第16話 秋の収穫大会、終わり
セギアたちが気づいて来てくれればどうにかなるかもしれない。一抹の願いにかける。
「……姫、様?」
「そうですよ、僕たちの姫様です。十二年ほど前にこの国のどこかに置いてきたはずなんですか」
「そ、そんな人わたしたち知りません!」
「おや」
長身の男がミウの発言に目を見開いてから、次にシュザンヌを見た。
どうして知らないのだろうと言いたげな、心底不思議そうな顔で。
その表情だけで背筋が凍り、彼らは人間の形をかたどっているだけのなにかだと理解する。
「貴女は姫様の居場所に心当たりは?」
「な、ないですわ」
「おっかしいですねぇ」
二人の男はマロウたちを置いて話し始める。
「確かにここら辺で反応があったんですよね?」
「当たり前だろ。俺が姫様の魔力を間違えると思うか?」
「ふぅむ、それならどうして誰も気づかないのでしょう。夜より暗い濡れ羽色の髪に血を煮詰めたような深紅の瞳。別格のオーラを放つあの人のことを」
二人はまだ話し合っている。出直すしかないのか、と残念そうに。
「――まぁ、まだお迎えに上がる準備も整っていなかったので丁度良かったと言うべきなのでしょうか?」
「そうだな」
話はまとまったようだった。
最後にマロウが目で射抜かれる。
「一応聞いておきますが、貴女も心当たりは?」
「ないです……」
「そうですか、だったらもう良いですよ」
解放される。安堵の息を吐いた。
――だが彼らは唇を吊り上げた。悪寒が体を走る。
「口外されても困るので、貴方たちにはここで消えていただきましょう」
「賛成」
◇
葉をかき分け、木の根に躓きながらもマロウたちは必死に走る。
生い茂る木の枝で擦った頬が痛みを訴えても構わず走り続ける。
だって後ろには命を刈り取らんとしている者たちがいるのだから。
彼らは魔法も時々放ってくるが、そのどれもぎりぎりで当たらない。単に運が良いというよりは、わざと当てずに楽しんでいる気がした。
絶対的な狩人と捕食される動物。逃げ切れる気がしない。
「はぁッ、はぁ……ッ」
「おいおい、無駄な抵抗なんてやめちまえよ」
「こら、そんなことを言ってはいけませんよ。あの生き汚さこそが人間たちの唯一の利点なのですから」
ローブが足に絡まりそうになりながら、それでもまだ走り続ける。
「シュザンヌさん魔法でなんとかできないの!? 一番上のクラスなんだしッ!」
ミウが叫べばシュザンヌも吠える。
「無理、ですわ……ッ、走りながら詠唱なんて!」
全力で走り続けることしか方法は残されていなかった。
森の中はまだ薄暗く、出口は遠い。そもそもちゃんと出口に向かって走っているのかも危うかった。
その最中、ミウが木の根に足を引っかけ転んでしまった。足を捻ったのか苦悶の表情を浮かべている。
「ミウさん……!」
「おっ、まずは一人目!」
マロウは振り返り、すぐに行こうとする。その手をシュザンヌが掴んだ。
「貴女まで死にたいのですか……!?」
「――でもっ、」
怖くて怖くて、できれば走って逃げたいのかもしれない。
けどどうしても助けたいのだ。
上級火魔法を打ち込もうとしている男とミウの間に入って両手を広げる。
心臓が五月蠅くて鳴りやまない。視界がぼやける。一瞬後悔に似た感情が押し寄せたが蓋をした。
「ミウさんに手出しはさせません!」
「おうおう、お熱い友情だな。愚かで反吐が出るぜ」
そのまま魔法が放たれる。
迫りくる痛みに目を堅くつむる。
大地を揺らすほどの衝撃と爆発音。
マロウが立っていた位置から、白い煙が立ち昇っている。
「マロウさん……ッ!!」
ミウの悲痛な声がこだました。
◇◇◇
煙が離散していく。
ミウが泣き崩れる。そんな彼女に男は再度標準を合わせる。
「守ってもらったのに残念だよなぁ。次はお前なんだから」
「――そんなこと、わたくしが許すと思って?」
「……っ」
マロウの声だった。しかし冷たさすら感じるその声が彼女のものだとは、この場にいる全員が思わなかった。
煙がすっかり晴れて。そこにはマロウが傷一つなく立っていた。余裕たっぷりな笑みすら浮かべている。
「どうやって……」
「あら、わたくしはただ水魔法をぶつけただけよ」
あの短時間で魔法を展開したのであろう口ぶりの彼女に、ミウとシュザンヌは目を見開くことしかできない。だがそれは男たちも同じだった。
頬を紅潮させて、目には涙を浮かべている。
「あなたは、貴女様は……!」
マロウはミウたちを庇うように立つ。
「この子にとって守りたい人たちなら、それはわたくしにとっても同じこと。手出しなんてさせませないわ、引きなさい」
彼らは無言で考え込んでいるようだった。長身の方が手を叩く。
「……そうですね、今回はそうさせていただきましょう。こちらに近づいてくる魔法使いたちの気配もしますし」
あっさりと引き、森の奥へと姿を消した。
シュザンヌとミウがようやく一息つく。
「――あれ、マロウ生きてます。なぜでしょうか」
そこに能天気な声が一つ。マロウはほえ、と気の抜けるような顔をしている。
「貴女、なにも覚えておりませんの?」
シュザンヌが呆れたように顔をしかめる横でミウがマロウに抱き着いている。
「マロウさんが無事で、本当に良かった……っ」
「……心配をかけてごめんなさい」
「ううん、謝らなくちゃいけないのはわたしだけだよ。危険な目に合わせてごめんなさい」
暫く抱擁してからマロウはミウの肩に手を回し、足を捻っている彼女を支える。
「さ、早くこの森から出ましょう。先生方と途中で合流できるかもしれませんし」
「そうだね」
そこで矢のような声が飛んできた。
「ちょっと待ちなさい、貴女まだ花を採取してないんじゃない? そのまま帰ったら私の勝ちになるわよ」
ぐっとマロウは押し黙る。だが黄色のリボンが視界の端でちらと揺れ彼女の心は決まった。
「きっとアルセルドさんなら、この判断をしたマロウを褒めてくれます。……一緒にミウさんを支えてくれませんか?」
「…………」
シュザンヌはもなにも発さなかった。
黙ってミウに肩を貸し、歩き始める。
三人で力を合わせて歩く中、シュザンヌは硬く硬く閉じていたこぶしをゆっくり広げ。
これで良いとふっと笑った。
歩き続ける。体力もとっくに限界の中崩れそうになりながら歩いていると、遠くからマロウの名前を呼ぶ声がした。
セギアたちだと、はっと顔を上げる。
「――ここに! ここにいます!」
「こっちです!」
「ここにいます!」
三人で最後の気力を振り絞りながら叫べば、必死な表情をした教師たちが現れた。
その中にはアルセルドの姿もある。
こちらに駆け寄ってくる彼の姿に緊張が一気に解れ、マロウは気を失った。
◇◇◇
保護された後ミウとシュザンヌは着替えてから聴取を受けた。
話を聞いた教師たちは森への出入りを禁止し、有事に備え学園にも結界を張った。
「またマロウさんの別人格が姿を現したのか……」
セギアが苦々しく零す。いざという時に渡した指輪がこんなにすぐ、しかも本来の用途とは別の形で活躍したからだろう。
ミウとシュザンヌの話では、別人格はやはり危害を加えるものではなく彼女たちを守ろうとしてくれたらしい。
だがこうも言っていた。男たちは「姫様」という人物を探していること。そしてマロウの別人格に感動した様子だったこと。
無関係とは思えない。
とは言え今できることは少なく、学園を巡回する時間を増やすくらいだった。
他の教師も概ね同じ意見らしく、こうして教師たちによる緊急会議は大した進展はなく終わった。
そして今回、薬草の採取を行えなかった二名の生徒マロウ・フェリシーおよびシュザンヌ・アストレインについては、不測の事態によるものであり、当該状況下において最善を尽くしたものと認められたため、不問とされた。
当のマロウは、前回同様気を失い救護室でメアリージュンに看病されながら昏々と眠り続けている。
アルセルドは救護室の一角でずっと魔法陣を描いていて。
姉に声をかける素振りもない男にメアリージュンは乱雑な手付きで水に浸したタオルを絞った。




