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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第VI部 拠点開発編

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第九十四章 化石のなかの魂

 岩陰から飛び出してきたものを、僕は最初、ちゃんと「生き物」だと認識できなかった。

 速すぎたのもある。

 けれど、それ以上に、動き方が妙だった。

 乾いた地面を低く滑るように走ってくる。

 爪で掻いているはずなのに、土煙の上がり方が少ない。

 岩の隙間から弾けるみたいに飛び出してきたその影は、最初の一瞬だけ、四足の獣ではなく、地面の赤黒い染みがそのまま形を持って襲いかかってきたように見えた。

「――っ!」

 反射で身体が動いた。

 危ない、と思うより先に、シャドーマターの経路が開く。

 腕を前へ出す。

 自分の前方、影が突っ込んでくるその軌道へ、念動力の壁を叩きつける。

 見えない圧が、空気ごとたわむ。

 その瞬間、飛び出してきた影の輪郭が、ようやくはっきりした。

 蜥蜴だった。

 ただし、地球の誰もが想像するトカゲを、そのまま大きくしたような姿ではない。

 人間よりも大きい。

 胴が低く、横へ広い。

 四肢は短いのに太く、関節ごとに、乾いた鉱物板みたいな節が見える。

 皮膚は鱗というより、酸化した岩盤を薄く剥いで貼りつけたような質感で、赤茶けた大地の色と見分けがつきにくい。

 眼だけが異様にぎらついていて、その光の奥に、生体らしい熱よりも、何か乾いた執念みたいなものを感じた。

 僕の念動力にぶつかったそいつは、真正面から押し止められて、地面へ深い爪痕を刻んだ。前脚がひしゃげるように沈み、尾がしなって、横殴りに空気を薙ぐ。

「大きな生物は、まだなんじゃなかったの?」

 僕は、押さえ込みながら、ほとんど叫ぶように青葉へ言っていた。

 感覚としては、重機を横から無理やり止めているみたいだった。

 単に重いだけではない。

 押せば押すほど、向こうからも妙な粘りが返ってくる。

 生き物を相手にしているはずなのに、無機物的な何かが、なぜか歯をむいて抵抗してくるような感触だった。

 青葉は、もうその個体へ解析光を走らせていた。

 白いスキャンラインが、頭部から背中、尾、脚の付け根まで、何本も走る。

「これは、初期生物パッケージに含まれていない生物です」

「含まれていない……?」

 僕は、念動力を維持したまま聞き返した。

「はい」

 青葉の声は、いつも通り静かだった。

 でも、その静けさの中に、かなり高いレベルの警戒が含まれているのが分かった。

「こちらの遺跡が投入した基礎生物群とも、現在までに確認されている派生系とも一致しません。惑星再生で、元々、この大陸にいるはずだった生物が自然復活したのでしょうか?」

「自然復活って、そんな……?」

 言いながらも、僕はその単語の不穏さをはっきり感じていた。

 自然復活――死んでいたはずのものが、自然に戻ってくる。

 その言い方だけだと穏やかに聞こえる。

 でも、今、僕の前にいるのは、穏やかさとは真逆のものだった。

 蜥蜴のような生物は、押さえつけられてもなお動こうとしていた。

 前脚の爪が、赤い地面を深く抉る。

 尾が振れるたびに、乾いた土が飛び散る。

 口の端が少し開いて、そこから見える歯も、地球の爬虫類みたいに白くない。黒ずんだ鉱石の欠片みたいな色をしていた。

 ブライアントが、すでに横へ回り込んでいる。

「首の可動域が広い。真正面に立つな」

「言われなくても!」

 僕がそう返した瞬間、蜥蜴の頭部がぐっと横へ捻れた。

 念動力で胴を押さえているのに、首だけは別の軸で動いたみたいに、妙な角度でこちらを向く。

 次の瞬間、そいつは喉の奥から、低い、岩が擦れ合うような音を出した。

 鳴き声、なのだろうか。

 でも、それは生きた喉が震えている音というより、乾いた洞窟の奥で風が鳴るみたいな、不自然な響きだった。

「青葉、魂がないんじゃないの?」

 僕は、ぞっとするのを抑えきれず、叫ぶみたいに尋ねた。

 大型生物は、自然に生まれるのを待つ段階だったはずだ。

 若い生態系に、いきなりそんなものがわいて出るのはおかしい。

 まして、こんな死体みたいな、生き物の皮を被った化石みたいなやつが。

 その間にも、蜥蜴みたいな生物は暴れている。

 念動力で頭部を押さえ込んでいるのに、脚で地面を掻き、尾を振り回し、低い唸り声とも金属の軋みともつかない音を立てていた。

「うわっ!」

 その瞬間、そいつの尾が大きくしなり、横殴りに僕の脚元を狙ってくる。

 避けきれない、と思った。

 でも、その前に、太郎が低く飛び込んだ。

『抑制補助』

 短い声と同時に、太郎の周囲から細い光の線が何本も伸びる。

「シャドーマター制御の補助?」

 そういえば、マザーが太郎を改良したときに、シャドーマターを扱えるようになったとか何とか言っていたような……。

 線は尾へ絡みつき、振り抜かれるはずだった軌道を半分だけ殺した。

 それでも、重い衝撃が空気を叩く。

 ギラが翼を広げて少し上へ跳び、『うわ、でかいし力もあるやん!』と関西弁のまま叫んだ。

 青葉は、スキャン結果を確認しながら答えた。

「あくまで仮説ですが――」

 その前置きだけで、嫌な予感がした。

『化石を依り代として、本来のこの生物に存在すべきであった意志体――魂の情報エネルギーにあたるものが残っていたのかもしれません』

「は……?」

 思わず、間の抜けた声が出た。

 でも、その意味を頭の中で組み立てた次の瞬間、さらにぞっとした。

 化石、依り代、本来その生物にあったはずの魂の残り――。

 そして、それが何かの拍子で、もう一度動き始めた。

「源悪の意志みたいな?」

 僕がそう言うと、青葉は、迷いなく答えた。

「それに近い可能性があります」

 その一言で、背中が寒くなった。

 源悪の意志――あの、死にきらなかった意思の残滓。

 理屈では消えているはずなのに、消えずに残り、別の形で干渉してくるものだ。

 目の前の蜥蜴も、あれと同じようなものだというのだろうか?

「まだいるの?」

 僕は、ほとんど本能的に聞いていた。

 目の前の一体だけなら、まだましだ。

 でも、もしこれが“そういうものが起きうる土地”の一例に過ぎないのだとしたら。

「その可能性があります」

 青葉は、はっきり言った。

「うええ」

 僕は、思わず舌を出した。

 嫌すぎて、そういう反応しか出なかった。

 ブライアントが、そのすぐ横で、ぼそっと呟く。

「キーフラスが言っていたように、魂は、必ずしも亡くなったらすぐ、シャドーマターの河で雪の姫の元に行くのではない、のか?」

 その声は、独り言みたいだった。

 でも、その疑問は、いまここにいる全員の中に、同じ形で浮かんでいるはずだった。

 死ねば、全部がすぐ流れていく訳では、ない。

 どこかに残り、引っかかる、こともある。

 特に、このデルタ大陸みたいな、シャドーマターと強く干渉する地層や、エキゾチック物質鉱脈の近くでは、そうなのかもしれない。

 そう考えると、この大陸そのものの見え方が、また少し変わってきてしまう。

 ここは、単に乾いた不毛の大地ではない。

 死んだものの記憶を、地中へ抱え込んだまま蘇った土地なのかもしれない。


***


 蜥蜴のような生物は、念動力に押さえ込まれていながら、なおも暴れていた。

 前脚で地面を削り、尾が左右にしなった。

 頭をもたげて、首を変な角度に曲げようとしていた。

 それを見ているうちに、だんだん、普通の生き物としての違和感が、はっきりしてきた。

 動きが、ところどころ繋がっていないのだ。

 生き物なら、筋肉と関節と重心で、連続した動きをする。

 でも、こいつは、一見そう見えて、部分的に“別の意志で動いている”みたいな瞬間があった。

 首だけが遅れて動いたり、尾が本来ありえない軌道でしなったり、脚の一本だけ妙に硬かったり。

 まるで、化石の骨格を、無理やり現在の生体運動へ近づけているみたいだった。

 僕は、『機怪天国』で戦った機怪ビーストのことを、ちょっと思いだしていた。あれには、魂はなかったと、マザーは言っていたけれど……。

「拘束手段を変更します」

 青葉が言った。

「生体機能の破壊は避けつつ、運動出力のみを落とします」

 その言葉と同時に、僕の念動力の場へ、青葉の制御が重なった。

 力任せに押さえるのではなく、そいつの脚の関節、首の角度、尾のしなり、そのひとつひとつへ細かく楔を打っていくような制御だ。

 巨大な蜥蜴の身体が、みしり、と音を立てる。

 でも骨が砕けたわけではない。

 力の流れだけが外され、暴れ方が鈍くなる。

『いまです』

 青葉がそう言った直後、地面を走っていた探査ドローンのうち二機が、一気に姿勢を変えた。調査用から捕獲補助用のモードへ移ったらしい。

 細いワイヤーとリング状の拘束具が、蜥蜴型生物の脚へ向かって飛ぶ。

『抑制補助』

 太郎が多脚型の拘束ユニットを滑らせた。

 ザラスターIIから持ち出した簡易捕獲装置だ。

 細いフレームが開き、蜥蜴の胴と脚へ半自動で食らいつく。

 完全に止めるほどの力ではない。

 でも、僕の念動力と重なることで、相手の運動方向を狂わせるには十分だった。

 蜥蜴型生物の尾が、大きく横へ振られる。

 けれど、太郎の拘束線がそれを半歩ぶんだけ遅らせた。

 その瞬間を逃さず、僕は念動力の圧を少しだけ強める。

 ぐしゃ、と乾いた地面が沈む音がした。

「押さえた……!」

 僕が叫ぶと、ブライアントが即座に反応した。

「殺すな。生かして持ち帰る」

「簡単に言うよね!」

「簡単じゃないから言ってる」

 そのぶっきらぼうな返し方が、逆に少し冷静さを取り戻させた。

 青葉のスキャンラインが、今度は蜥蜴の関節と内部構造へ集中する。

「運動出力の偏りがあります。胴体中央よりも、頭部基底と尾の付け根に異常な位相振動あり」

「つまり?」

「生体の運動だけでなく、情報残滓由来の駆動補正が入っている可能性があります。首と尾を先に落とします」

「落とすって、壊す?」

「いいえ。動きだけを削ぎます」

 その直後、青葉の指先から、目に見えないほど細い制御の流れが、僕の念動力へ重なった。

 圧のかけ方が変わる。

 ただ正面から押さえ込むのではない。

 頭部の角度、尾のしなり、脚の踏ん張り――その一つ一つへ、別々の楔を打ち込むみたいに、力の向きを細かく調整していく。

 僕は、それに合わせて出力も調整した。

 蜥蜴の動きが、一瞬だけずれた。

『いまです』

 青葉の声と同時に、ブライアントが拘束用のワイヤーを投げた。

 それが蜥蜴の首元へ絡みつき、続けてドローンが脚へリング拘束具を打ち込む。太郎の制御線が、さらに一段、蜥蜴の尾を巻き取る。

 最後に、僕が念動力を一気に落とした。

 蜥蜴型生物は、ぐっと身体を震わせ、それでも最後まで抵抗しようとした。

 だが、その動きはもう最初の鋭さを失っている。

 大きな胴が、赤い地面へ押しつけられた。

 爪が浅く空を掻き、尾が、乾いた風に一度だけ揺れた。

 そして、止まった。

 完全に死んだわけではない。

 しかし、少なくとも、いま僕たちへ襲いかかってくる状態ではなくなった。

 しばらく、誰も声を出さなかった。

 乾いた風が吹く。

 赤茶けた砂が、拘束ユニットの脚元を流れていく。

 地面に伏せた巨大な生き物だけが、まだ微かに熱を持ってそこにある。

「捕まえた……?」

 僕が尋ねると、太郎が短く答えた。

『確保完了』

 その言葉を聞いてから、ようやく僕は大きく息を吐いた。

 自分でも、思っていた以上に肩へ力が入っていたのが分かる。

 ギラが、拘束された蜥蜴を眺めた。

『いやあ、これはまた、面白いもんがおるなあ……って、軽く言うにはだいぶ嫌な感じやけど』

「嫌な感じ、って分かるの?」

『分かるで。見た目が嫌とかやなくて、“おるはずのないもんがおる”時の感じや』

 その表現は、かなり正確な気がした。

 ブライアントは、頷いた。

「普通の大型生物を捕まえた後の感触ではないな」

 それは、その通りだった。

 重いとか、危ないとか、そういう問題だけではない。

 目の前のそれには、生き物としての手応えと、死んだものが無理やり動いているような手応えが、妙に重なっていた。


***


 その場での簡易解析は、帰る前にしておきたかった。

 青葉とブライアントは、拘束した蜥蜴型生物の周囲に、小型分析ドローンを展開した。

 白い光のラインが何本も走り、内部構造が簡易的な断面図として浮かぶ。

「やはり、初期生物パッケージ由来の生物ではありません」

 青葉が、改めて確認するように言う。

「骨格パターン、筋繊維配置、神経束の通り方、いずれも生成済みの生物群とは一致しません」

 ブライアントが、断面図を見ながら顎に手をやる。

「自然発生とも言い切れんな。むしろ、古い骨格情報が再利用されてる感じが強い」

「やっぱり、化石から……?」

「たぶんな」

 彼は、蜥蜴の背中のあたりを指した。

「この辺り、骨格と外装層の噛み合いが悪い。生きた個体の成長で組み上がったなら、こんな妙なズレは出にくい」

 青葉も、同意する。

「化石構造体、あるいは、かつての生体情報を固定した鉱物化骨格が依り代になった可能性が高いです」

「でも、この星って、元々、生物はいたの?」

「いや、最初に訪問したときは、惑星形成の後、生物が自然発生した痕跡はなかった」

 ブライアントが、はっきりと言った。

「同意します。地表の金属同位体比等が、全て無生物由来でした」

「じゃあ、化石はどこからきたの? 惑星改造のときに、化石までできた、とか?」

「その可能性はあります。惑星改造で、“この星に生物が生まれるように”寄せた際に、初期生物パッケージの生命が生成される代わりに、あり得る生物の化石が形成されたのかもしれません」

「そんなことが……」

「あくまで仮説です。または、この星に残った魂の情報エネルギーにあたるものが、自ら、依り代となるための化石を生成させた、という可能性もあります」

「……依り代、依り代って、今日は、そういう単語ばっかりだね」

 僕は思わず額を押さえた。

「この大陸、どれだけ“昔のもの”を残してるんだよ」

「それが問題です」

 青葉は、静かに言った。

「もし、この一体だけでなく、同様の情報残滓が複数地点に残っているなら、デルタ大陸は“乾燥地帯”ではなく、“死んだ生態系の残響を抱えた不安定域”として再評価する必要があります」

 その言葉を聞いた瞬間、帰りたくなった。

 いや、現実逃避ではなく、早く拠点へ戻って、この大陸の扱いを根本から考え直したくなったという意味だ。

 でも、その前に、僕たちは周囲を見ておかなければならなかった。

「他にもいるか、確認しよう」

 僕が言うと、ブライアントがすぐに頷く。

「そうだな。ここで一体だけだと思い込んで帰るのは危ない」

 太郎とドローン群が、周辺探査モードへ入った。

 基準杖を中心に半径を広げ、岩陰、窪地、ひび割れ帯、低い丘状地形、その全部を浅い円で舐めるように見ていく。

 僕もシャドーコンパスをもう一度使った。

 さっきまで、目の前の蜥蜴に意識を取られていたが、今度は広く探る。

 デルタ大陸の乾いた表層の下へ意識を沈める。

 すると、やはり、この周辺には妙なざらつきがある。

 シャドーマターの流れが、滑らかではない。

 どこかで小さく引っかかり、歪み、微かな渦をいくつも作っている。

 ただ、大型の反応は、いまのところ、目の前の一体を除けば、見あたらなかった。

「少なくとも、近くにもう一体って感じではないかな……」

 僕がそう言うと、青葉も解析結果を重ねる。

「同意します。大型個体に相当する反応は、現時点では周囲に確認されません」

「よかった」

 僕は、素直にそう思った。


***


 僕たちは、基準杖を中心に、半径数百メートル単位で調査を広げた。

 歩くたびに、靴底の下で乾いた土が細かく砕ける。場所によっては、表層が硬く焼き締まったみたいに固まり、その下が急に脆くなる。ところどころ、金属を錆びさせたような赤い筋が地表に走っていて、それが風に削られ、細い裂け目になっていた。

 緑は、ほとんどない。

 遠くに、ごく低い灰緑色の植物らしきものが点在しているだけだ。

 沿岸拠点の周辺と比べると、同じ星だと信じにくい。

「居住圏としての拡張候補にするには、かなり大きな介入が必要です」

 青葉が測定結果を見ながら言う。

「運河の敷設、地下水脈の誘導、あるいは大規模な地殻調整。いずれも不可能ではありません」

「でも、その“いずれも”が危ないんだよね?」

「はい」

 青葉はあっさり言う。

「この大陸が単に乾いているだけなら、工学的な介入でかなり改善できます。しかし、もしシャドーマター過多と微細情報媒体素子の誤動作が背景にあるなら、安易な介入は逆に全体バランスを崩す可能性があります」

 ギラが、しゃがみこんで赤茶けた土を指でつまむ。

『つまり、ここは“将来の鉱脈候補地”でもあり、“触るとまずい危険地帯”でもあるわけやな』

「雑だが、概ねそうだ」

 ブライアントが言う。

『おいしい話ほど、たいてい毒があるなあ』

 ギラのその言い方は、軽いようでいて、実際かなり本質を突いている気がした。

 僕は、少しだけ空を見上げた。

 ここには海の匂いもないし、草の気配も薄い。

 風だけが広い。

 広いのに、ひどく閉じている感じがする。

 もしここが、もともと不毛になる可能性が高い場所だったのだとしても。

 もしそこへ、惑星再生の処理とシャドーマター過多が重なって、さらに歪んだのだとしても。

 いずれにせよ、ここは扶桑の弱点になりうる。

 拠点を広げるなら、いつか向き合わなければいけない。

 でも、今すぐ大工事に踏み込むのは危険すぎる。

「やっぱり、まずは観測とシミュレーションだな」

 僕がそう言うと、青葉が頷く。

「はい。現地サンプルと地下反応データを持ち帰り、扶桑全体の生態系モデルを更新すべきです」

 ブライアントも同意した。

「その上で、ここが“居住圏拡張候補”なのか、“手を出すな危険地帯”なのかを改めて決める」


***


 もう少し調査をしたところ、別の意味での嫌な発見があった。

 地表の細かな生態系を見直しているうちに、僕たちは、このデルタ大陸には、アルファ大陸側とは明らかに違う“別系統の小さな生態”があることに気づいた。

 最初に見つけたのは、小さな蜥蜴だった。

 本当に小さい。

 掌に乗るかどうかというくらいの大きさで、岩の割れ目からひょいと顔を出し、すぐに別の影へ潜り込んだ。

 見た目は、さっきの大型個体と同じ系統に見えなくもない。けれど、こちらは明らかに自然な動きをしていた。

 細い身体で、乾いた地色に溶け込む赤灰色の保護色の皮膚をもっている。

 目は黒く、小さい。

 尾は長く、敏捷だ。

 しかも、その動きには、さっきの大型個体のような“部分ごとのズレ”がない。ちゃんとひとつの生き物として連続している。

「普通の蜥蜴もいるんだ……」

 僕が、しゃがみ込んで見ると、ブライアントもその近くへ寄ってきた。

「こっちは、まだ自然だな」

 そう言って、彼はドローンの拡大映像を確認する。

「サイズも代謝も、小型乾燥地適応型。大型個体の方が、むしろ異物だ」

 つまり、このデルタ大陸には、まったく何もなかったわけではないのだ。

 乾燥と酸化と、シャドーマター干渉に適応した、小さな生き物たちの系が、ちゃんとある。

 ただ、その中へ、あの大型の“復活物”みたいなものが混ざっている。

 その事実は、かえって不気味だった。

 さらに、赤い砂の下を調べると、もっと奇妙なものが出てきた。

 青葉のドローンが、地表のごく浅い層を慎重に掬い上げる。

 すると、その裏側に、薄く貼りつくような生物層が見えた。

「なんだこれ……?」

 僕は、思わず顔をしかめた。

 地衣類のようだった。

 岩や砂の裏に貼りついて、薄い膜を作る植物と菌類の共生体だ。

 それ自体は、地球でも珍しくない。

 けれど、色が違った。

 地球の地衣類なら、灰色、緑、黄色、せいぜい赤茶色くらいだろう。

 目の前にあるそれは、もっと毒々しかった。

 紫、青緑、鉄錆の赤――そして、ところどころに、金属光沢を帯びた黒い色があった。

 しかも、光の角度で、その色が少しずつ変わる。まるで、微細な鉱物結晶が生体の膜へ混ざり込んでいるみたいだった。

「うわ……」

 僕が顔をしかめると、青葉がすぐにスキャンを走らせた。

「光合成系ではありますが、通常の地球型植物とはかなり異なります。鉱物摂取と微弱なシャドーマター干渉応答を併用している可能性があります」

「地衣類なのに?」

「この大陸では、そうせざるを得ないのでしょう」

 青葉は静かに言う。

「表層水が乏しく、完全に乾燥しています。通常の植物よりも、極限環境適応型の薄膜生物の方が生き残りやすい」

 ブライアントも、その膜状生物を見ながら言った。

「アルファ大陸側が“住める生態系”なら、こっちは“耐える生態系”だな」

 その表現が、すごくしっくりきた。

 耐える生態系。

 そうだ――ここには何もないのではない。

 生きているものはいる。

 ただ、それらは、豊かに循環する世界の住人ではなく、乾燥と不安定な地下条件に耐えながら生き延びている側なのだ。

 そうなると、デルタ大陸は、単なる失敗作ではなく、“違う理屈で成立しつつある生態系”なのだと分かる。

「厄介だね……」

 僕がそう言うと、ブライアントは頷いた。

「厄介だ。だが、見方によっては価値もある」

「山師だなあ」

「仕事だ」

 彼は、そう言いながらも、かなり活き活きしていた。

 危険もあるし、不気味さもある。

 でも、その下に鉱脈があり、未知の生態系があり、しかも大型の“復活個体”までいる。

 GDCの山師としては、確かに、興奮する条件が揃いすぎているのだろう。


***


 帰還の判断は、最終的には全員一致だった。

 この場に長く留まる理由は、もうない。

 大型個体は、一体確保した。周囲に即座の追加大型反応はない。

 小型生物圏と異質な地衣類も確認し、サンプルも取得した。

 そして、この大陸が“乾いているだけではない”という証拠は、十分すぎるほど集まった。

「帰ろう」

 僕がそう言うと、青葉もブライアントも頷いた。

『基準杖は残すんか?』

 ギラが聞く。

「はい」

 青葉が応えた。

「撤収後も座標固定点として機能させます。再来時の安全性と、長期観測のためです」

「うん。それでいいと思う」

 太郎が、拘束した大型蜥蜴型個体の固定状態を見直す。

『輸送可能』

 乾いた風が吹く。

 赤い粉が、靴の周りをさらさらと流れる。

 遠くの岩陰で、小さな蜥蜴がまた一匹、影のように動いた。

 僕は、その風景を見ながら、心の中で少しだけ整理していた。

 デルタ大陸は、死んでいないが、健康でもない。

 ここには、普通に育った小さな生き物たちもいる。

 同時に、昔の生態系の残滓が、化石を依り代にして、異形の復活をしている可能性もある。

 その地下には、シャドーマターと干渉する鉱脈か、エキゾチック物質の流れが眠っているかもしれない。

 価値があるが、危険だ。

「ほんとに、触るのが怖い場所だな」

 僕がそう呟くと、青葉が静かに言った。

「だからこそ、扱い方を誤らないようにする必要があります」

 その言葉は、デルタ大陸だけでなく、扶桑全体にも当てはまる気がした。

 僕たちは、トカゲのような生物をサンプルとしてザラスターIIへ積み込み、大陸中央部の乾いた風景を背にして離陸した。

 機体が地表を離れる時、僕はもう一度だけ下を見た。

 赤茶けた荒野、ひび割れた地面、基準杖の青白い光点――。

 そして、そのどこかに、まだ見えない“化石のなかの魂”の残りがあるかもしれないという嫌な想像。

 扶桑は、きれいなだけの星ではない。

 そのことを、僕は、ようやく本気で思い知らされた。

 拠点へ戻ったら、たぶん、星の扱い方そのものを、もう一度考え直さなければいけない。

 そんな予感を抱えたまま、ザラスターIIは、海と緑のある側へ向けて機首を返した。

誤字報告どうもありがとうございます

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