第18話 美しきもの
カーテンが靡く。
差し込んだ朝日に揺り起こされれば、二度目となる天井がマロウを見下ろしていた。
体を起こせば、ベッドのふちでメアリージュンが顔をうずめ寝息を立てていた。
何時間経ったのか分からないがずっと看病してくれていたのだと申し訳なく思っていると、アルセルドが入室した。
手には水差しがある。
「おはよう、今回は随分寝ていたな。喉は乾いているか?」
◇◇◇
起きた後マロウも色々と聞かれたが、やはり気を失ってからは全く記憶がなかった。
セギアは、マロウから指輪を受け取った。
「魔法陣は一度しか使えないからね。暫くこれは借りるよ」
「この指輪に助けられました」
「……いや、君たちが危険に晒されている時なにもできなかった」
それから彼は頬を緩めた。
「……っと、いけない。君と話したい人は沢山いるのに私一人が占領してしまうところだった。マロウさん、困ったことがあれば遠慮なく来てほしい」
「ありがとうございます」
部屋の外に出れば、ミウとシュザンヌが待ち構えていた。二人にぎゅうぎゅう抱きしめられる。
「もう、貴女ったら一日も眠りこけているなんて! 私とミウ様がどれだけ心配したと……!」
「体辛いところはない?」
心配されて面映ゆくなる。
えへへと笑っていれば、シュザンヌがぎっと眉尻を吊り上げた。
「……それにしても、貴女ローブの下の服が少々貧相ですのね」
指を差されてわが身を顧みれば、そこには布を被っただけのような紺のワンピースが。
メアリージュンが制服から変えてくれたのだろう。
「やっぱり、変ですか?」
「自覚アリでそれなのです? 余計たちが悪いわ」
シュザンヌは腕組をして顎をつんとそびやかした。
「服、買いに行きましょ」
◇
今日は学園がお休みの日。それなのにミウとシュザンヌは、マロウが起きたという報せを受けわざわざ来てくれたらしい。
確かに私服だった二人に今から買いに行こうと誘われ、マロウは急遽自室で着替えていた。
メアリージュンに貰った服は夏用で少し肌寒いと悩んでいると、丁度良く扉が叩かれる。
「お姉様、お加減はいかがで……。今からどこかに行くのですか?」
「はい、今から服を買いに行きます!」
おしゃれにあまり頓着しない姉の発言に、前々から思う存分着飾らせたいと思っていたメアリージュンの目が光る。
「お姉様、今から大事なことを二つ言います」
「はい」
「一つ目は、今日は私の服を貸します。二つ目は――私も連れて行ってください」
きゃあ、とマロウが感嘆の声を上げる。
「ありがとうございますメアリー! 優しい妹がいてマロウは幸せ者です」
「――で、それが妹のメアリージュン様ということですのね」
「ごきげんよう、メアリージュン・フェリシーと申します」
「私はシュザンヌ・アストレインです、よろしくお願いします」
「わたしはミウ・テリアです。仲良くしてくださいね」
妹が自分の友達と仲良くしてくれるのは嬉しいと笑みが溢れてから、シュザンヌは自分のことを友達とは思っていないかもと思い留まる。気分が落ち込んできて、雑念を散らすために首を振った。
マロウはメアリージュンに貸してもらった服を改めて見る。
白いブラウスに、茶色の毛糸で編まれた厚手のカーディガン。それに紺色のスカート。
自慢の妹が持っている服は可愛い。
あの桃色のワンピースもとても素敵だったから、同行してもらえたのは幸運だったのかもしれない。
「では行きましょうか」
四人は肩を並べて歩き出した。
街は休日ともあって人の往来も多かった。
「まずはあの店に行きましょう」
シュザンヌが選んだ店は、華やかな可愛いフリルがあしらわれた服が並んだ店だった。
「マロウさんには小さい柄で可愛らしい型の服が似合うと思います」
メアリージュンも異論はないらしい。
店にはいれば、トルソーに着せられた服が出迎えてくれた。
ミウが飾られている服の一つを手に取る。小花が散らされた薄青のワンピースだった。ネモフィラで色染めをしたような色が目に鮮やかだった。
「わぁ、本当にとっても素敵です」
試着することにし、試着室でマロウは着替える。
ボタンを全部止め終えカーテンを開ければ、三人に「可愛い」と褒められる。
「マロウさんほっそりしてるからワンピース凄い似合うね、可愛い」
選んだミウがにこにこしていれば、メアリージュンがどこからか一式を持ってきた。
「では次はこれをお姉様。……あぁ、でもやはりこちらも捨てがたい」
苦悶しながらメアリージュンが渡してくれた服に着替える。
黄色のセーターに藍色のスカートだった。優しい黄色のセーターは、アルセルドがくれた黄色いリボンにも合いそうだと頬を緩めた。
「マロウ、これにします! ありがとうございます、メアリー!」
「お姉様に喜んでいただけたなら嬉しいですわ」
ふふんと胸を張る妹の姿を愛でていれば、シュザンヌからカチューシャを渡される。
「きっと似合いますわ」
「ありがとうございます」
それからも服を何点か見繕い、四人はカフェでお茶をすることになった。
◇
紅茶を飲む。
メアリージュンが選んでくれた服に身を包みながらお菓子にも手を伸ばしていると、当の本人がまだ唸っていることに気づく。
「やっぱり、あの服も買っておけば良かったかもしれません……せっかくのお姉様との買い物なのですから」
「じゃあ今から買いに行こうよ」
ミウが提案し、二人は今からもう一度あの服屋に行くらしい。
「お姉様、すぐに戻ってくるので!」
「行ってくるねぇ」
「いってらっしゃいませ」
シュザンヌと二人きりになる。なにを話そうかと横顔を眺めていると、「あ」とマロウは声を上げた。
「た、大変ですシュザンヌさん……。マロウ、勝負に負けたのにアルセルドさんと話してしまいました!」
「……なにかと思えばそんなこと。別に貴女負けていませんわよ」
「え?」
マロウは採取することができなかった。逆にシュザンヌはできていたはずだ。理解が追い付かないでいると彼女は呆れたように紅茶を飲んだ。
「私も採取できなかったんです。変なのに襲われたせいで」
「でも……」
なおも言い募ろうとするが、シュザンヌが話始め口を閉じた。
「入学した頃、とても美しい魔法を使う人に出会いましたの。私はすっかり心を奪われ、彼と婚約したいとお父様にお願いしました。お父様も魔法に秀でた彼なら我が家の未来も明るいと、断られても何度も申し出をしてくれました。……けどそれはある日ピタと止まりました」
シュザンヌはティーカップを持つ手に力を籠める。
「お父様が彼は体内に魔法陣を持っていないと知ったからです。ほら、魔法陣を持たない両親からは同じく持たない子が生まれる可能性が高いでしょう? ――私、諦めきれなかったんです。美しいアルセルド様の隣にいたかった」
その言葉が過去形なことに気づいたのは、柔らかい表情で見つめられている時だった。
「私、美しいものが大好きです。だから美しい人が彼の側にいるなら、その姿を見れるなら、とても幸せだと思いました」
本当に可愛らしい笑顔だと思った。
「貴女を応援しますわ、マロウ様」
◇◇◇
夕日が沈む頃。メアリージュンと二人で寮に帰る。
「今日はとても楽しかったですね」
「はい、お姉様」
今日の晩御飯の話をしながら歩いていれば、前方からアルセルドが歩いてくる。本を抱えながら歩いている彼の下に行けば、じっと服を見られた。
「えへへ、この服メアリーたちに選んでもらったんです。似合ってますか?」
「僕にはその服の良し悪しを判断することはできないが、似合っているとは思う。黄色だな」
感想が見たまんま過ぎて複雑な気持ちになっていると、アルセルドがつけ足した。
「星の色だな」
「……っはい!」
足取り軽く寮へと消えていくマロウを見送り、アルセルドはふっと頬を緩めた。




