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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第VI部 拠点開発編

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第九十三章 デルタ大陸遠征~乾いた大陸は、謎が多い

 デルタ大陸へ向かう日になった。

 昨日までの会議で、反対側の大陸の水系が微妙だという話は何度か出ていた。

 僕たちが最初に拠点を築いた側――便宜上、アルファ大陸と呼ぶようになった側は、もう、かなり「住める」顔をしている。

 海があり、湾があり、海岸沿いには浅い湿地と緩やかな砂州が続く。

 少し内陸へ入れば、河が土を運び、森が育ち、風が匂いを持って吹く。

 見上げれば雲が流れ、朝と夕では光の色までちゃんと変わる。

 まだ全部が成熟した自然というわけではないが、それでも、少なくとも「生命の基盤が立ち上がっている世界」には見える。

 それに対して、デルタ大陸は、軌道観測の映像だけでも、どうにも色が違った。

 海に面していないわけではない。大陸そのものが極端に大きい訳でもない。

 けれど、軌道から見た限りでは、アルファ大陸側に比べて、青でも緑でもなく、茶と灰で、緑に乏しい感じだった。

 水脈が細く、どうにも河の筋が乏しかった。輪郭そのものが、どこか乾いていた。

 沿岸部の一部を除いて、内陸へ水が十分に入り込んでいない。

 青葉とブライアントの見立てでは、このまま自然に任せれば、かなりの範囲が半永久的に砂漠のまま残る可能性がある、ということだった。

 

 僕は、基地を造り始めてからずっと、惑星再生は、うまくいったのだと思っていた。

 少なくとも、アルファ大陸側を見る限りでは、そう信じたくなるだけの景色が広がっていた。

 けれど、惑星全体が均一に蘇るとは限らない。

 まして、この星の再生は、自然の営みを何百万年もかけて待った結果ではなく、〈先住者〉の遺跡により、微細情報媒体素子を使った因果変換技術によって、一気に環境条件を書き換えた結果だ。

 もし、どこかに偏りが出ていたとしても、不思議ではない。

 そして、その偏りが、単に「ここは少し乾きやすい土地でした」で済まない可能性もあった。

 だから、行く必要があった。

 地図の上で眺めるだけではなく、実際に見に行って、風を感じて、地面を踏み、何が起きているのかを確かめる必要があった。


***


 出発は、朝のまだ光が柔らかい時間に決まった。

 ザラスターIIは、港の沖合に寄せた巡洋艦『青葉』とは少し離れた仮設着陸場へ降ろしてあった。デルタ大陸は遠い。ジェッチjrのような探査機でも行けなくはないだろうが、長距離移動とサンプル回収、それに万一のトラブルを考えれば、やはりザラスターIIの方がいいとブライアントは言った。

「弾道飛行が一番早い」

 そう言った時のブライアントの顔は、いかにも実務家らしかったけれど、少しだけ楽しそうでもあった。ザラスターIIは、ブライアントの探査船ザラスターを、マザーがブライアントの記憶から引き出した設計思想に沿って、半ば再設計した艦だ。

 彼にとっては、ただの船ではなく、自分のやり方に合った、かなり信頼できる相棒なのだろう。

 乗り込む前、僕は一度だけ高台から扶桑の朝を見下ろした。

 海は穏やかだった。

 湾の内側に浮かぶ巡洋艦『青葉』の白い艦体は、朝日を受けて静かに光っている。

 その背後には、まだ若い森と、海へ向かって流れる河の筋があった。

 さらに遠くには、白い雲の影が、低い丘陵をゆっくりと横切っていた。

 これが、いまの扶桑の顔だ。

 少なくとも、こちら側は。

 僕は、それを目へ焼きつけるように見てから、ザラスターIIへ向かった。


***


 艦内へ入ると、ブライアントはすでに前方席で出発前の最終確認をしていた。

 青葉は機怪人形ボディの方でこちらにいるが、当然、巡洋艦『青葉』本体ともつながっているし、ザラスターIIの内部システムとも連携している。

 太郎は、後方の資材固定と装備の確認を淡々と終わらせていた。

 僕が席へ着くと、ブライアントが横目で見て言う。

「緊張しているか?」

「少しは」

「それでいい。妙に気が緩んでるよりはマシだ」

「ブライアントは?」

「仕事だ」

 その返し方が、いかにも彼らしかった。

 でも、こういう時にそのぶっきらぼうさは、逆に少し安心する。

 青葉が、発進前の簡潔なブリーフィングを始めた。

「本日の目的は三つです。第一に、デルタ大陸中央部の地質と地表状態の再確認。第二に、デルタ大陸の生態圏の確認。第三に、水系形成阻害の要因推定です」

 卓上の投影に、扶桑の全球図が出た。

 アルファ大陸の緑と青に対して、反対側のデルタ大陸は、茶色だ。

 僕は、それを見ながら改めて思った。

 同じ惑星のはずなのに、あまりにも違う。

 昔、地球を宇宙から眺めた写真と比べると――デルタ大陸は、ちょうど、アフリカのサハラ砂漠のあたりやオーストラリアの内陸部みたいなのが、海と区別されて広がってる、みたいな感じだろうか。

「ザラスターIIは、いったん上昇してから、半周規模の弾道飛行に入ります」

 青葉が続ける。

「飛行中、扶桑の環境変化を広域観測と重ねて確認します。アルファ大陸側の水系、植生分布と、デルタ大陸側の乾燥域への移行を、感覚的にも把握しておくことは有用です」

 ブライアントが、軽く頷いた。

「単に“反対側に行く”のではなく、この星がどこでどう変わってるか、自分の目で見るってことだな」

『目で実際に見るのは、重要やで~』

 僕と並んで座りながら、ギラも告げる。

「はい」

 僕は、その言葉に素直に頷いた。

 たしかに、ただ移動するだけならかなり高度を上げて、一気に飛ぶ方法もあるのだろう。

 けれど、今の僕たちは、この星を知る段階にある。

 だったら、半周する間に、海がどう変わり、森がどう薄れ、河の筋がどこで乏しくなるのかを、自分の感覚でもつかんでおきたかった。

「では、発進します」

 青葉の声と同時に、ザラスターIIの床を、低い駆動音が震わせた。


***


 ザラスターIIは、まず真っ直ぐ上昇した。

 海が遠ざかる。

 高台の神子本部神殿が、小さな白い点に見えてくる。

 港湾予定地、資材の仮置き場、巡洋艦『青葉』――その全部が、ひとつの拠点としてまとまって見える高さまで来ると、僕は、ほんの少しだけ息をついた。

 ここまで来ると、扶桑はまだ若い惑星だという感じがする。

 大地の形は決まっていても、そこにある人工物はまだほんのわずかだ。

 海と陸と空の比率の中で、僕たちの拠点は、小さくて、でも確かに目立つ。

 やがて、上昇はさらに続き、水平線が丸くなり始めた。

 それから、弾道飛行の軌道に入る。

 艦が少し前へ倒れ、視界の中で、扶桑の曲面がゆっくりと広がる。

「すごい……」

 思わず、そう呟いた。

 アルファ大陸側は、ほんとうに水が多かった。

 もちろん、惑星全体が水の星というほどではない。

 けれど、海から内陸へ向かう湿気の帯が見え、その下に、河川が何本も筋を引いている。

 沿岸部には湿地と平野、少し内側には森林、さらに高地にはまだ若い山岳植生と、ところどころに雪の残る明るい頂きまで見える。

 風景が“循環している”のが、軌道に近い高さからでも分かった。

 海が蒸発させた水分が雲になり、内陸へ運ばれ、雨となり、河となって海へ戻っているのだ。

 地上で見た時には断片でしかなかったその仕組みが、いまは扶桑の半球規模でひとつの動きとして見えていた。

 青葉が、それを補足するように広域解析を重ねる。

「アルファ大陸側は、水系形成が非常に順調です。沿岸の水循環だけでなく、内陸高地からの河川供給も安定しています。植生定着速度も、やはりこちら側の方が高い」

「見れば分かるね……」

 僕は、前方スクリーンの向こうを見つめたまま言った。

「なんか、呼吸してるみたいだ」

「適切な表現です」

 青葉が言う。

「惑星環境が、循環として立ち上がっています」

 その言葉は、少し印象的だった。

 呼吸している――循環として立ち上がっている。

 どちらも、いまの扶桑にはよく似合う。

 しかし、その“呼吸”が、ずっと均一に続くわけではないことを、僕たちは知っていた。

『ほんま、綺麗な星になったな~』

 ギラも、スクリーンを見おろして感心して言った。


 しかし、弾道飛行が半周の前半へ入る頃、景色は少しずつ変わり始めた。

 最初は、ほんの微妙な違いだった。

 河の筋が、少しずつ細くなった。

 森っぽい緑の連なりが、ところどころ途切れた。

 湿地の色が減り、代わりに乾いた草地らしい明るい帯が増えてくる。

 海から吹き込む雲の流れも、どこかで薄くなった。

 ブライアントが、小さく前方へ顎をしゃくった。

「見えるか。あのあたりから、内陸への水の食い込みが鈍ってる」

 僕は、目を凝らした。

 確かに、ある線を境に、緑の密度が変わっていた。

 いきなり森が終わるわけではない。

 でも、水の豊かな世界から、少しずつ水の乏しい世界へ移っていく、その“遷移帯”のようなものがある。

「なんか、色が薄くなっていく」

「そうだ。水が少なくなると、まず色が変わる」

 ブライアントは、前を見たまま続ける。

「森が草地になり、草地が低い灌木帯になり、その先で裸地が増える。自然の乾燥化なら、そういう連続性が出る」

「じゃあ、デルタ大陸も、それと同じように……」

「途中までは、な」

 ブライアントの言い方が、少しだけ重くなった。

「だが、その先が、あまりにも急すぎる」

 その言葉通りだった。

 弾道飛行がさらに進むと、扶桑の景色は、徐々に、しかし確実に厳しいものへ変わっていく。

 河は、そこで急に乏しくなった。

 海から伸びていた湿潤の気配が、途中で削ぎ落とされるみたいに薄れ、緑の帯は、まだらになり、その先で唐突に終わる。

 大地は、黄土色を帯び、さらにその先では赤茶けた色へ変わった。

 それは、季節の違いとか、同じ大陸内のちょっとした気候差という感じではない。

 もっと根本的な、環境条件の断絶だった。

「あれかな?」

 僕が呟くと、青葉が頷いた。

「デルタ大陸です」

 視界の前方に、広大な茶色い面が広がる。

 海はあるし、大陸も大きい。

 なのに、そこには、アルファ大陸側にあった水の気配が、ひどく少なく思えた。

 河川の筋は、あるにはある。

 だが、細い。

 しかも、内陸深くまで食い込まず、途中で消えるように見えるものまである。

 森は、ほとんど見えない。

 代わりに、乾いた台地、露出した岩盤、赤茶けた低地が、まるで骨のようにむき出しになっていた。

「同じ星とは思えないよ」

 僕がそう言うと、ギラが羽を広げた。

『せやから、見に来たんやで』

 ザラスターIIは、さらに高度を調整しながら、デルタ大陸中央部へ向かう。

 低くなるにつれて、その乾きは、もっと具体的に見えてきた。

 ひび割れた地表、赤っぽい土、むき出しになった岩、風に削られた小さな尾根――。

 アルファ大陸側で感じた“惑星が呼吸している”感じは、ここではずっと弱かった。

「こうして上から見ると、やっぱり違うね」

 僕が呟くと、今度は、操縦席に座るブライアントが短く答えた。

「違う。海に近い縁だけならまだしも、中央部の水系がほとんど育ってない」

 青葉が、補助画面に解析を重ねる。大陸の上へ、薄い光の筋が引かれた。

 流入する湿気の予測、降水の偏り、地下水脈の推定、地殻の高低差――それらを重ねると、どうしてこの大陸が他より乾きやすいのかが、なんとなく見えてくる。

「沿岸からの湿潤気流は届いていますが、内陸の地形が水系形成を阻害しています。さらに、表層の鉱物変質が保水を妨げている可能性があります」

「保水ねえ……」

 ブライアントが低く言う。

「ただの砂漠化ならまだいいが、それで済むかどうかだ」

 僕は、その言い方が気になった。

「やっぱり、惑星再生に何か不具合があった可能性が高い?」

「断定はできません」

 青葉は答える。

「ただし、通常の自然経過だけで説明するには、乾燥化の進行が急すぎます。シャドーマターの流量や、微細情報媒体素子の偏在が、何らかの形で誤動作を誘発した可能性はあります」

「誤動作って……ちょっと嫌な感じだね」

「はい。嫌な可能性です」

 青葉は、いつも通り静かな声で、でも妙に素直にそう言った。


***


「着陸地点を決定します」

 青葉が言う。

「中央部の比較的平坦な高地です。周辺の地殻反応が安定し、視界が開けています」

 青葉の言葉の後、ザラスターIIは、乾いた平野の上に大きく影を落としながら、慎重に降下した。

 地表の赤茶色がどんどん濃くなる。

 上から見ていた時には一枚の色に見えた大地が、近づいてみると、細かな違いをいくつも持っているのが分かる。

 乾いた粘土質のひび割れ、鉄錆びのような粉をまとった岩場、ところどころに灰色の砂が吹き寄せられた低地がある。

 そして、植物が少なかった。

 どうも、まったくゼロではないようだ。

 しかし、アルファ大陸側の海辺や森林帯と比べると、あまりにも乏しい。

 ザラスターIIが、ゆっくりと地表へ降りる。

 接地は滑らかだったが、外へ出た瞬間、僕は思わず顔をしかめた。

 乾いていた。

 空気が、まず違う。

 アルファ大陸側では、海風には塩の気配があり、森には湿った土の匂いがあり、河辺には水の冷たさを含んだ空気があった。

 ここには、それがほとんどない。

 鼻の奥へ入ってくるのは、赤く焼けた土の匂いだった。

 風も、どこか軽く、乾いている。

 僕は、赤茶けた大地を見回した。

 不毛の砂漠、と呼ぶのがいちばん近い。

 ただ、地球のどこかの砂丘のように、柔らかな砂ばかりが続くわけではない。

 むしろ、乾いた荒野と言った方が正確だった。

 赤茶けた地面がひび割れ、低い起伏のあいだを乾いた風が走っている。

 ところどころ黒ずんだ岩盤がむき出しになり、植物らしいものは、遠目にはほとんど見当たらない。

「うわ……」

 思わず、それだけ漏れた。

 ギラも、珍しく軽口をすぐには言わなかった。

『これは……ほんまに別世界やな』

「うん。ほんとに、全然違う」

 青葉は、既に、しゃがみ込んで地表のスキャンを始めている。

 彼女の指先から薄い光が走り、赤い土と岩の表面を舐めるように走査していった。

「大分、地表の酸化が進んでいます」

 青葉が静かに言う。

「鉱物組成の変化等も、観察する必要がありますね」

 その言い方には、いつもの落ち着きがあった。

 でも、内容は重い。

 酸化が進んでいる、ということは、単なる乾燥ではなく、地表そのものの化学条件が、かなり偏っている可能性があるということだ。

 水が少なく、風化と変質の仕方が、アルファ大陸側とは違う。ひょっとすると、地下から何かが影響しているのかもしれない。

 ブライアントも、しゃがんで赤い土を少しつまみ、指先でこすっていた。

「妙だな」

「なにが?」

「乾燥地帯として自然な部分もある」

 彼は、指についた赤い粉を見ながら続ける。

「しかし、均質すぎる。急に酸化と乾燥化が進んだ表面っぽい。地表だけ見ても、何かの偏りがあったと考えた方がいい」

 僕は、その言葉に少し背中が寒くなった。

 やっぱり、ただ水が少ないだけの場所ではないのだ――この大陸は、何かを抱えている。

 その時、青葉が、ザラスターIIの後部貨物区画から、一本のポールのようなものを引き出した。

 長く、細く、表面に淡い光の筋が走っていた。

 上部には小さな環が重なり、下部は地面へ深く刺さる構造になっているらしい。

「これは、高次元構造体を含む基準杖です」

「基準杖?」

 僕が尋ねると、青葉はそれを僕に見せるように少し持ち上げた。

「これを目印にして、いつでも、テレポートの座標を固定できます」

 僕は、その棒を見ながら、思わずゲームみたいなことを考えてしまった。

「なるほど……RPGのセーブポイントとか、アンカーみたいなもの?」

「かなり近い理解です」

 青葉は、いつもの通り真面目に頷く。

「これまで、テレポートは巡洋艦『青葉』の中や、限られた安全な場所で、私と連携して座標を合わせないと少々危険でしたが、これがあれば、かなり簡単になります」

 たしかに、今までのテレポートは、気軽に使えるものではなかった。

 それが、こういう目印を置くことで、かなり簡単になるという訳だ。

『便利だ』

 太郎が、珍しく少しだけ感心の色をにじませた声で言った。

「うん、ほんとに便利そう。もっと早く欲しかったな」

 僕は、そう応えながら、青葉が基準杖を地面へ突き立てるのを見守った。

「いまの段階だからこそ、安定して使えます」

 青葉の返しは、いつも通りだった。

 下端が赤茶けた地面へ沈み込む。

 その瞬間、地面に淡い青白い光が、円環状にひろがった。

 空気が、ほんの少しだけ変わる。

 世界のその一点に、見えない杭が打ち込まれたみたいな感じだった。

 青葉が、その反応を確認してから静かに言った。

「これで、現地点は固定されました」

 デルタ大陸の中央。

 赤茶けた、乾いた荒野。

 そのど真ん中に、僕たちの最初の印がひとつ立った。

 アルファ大陸側の、海と森と河のある扶桑から、ここまで飛んできたのだ。

 その半周のあいだに見た景色の変化を思い出すと、この乾いた大地が、ただの遠い場所ではなく、扶桑のもう一つの顔なのだと、嫌でも実感した。

 そして、その顔は、どうにも穏やかなものではなさそうだった。


***


 デルタ大陸の空気は、乾いていた。

 そもそも酸素がある大気は来ているし、風は吹いていて、完全に死んだ世界ではない。

 しかし、その風が、アルファ大陸側で感じたものとはまるで違っていた。

 水の匂いをほとんど含まず、埃っぽく、細かい。

 もし、機怪人形ではない、普通のメカニカルなアンドロイドだったら、機構部分の目詰まりが心配なレベルではないだろうか。

 そう思って太郎を見ると、特に気にした様子もなく辺りを見回している。

「太郎は、この細かい砂、気にならないの?」

『太郎は整備主任だ。粉塵、水、化学物質への耐性がある』

 太郎は、こちらを向いて、ちょっと自慢げに言う。

「そっか。なら良かった」

 おそらく、マザーに改良してもらって、より耐性が上がったのではないかと思う。

 僕は、立てたばかりの基準杖を見上げ、それから周囲の荒野へ視線を巡らせた。

 赤い大地が地平線近くまで続いている。

 ところどころで黒く露出した岩盤もある。

 地表は、ひび割れている。

 窪地が低くえぐれていた。

 ――同じ扶桑なのに、アルファ大陸側の海と森と河のある景色とは、まるで別の惑星みたいだった。

 まるで火星みたいというか、以前に見たSF映画の砂の惑星っぽいというか。

「……やっぱり、ただ乾いてるだけじゃない気がする」

 僕がそう呟くと、青葉は基準杖の反応と地表スキャンを重ねながら頷いた。

「はい。乾燥している、という事実だけでは説明しきれない偏りがあります」

「若葉に聞いてみた方がいいかな?」

 僕がそう言うと、青葉はすぐに答えた。

「ええ。その方がよいでしょう」

 青葉は、その場で軽く姿勢を整えた。

 通信機器を取り出すというより、意識の層を少しだけ切り替える感じだ。

 若葉との接続は、普通の音声通信ではなく、僕、青葉、マザー逹と同じ銀河ネットのEPR通信だ。

 遺跡と若葉の本体依り代と、機怪人形ボディと、そしてこちらの青葉が、見えない細い糸でつながっているような感じだった。

『若葉、聞こえますか』

 青葉が静かに呼びかけた。

 最初は、少し間があった。

 たぶん、若葉が神子本部神殿のどこかでこの呼びかけを受け取って、意識をこちらへ向けるまでのタイムラグだろう。

 やがて、小さな声が返ってきた。

『きこえる……』

 若葉の声だ。

 それだけで、乾いた荒野の中に、少しだけ拠点の空気が混じった気がした。

『現在、デルタ大陸中央部にいます。視覚情報を共有します』

 青葉がそう告げると、僕の視界の端に、ごく薄いウィンドウが重なった。

 若葉にも、僕たちが見ているこの荒野の景色が、そのまま伝わっているのだろう。

 また少し、沈黙。

 それから、若葉がぽつりと言った。

『……ここも、ふそう?』

 その一言が、妙に胸へきた。

 若葉にとって、扶桑は、海があって、風があって、神子本部神殿があって、青葉や僕たちがいる場所になり始めている。

 そういう子に、この赤茶けた不毛の地を見せたら、まずそう尋ねたくなるのは当然だ。

「うん」

 僕は、まっすぐに答えた。

「ここも扶桑だよ」

 若葉は、少しだけ黙った。

 たぶん、見えている景色を、自分の中の“扶桑”へうまく重ねられないのだろう。

『へん……』

 やがて、若葉はそう言った。

 それは、すごく率直で、そして正しかった。

『はい』

 青葉がすぐに応じる。

『だから、理由を調べています。若葉、遺跡の管理AIへ問い合わせは可能ですか? なぜ、このような状態になっているのか、何か手がかりが欲しいのです』

『……きいてみる』

 若葉の返答は小さかったが、ちゃんと役目を引き受ける声だった。

 通信は、完全には切れていない。

 でも、若葉の意識は、いま、遺跡の管理AI――若葉が“お母さん”と呼んでいたあの存在――へ問いかけに行っているのだろう。

 そのあいだ、僕たちは追加の調査を始めた。


***


 青葉は、持ってきたドローン群に指示を出した。

 待機していたドワーフドローンが、三機、五機と滑るように地表へ散っていく。形の違う機体も混ざっていた。通常の表層スキャン用、浅い地中探査用、そして少し大きめの、鉱物反応に特化した探査ドローンだ。

「近傍地中探査を開始します」

 青葉の声とともに、ドローンたちの先端から細い光が何本も走る。

 それは、レーザーで当たりをつけているのだろうけど、電磁波だけでなく、ミューオンとかニュートリノとか、別の素粒子や何かを使っているようだ。

 地表のひび割れのあいだ、岩盤の下、乾いた土壌層のさらに奥へ、見えない針が何本も潜っていく。

 ブライアントは、そういう光景を見ると、妙に生き生きしてくる。

 いや、普段から十分生き生きはしているのだが、こういう“地中に何かあるかもしれない”場面では、明らかに目つきが変わった。

 GDCの山師として、資源探索は本職のひとつなのだろう。

「表層反応だけじゃ足りないな」

 彼は、ドローンから上がってくるデータを見ながら言う。

「乾燥帯の地表変質が強すぎる。鉄だけじゃなくて、他の金属も多いようだ。もう少し深い層を見ないと、本当に欲しい情報が埋もれる」

「同意します」

 青葉はすぐに応じた。

「浅層の地質は、すでに二次的な変質をかなり受けています」

 僕は、その言葉を聞きながら、ふと、外装に格納していたシャドーコンパスのことを思いだした。

 アラージから受け取った、あの黒曜石の懐中時計みたいな神具だ。

 シャドーマターの流れや濃度を、“感覚として”読めるようにするセンサーだった。

「青葉」

「はい」

「シャドーコンパスも使ってみるよ」

「お願いします」

 青葉は頷いた。

「ドローンの解析だけでは、シャドーマター場と干渉する異常を完全には拾いきれません。弓良の感覚入力を重ねた方が精度は上がります」

 僕は頷いて、外装収納からシャドーコンパスを取り出した。実は、この外装の金属質のスーツみたいなものには、いくつかポケットがついているのだ。

 掌に載せると、冷たかった。

 けれど、すぐに、光を放って僕と応答しているのが分かる。

 意識を集中する。

 コンパスへ、自分の感覚を少しだけ沈めた。

 すると、乾いた荒野の風景の下に、もうひとつ別の層が広がった。

 シャドーマターの流れだ。

 アルファ大陸側で感じた、この星系をちょうど横切っているシャドーマターの支脈の流れとは違う。

 こちらは、もっと細い線が重なっているような癖があった。

 地表の下で、何かに引っかかり、曲がり、渦を作っている。

「ある……」

 僕は、小さく呟いた。

「……何かある」

 青葉が、視線だけで先を促す。

「流れが変だ。川みたいに通ってるだけじゃなくて、途中でねじれてる。吸い寄せられてる感じもある」

「局所的な引力場ではなく、媒質干渉の可能性が高いですね」

 青葉がそう言った瞬間、若葉からの通信が戻ってきた。

『……きいた』

 少しだけ息を弾ませたような声だった。

 たぶん、ちゃんと“お母さん”とやり取りしてきたのだろう。

『何か分かりましたか?』

 青葉が尋ねた。

 若葉は、少し言葉を探すようにしてから、ぽつりぽつりと答え始めた。

『シャドーマターが……おおすぎて』

 そこで一度、考え込む。

『……まちがえた、かもって』

 青葉の目が、ほんの少しだけ細くなった。

 僕は、思わず青葉を見た。

『微細情報媒体素子が誤動作した可能性、ですね』

『うん』

 若葉の返事は、少しほっとした感じだった。

 たぶん、青葉が自分の言いたいことを正確に拾ってくれたのが分かったのだ。

 さらに、若葉は続けた。

『あと……ここ、かわの……えっと』

 少し詰まる。

 僕は、思わず声を挟みそうになったけれど、青葉は黙って待っている。

『シャドーマターの河と、なかよしな、じめん、かもって』

 その表現は、ものすごく若葉らしかった。

 そして、言わんとしていることは、なんとなく分かる。

 青葉は、その言葉を少しだけ繰り返すようにして整理した。

『シャドーマターの河と結びやすい地層、あるいはエキゾチック物質の鉱脈が地下に存在する可能性があります』

「なるほど……」

 僕がそう言うと、青葉は視線を少しだけこちらへ向けた。

『若葉の回答は、そのように解釈できます』

 たしかに、その方が筋が通る。

 このデルタ大陸では、シャドーマターが多すぎた。

 それに、微細情報媒体素子の動作が引っ張られたのだろう。

 その原因としては、地下にシャドーマターと干渉しやすい地層か、エキゾチック物質の鉱脈のようなものがあるのだろう。

 そう考えれば、乾燥の急さも、地表の変質も、アルファ大陸側との極端な差も、全部がひとつの線でつながり始める。

「ドローン、もっと深く見られる?」

『可能です』

 青葉が即答する。

『深度探査モードへ移行します』

 追加のドローンが、ザラスターIIの後部から放たれる。

 今度の機体は少し重く、地表に降りると、そのまま脚を地中へ打ち込むようにして固定された。

 そこから、音ではなく、圧力でもなく、もっと別種の探査波が地下へ染み込んでいく。

 ブライアントは、もう完全に山師(プロスペクター)の顔になっていた。

「いいぞ、その方向だ」

 彼は、データの立ち上がりを見ながら、かなり活き活きした声で言う。

「もし本当にエキゾチック物質の鉱脈なら、ここはただの厄介な不毛地帯ではなくなる。扶桑の資源基盤そのものになりうる」

「つまり……」

「当たりを引けば、とんでもない資源だ」

 ブライアントが言う。

「だが、同時に、とんでもない厄介事でもある」

 それは、その通りなのだろう。

 資源になるものは、だいたい奪い合いの種にもなる。まして、シャドーマターやエキゾチック物質が絡むなら、ただの鉱山開発で済むはずがない。

 ブライアントは、腕を組んだ。

「しかし、危険だからこそ、価値がある」

 その言い方が、いかにも山師だと思う。

「シャドーマタークリスタルがあるかもしれない、ってこと……?」

 僕がそう聞くと、ブライアントは今度こそ、少し笑った。

「あるかもしれない、どころじゃない。条件が揃いすぎてる」

 彼は、しゃがみこんで、赤茶けた地面の先を見た。

「探れるか?」

 その問いは、僕へ向けられていた。

 青葉が、横で静かに言う。

「弓良のシャドーコンパスなら、可能性は高いです」

 僕は、もう一度、コンパスへ意識を沈めた。

 地表の乾きと、その下の流れ、さらにその奥にある、引っかかり――。

 何かが、シャドーマターを歪めている。

 それは単なる流路の曲がりではなく、もっと局所的な“塊”に近い。

「たしかに……」

 僕は、ゆっくり言った。

「……シャドーマターと干渉する物質の鉱脈のようなものがありそう」

 青葉が、小さく頷く。

『はい。私も同様に判断します』

 僕は、赤茶けた荒野の一角へコンパスを向けた。

 ざっくりとした方向ではなく、もっと絞れる気がする。

「場所は……」

 コンパスの中の流れを、さらに細く読む。

 ほんの少し前へ。

 この辺り。

 地中の少し深いところに、まとまった反応がある。

「……ちょうどこの近くかな」

 そう言って、僕は、少し離れた岩場の方へ歩き出そうとした。

 岩陰だった。

 赤い地面の中に、黒っぽい岩がいくつか重なっていて、そこだけ少し影が深い。

 あそこを中心に、もっと詳しく見れば――

 その時だった。太郎が、ぴたりと動きを止めた。

『異常反応』

 短い一言。

 でも、それだけで場の空気が変わる。

 僕も反射的に振り向いた。

 乾いた風の向こう、赤茶けた岩場の陰に、何かが動いた気がした。

「何?」

『大型』

 太郎の声が、ほんの少しだけ低くなる。

『接近中』

 ブライアントが、一瞬で姿勢を変えた。

 ギラも翼を半開きにする。


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