穏やかに微笑んでいた。
頬を思いっきり両手で挟んだ。立ち止まる暇なんてない。
だがそこでマロウの隣にある教室の扉が開いた。唯一まだ探していない教室だった。
ふと思い出す。星見の部屋の存在を。
その頃には扉の隙間から伸びた手に掴まれ、教室の中へといざなわれていた。




