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第15話 秋の収穫大会、始まり

 婚約者。

 体が石になっていると、少女に抱き着かれたアルセルドはげんなりとしている。


「婚約者じゃない、婚約者候補だったシュザンヌ・アストレインだ。何度もその話は断ったのにしつこくまとわりついてくる、同じクラスだから逃げることもままならないんだよ。ねぇちゃんと僕の話を聞いているのか、マロウ。君のために説明しているんだぞ」

「……あ、はい、聞いています……二人は婚約者じゃない……」


 本当に理解できているのかとアルセルドが何度も同じ言葉を繰り返せば、ようやく届いたようだった。


 ミウは頬に手を当て、シュザンヌに流し目をする。


「それで、その婚約者候補さんが突然乱入なんてどうしてですかぁ? 二人は一学期から既に交流があったのに、まるで今知って邪魔をしに来たようですね」


 シュザンヌの頬にさっと朱が走る。歯を噛みしめた彼女は背を翻し去って行った。


「真実は時として人を傷つける、だよマロウさん」

「なるほど……?」


 そこで脅威は去ったように見えた。だがシュザンヌは翌日も襲来した。



 教室に歩いて向かっていると、空き教室の一つから手がぬっと出てきて引っ張り込まれる。


 カーテンで日が遮られた部屋にはシュザンヌが立っていた。

 睨みつけられ肩を縮める。


「再度言います、アルセルド様から離れてください。彼と結婚するのは私です」

「い、嫌です」


 ピクリと彼女の片眉が不愉快そうに上げられる。

 金髪をぶわりと靡かせながら、シュザンヌは大きなため息を吐いた。まるでこちらがまちがっているような態度に反感を覚えるが、黙って断固とした決意を見せる。


 アルセルドと離れる未来なんて、マロウにはもう考えられないのだから。


「不愉快です、将来の伴侶が他の女性と逢瀬をしているとなれば、黙っていられないのは当たり前でしょう? だから即刻距離を置いてください」

「それは無理です。だってマロウは、アルセルドさんが好きです。優しいアルセルドさんが、とっても大好きです。それに第二魔法だってもっともっと学びたいです。なのでそのお願いは聞くことができません」

「っ強情ですわね」

「はい!」


 きっぱりはっきり。親指を握りながら顔を上げれば毅然とした態度で断る。


「シュ、シュザンヌさんだって候補だって聞いています。だから強制される謂れはない、です」


 反発すれば、眉間にしわを寄せたシュザンヌがこぶしを握り締める。


「酷い……なぜ皆、私の邪魔をするのですか! アルセルド様は全然構ってくれませんし、こんなお邪魔虫まで!」

「え……あわわ、悲観的にならないでください」

「誰のせいよ!」


 怒っていた彼女は、はっと顔を明るくさせた。


「じゃあ勝負しましょう。私が負けたらアルセルド様から離れる。代わりに貴女も負けたら離れてね」

「変な勝負には乗るなと教えられています」

「正当な勝負よ」


 むむむ、と見つめ合う。


「私は入学してからずっとアルセルド様を想ってきましたの。だから諦めきれません」

 諦めきれないという割に、勝負の内容は運に近いものであった。それほど自信があるのだろうかと不思議に思う。


「――分かりました。勝負だってどんとこいです」


 シュザンヌはほっと顔を綻ばせた。


◇◇◇


 収穫大会とは魔法科の生徒だけで行われる催しで、普段の授業をどれだけ真面目に行っているかの判定と運動不足の改善を主な目的としている。

 内容は学園の裏にある広大な森での薬草の採取。事前にくじ引きを行い、引いた紙に書かれた薬草を採取してくる。特に順位付けは行われていない。


 当日。ジャージに着替え、メアリージュンにリボンで一つ結びにしてもらったマロウは意気込んでいた。

 このくじ引きにすべてがかかっていると言っても過言ではない。

 勢いをつけながら引いた紙には――群生地が森の奥にしかない植物『モラの花』と書かれていた。


 モラの花は森の奥にしかない上、日を遮る場所にしか咲かない。大変なのを引いてしまったとどんよりと気が重くなる。


 だが収穫大会は滞りなく始まってしまった。生徒たちが森に散り散りになる。

 マロウもその後を追った。



 取り敢えず森の深くへと足を延ばす。一時間ほども歩けばすでに周囲から人の気配はなくなっていた。


「えっと、土も湿ってるのでこの辺りだと思うのですが」


 きょろきょろと見回せば、突如後ろから目を覆われた。振り返ればミウが楽しそうに笑っている。


「ミウさん」

「わたしの簡単でもう終わったから助太刀に来たよ」


 紫色の花を掲げられ、パチパチと拍手する。


「ありがとうございます」

「こんなのお安い御用だよぉ」


 二人並んで歩き、マロウはミウに眩しいものを見つめるような目を向けた。


「ミウさん、どうしてマロウにこんなに親切にしてくださるんですか?」

「えー? それは前言ったよ、マロウさんが助けてくれたからって」


 ミウは木々の葉で覆われ光が降り注がない空を見上げる。


「わたしの家厳しくって。不器用なわたしはあの時少し焦ってたの。……だけどマロウさんが助けてくれて。わたし、本当に嬉しかったんだよ。まだ助けてくれる人がいるって知って」


 最後まで聞き終えたマロウは、むんずとミウの手を掴んだ。目を見開いたミウは涙を浮かべているマロウに顔を困ったように引き攣らせる。


「その気持ち、凄く凄く分かります! とっても嬉しいですよね!」

 別人格がやったことなので他人事みたいに感動するマロウのちぐはぐさに、事情を知らないミウは虚を突かれたようだった。

 だがすぐに目を細める。


「……うん。だからね、ありがとう」


 暗い道だって、仲の良い子と歩けば花道なのだとマロウは初めて知った。



「うーん、中々見つからないね」

「そうですね」


 薄暗い森の中は、晩夏といえどまだ暑さが残るのにひんやりとしていた。

 ジャージだけでは薄く、ローブも来てくれば良かったと後悔する。


「――あ」


 ミウが唐突に声を上げた。視線の先を辿れば、白いモラの花が咲き誇っている。


「やったぁ、見つかったね!」

「はい、ありがとうございますミウさん!」


 ハイタッチしてから群生地に足を踏み入れる。

 茎がマロウの膝まで伸びていて、白い花は首を垂れるように俯いている。日の光がない暗い世界でその白い花は月みたいにぽっかりと存在していた。


 なるべく小さな花を、と吟味していると花々に隠れるようにしてなにか箱のようなものが埋まっていた。角が飛び出している。


 なんだろうと地面を少し掻いてみるも、固くて掘り起こすのは労力がいると考えやめた。

 白い花を採って早くミウと帰らなければと思う。



 その時。耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。周囲を目視すれば、誰かが走ってこちらにやってくる。


「あれってシュザンヌさんじゃない?」

 そう言われ改めて目を凝らせば確かに彼女だった。手には採取したであろう草を握っている。


 状況を聞くより先に、マロウたちの存在に気づいたシュザンヌが声を上げた。


「逃げて! ()()――!」


 言い終わって間もなく、ドゴォッと地面がなにかに抉られる音が鳴る。

 水しぶきが顔にかかって、正体は水魔法だと分かった。これほどの質量の魔法を扱えるなにかに追われている。背筋に冷たい汗が伝った。


 シュザンヌと共に走り出すが、森の中は走りにくい。その間にもなにかは刻々と迫ってくる。


「――あぁ、止まってください。僕たちは貴女たちに危害を加えるつもりはありません」

「そうだよ」


 場違いなほど優しい男性の声だった。足を止め振り返れば、男性が二人宙に浮かんでいる。

 ミウがカタカタ震えながらマロウの側による。シュザンヌも人と合流して安心感が生まれたのか、先ほどよりは冷静な顔つきだった。


 逃げ切ることは多分できないから、話を聞いてみようとミウに提案される。

 マロウは指輪に魔力を流す。セギアが来てくれることを願って。


 空を浮かぶ男たちの内、長身の方が歌うように告げた。


「僕たちはただ姫様の居場所を教えてほしいだけなのですよ」


 震えを叱咤する。だが膝は生まれたての小鹿より酷く震え、今すぐにでも崩れ落ちそうになる。


 アルセルドさん。

 無意識でその人の名前を呼んでいた。





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