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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第VI部 拠点開発編

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第九十八章 シャドーマターの大河

 若葉の歓迎会の夜、青葉に耳打ちされた言葉は、そのまま僕の頭のどこかに引っかかったままだった。

 万物プリンターによるシャドーマターとエキゾチック物質の消費が、想定より激しい。

 歓迎会の席では、若葉が笑っていて、ジェプラが嬉しそうに世話を焼いていて、ギラがいつものように軽口を叩いていたから、その場で空気を変えたくなかった。けれど、翌朝になっても、その一言の重みはまったく薄れなかった。

 むしろ、朝の光の中で考えると、なおさら現実味が増した。

 扶桑の拠点は、ここまでほとんど“作れるから作る”で進んできたのだ。

 港、本部棟、倉庫、居住区画、若葉のボディ、デルタ大陸遠征用の各種装備――どれも必要だったし、どれも後悔していない。

 けれど、その全部を支える資源の流れが、想像以上に細いのだとしたら、今のうちに手を打たなければいけない。

 朝食のあと、僕は青葉に改めて話を聞くことにした。


***


 本部棟の執務室には、朝の光が海側の窓から斜めに入っていた。

 僕が椅子へ腰を下ろすと、青葉はすでに卓上へいくつかの解析図を出している。淡い青の流線、橙色の消費曲線、複数の物質名。見た目だけで頭が痛くなりそうな図だった。

「やっぱり、そんなに厳しい?」

 僕が聞くと、青葉は正面の表示を少し絞った。

「即座に破綻するほどではありません」

 まず、そこをはっきり言ってくれるのはありがたい。

「しかし、消費傾向は無視できません。特に、万物プリンターの高機能出力に用いるシャドーマターと、一部のエキゾチック物質については、安定供給系を別に持った方がよいでしょう」

「エキゾチック物質って、この星にないの?」

「ありそうです。少なくとも、デルタ大陸側には高い可能性が示唆されています。しかし、現時点で安全に採掘、運用できるとは言い切れません」

 あの赤茶けた大陸を思い出す――化石を依り代にしたみたいな大型トカゲも。

 地下に何かあるかもしれない、不気味な乾燥地帯だ。

 たしかに、あそこをいきなり資源採掘地として扱うのは、危なすぎる。

「エキゾチック物質自体を万物プリンターで作ることはできないの? 何か別の代替手段を元にして……」

「理論上は可能ですが、効率が非常に悪いです」

「そうだよね……」

 なんとなく、石炭を燃やして、その電力で空気中の二酸化炭素集めて、人工光合成して石油をつくる――みたいな構図が思い浮かんだ。

「シャドーマターも減るんだよね?」

「シャドーマターは媒体なので、正確には使ったらなくなる訳ではありませんが、高次空間でブレーンを制御した後に、拡散します。大規模に使用すると、四次元空間の距離では光年単位に拡散するため、事実上、再度集めるのが困難になります」

「そっか……」

 これまでも、光輪のような大規模な魔法を使ったときに、シャドーマターが散らされた感じは、実はあった――のだけど、周囲から“減る”感覚はなかった。

 万物プリンターは、原理的にも普通の魔法とは違うのかもしれない。

「この星に、資源がないなら、貿易かなあ……」

 僕は、正直にそう言った。

「シャドーマターについては、あのシャドーマター・クリスタルみたいなのがいるんだよね?」

 僕は、この身体になって最初の頃、仮装巡洋艦の残骸から見つけた謎の物質を思いだしていた。それは、僕の身体に吸収されて、シャドーマターを制御するのに使えた。

「それも一つの方法です」

 青葉は頷く。

「現在は、万物プリンターの使用時に、周囲のシャドーマターが局所的に枯渇しないよう、少しずつ集めているので、かなり手間がかかっています」

「広域から?」

「はい。しかし、この宙域自体でいえば、他よりも集めやすいので、まだ何とかなっています。弓良が普段“なんとなく調子がいい”と感じているのも、その環境条件に関係しています」

 その言い方に、僕は少しだけ眉を上げた。

「え?」

「この惑星は、シャドーマターの大河の支脈の中にあるようです」

 僕は、少し言葉を失った。

 シャドーマターの大河――前から何度か耳にしている言葉だけれど、いまだに、頭の中でうまく像を結ばない。

 宇宙のどこかを流れる、目に見えない巨大な流れで、魂も、魔法も、〈先住者〉の技術も、そのどこかとつながっている。

「直接、シャドーマターを汲み上げる施設があれば対応できます」

 青葉は、淡々と言った。

 その“汲み上げる”という表現が、逆に少し怖かった。

 本当に川みたいに言うんだな、と。

「……確かに、この惑星に来てから、調子が良いようには感じてた」

 そう言いながら、僕は自分の外装収納から、シャドーコンパスを取り出した。

 アラージからもらった、あの黒曜石みたいな画面のついた神具だ。掌に乗せると、いつものように、ごく薄い振動が返ってくる。

 意識を、この星の周囲からずっと広げてみる。

 すると、コンパスの表示がじわりと立ち上がった。

 たしかに、この星系の周囲は、他の場所よりかなりシャドーマターの濃度が相対的に濃かった。

 深いところで複数の細流が重なっているように感じる。

「ほんとだ……」

 思わず、小さく呟いた。

「濃い、というか、近い?」

「はい。扶桑は、支脈上の結節に近い位置へあると見ていいでしょう」

 青葉がそう言った瞬間、後ろの方で小さな声がした。

「地下の設備を動かす?」

 振り返ると、若葉がいた。

 いつの間に来たのか、執務室の入口近くで、少しだけ首を傾げてこちらを見ている。まだ朝の眠気が残る顔なのに、耳ざといところだけは妙に鋭い。

「若葉」

 僕が呼ぶと、若葉はとことこと近寄ってきた。

「……おかあさんのところ。うごかせるよ」

 その“おかあさん”というのは、もちろん遺跡の管理AIのことだろう。

 若葉にとっては、ずっと一緒にいた相手なのだから、そう呼ぶ方が自然なのだろう。

「え、因果改変施設を可動させられるの?」

 若葉は、こくりと頷いた。

 すると、青葉が少し、遠い目をした。

「確認しました。若葉は、本来のこの星の因果改変施設の管理意志体として、管理AIに、認識されています。AIを完全に傘下に収めて、コントロールできるようです」

「うん」

 若葉は、頷いた。

 ……それは、あのワンスキーがなくても、遺跡を可動させられるということだろうか? 僕がその意味を考えようとしたところで、青葉が言った。

「地下の、たぶん、そういうの、ある」

 その言葉に、少しだけ室内の空気が変わった。

 便利そうだ、と思う部分はある。

 もし本当に、シャドーマター汲み上げや高次元計算資源に関わる設備が地下に眠っているなら、それを使えば、今の資源問題はかなり楽になるのかもしれない。

 でも、その“楽になる”という発想自体が危ない気もした。

「やめておいた方がいい」

 僕は、思ったよりすぐにそう答えていた。

 若葉が少し不思議そうに瞬いた。

「だめ?」

「だめ、っていうより……まだ早い、かな」

 僕は、言葉を選びながら続けた。

「マザーが遺跡を休止状態にしていたよね。何が起こるか分からないからね。デルタ大陸のこともあるし、いま地下設備を雑に起こすのは、ちょっと怖い」

 青葉も、すぐに頷いた。

「私も同意します。遺跡の古代設備は、扶桑全体の再生と何らかの形で連動している可能性があります。現状では、資源問題の解決策として直接再起動するより、代替手段を先に整えるべきです」

 若葉は、少しだけ口を結んだ。

 けれど、反発する感じではなかった。

「うん……」

 それから、小さく付け足す。

「こわいの、やだ」

 その一言で、僕は少しだけほっとした。

 若葉も、地下の遺跡を“便利な箱”だとは思っていないのだ。

 そこには、お母さんがいて、自分の本体が長くいた場所があって、でも、何が起こるか全部は分からない。だから、怖い。

 その感覚は、たぶん正しい。


***


 昼前に、改めて小規模な開発会議が開かれた。

 今度の議題ははっきりしている。

 資源問題にどう対応するか。

「万物プリンターによるシャドーマターとエキゾチック物質の消費について、やはり一度、優先順位を整理した方がよいと思います」

 その言葉に、僕は小さく息を吐いた。

 万物プリンターは便利だ。便利すぎるくらいに便利だ。

 しかし、便利すぎるものほど、使う側が「何を消費しているか」を忘れやすい。

 ブライアントが尋ねた。

「今、どのくらい厳しいんだ?」

 青葉はすぐに卓上表示を切り替えた。

 歓迎会の名残が残るラウンジの中央卓に、今度は資源管理の投影が浮かんだ。

 シャドーマター蓄積量、一時消費曲線、エキゾチック物質備蓄、出力系ごとの内訳――。

「弓良にも説明しましたが、即座に運用不能に陥るほどではありません」

 青葉は、いつもの静かな調子で言う。

「ただし、現在の建設ペースと、万物プリンターの高機能出力をこのまま維持した場合、数か月単位で資源計画の再編が必要になります。特に問題なのは、シャドーマター流量の安定供給がまだ確立していないことと、一部エキゾチック物質が、出力ごとに累積で削られていることです」

 ブライアントは、ため息をついた。

「歓迎会のあとに現実を突きつけるな……」

 そう言いながらも、彼の顔は仕事のものになっていた。

「突きつける意図はありません」

 青葉はそう言った。

「ただ、よい気分転換ができたからこそ、冷静なうちに整理するべきです」

「それはそうだよ」

 僕は、頷いた。

 若葉は、“大人たちがまた何か大事な話を始めた”ということだけは分かったらしく、青葉と僕を交互に見ている。

「具体的には?」

 僕が促すと、青葉は表示を少し絞った。

「問題は三層あります。第一に、日常的な資材生成。第二に、拠点建設のための中規模出力。第三に、万物プリンターの高機能出力――たとえば高精度器体形成、位相安定化構造体、特殊な外装材などです」

 投影の色分けが変わる。

 生活設備の部材や通常ドローンの素材は、比較的軽い。

 しかし、若葉の身体のような高精度器体形成や、基準杖みたいな高次元構造を含む装備になると、一気に消費が跳ね上がる。

 さらに、拠点本体の建設そのものも、量があるぶん、累積すると重い。

『つまり、使いすぎってことや』

 ギラが言うと、青葉は少しだけ首を横に振った。

「浪費ではありません。必要な使用です」

『でも、必要やからって、いくらでも使えるわけやない』

「はい」

 青葉は頷く。

「ですから、供給系を先に強化する必要があります」

「青葉が、シャドーマターを汲み上げる施設を造れるって」

 僕が言葉を継ぐと、ブライアントが、そこで腕を組んだ。

「そんな施設を建造できるのか?」

「はい」

 青葉は、今度は扶桑の軌道図を出した。

 惑星の上空に、いくつかのリングと節点が仮想線で描かれる。

 そこに、蓄積槽、制御塔、交易区画、接岸ドックらしき構造体が重なる。

「扶桑は、シャドーマターの大河の支脈上にあります。したがって、適切な高次元構造体を設置できれば、周囲から少しずつ集める現在の方法より、はるかに安定した汲み上げが可能です」

「現在は、やっぱり無理してるんだ」

「実は、かなり」

 青葉は、そこで初めて少しだけ言い切った感じでそう言った。

「毎回、周囲のシャドーマターが局所的に枯渇しないよう、広域から均しながら集めています。効率が悪く、しかも出力のピークに弱いのです」

「なるほどな」

 ブライアントが唸る。

「蛇口がないのに、湿った空気を絞って水を集めてるみたいなもんか」

「その例は、適切です」

 かなり分かりやすい言い方だった。

 たしかに、そうだった。

 いまの僕たちは、万物プリンターという高性能な機械を持ちながら、それを安定して使うための“供給の根元”をまだ持っていない。

 だから、供給側を作る――理屈としては単純だ。

「なら……」

 そのために、地上の拠点整備と軌道側の設備建造をどう切り分けるかだ。

 卓上には、扶桑の拠点図と、その上空の軌道概略図が並んでいた。

 僕は、その投影を見ながら、ゆっくり言った。

「……とりあえず、青葉のいうシャドーマターの汲み上げ施設を造るのを優先として、まずは簡易的な交易ステーションと宇宙港を建設かな」

 そう言いながら、自分の中でもその流れがかなり自然に固まっていくのを感じていた。

 地上の神子本部神殿は、もう“住み始める”ところまでは来た。

 もちろん未完成ではあるけれど、完全にゼロからではない。

 それなら次は、拠点の外側――軌道側の仕組みを作るべきだ。

 青葉は、僕の言葉を受けてすぐに頷いて、軌道図の上へ、新しい光の線を引いた。

「はい。基地建設が一段落した後、本艦は、交易と惑星防衛用のステーションを軌道上で製造したいと思います」

 その言葉と同時に、投影の上空構造がさらに具体的になる。

 その投影には、三つの要素があった。

 一つは、簡易交易ステーション、物資交換と寄港受付、それに最低限の独立居住区画を備えた小規模拠点だ。

 二つ目は、宇宙港機能を持つ外部ドック、ザラスターII級の船や中型艇が安全に接続できる、半固定式の接岸設備だ。

 三つ目が、青葉の言うところの“シャドーマター汲み上げ施設”だった。

 流線型の支柱が何本も伸び、その先端で高次元構造体へ細く接続し、集めたシャドーマターを中継蓄積槽へ送る仕組みらしい。図として見ても、普通の工業設備とはだいぶ違う。

「……これ、見た目からして危なそう」

「危険ではあります」

 青葉はあっさり言った。

「しかし、地下遺跡の直接再起動よりは、かなりましです。こちらは外部独立設備として切り離して建造できますし、異常が出ても停止させやすい」

 ブライアントが、顎へ手をやった。

「軌道上なら、地表側の生態系にも直接の影響は少ないか」

「そうです」

「交易も一緒にやるの?」

 僕が聞くと、青葉は答える。

「はい。単独の汲み上げ施設だけでは、維持と流通の効率が悪いからです。宇宙港機能と最低限の交易機能を一体化した方が、今後の資源の出入りを整理しやすくなります」

 ギラは、投影の交易ステーション部分を覗き込みながら笑う。

『ええやん。ようやく“港の先”の話になってきた』

 ブライアントが口を挟む。

「お前、そこだけはずっと楽しそうだな」

『交易は希望やで。閉じこもるだけやと、結局じり貧になる』

 それは、たしかにそうだった。

「防衛用ってのも大きいな」

 ブライアントは、顎に手をやった。

「扶桑を本気で拠点にするなら、地上の神殿だけで守れると思うなよ、って話だ」

「それは分かるよ」

 僕は、頷いた。

 自分たちの側の防衛力を、少しずつ形にする必要があるのだ。

 そこで、ジェプラが、今度は少し誇らしそうな顔で言った。

「もう、神子本部神殿本体は大分できましたよ。後は、青葉さんが出してくれた普通の各種ドローン、製造設備、分子プリンターで大丈夫そうです」

 その言い方には、ちょっと誇らしさがあった。

 たしかに、ジェプラはこの地上拠点を、ただの宿舎ではなく“神子本部神殿”として整えることに、かなり心血を注いできた。

 その彼女が「大分できました」と言うなら、かなり信頼していいのだろう。

 ハチョキも、ちょうどそのタイミングで、

『ブウ』

 と、いかにも「その通りです」と言いたげに鳴いた。

 思わず、僕は少し笑ってしまう。

「ハチョキも賛成?」

『ブウ!』

「やる気だけは満点だな」

 ギラが肩を揺らす。

『でも、ジェプラの言うことは合っとるで。地上側は、今すぐ高位の出力が要るもんばっかりやない。普通のドローン、製造設備、分子プリンターが回るなら、しばらくはそれで十分回せるとこまで来とる』

 その言葉に、僕は少し意外な気持ちでギラを見た。

 こういう時、ギラは軽口を叩くだけかと思いきや、ちゃんと全体の流れは見ている。交易や拡張性の感覚だけじゃなく、いま地上側がどこまで自立できるかも、自然に掴んでいるのだろう。

 ブライアントが小さく頷く。

「現場感覚としてもそうか」

『せやな』

 ギラは肩をすくめるように言う。

『地上の方は、もう“住む”段階へ入っとる。次は“回す”ための外側や』

 その言葉は、妙にしっくりきた。

 住む段階から、回す段階へ。

 まさに、いまの扶桑に必要なのはそれだ。

 青葉は、そうした意見をすべて取り込むみたいに、しばらく沈黙した。

 ただ黙っているわけじゃないのだろう。

 内部で、資源消費予測、軌道建設計画、地上維持コスト、汲み上げ施設完成までの暫定運用、そういうものを全部並べているのだと思う。

 僕は、その静かな計算の時間を待った。

 やがて、青葉が顔を上げる。

「そうですね」

 その一言で、場の空気が少しだけ定まった。

「それでは、明日から、先にステーション製造に入りましょう」

 その一言で、方針が決まった。はっきりした切り替えだった。

 地上の神子本部神殿は、いったん、いまある設備と通常ドローン群で回す。

 高位の万物プリンター出力は、必要最低限に絞る。

 そして、巡洋艦『青葉』は軌道へ上がり、交易、防衛、汲み上げを兼ねたステーションを先に作る。

 僕は、その結論を頭の中で反芻した。

 つまり、拠点づくりは第二段階へ入るのだ。

「そうなると、開発が次の段階に入る、ってことだね」

 僕がそう言うと、青葉は静かに頷いた。

「はい。地上拠点の初期成立から、惑星運営基盤の整備へ移行します」

 ジェプラは、少しだけ寂しそうでもあり、でも納得もしている顔だった。

 神子本部神殿の仕上げは、まだ彼女の中では終わっていないのだろう。

 けれど、それを一旦“ここまで”と区切る必要があることも、ちゃんと理解している。

「でしたら、地上側は責任を持って維持します」

 彼女は、しっかりした声で言った。

「神子本部神殿が、軌道施設建設のあいだに乱れないように」

「助かる」

 僕がそう言うと、ジェプラは、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 ギラも、すぐに続く。

『交易の導線も、今のうちに地上側でイメージ作っとくわ。上にステーションできたあとで、“こっち受け口ないやん”ってなったら笑われるしな』

「笑われるのは嫌だな」

『やろ?』

 ブライアントは、すでに次の作業を思い描いている顔だった。

「軌道側の建設に入るなら、ザラスターIIの出番も増える。資材搬送、観測補助、外部ドックの試験接続、そのへんは俺が見る」

 太郎が、短く一言添える。

『整備対応可能』

 ハチョキも、すかさず、

『ブウ!』

 と鳴いた。

「ハチョキは、何担当なんだろうね」

 僕がそう言うと、ギラが笑う。

『気合い担当やろ』

 場の空気が、少しだけゆるんだ。

 でも、そのゆるみは悪いものではなかった。

 むしろ、みんながそれぞれ、自分の役割を引き受けたあとだからこそ出る、落ち着いた明るさだった。

 僕は、中央卓の上にまだ残っている軌道ステーションの投影を見た。

 シャドーマターの汲み上げ施設。

 簡易交易ステーション。

 宇宙港。

 防衛設備。

 扶桑は、もう“星の上に建物を作る”段階だけではなくなっている。

 この星そのものを回し、守り、開き、支えるための構造を作るところへ来ている。

「……大きくなってきたな」

 思わず、そう呟くと、青葉が静かに応えた。

「はい。ですが、必要な拡張です」

 その言い方が、いかにも青葉らしかった。

 必要だからやる。

 感傷でなく、でも、冷たすぎもしない。

 僕は、ゆっくりと頷いた。

「じゃあ、明日から、次の段階だ」

「はい」

 青葉は、まっすぐに言った。

「明日から、扶桑の上空側を作り始めます」

 その一言で、歓迎会のあとの余韻は、今度はちゃんと“次へ進むための静けさ”に変わったのだった。


***


 その日の夕方、アラージから通信が入った。

 背景はいつもの神殿監察部の執務室だったけれど、今日は少しだけ疲れた顔をしているように見えた。

 僕がそう感じただけかもしれない。

 でも、声の調子にも、普段よりほんの少しだけ“愚痴りたい”気配が混じっていた。

『皆様、ごきげんよう。ステーション建造へ移ると伺いました』

「うん。資源問題が思ったより早く表面化したからね」

 僕が答えると、アラージは頷いた。

『賢明です。扶桑の地上側だけで完結させるより、軌道上に交易と防衛の節点を作る方が、長期運用には向いています』

 そこまでは、いつもの落ち着いた仕事口調だった。

 でも、ブライアントが「GDC側はどうなってる?」と尋ねた瞬間、アラージはごく小さく息をついた。

『微妙です』

「また微妙か」

『ええ、また微妙です』

 その繰り返し方に、少しだけ本気の疲れが滲んでいた。

『GDCによると、人類連邦側で、社会円滑化補助AI群と、形骸化した議会、そして一部の軍閥勢力との対立が、表面化しつつあるようです』

 僕は、思わず眉をひそめた。

「社会円滑化補助AI群?」

『行政や世論調整、社会安定化を担う半自律的な管理AI群ですね。名目上は補助ですが、実態としては、連邦社会の神経網に近いと我々は判断しています』

「そうだな」

 ブライアントも頷いた。

 アラージは、そこで少しだけ肩を落とした。

『議会は名誉職に近く、軍閥は軍閥で独自の利害を持ち、AI群は秩序維持を優先する。誰もが“全体のため”と言いながら、全体が少しずつ噛み合っていないようです』

「ややこしいね……」

『ええ。人類にも、魔女がいればいいのに』

 アラージは、ついに少し愚痴っぽく言った。

『強い魔女がいて、超光速思念通信で代表たちを常時同期させて、“はい、決まりました、皆さん従ってください”で済めば、どれほど話が早いことか』

 その言い方が妙に本音っぽくて、僕は、少しだけ苦笑してしまった。

 たしかに、グラブール人の政治体制は、外から見ると、かなり乱暴に見えるのかもしれない。

 しかし、その乱暴さの代わりに、変な摩擦が少ない面もあるのだろう。

 ブライアントは、半眼で言った。

「人類に魔女がいたら、たぶんいたで別の面倒が増えると思うぞ」

『それはそうかもしれませんが』

 アラージは、珍しく素直に認めた。

『ともかく、扶桑の正式な位置づけや、GDC経由の対外窓口調整は、少し遅れると思ってください。ただ、今のところ、扶桑の存在そのものが敵視されているわけではありません』

「じゃあ、こっちはこっちで進めるよ」

 僕が言うと、アラージは小さく頷いた。

『それがよいでしょう。むしろ、今のうちに足場を固めておいた方が、後で交渉しやすくなります』


***


 夜が近づく頃、港には、いつもより少し張りつめた空気があった。

 巡洋艦『青葉』が、軌道建設のために離床するからだ。

 地上側の作業ドローンは、すでに必要な資材の積み込みを終えている。大型生成ブロック、外部ドック構成材、シャドーマター汲み上げ基礎構造、制御塔ユニット、蓄積槽フレーム。港の照明の下で、それらが整然と『青葉』の腹へ吸い込まれていく。

 僕は、高台からその様子を見下ろしていた。

 若葉も、隣にいた。

 ジェプラ、ギラ、太郎、ハチョキもいる。

 誰も大げさなことは言わない。

 でも、全員がこれから始まることの意味をちゃんと分かっている空気だった。

『本艦、浮上準備完了』

 青葉の声が、拠点全体へ静かに響く。

 海上に停泊していた白い艦体の周囲で、重力制御の場が薄く立ち上がる。

 波が、少しだけ不自然な形で押し広げられる。

 次の瞬間、巡洋艦『青葉』は、港から静かに離床した。

 水柱が派手に上がるわけではない。

 轟音もない。

 ただ、巨艦が、海の上という“そこにあるべき場所”から、当然のように浮き上がっていく。

 その光景を、僕は何度か見ている。

 でも、今日は少し違って見えた。

 今までは、旅立ちや戦闘や緊急出動のための浮上だった。

 今回は、扶桑のために、新しいインフラを作りに行くための離床だ。

 若葉が、呟いた。

「上に、行くんだね」

「うん」

 僕は、頷いた。

「今度は、空の方に、僕たちの居場所を作る」

 若葉は、その意味を、全部は分かっていないかもしれない。

 でも、青葉がこの星のために動いているのだということだけは、たぶん感じ取っている。

 巡洋艦『青葉』は、港から離れ、高台の上空を静かに横切った。月光と作業灯の混じる暗さの中で、その白い艦体だけが、ひどく滑らかに見える。

 やがて、機首が少しだけ上がる。

 海の上から、空へ。

 扶桑の大気圏へ向けて、ゆっくりと加速が始まる。

 僕は、その後ろ姿を見上げながら思った。

 ここから先は、もう“拠点を作る”だけではない。

 星の呼吸そのものを支える仕組みを、外側から整えていく段階だ。

 シャドーマターの大河の汲み上げ施設、交易ステーション、防衛施設、宇宙港――。

 扶桑は、また次の形へ変わろうとしていた。

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