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第22話 約束の果て

 百年前、とある魔法使いが作った魔法人形と彼ら魔法人形を統べる王――魔王が世界を滅ぼそうとした。

 しかし彼らは打ち倒され、魔法使いも処刑され世界には平和が訪れた。


「――だから魔王はもういないと……」

「いや、いる」


 妙に自信に満ちた声だった。


 アルセルドは昔の記憶を手繰り寄せるように宙を見つめた。


◇◇◇


 あれは、アルセルドが五歳の出来事だった。


 ベッドの上で寝ていれば、肌寒くて意識が浮上する。風に頬を撫でられ、窓は閉めたはずだと体を起こす。


 ――月の光を受け、二人組の男たちが立っていた。一人の少女を横抱きにしている。金髪の美しい顔立ちの少女は生気が感じられない顔色で、固く目を閉じている。


「ここですね。魔力量は多いですが()()()()()()()()子供がいる家は」

「そうだな」


 抵抗する間もなく、男がアルセルドに魔法陣をかざした。熱くてうめき声をあげるが、男たちは平坦な目でアルセルドを見据えるだけだった。


 暫く見悶えていれば、植え付けられたそれがするりと抜ける感触があった。

 浅く呼吸をしていれば、脳内に鈴を転がすような声が響く。


『ごきげんよう。時間がないから手短にいくわね。わたくしは魔王、このまま誰かの体にわたくしが乗っ取ってしまったら、十年ほどで魔王になってしまうわ』

「……は?」

『貴方に願うのは一つだけ。――どうか、わたくしを殺して』


 足りない説明だけを残して消えようとする声に縋りつこうとしたが、完全に意識は分断されたようだった。


「抵抗が大きくて駄目だったな」

「そうですね。まぁ良いですよ、もう一人当てはありますから」


 頭痛で起き上がれないアルセルドを置いて、彼らは消えていった。


 次の日。本で読み魔王について知ったアルセルドは兄たちに必死に訴えた。魔王が復活すると。

 だが兄たちは彼が悪い夢でも見たのかと思い、窘めるばかりだった。


 その時アルセルドは思い知った。自分でどうにかするしかないのだと。


 アルセルドは魔法なんて夢物語に近く、学びたいと言えば困った顔をして言われた。君には魔法陣がないから無理だと。

 第一魔法は自身の体内に持つ魔法陣に呪文で模様を描き魔法を顕在させるもの。彼には到底無理なものだった。


 だが諦めきれず本を読み漁れば、第二魔法に行き当たった。

 これならアルセルドでも行使できると喜んだのも束の間、あまりにも不便すぎて第二魔法を取り扱う魔法使いはいなかった。

 だから彼は本に齧り付き、独学で第二魔法を極めた。


 アルセルドだって、どうしてこんなに真剣に取り組むのかなんて見当がつかない。魔王を倒すというのが幼い少年の心をくすぐったのかもしれないし、少女の願いに切羽詰まるものを感じたかもしれない。

 分かるのは、魔法陣に魅せられたということだった。


 何度も現実に打ちのめされた。その度に足らない自分を恨んで、けれど表にはついとも出さなかった。出したら負ける気がした。

 苦しくて、同じように魔法を行使する者と話す度に悔しくてどうにかなりそうだった。この世界から距離を離せば、楽になるのかと思った日もあった。

 誰もアルセルドを笑わなかった。笑ってくれなかった。いつだって心配そうで、不意に出てしまいそうな言葉を必死に抑えているようだった。それがアルセルドの心を一番傷つけるとも知らずに。


 ――それでもアルセルドは描き続けた。初めて描き上げた魔法陣を見た時の高揚感で震える手の感触が、十二年もの間筆を動かした。


 第二魔法のために自分は生まれてきたのかもしれない。呼吸が楽になって青空を見上げた日。

 彼はハレッド学園魔法科で主席だった。

 

 しかしどうしても、魔王を殺せる魔法はできなかった。火を恐れていた、という記載があったため火魔法について研究を続けたが今に至るまで完成していない。

 焦りだけが募り、魔王の足跡すら見えない世界でアルセルドは魔法陣を描き続ける。


◇◇◇


 アルセルドの独白を聞き終わったマロウは口を開けたまま固まる。

 

 彼がどんな気持ちで魔法陣に向き合っていたのか。第一魔法が使えないと知ってから、どれほどの苦悩を背負っていたのか。誰にも信じてもらえず、一人で魔王に向き合って。


 ダバ―ッと涙を流せばぎょっとされる。ハンカチで拭うが止まらない。


「ご、ごめんなさい」

「……なんで君が泣くんだ」

 言葉は突き放すように冷たかったが、声と笑顔は柔らかい。


「すまない、泣かせるつもりはなかったんだ」

 

 首をぶんぶん振る。アルセルドは悪くない。


「やっぱり、アルセルドさんは凄いです。頑張って困難を自分の手で打ち破って」

「そうでもない。――第二魔法に出会えてからの日々は僕にとっての幸福だった。沢山の幸せを、魔法陣を描く度に分けてもらった」


 屈託のない優しい笑顔。第二魔法を知らずとも幸せを感じこんな風に笑えたかもしれない。

 けれど第二魔法に打ち込んだからこそ笑えたことが幸せだった。


 きっと、アルセルドとマロウは魔法陣を描くために生まれてきた。

 生まれ直す機会を貰ったとして。またこの自分の無力さに膝をつく人生を選ぶ。また立ち上がれることを知っているから。


「マロウは、幸せ者です。皆さんと出会うことができて」


 あんなにも小さな星の手を繋いでくれた人たちに、最大限の感謝を。



「――それで、魔王さんを倒す魔法はどこまでできたんですか?」


 アルセルドがひらと見せてくれた魔法陣には、くっきりと太陽の絵が描かれていた。


「火とは元を辿れば太陽から生まれている。太陽の力を使えればと思ったが……だが中々上手くいかないものだな、そもそもとして描いた魔法陣からどんな魔法が出るのかは神のみぞ知ることだ」


 手詰まりだった。魔王がいつ現れるのかも分からないが、十年というのが本当ならとっくに過ぎている。もうあまり猶予はないのだろう。


「……今、魔王はどの人物に根を張っているのだろうか」

「どうなんでしょうねぇ」


 ふう、と頬に手を当てた。

 アルセルドもいつも以上に眉間の谷を深くしている。


 それから、金色の目をマロウに向けた。なにかが繋がったように。


「マロウ。君は二度倒れたと聞いている。その時はどんな状況だった?」

「え? マロウも覚えていないのですが……こう、凛々しくて上級魔法も使いこなしていたそうです」


 まくし立てられ答えれば、まだアルセルドの尋問は終わらない。


「そっちの彼女は上級魔法が使えるが、マロウは使えない。この認識で合っているか?」

「間違っていません」


 肩を掴まれる。手が震えていた。


「二度目に倒れた時は空を飛ぶ男たちに殺されそうになったと山でマロウたちを見つけた時に言っていたな。彼らはなにか言っていたか?」

「えっと、確か姫様という方を探していると言ってました。それで知らないと言ったら殺すと言われて……けどマロウが目を覚めた時にはもう帰っていました。……アルセルドさんって噂話を取り入れないタイプですか?」

「いや、普段なら噂話も大事な情報源だが、本人に聞けるなら一番だと思ったんだ」


 そういえば噂話を信じていなかったら、出会った時風魔法で情報収集なんてしなかったなと思い直す。


 アルセルドはぶつぶつと怖い顔をして呟いている。


「なんてことだ……」


 汗をかいた彼がマロウに向き合い指を三本立てた。

 まず薬指を折る。


「順を追って説明しよう。まず、彼らは僕が五歳の時現れ、無理だと分かると別のところへ行った。つまり誰かが魔王と共生をしていることになる。魔王自体は害を為そうとはしなさそうだった、巣食われている本人は気づいていない可能性が高い」


 次に中指。


「魔王が復活すると言われた十年を、もう二年も越している。魔王は既に出てこれる状況の方が高い。だから彼女は一度出てきたのかもしれない、力を消費するために。そのため巣食われている人は知らぬままに魔力を使われ気を失う」

「……それって、」


 アルセルドが頷く。

 最後に人差し指を折った。


「男二人はマロウたちを始末する気だった。でもそうはしなかった。気づいたんだ、彼女たちの中に自分たちが探していた姫様がいることに。だから殺さなかった」


 マロウも理解できた。その姫様が魔王なのだと。


 一拍間をおいてからアルセルドは重々しく告げた。荒々しく言葉を叩きつける。

 

「――君だ。マロウ・フェリシー、君なんだ彼らが探していた魔王を宿した人間は。十二年前彼らが言っていた、魔力量は多いが魔法陣を持たないもう一人の当てとは君のことだったんだ……!」

「そんな……マロウの、中に」


 魔王が自分の体の中にいた。

 そしてマロウの体の中にある魔法陣とは、その魔王が本来の所有者だった。


 世界が真っ暗になる。


 自分のものではないから初級魔法しか使えなかったのだと思い知ると同時に虚無感に襲われる。急に自分の体が空っぽになってしまったような感覚。


 今にも崩れ落ちてしまいそうになるが、そんな暇は許さないと言いたげにアルセルドに手を引っ張られる。


「……色々なことが押し寄せて不安な気持ちなのは分かる。だが急がなくてはいけない。彼らが魔王を前にして引いた理由。それはまだマロウの中から魔王を出す準備が整っていなかったかもしれない。つまりまた来るんだ、きっとすぐにでもっ!」


 彼らと森で対峙した時の恐怖が足から這い上がってきて、早く逃げなくてはと思う。せめて先生たちに保護してもらわなくては。


 手をしっかり繋ぎ走り出そうとした。


 パチン、シャボン玉が弾けるような音がする。

 

「残念、行かせませんよ」


 結界が割られたのだと気づいたのは、男たちが目の前にいたから。


 男たちは二人に風をぶつけ手を離させてからマロウを引っ張った。必死にアルセルドに手を伸ばすが、一度離れた手は二度と繋がれることなく距離は開いていくばかり。


「マロウ……っ」

「アルセルドさん!」


 マロウを横抱きにした男たちは、そのまま夜の闇の方へと消えていった。


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