第14話 新しいクラス
夏季休暇が明け、今日から新しいクラスでの授業が始まる。
そうっと教室に足を踏み入れれば、当然だが沢山の見知らぬ生徒たちがいて尻込みしてしまう。
扉の前でうろうろしていれば肩に手を置かれた。
「久しぶり、マロウさん。教室に入らないでどうしたの?」
「あっ、ミウさん」
知り合いがいるというのは心強い。彼女に背を押されながら入れば、クラスの視線がマロウに集中する。
しかしすぐに彼らは興味を失くしたのか雑談に戻っていった。
ミウはマロウを押し、教室の奥へと行く。
二つ並んだ机の右側にミウは鞄を降ろし、隣を指さす。
「こっちがマロウさんの席。えへへ、仲良くしようね」
「はい」
マロウも椅子に座り、机の引き出しに今日の授業で使う教科書を詰め込んだ。
鐘の音と同時に初老の教師が入室する。
鳥の巣のような白い髪の毛の彼は、どすどすと入ってくると教壇に教材を置いた。
「では授業を始める」
彼にちらりと見られた気がして。マロウは慌てて教科書を出した。
◇
「今日の授業は教科書七十二ページからになる」
そこには第二魔法について載っていた。
「魔法は第一魔法と第二魔法の二つがある。第二魔法――中継ぎ魔法は今ではあまり使われなくなったが、魔法の書き換えが第一魔法よりも簡単であることや魔力量が少ない者でも上級魔法が使いやすいなどの利点も存在する。それ故百年ほど前に一度第二魔法は絶滅しかけたが、近年では有用であると見直され研究が進んでいるそうだ」
ノートに教師の話を書き写しながらマロウは教室中を見て、寝ている生徒が一人もいないことに驚く。皆背筋を伸ばし教師の話に真剣に耳を傾けていて、真ん中のクラスでこれなら一つ上のクラスではどうなってしまうのだろうと手を口に当てはわわとした。
今度アルセルドに質問しようとノートの端にこっそり記しておく。
教師は黒板にチョークで魔法陣を描いた。
「魔法陣を用いた中継ぎ魔法は今日だと『第二』魔法だと呼ばれているが、出現は中継ぎ魔法の方が遥かに早いと近年判明した。千年前から中継ぎ魔法の祖先はあったという書物も見つかっている。我々の体にも魔法陣があると分かったのはもっと時間が経ってからだ、という訳で本来なら『第一魔法』と修正しなくてはいけないが、既に周知された情報を正すのは難しい。しかし近い未来で修正されるかもしれないね」
説明を終えた教師はマロウを鋭い眼光で一瞥した。
「――マロウ・フェリシー、最初に魔法を編み出したのはどんな人間か分かるか?」
名指しされ心臓が飛び上がったマロウは慌てて教科書をめくるがそれらしき記載はない。ミウに視線で助けを求めるが彼女もお手上げらしかった。
つまり自分で答えを導き出さなければならない。
逸る気持ちを落ち着かせるため、右手の親指を反対の手で握り込む。
これはアルセルドと共に考えたことだった。焦ると頭が真っ白になると打ち上げれば、彼は落ち着くために大事なのは特定の行動をすることだと教えてくれた。
右手の親指を握る。これがマロウが決めた特定の行動。
きゅうと握りながら脳を落ち着かせる。
誰が魔法を考えたのか。……逆にアルセルドだったら、なにを見て魔法を考えるか。
「……星を、見ていた人ですか?」
教師は細い目を見開き黒目でマロウを観察してかえら黒板に向き合った。
「そうだ、千年前の天文学者が考え付いたとされる。だからこそ、今は使われていないがわが校にも星見の部屋がある。また、かの学者が――」
説明を聞きながらじわじわとした達成感がつま先から上がってくる。
ミウに顔を向ければ彼女は親指を立てていて、マロウも負けじと親指を立てた。
◇
授業終わり呼び出されたマロウは恐々と前を歩く教師を追う。
前回は転科の提案だったが、今回はなにを言われるのだろう。
人通りの少ない廊下まで歩いた彼は、振り向き開口一番
「すまなかった」
謝罪の言葉を口にした。
状況がつかめず狼狽えていれば彼は続ける。
「先ほどの授業の質問は、君が解けないという想定で出した。強いストレスが加わった時、君に変化があるのか確認したくてね」
教師はそれからゆっくりと説明しだした。
実技テストの日。別の人格が現れたマロウを教師たちは危険視して、一つ上のクラスの教師たちがなにか起こった時には対処することとなった。
だがあれ以来マロウに危険な兆候は見られない。
「確認しなければならなかった、あの人格がどのようなものなのか。だから現れた時と似たような――君に心理的負荷がかかっている状況を再現しようと思ったが自力で解決してしまうとはね」
彼の目尻にしわが寄る。
「マロウ・フェリシーさん。貴女自信分からないことだらけで今は困惑しているだろう。だからこそなにかあったら私たちを頼りなさい。ハレッド学園の教師は、学びを求める生徒の味方だ」
手を差し出される。マロウが握れば、ピンと皮が張られたような硬い手のひらに温かく包まれた。
「マロウさんの別人格は危険なものであった。しかし敵意はないようにも思えた。私たち教師も秘密裏に調査を進めているが、君も十分注意しなさい」
「はい、分かりました」
にこりと笑う彼は人好きのするおじいちゃんだった。
「私は魔法学概論を主に担当しているセギア・テートリーだ。よろしく頼むよ」
彼は指輪をマロウに渡した。赤い宝石が嵌っていて、中に微かに魔法陣が見える。
「なに、私も昔第二魔法に焦がれたものでね。これくらいはお手の物だよ。……なにか危機に瀕したら、それに魔力を流してすぐ報せてくれ。緊急信号のようなものだから」
「あ、ありがとうございます……!」
セギアと別れてからマロウは改めて、上級火魔法を軽々と扱い風魔法の暴走を収めたもう一人の自分を想う。
彼女は一体誰なのだろう。
恐れるべきなのだろう。人々に脅威を与える可能性があるのだから。
――けれど。
自分が困っている時に姿を現し助けてくれた彼女を怖いものだとは、どうしても思えなかった。
◇◇◇
放課後、アルセルドを引っ張って学内に併設されているカフェに来ていた。
ついていきたいとミウも隣にいる。
「マロウさん、この生クリームとフルーツを挟んだサンドイッチ美味しいよ」
「ではそれにします! アルセルドさんはなににしますか?」
不満げな表情で彼はメニュー表を指さした。
「僕は紅茶で良い」
注文し終え待っていれば、給仕の人が手のひらサイズのサンドイッチが積まれた皿をテーブルの中央に置いた。
ミウと二人で齧り付けばプリッとマスカットの甘みが弾けると共に生クリームの甘さも押し寄せた。マスカルポーネも練り込まれていて爽やかな生クリームがマスカットによく合っている。
「美味しいです……!」
「うんうん、いくらでも食べれちゃう」
女子の語らいに入ることのできないアルセルドは死んだ目をしてサンドイッチを啜っている。
彼の口元にサンドイッチを寄せた。
「一口だけでもいかがですか?」
「……マロウ」
「はい」
じっとりとマロウを見つめた後彼は力なく首を振った。
「男を女友達と混同しない方が良い」
「……? あ、そういえばアルセルドさんがマロウのこと名前呼びしてくれてます!」
マロウ・フェリシーだったのに。こそっとミウにそのことを教えれば彼女はくふふと悪い笑みを浮かべた。
「心境の変化でもあったんですかぁ?」
「いや、何回も呼ぶと長いなと思っただけだ」
「そんなことに今気づくなんて……まるで今までフルネームで呼ばない仲の人がいなかったみたいな」
「そうだと言っている」
ミウは気まずいのかサンドイッチをもそもそ食べだした。本当にいないとは思っていなかったのだろう。
「じゃあマロウが初めてのお友達ですね」
「そうだな」
嬉しくて握手をしてぶんぶん振っていると、頭上から「ちょっと!」という女性の声が降ってきた。
後ろを振り向けばそこには豪奢な金髪を持つ美しい少女がいた。
「――ちょっと、私の婚約者に気安く触らないでくれるかしら」




