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第13話 貴方はアンタレス

「あの、シェルーラ行きの切符を買いたいのですが」

「あぁ、一枚で良いのかな?」

「はい」


 駅員は切符を取り出した。


「じゃあ二百五十リベーラいただこうかな」


 銀貨と銅貨で支払いを済ませたマロウは定刻通り訪れるはずの列車をそわそわとホームで待ちながら昨夜の会話を思い出していた。



「またアルセルド・フェリクスの下へ行く? 忘れ物でもなさったのですかお姉様」

「というよりも、どうしてもアルセルドさんに会いに行かなきゃいけないんです」


 覚悟の決まった姉に妹が反対できる理由はなかった。


「……分かりました。それでしたら私が一緒に、」

「いえ! マロウは一人で行きます」

「なぜですか!」


 メアリージュンのツンと澄ましたような表情が一瞬崩れた。

 すぐに咳払いして取り繕った彼女は一人で行くことがどれだけ危険か語る。


「かの領地までは距離があります。お姉様一人では大変です」

「でも、どうしても一人で行かなくてはいけない気がするんです」


 断固として告げるマロウ。先に折れたのは姉に甘い妹の方だった。


「分かりました、行ってらっしゃいませお姉様。……けれど、お姉様が安全に行くための用意は私にも手伝わせてください!」


 マロウはメアリージュンに抱き着く。


「ありがとうございます! さすがメアリー、お姉ちゃんの自慢の妹です!」



 ――という経緯でここまでやってきた。

 時計を何度も確認すれば、定刻の時間を秒針が回ってしまった。だが一向に列車が現れる気配はない。焦りを覚えていれば、遠くから列車の音がする。


 無事やってきた列車に乗り込んだマロウは、メアリージュンに切符のどこを見て自席だと判断すればいいかも聞いていた。

 椅子に取り付けられたプレートを一つずつ確認し同じ文字の席に座る。


 乗り過ごすことがないように頬を手でぺちぺち叩いてから、マロウは本を開く。

 元々読書好きだったマロウが夏季休暇のために借りていた本だった。


 読んだり小さな紙に言葉を連ねていれば、遠くから「シェルーラ駅、シェルーラ駅」と声がする。


「降りなくてはっ」


 慌てて荷物を片付け列車から降りる。

 ホームから出たマロウは、暑い日差しが降り注ぐ中馬車が来るのを待ち侘びていた。


「……暑いですね」


 ハンカチで汗を拭うがとめどなく溢れるそれに対して意味があるのかは分からない。

 一年で一番暑い季節は、木陰に立っていても体力を奪う。


 早く来ないかとため息をつけば、メアリージュンが教えてくれた辻馬車と異なる豪華な馬車が目の前で停まった。

 身構えれば、窓からひょこっと顔を出したのはレイだった。


「あれ、マロウさん……のそっくりさんかな?」

「いいえマロウさん本人です!」


 馬車に乗せてもらったマロウはふぅふぅと荒い息を吐きながら汗を拭く。


「それにしてもすぐ会いに来てと言ったけどこんなに早いとは思わなかったよ」

「マロウもです」

「あはは」


 マロウから事情を聴いたレイは頬杖をつく。


「アルセルドもかなり気落ちしていたよ、マロウさんに酷いことを言ったって。ほらあの子見るからに友達いなさそうだろう? だから夏季休暇の後どうやって話しかけようか悩んでいたよ」

「アルセルドさんは、まだマロウを見捨てていなかったんですね」


 じんわり呟けば、レイが「見捨てるとするならマロウさんの方じゃない?」と冷静に言った。


 暫く揺られればフェリクス家に着く。

 馬車から降り、マロウは一目散にレイが教えてくれたアルセルドの場所まで走り出した。


 彼がいつも魔法陣を描く時に使ってるとされる部屋。書物が痛まないようにと日の差さない北側にあるとされる部屋まで急ぐ。

 

 扉を力任せに開ければ、目的の人物はマロウに背を向け大きな紙に魔法陣を描いていた。


「――兄上、入るときはせめてノックをしてくれとあれほど……」


 振り返った彼の目が大きく見開かれた。


「なんで、マロウ・フェリシーがここに」


「アルセルドさん!」


 飛びつけば、支えきれずにアルセルドは尻もちをつく。自分の首に腕を回す彼女を引きはがそうとするがびくともしない。


「ちょっ、離してくれないか」

「嫌です、絶対に離しません」


 顔を離したマロウは、アルセルドの金の目を見据える。

 朝、メアリージュンに髪に結んでもらった黄色のリボンに背を押された気がした。


「だってマロウ、アルセルドさんに話したいことがあって来たんですから」


◇◇◇


 マロウは気づいた時にはもう不器用だった。マロウが気づく前に周りの者が気づき彼女を守ろうとした。


 皆微笑んで。やっぱりそうだ、マロウにできるはずなかったと確認する。

 ゆっくりマロウに失望していくのだ。


「皆、笑うんです。諦め切ってしまったように」


 どんなに思考がゆっくりなマロウだって、十何年もそれが続けば理解できる。


「……だから、嬉しかったんです。アルセルドさんはいつだってマロウの間違いを見つけるけどそれで失望したりせず、見捨てないでいてくれるから」


 マロウは口角を上げる。


「これがどれだけ凄いことか、アルセルドさんはもっと理解すべきです」


 アルセルドがいなければ、とっくのとうにマロウは魔法科ではなく普通科に転科していた。

 だから彼が繋いでくれたのだ、余すことなく。


「アルセルドさんが魔法の世界にマロウを繋いでくれたから、マロウは毎日が幸せです。どれだけマロウが失敗しても呆れずまた教えてくれるから、幸せが途切れないんです」

「…………」

「貴方が言葉でマロウを繋いでくれました。――これはどんな第一魔法にも引けを取らない、凄い口頭魔法なんですよ! 初めて会った時から変わらず、アルセルドさんは立派な魔法使いです……っ」


 列車の中で考え抜いて紙に書き、空で言うのは苦手なのに頑張って暗記した思いの丈を全てぶつける。


「言葉を尽くしてくれて、マロウと魔法を繋げてくれてありがとう」


 彼にちゃんと届いただろうか、マロウの言葉が。途中で途切れたりねじれたりすることなく。


 痛いほどの沈黙が続いた。

 不安に思いながら体を離そうとすれば、アルセルドの方から抱き寄せられる。一部の隙間もないくらい体が密着した。


「――……ふふっ、あはは!」

「アルセルドさん……?」


 小さな男の子を抱きしめているような心もとない感覚に襲われる。

 だがそこにいたのは、自分と同い年で地にしっかりと根っこを張った十七歳だった。


「いや、君は兄上と気が合うだろうなと思ったんだ。僕の言葉を斜め上の返答で昇華させる。これもまた才能と呼ぶのだろうな」


 マロウは彼の表情に、今日も得をしたと思った。釣られてはにかむ。


「ありがとう、マロウ」

「はいっ!」


◇◇◇


 それからまた家に帰ったマロウは、勉強に精を出していた。

 新しいクラスで置いて行かれないように。


 けど一日中勉強すれば気も滅入ってしまうから、そんな時はお菓子作りをするのが日課だった。


 厨房を借り、今日はメレンゲクッキーを作ろうと思い立つ。


 卵白に砂糖をいれ、中級風魔法を描いた魔法陣を取り出す。範囲が小さい魔法は扱いが難しいが、生活の様々な面で役立つ。


 風魔法が卵白と砂糖を泡立てふわふわにさせれば、それを絞り袋に詰めて天板に絞り温度を低く調整したオーブンでじっくりと焼く。


 一仕事終えふぅと達成感を噛みしめていれば、シェフが使い終わった魔法陣の紙を拾う。魔法陣を描いた紙は一回使えば効力を失い、ただの紙切れとなるのだ。


「……お嬢様、これを量産していただくことはできるでしょうか? 混ぜる時に便利だと思いやして」

「勿論良いですよ」


 誰かに頼られたのが嬉しくて心がふわふわする。


 出来上がったメレンゲクッキーを家族に食べさせれば、皆が喜んでくれた。


「マロウは凄いな」


 父に頭を撫でられ。


「美味しいです。さすがお姉様です」


 妹からは貴重な美味しいという評価を貰い。


「あらあら、とても甘いのね。母様とっても好きよこれ。以前クッキーを貰った時は硬くて焦げててなんて可哀そうな子と思ったのだけれど……成長したのね。また作って頂戴、わたくしの可愛い子」


 母からも大絶賛を受けた。


 こんな風にマロウは夏季休暇を過ごしていった。


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