第23話 わたくしを殺して
横抱きにされたままマロウは暴れるが、しっかりと抱えられている。
「離してください……!」
「それはできない約束ですね」
「ま、安心しろよ。姫様を出したらすぐにでも解放してやる」
アルセルドに自分を殺してと願った魔王。彼女がどんな気持ちだったのかなんて想像もつかないが、このまま復活するのを阻止しなくてはと思った。
「魔王さんだって望んではいません。今すぐやめてください」
長身の方の男の瞳に影が落ちた。
「……そうだとしても、僕たちにこの役割を望んだ人がいたんですよ」
額に人差し指があてられる。彼が呪文を詠唱し、マロウの意識は暗転した。
◇◇◇
次に目を覚ました時、そこは森だった。白い祭壇のようなところに寝かせられていて、体を起こせば頭がガンガンと痛む。
「ここは……」
「姫様とお前を引きはがすための舞台だよ」
ひやりとした寒さに身を震わせながら近づいてくる男たちを精一杯睨む。
「やめてください」
「無理だな」
冷たい声が森のざわめきと共に現れる。
「――では、始めましょうか」
逃げようとするが、それより早く心臓に手をかざされた。
「今まで、本当にありがとうございました。【サーパール・アーム】」
白い光がブワリと膨らみあがり、なにかが体から抜け出ていく。
それは大事なものな気がして。やめて取らないでと懇願するけどするすると解れていく。
痛みはない。本当にこれは自分のものではないのだと突き付けられた。
光が収まった時、目の前には同じくらいの背丈の少女がいた。はちみつを溶かしたような美しい金髪を持つ彼女に、男二人は跪く。
「お久しぶりです、姫様」
「会えて嬉しいですよ」
「わたくしはそうではないわ」
少女の目は荒廃していた。
「なぜ、わたくしを朽ちさせてくれなかったのかしら? 百年前眠りについたわたくしを起こしたのは、世界を今度こそ滅ぼすためかしら?」
「はい。魔物たちを明日の朝に遣わす予定です」
「そう」
苛立たし気にかかとを鳴らす魔王は、マロウを見る。美しい容貌は母を彷彿とさせる。
体を固くさせることしかできないマロウをふっと笑った。
「彼女を下の場所に返してあげなさい」
「それは貴女様の願いと言えど聞き入れがたいですね。もう用済みなわけですし」
顔をしかめた魔王は、しかしすぐに体をふらつかせた。マロウが受け止めれば、彼女は荒く息を吐いていて、一目で体調が悪いのだと察せられる。
顔が青い彼女を、男が慮る。
「魔力供給から急に切られたからまだ不安定なのでしょう。大丈夫ですよ、これから魔力が沢山手に入るのですから」
息を荒げたまま、魔王はマロウの耳元で囁いた。
「わたくしを、殺して……燃やすのよ、良いわね?」
安堵で震えていた唇が弧を描き、魔王はそこで意識を失った。
男に抱き留められた魔王を心配していれば、はっと鼻で笑われた。
「自分の体に寄生してたやつに随分甘いな。だからこそ反発を受けずに寄生できたんだが」
「お人よし……いえ、愚鈍という方が正しいのでしょうか」
そうではない。マロウは別に魔王に同情しているわけでもお人よしだからでもないのだ。
「マロウは、考えるのは遅いですが愚鈍ではありません。そう教えてもらいました」
ぴっと人差し指を突き付ける。
「知っていますか? 言葉にしてもらうのって凄く嬉しいんですよ。どんな第一魔法にも負けない口頭魔法です。――だからマロウも魔王さんに言いたいことがあるんです、ここで諦めることなんてできません」
不愉快そうに片目を細められるが、唇を引き結び立ち続ける。
先に白旗を振ったのは男たちの方だった。
「……はぁ。殺すのも面倒くさいな」
「そうですね。どうせ辿る未来は一緒なら、せめて仲間と一緒に殺してあげましょう」
彼らは魔王を横抱きにしてから歩き出した。
辺りに霧が立ち込める。
姿が見えなくなっていく。霧の海に溺れながら手を伸ばすが、意識がプツリと途切れた。
◇◇◇
「お姉様っ!」
「あいたぁっ!?」
頬を軽くだが叩かれ目覚めれば、そこには焦った顔のメアリージュンがいた。他にもミウとシュザンヌが心配そうにこちらを見つめている。
背中に当たる柔らかい感触。自室のベッドだった。
「お姉様、寮の前で倒れられていたんです……。良かった、お姉様が無事帰ってきてくれて」
涙ぐんだ声に、戻ってこれたのだと実感した。
だがすぐにマロウは血相を変える。
「――今の時間は、」
「あぁ、ずっと寝ていましたものね」
シュザンヌがシャッとカーテンを開けた。
煌々と光が差している。
――『魔物たちを明日の朝に遣わす予定です』
明日の朝はすでに来ていた。
まだふらつく体を必死に動かす。
「いけません! 早く、早く逃げないと! 魔物たちが来ます!」
ガシャン!
言い終わらない内に窓ガラスが割れた。
そこには、人間未満の形をした黒いなにかがいた。
それが魔法を放つ。
一瞬のことだった。
強い光に目を閉じる。
シュザンヌが目を見開いたまま透明な石に覆われていた。
「……早く逃げましょう!」
「でもシュザンヌさんがっ」
彼らは魔力を奪うと言っていたからまだ猶予がある気がした。
「彼らを倒す方法を探しに行くんです!」
寮の階段を駆け下り外に出る。
悲鳴が辺りを覆っていた。
同じハレッド学園の生徒たちが抵抗も虚しく石に変えられていく。
マロウたちは隠れながら、教師たちがいる部屋の方へと目指した。
その間ずっと考える。燃やしてという言葉を。
学園の方へと走り出すが、魔物の一つに見つかってしまった。飛来してきた魔物が魔法を放とうと構える。
きゃきゃきゃと鳴き声のようなものを発した。これが詠唱なのだと理解した時、もう魔法は零れ落ちそうなほど膨らんでいた。
「――お姉様っ」
衝撃を覚悟する。しかし強い風が吹き魔物は飛ばされていった。
庇うように前に立っていたのはアレイナだった。
「無事かしら? マロウさんたち」
「アレイナ先生」
彼女は中級風魔法を何度も唱え、その度に魔物たちを蹴散らしていく。
「……結界が割られたと思ったら、今度はこれ。一体どうなっているのかしら」
「魔王です。魔王が復活しようとしているんです!」
訴えれば、アレイナはきょとんとしてから真剣な顔に戻る。
「百年前に滅ぼされたと文献にはあったのに……本当に魔王だとしたらなぜ復活できたのかしら」
「それは……」
「まぁ、今は詮索するべきではないわね」
その後も風魔法を放つアレイナに、マロウは魔王に言われたことを反芻し伝えた。
「火魔法、火魔法で燃やして見てください!」
「…………。解ったわ」
アレイナが生徒を襲わんとしている魔物に照準を定める。
「【|ル・ソレイユ・エ・ダン・マ・マン《太陽は我手の中に》】」
ボッと魔物は音を立てて燃えた。
復活するようにも見えず、空気に溶けていく。
その際灰のようなものが落ちて、拾って見ればそれは紙だった。
よく見れば魔法陣のようなものが描いてある。
アレイナは何度も魔法を放ちながら叫んだ。
「マロウさんたちは安全なところへ! 私はこのまま魔物たちの注意を引き続けるわ……!」
アレイナは肩で息をしていて、限界なことは一目瞭然だった。
そんなことできないという言葉が出そうになるが、その前にミウとメアリージュンに手を掴まれ引っ張られる。
自身も火魔法を放ちながらミウは叫ぶ。
「マロウさん、多分倒す方法について知ってるんだよね!? 断片的かもしれないけど! だったらここで石に変えられるようなことがあっては駄目だから、行こう!」
「ど、どこへですか?」
「――アルセルドさんのところだよ!」
メアリージュンの顔も険しい。
「魔王なら私も読んだことがあります。世界が滅ぼされかけた、と。これがやり直しであるなら、今度こそ誰も生き残れないのかも知れません。……私は、お姉様に死んで欲しくないです!」
その言葉に胸を揺り動かされ、マロウも足に力を込める。
「マロウも、まだ皆と一緒にいたいです!」
火魔法が有効だということは証明された。
つまりアルセルドの考えていた魔法は間違いではなかった。
その魔法を使うことができれば、どうにかなるかもしれない。
黒髪の青年の居場所を知るため、三人の少女は走る。
その周りではどんどんと人が石になっていく。
聞こえてきた悲鳴の束が小さくなっていくのを、マロウは眉根を寄せながら聞いていた。




