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第20話 想いが繋がれてしまったら

 自室で魔法陣を描く。


「……うーん、中々納得いくものができません」


 二十五枚目の魔法陣に、線を大きく引いてから捨てる。

 魔法が暴走した時などはこうするのが一般的な方法だった。


 他にも紙に描いた魔法陣ならやりようはあるが、線を引く方が圧倒的に便利だった。


「難しいです……」

 ペンを放り投げ机に突っ伏す。

 あのアルセルドでも上手に魔法が発動することは稀だと言っていた。たゆまぬ探求心こそが実を結ぶのだろう。


 むん! 気合を入れもう一枚紙を取り出した。


◇◇◇


 授業終わり、マロウは今しがた板書していたノートの一点を見つめ心が重くなっていた。


「――が、我慢できなくて描いちゃいました」

 小さく描かれた魔法陣のアイデアを指で辿る。


 授業中にこんなことするなんて、見咎められて怒られてもしょうがない。

 でも授業中に思いついて、勢いのままどこかに残しておかなければと思ったのだ。


 なにも知らず教室から出ていくセギアに謝る。


「描き移したらすぐに消しますので……許してください」


 手のひらをよく合わせてからいそいそと鞄にしまい、席を立つ。


 そこでミウに声をかけられた。


「マロウさんは今日もアルセルドさんのところ?」

「はい!」

「ねね、今日だけでわたしも行ってみても良い?」


 マロウは一も二もなく頷いた。


「ぜひ! 遊びに来てください」

「やったぁ」


 嬉しそうに飛び跳ねる彼女と共に飛び跳ねてから、マロウは空き教室を目指した。



「アルセルドさん、こんにちは!」

「お邪魔しまーす」

「――今日は友人を連れてきたのか」


 ぱっと笑みが弾ける。

 少し雑談してから、お互い机に向き合った。基本的に話すよりも一人で魔法陣を描いている時間の方が長いのだ。


 ミウはそんな二人の周りを、煩わしく思われない微妙な塩梅で見て回ってる。

 なんにでも目を輝かせる表情が豊かな彼女は、マロウが貸した魔法陣について書かれた本とマロウたちの魔法陣を見比べ楽しそうにしている。


 マロウはその間に鞄からノートを取り出し該当のページを開いた。ゆっくり丁寧に、魔法陣に描き移していく。

 

 魔法陣を描く中で素敵だなと思うものはいくつもあった。

 完璧な円。

 美しい呪文。

 なによりも、美しい星。


 大好きな者たちに導かれるように手が動く。


 背伸びをする頃には九割の部分が完成していた。

 灯りに透かしながら、まだ完成してないけどアルセルドに見せたいという欲求が頭をもたげる。


 そう思ってマロウが振り返れば、アルセルドとミウがなにかを話していた。

 ミウは鈴を転がすように笑い、アルセルドの眉間にもしわが薄い。


「…………」


 マロウはもう一度机に向き直った。


 手元にある魔法陣は、強く握り込んでしまったのか紙の端がよれていた。たったそれだけのことで、あんなにも熱を傾けた魔法陣が急速に色褪せていく。ペンを手に取った。

 後から思えば衝動だった。マロウはそう振り返る。

 軽やかだった右手が今は岩のように重く、必死の思いで動かして大きな線を一本引く。


 それだけで魔法陣としての価値は消えてしまった。悲しそうな目で見つめられた気がした。

 

 魔法陣の面影がなくなるまで強く消したノートに二つ折りにした紙を挟み、閉じる。


 新たに手に取った紙に、苦い気持ちをそのまま魔法陣として描く。

 まともに取り扱ってもらえなさそうなくらい小さな模様をこまごまと置いていく。繋がりなんて見えない。


 じわじわとした熱さが心臓を焼く。鼻をふすふすとさせながら描き上げていると、不意に誰かの顔が隣にあった。


「あれ、新しい魔法陣? 可愛いね、お花畑みたいでわたしはこっちの方が好きかも。……あはは、少しだけアルセルドさんに教えてもらったけどやっぱり難しいねぇ」


 屈託のない笑顔。コトコトと、なにかが音を立てて動く。


「……ミウさん」

「なぁに?」


 その胸に飛び込んで背に手を這わす。


「マロウはミウさんのことがだぁい好きです! とっても大好きです!」

「わたしもだよ、いつも大好きだよマロウさん」


 抱きしめる。

 

 きっとマロウは、除け者にされたと勝手に感じて勝手に悲しくなった。

 友達なんてあんまりできたことがないから、会話に入るのも臆してしまった。

 そんな自分が情けない。


 マロウだって、十八歳になれば成人を迎える。少しずつ成長しなければ。

 大好きな人たちと、ずっと一緒にいたいのだから。


「君たちはいったいなにをやっているんだ……?」

「あ、勿論アルセルドさんも大好きです!」

「そんなことを聞いているのではない」


 マロウはそっと魔法陣を撫でる。さっきまでまとまりのなかったそれが、今は花畑として美しく在った。


◇◇◇


 晩御飯はチキンに小麦粉をまぶして揚げたのと、サラダと丸パンだった。

 香ばしく揚げられていて、玉ねぎのソースが良く絡んで美味しい。


「お姉様、私の分のチキンも食べますか?」


 幸せいっぱいの顔でチキンを食べるマロウにメアリージュンがそっとチキンを差し出そうとするがマロウは首を横に振る。


「いいえいいえ、こんなにも美味しいからメアリーに食べて欲しいです」

「そうですか……」


 しょん、とメアリージュンが肩を下げた。昨日マロウにオレンジを渡したらいたく喜んでもらえたから今日もそうしたかったように、チキンを所在なさげに見つめている。


 ――昨日マロウが貰っちゃったから、メアリーがくれようとしたんだ。

 妹の優しさに胸を打たれて抱き着けば、メアリージュンの体温が上がった気がした。


「ありがとうございますメアリー、大好きです」

「私も、お姉様が大好きです」


 食堂で皆に見つめられていることに気づくまで、二人はずっと抱擁していた。



 メアリージュンの部屋は最上階で、星に一番近い部屋だった。

 招待されたマロウは椅子に座りながら星を眺める。


「きれいですねぇ」

「はい、だからお姉様に一度来ていただきたかったんです」


 空を見上げながらマロウは、教科書の上に乗せた魔法陣にペンを走らせる。


 ぐちゃぐちゃな気持ちのまま描いてしまったそれを完成させなければと闘志に燃える。今のマロウは薪をくべられた火だった。


 そんな彼女を、ベッドに座るメアリージュンは憧憬の眼差しで包む。


「ここに大きな星があったらいいと思うんですよね」

「そうなんですね」

「はい!」


 マロウは空へと旅立った綿毛のように軽やかだった。

 メアリージュンに髪を編まれながら、鼻歌を歌う。歌詞のないそれにメアリージュンがハミングをした。



「――で、できました!」


 マロウは描き上げた魔法陣をじっくりと眺める。その頃には髪の毛は可愛らしい編み込みになり、何本ものリボンが花を咲かせていた。


 消灯時間も近づき、マロウは席を立つ。


「では、おやすみなさいメアリー」

「おやすみなさい、お姉様。――そういえば、お姉様の帰りが遅い日が増えています。ちゃんと暗くなる前に帰ってきてください。学園の敷地内と言えど危険がないとは限りませんし、それに心配します」


 お叱りを受け、マロウは申し訳なくなる。


「……気を付けます、メアリー」

「分かってくだされば良いんです」


◇◇◇


 この魔法陣をアルセルドに早く見せたいし、使ってみたい。


 落ち着かない気持ちで一日を終えたマロウは小走りでアルセルドの待つ部屋へと向かった。


「アルセルドさん! 見てください、描けました!」

「早いな。少し貸してもらえるだろうか?」

「はい」


 魔法陣をじっくり見ているアルセルドに手を組んで祈ってしまう。


 ちらと薄目を開ければ、アルセルドは口角を上げていた。くっきりと浮かぶ笑顔は、魔法陣の出来を雄弁に語っていた。


「凄いな、短時間でこれほど美しく繊細な魔法陣を描くなんて。これは集大成だよ。君がどれだけ真剣に魔法陣に向き合ってきたか、証明されたんだ」


 涙腺が緩みそうになって、慌てて腕で拭う。


「ありがとうございます、アルセルドさん……」

「あぁ。それで、今から試してみるか?」

「えっ、爆発してしまうかもしれませんよ!?」

「こんなに小さい魔法陣では規模などたかが知れている」


 アルセルドですら失敗することが珍しくない、それが魔法陣を新しく作るということ。


「でも……」

「なに、失敗して取り返せないことなんてごく僅かだ。繋ぎ直せばいい」

「……はい!」


 覚悟を決め、魔力を通す。

 魔法陣は淡い桃色の光を発生させ、風となった。アルセルドの周りを飛び、暫くして満足したのか薄くなり消えていく。


 初めて見る魔法で首を傾げてしまう。アルセルドの側に寄った。


「アルセルドさん、大丈夫ですか? ……アルセルドさん?」


 彼は答えない。無言で頭を手で押さえている。


 まさか体調に異常をきたしてしまったのかとマロウは顔を青を通り越し、白くさせた。


「アルセルドさん、ごめんなさい! 先生を呼びに行きますねっ!」


「――待て」


 魔法陣を近くの机に置き走り出そうとしたが、腕を取られその場に静止する。アルセルドはまだ俯いている。


「アルセルドさん?」


 顔を覗き込もうとした。だが彼が体を近づけ、反射的に二歩下がった。それ以上いけなかったのは、腕をまだがっちりと掴まれているから。痛くはないが抜け出すこともできない微妙な強さで握られている。


 また距離を詰められていく。その度に二歩ずつ下がるが、狭い教室ではすぐに限界が訪れた。

 壁に背が当たり、はっと見上げればアルセルドに追い詰められていた。壁に手をついた彼はじっとマロウを見下ろしている。


 ……まさか、まさか。


 あの魔法陣を描いていた時の気持ちを思い出し、背筋に冷たい汗が伝う。


 マロウは仲間外れにされたようで寂しいと思っていた。その気持ちのまま描き殴った。であれば、魔法陣がそれに引っ張られるのも必然であると言えた。


「マロウ……」


 熱をたっぷりと滲ませた声で名前を呼ばれ、想像は確信に変わる。


 マロウは自分を好きにさせる魔法を、アルセルドにかけてしまったのだ。






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