第19話 魔法陣と小さな恋
授業中。
今日は学園の開けた場所で上級魔法を行使する内容だった。
皆が真剣な表情で詠唱する中、マロウは大きい紙に魔法陣を描いていた。三十五分もの間。
同じクラスの生徒たちは、第二魔法が物珍しくいったり来たりしては覗き込んでいる。
授業終わりまで後十五分。まだ描き切る兆しの見えないマロウに、ミウが焦れたように声をかけた。
「大丈夫? 授業もう終わっちゃうよ」
「あと少しで終わらせてみせます!」
マロウもゆっくりであれば上級魔法の魔法陣も間違えるように描けるようになってきた。アルセルドも、時間ギリギリまでかかっていも良いから正確にやることが大事だと念を押されている。
今日行使するのは上級火魔法。より正確な位置に適切な模様を描くことが求められる。
円を描くことはすっかり慣れた。美しい正円、全てを繋ぐための一番大事な枠組み。
中央に黒い小さな丸を。火は太陽から生まれるものだから。
太陽を囲む小さな六芒星たちは力の制御のため。
――そして。上級火魔法の呪文を書き込む。
【|アン・レーヴ・エテルネル・ダン・レ・フラム・ドゥ・ランフェール《業火の中で永遠に覚めぬ夢を》】
出来上がった紙を持ち上げる。
円環を成した魔法陣はどこか嬉しそうにも見えた。アルセルドが見ている景色の淵をなぞることができたような嬉しさで舞い上がる。
セギアはマロウが来ると、時間には間に合ったようだねと安心したようだった。
指定の位置に立つ。目標は三十m先にある的。
中央だけを焼くという非常に高い技術が求められる。
右手の親指をきゅっと触ってから、魔法陣に魔力を流す。
魔法陣が深紅を帯びる。パチパチと小さく火花が散る。人差し指と中指で的を指させば、閃光の速さで炎が飛んだ。
的の中央だけを焼き焦がした火は、役目を終えたように空気に触れ溶けていった。
無事成功して胸を撫で下ろせば、周囲の生徒たちが一斉に拍手を送ってくれた。気恥ずかしくて一度深く礼をしてからぱたぱたとセギアの下へ行く。
「素晴らしい魔法だったよ。……強いて欠点を言うとするならば、やはり時間がかかることだろうか。でもそれもすぐに改善されるだろう」
「ありがとうございます!」
今まで頑張ってきたことが実を結んだようだった。
早く放課後にならないかな、とマロウは口元に手を当て微笑んだ。
◇◇◇
放課後。いつもの空き教室に行けばアルセルドはいつものように魔法陣を描いていた。
ふと疑問が湧き上がる。
彼はマロウより何倍も魔法陣を描くのが上手なのに、いつも真剣だ。驚きに満ちた眼差しを注いでいる。
アルセルドからしてみれば魔法陣とは終わりなき学問であるのだろうが、それにしてもいつもやっている。
「アルセルドさん、いつもそんなになにをしているのですか?」
彼が一段落したところで質問してみれば、アルセルドは魔法陣を見せてくれた。
初めて見る魔法陣だった。
「僕は新しい魔法陣を作っているんだ」
「……あ、たしかに初めて会った時もそうでしたね」
アルセルドが床に座り込んで描いていて。マロウが駄目にしてしまって怒っていた。
魔法陣を描くようになった今では申し訳なさがひとしおだった。
出来上がった魔法陣は大きな六芒星を結んでいた。
「どんな魔法になったのでしょうか……!」
完成するまで分からないという言葉を思い出し身を乗り出せば、しばし思案してからアルセルドが魔力を通した。
魔法陣からちらちらと雪が降ってきた。
しゃがみこんで手のひらに受ければ、冷たいそれは手の熱さに吸い込まれ溶けていく。
きゃっきゃと喜んだが、瞬きの後に雪は降らなくなった。
「もう終わっちゃいました」
「まだ改善の余地はあるということだな。それでこそ美しい、思い通りにはいかないからこそ人間は魔法に敬服するのだから。袖にされるくらいが幸せなんだよ」
魔法に敬愛の意をまっすぐ示す彼はとても美しい。
「……まぁ、雪が降るくらいなら可愛いあしらいだ。酷いと爆発したりするからな」
「ひえ」
もしかしたらこの魔法陣も爆発していたのかもしれないと思うと肝が冷えた。
ぶるると震えていれば、アルセルドがマロウを見た。
「上級魔法は上手に使えたか?」
今日行われる授業は事前に話していた。
マロウは胸を張る。
「もっちろんです! 失敗せずできましたよ! 先生からも褒められてしまいました」
「それなら良かった。顕在する魔法も行使する人間によって差が出るとされている、第二魔法は魔法陣を描くのだからより浮き彫りになる。君の魔法はわき目を振らずまっすぐ目標へ届かせようとする意志が滲んでいるからな。今回の内容だと有利に働いただろう。これは誇らなくてはいけない、君は自分の価値をよく理解しているのか謎だが、自分を下げるのはやめたまえ。他の魔法使いたちの顔がなくなってしまう」
「……えへへ」
親しくなっていく内に、アルセルドの早口はあまり聞かなくなった。
最初は詰められているように感じたそれも、今では嬉しくて堪らない。
五月のマロウは、暗闇の渦中で自分が立ってるのか座っているのかすら分からなかった。
ミウが焦っていたと零した時、同じだと思った。
けれどアルセルドの魔法陣の説明を聞いている時間は忘れられた。言葉を咀嚼するのに必死すぎて。
半年間第二魔法に向き合い魔法陣を描き続ける日々で気づいたことがある。
誰にでも、方法は違えど扱う自由は与えられているのだ。
マロウはスチュアートに言われた通り自分は駄目な人間だと思っていた。そうではないと気づけたことが幸せだった。
頑張れば、必ず足を留めてくれる。
だからこれからも、前に進みたい。
「――アルセルドさん、マロウにも魔法陣の作り方を教えてほしいです」
「勿論だ」
◇◇◇
「魔法陣を構成する上で必要なものは、もう理解しているはずだ。魔法の元となるもの。それを制御するもの。これらを組み合わせることで魔法は生まれる」
「なるほど……」
やってみたいとうずうずする。
体を揺らすマロウに彼は苦笑気味になった。
「他に気を付けることはありますか?」
「描き込みすぎないこと、だろうか。あまり窮屈にしては発揮できる力も出せなくなる」
「気を付けます! 描き込みすぎません!」
早速、紙にペンを走らせた。
――十分後。マロウは早くも行き詰っていた。
うーんうーんと頭を抱える。
「思っていたより難しいですね……」
「初めてというのは皆同じだ」
「アルセルドさんも?」
「僕も」
季節はもう秋。日が沈む時間も早くなって、燃えるようなオレンジ色から紺碧の色へと姿を移ろえる空に星が振りまかれていていた。
淡く輝いている。星座の本で覚えた通りに星をなぞる。
「はくちょう、くじら……」
繋ぐ。小さな星も取り零さず。
もうさそり座は反対側へと姿を消していた。瞼の裏にまだアンタレスの赤がある気がする。
アルセルドも黙って星を見つめている。彼の中に、名もなき星はまだいるだろうか?
この広大な星の海を繋いだ天文学者を想う。なにを考えていたのだろう。どんな風にこの景色が映ったのだろう。
「繋ぐ……繋ぐ……」
マロウならあの星とあの星を繋ぐかもしれない。
「アルセルドさん、こう繋げばリボン座ができました」
「……マロウはやはりまっすぐだな、安直すぎるほどに」
今のは彼にとっての最大限のフォローだったかもしれないがちょっぴり傷ついた。
アルセルドの隣に移動する。
「じゃあアルセルドさんならどう繋ぎますか?」
「そうだな、僕なら――」
夜がとっぷりと更けるまで二人は星を繋ぎ続けた。
寮に帰るのが遅くなってメアリージュンに心配されたのはそれから一時間後の話だ。




