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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第VI部 拠点開発編

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第九十章 若葉の紹介~生物圏探査

 若葉は、僕の腕へ軽くぶつかったまま、しばらくその感触を確かめるようにじっとしていた。

 僕の方も、小さな身体の重さと、ちゃんと熱そこにある体温めいた。

 仮想体の時にはなかった、支えれば支えた分だけ返ってくる現実の感触がある。

 僕も、なんとなく、そのまま少しだけ支えていた。

「……どう?」

 僕が小さく聞くと、若葉は、僕の腕に触れたまま答えた。

「へん」

「うん」

「でも……いい」

 その“いい”の言い方が、すごく静かで、でも本当だった。

 青葉が、その横で言う。

「若葉、もう少し歩けそうですか?」

 若葉は、僕の腕から少しだけ身体を離して、自分の足元を見た。

 それから、こくりと頷く。

「あるく」

 今度の声は、さっきより少しだけ明るい。

 若葉は、もう一度、そっと一歩を踏み出した。

 今度は、最初よりも自然だった。

 足を上げる、前へ出す、床へつける――。

 その一連の流れが、まだぎこちないながらも、ちゃんと“歩く”動きになっている。

 もう一歩。

 さらに、もう一歩。

 そのたびに、若葉の表情が少しずつ変わっていった。

 最初は、緊張。

 次に、驚き。

 そして、そのあとに来たのは、はっきりとした楽しさだった。

「あるける……!」

 若葉が、自分でも信じられないみたいに言う。

「うん。ちゃんと歩けているよ」

 僕がそう返すと、若葉は、ぱっと顔を上げた。

 人間の子供だったら、もの凄く時間をかけて歩くのを覚えるのだろう。

 けど、僕ら機怪人形には、運動能力や制御を最適化する機能が備わっているみたいだから、すぐ歩けるようになる。

 そう分かっているのだけど、とても嬉しい気分になる。

「あるける!」

 若葉は、繰り返して言って、本当に初めて、はっきり笑った。

 にこっと、というより、ぱあっと明るくなる笑い方だった。

 小さな顔全部が、一気にほころぶ。

 その表情を見た瞬間、僕は思わず胸の奥があたたかくなるのを感じた。

 若葉は、今度は僕たちに見せるためみたいに、もう一度歩いてみせた。

 まだ少しふらつく。

 でも、転ぶほどではない。

 裾が揺れ、髪が弾み、小さな足音が格納庫の床へ軽く響く。

「おねえちゃん、みて」

 若葉が、青葉の方を見る。

「見ています」

 青葉は、いつもの冷静な表情のまま答えたけれど、その声には、たしかに喜びが混じっていた。

「とても上手です」

 その言葉を聞いて、若葉はまた笑った。

 それから、急に思いついたように僕を見上げる。

「みせる」

「え?」

「みんなに」

 その言い方が、あまりにもまっすぐだったので、僕はすぐに意味が分かった。

 見せに行くのだ――自分が歩けるようになったことを、ジェプラや太郎たちに。

 僕は、思わず少し笑ってしまった。

「うん。行こうか」

「移動は可能です。ただし、最初の歩行ですので、無理はしないでください」

 青葉がそう言うと、若葉は、かなり真剣に頷いた。

「むりしない」

 言っていることは本当に真面目なのに、その顔がもう嬉しさを隠せていない。


***


 格納庫から居住区画側へ向かう通路は、若葉にとって、たぶん全部が新しかった。

 いや、場所としては前から知っているのだろう。

 仮想体の時も、この辺りはうろうろしていた。

 でも、“自分の足で歩く通路”としては、全部が初めてなのだ。

 床の感触、曲がり角、照明の高さ――歩くと少しだけ髪が揺れること。

 自分の腕が、歩幅に合わせて自然に揺れること。

 若葉は、その全部をひとつひとつ確かめるみたいに進んでいった。

 途中で少しだけ壁へ触れ、手すりを見つけると、そこにも指先を乗せてみる。

 「つるつる」と呟いたり、「ここ、かど」と小さく発見を口にしたりするのが、妙に可愛かった。

「若葉、急がなくていいよ」

 僕が声をかけると、若葉は振り向いて、でも顔は明るいままだった。

「いそいでない」

「それならいいけどね」

 実際、歩幅はまだ小さい。

 ただ、気持ちだけが前へ前へ行っている感じだった。

 居住区画に近づくと、向こうから、ハチョキの鳴き声が聞こえた。

『ブウ! ここ』

 そのあとに、ジェプラの声もする。

「ですから、そこへ積むのではなく、こちらへ――あら?」

 角を曲がったところで、ジェプラが僕たちに気づいた。

 その隣には太郎がいて、少し後ろでハチョキが、小さな資材コンテナのようなものにしがみついている。

 ジェプラは、最初、いつも通り僕へ視線を向けた。

 次に、若葉を見る。

 そして、その場でぴたりと止まった。

「まあ……」

 その“まあ”の中に、かなりの感情が詰まっていた。

「本当に、現実のお身体を」

「うん」

 僕が頷くと、若葉は、そこで、ちょっとだけ胸を張るみたいにして言った。

「あるける」

 そして、本当に、ジェプラの方へ自分で歩いていった。

 まだ、少しぎこちない。

 でも、ちゃんと一歩ずつ、自分で足を出している。

 ジェプラは、その場で両手を胸の前へ持っていき、今にも身もだえしそうな顔になった。

「若葉さん……!」

 その声が、完全に嬉しさで震えている。

「歩いていらっしゃる……!」

 若葉は、ジェプラの前まで来ると、そこで少しだけバランスを取って、それから、にこっと笑った。

「あるいた」

「はい……! はい……!」

 ジェプラは、なぜか二回も強く頷いた。

 そのあと、思わず抱きしめそうになって、でも初めての実体歩行の直後だと思い出したのか、寸前で止まる。両手が宙で少しだけ泳ぐ。

「触れても大丈夫でしょうか……?」

 真面目だ。

 でも、その真面目さがジェプラらしい。

「過度に揺らさなければ問題ありません」

 青葉が答えると、ジェプラは、すごく慎重に、若葉の肩へ手を置いた。

「おめでとうございます」

 その言い方は、どこか儀式めいていた。

 でも、たぶん、今の若葉にはそういう言葉がちょうどよかった。

 若葉は、自分の肩へ置かれたジェプラの手を見て、それから嬉しそうに目を細めた。

「うん」

 太郎も、少し近づいてきて、若葉を見下ろした。

『歩行機能、安定』

 相変わらず、祝いの言葉としては少し固い。

 でも、若葉はそれを褒め言葉だと受け取ったらしく、太郎を見上げて言った。

「あるけた」

『確認済み』

 その返答が、やっぱり太郎らしくて、僕は少し笑ってしまった。

 ハチョキは、完全に場の空気に当てられたらしく、

『ブウ! ブウ! すごい』

 と、いつもより勢いよく鳴いて、その場でぴょんぴょん跳ねた。

「ハチョキも、嬉しいのかな」

 僕が言うと、ギラの声が少し離れたところから飛んできた。

『そらそうやろ。こういうの、好きそうな顔しとるし』

 見ると、ギラも資材置き場の方から歩いてきていた。

 若葉の姿を見るなり、口元を緩める。

『おお、ほんまに歩いとるやん』

 若葉は、今度はギラの方も見た。

「あるいた」

『知っとる。今見たからな』

 ギラはそう言って笑う。

『ええやん。ほんまに妹が増えたみたいや』

「だから、妹みたいなものって言ってるでしょ」

『いや、ちゃんと“おる”感じ、増えたな』

 その言い方は、なんだか分かる気がした。

 仮想体の時も、若葉はいた。

 でも今は、足音も、重さも、ちいさなふらつきも、全部込みで“ここにいる”感じが強い。

 若葉は、みんなに見てもらえたのが嬉しいのだろう。

 その場でくるっと半回転してみせようとして、少しだけ足元が危なくなった。

「あっ」

 僕とジェプラが同時に声を上げる。

 でも、若葉は自分でなんとか踏みとどまった。

 少しよろけて、それからまた立ち直る。

「だいじょうぶ……」

 ちょっと照れたみたいな顔で、そう言う。

「えらいです」

 青葉が静かに言う。

「転倒しかけても、自分で姿勢を戻せました」

 若葉は、その言葉にまた嬉しくなったらしく、今度はもっと慎重に、でも楽しそうに歩き始めた。

 ラウンジの方へ数歩。

 また戻ってきて、今度はジェプラのまわりを半円描くように歩く。

 それから僕のところへ来て、また向こうへ行く。

 そのたびに、笑っている。

 最初は、身体の重さに驚いていたのに、今はもう、それごと楽しいらしい。

 僕は、その様子を見ながら、胸の奥にじんわりとしたものが広がるのを感じていた。

 若葉が笑って歩いている。

 たったそれだけなのに、拠点全体が少し明るくなったみたいだった。

「よかったね」

 僕が小さく言うと、若葉は振り返って、すごく素直に頷いた。

「うん」

 その“うん”は、たぶん、若葉がここへ来てから一番、しっかりした肯定だった。


 部屋割りは、想像していたよりすんなり決まった。

 ジェプラが、ほとんど最初から準備していたのだ。

「若葉さんのお部屋は、こちらです」

 本部棟の生活区画の一角、青葉の区画と僕の区画の中間に近い、小さめの部屋だった。

 窓は高台の側へ向いていて、朝の光が入りやすい。机と小さな棚、柔らかい寝台、それに衣類や細かい生活用品まで、すでに整えられている。

「準備がいいね?」

 僕が言うと、ジェプラは少しだけ耳を揺らした。

「必要になると思っていました」

 つまり、最初から“増える”つもりでいたのだ。

 この人は、妙に遠くまで見通す感じがする。そこは、色々、的確な助言をくれたジズゥの娘だけあるなあ、と思った。


***


 夕食の席では、若葉は最初、どこに座ればいいのか分からず、部屋の入口付近で立ち止まった。

 僕は、すぐに、自分の隣の席を引いた。

「ここ、おいで」

 若葉は、少し迷ってから、そこへ座った。

 右隣は、僕で、反対側には青葉がいる。

 向かいには、ジェプラがいる。

 少し離れてブライアントとギラ、端には太郎と、ちょこんとついてきたハチョキだった。

 それだけの並びなのに、急に“家族っぽい”空気が出て、僕は、少しおかしくなった。

 もちろん、機怪人形の身体だから、食事は必要ない。

 でも、彼女は、食事を体験させてあげたかった。

 この身体でも味を感じることができるし、食事は分解されて分子機械にエネルギーとして使われるから問題ない。

 それに、皆で、一緒にいることが重要だと思った。


 若葉は、最初のうちはぎこちなかった。

 食器の持ち方も、座る姿勢も、周りを見るタイミングも、全部少しずつ手探りだ。

 でも、青葉がさりげなく横で真似を見せ、ジェプラが必要以上に優しく微笑み、僕がたまに小さく声をかけると、若葉は少しずつ肩の力を抜いていった。

「おいしい?」

 僕が聞くと、若葉は、少しだけ考えてから頷いた。

「へん。でも、おいしい」

「正確です」

 青葉が言う。

「初めての知覚には、しばしばそういう評価が伴います。私も、弓良が食事をしたときのに、不思議な感覚を覚えました」

「そっか、僕と青葉は、本当に一心同体だからなあ……」

 青葉のそんな感想を聞いたのは初めてだったけど――最初にウルルサ星系のステーションBでメロンクリームソーダを飲んだときに、青葉は、そんなことを感じていたのだろうか。

 ギラがちょっと笑う。

『しかしなあ。へん。でも、おいしいは、名言やな』

 若葉は、それで笑われたと思ったのか少しだけ不安そうにしたけれど、僕がすぐに首を振る。

「違う違う。いい意味でね」

 そう言うと、若葉も少しだけ笑った。


 その夜、若葉を部屋まで送ったあと、僕は扉の前で少しだけ立ち止まった。

「どう?」

 若葉は、部屋の中を見回してから、僕を見る。

「ここに、いていいの?」

 その問いは、すごく小さかった。

 でも、たぶん、いちばん大事な問いだった。

 僕は、迷わず頷いた。

「もちろん。いてほしい」

 若葉は、しばらく僕を見ていた。

 それから、ほんの少しだけ、でもはっきりと安心した顔をした。

「……うん」

 その返事を聞いてから、僕は、部屋を出た。

 廊下の向こうでは、夜の本部棟が静かだった。

 高台の外には海風が吹いていて、遠くで港の作業灯がまだ少し残っている。

 共同体が、また少しだけ形を変えた。

 僕たちの中に、若葉が加わった。

 そして、若葉が加わったからこそ、僕たちはこの星を、もっとちゃんと見なければいけないのだと思った。

 この子が暮らしていく場所として。

 僕たちの拠点として。

 扶桑という星そのものを。


***


 若葉が加わってから、拠点の空気は少しだけ変わった。

 大きく何かが変わったわけではない。

 港では、相変わらず搬送ドローンが飛び回り、倉庫ではブライアントが資材を睨み、太郎が整備導線を守らせ、ギラが勝手に未来の市場通りを脳内で拡張している。

 青葉は『青葉』本体と本部棟の両方で仕事を回し、ジェプラは食堂の席順から居住棟の灯りの色まで気にしていた。

 ただ、その真ん中に、若葉がいる。

 小さな身体で、まだ歩き方も少しだけ慎重で、けれど毎日少しずつできることが増えていく。

 朝、ラウンジへ出てくる時の足取りは、もう最初の日よりずっと自然だったし、食事の席でも、どこに座ればいいのか迷う時間が短くなった。

 僕の隣か青葉の隣か、そのあたりに座るのが、若葉の中ではもう自然な位置になりつつあるらしかった。

 その変化を見ていると、僕の方も、なんとなくこの星を“暮らす場所”として見る気持ちが強くなっていく。

 自分一人の拠点なら、多少危うくても、多少不安定でも、どこかで「まあ、なんとかなるか」で済ませていたかもしれない。

 けれど、いまは違う。

 青葉がいて、ジェプラがいて、ギラや太郎がいて、若葉もいる。

 だったら、この星がどんな世界で、どこまで安定していて、どこがまだ危ないのかを、ちゃんと知らないといけない。


***


 それから数日は、神殿の内装や港湾整備と並行して、惑星の探索も少しずつ進めた。

 僕と青葉の機怪人形の身体、ブライアント、太郎で、近隣の地形や生態系を確かめて回ることになった。

 使うのは、白兎族からもらったシャトル『ゼカタ』だ。

 巡洋艦『青葉』本体か、ブライアントのザラスターIIをそのまま動かしてもよかったのだけれど、地形や生態系の細かい確認をするには、やはりシャトルの方が都合がいい。

 ゼカタは、もともとグラブール人のシャトルだけあって、低空を滑るように飛ぶのも得意だし、ちょっとした平地や海岸沿いにも気軽に降りられる。

 もともと、貨物を軌道に運ぶことを考えられていたのか、ジェッチjrよりも積載量も多い。

 なにより、今の扶桑は、まだ“どこに何があるのか”を見て回る段階なのだ。大仰な艦で踏み込むより、小回りの利く足で少しずつ確認する方が向いていた。

 青葉が軌道上から広域の観測を行い、ブライアントがそれを見て探査候補地点を決め、僕と太郎が現地での回収や確認をする。

 そういう流れが、だんだん自然に固まってきていた。

 扶桑の空から見る地表は、やっぱりきれいだった。

 河川の筋。湿地帯。森。海へ開く浅い湾――そして、時々見える、まだ人の手が入っていない自然の広がりがある。

 でも、探索が進むにつれて、きれい、だけでは済まないことも分かってきた。

 

 その日も、ゼカタの後部貨物区画には、ドワーフドローンが拾ってきた生物サンプルや植生サンプルが、いくつも並べられていた。

 透明な保存ケースの中で、海藻に似た柔らかい植物が揺れている。

 別のケースには、浅瀬で採れた小さな貝類に似た生物がいた。

 さらに、甲殻類に近い殻を持つものや、葉と茎の中間みたいな奇妙な構造を持つ草本類もあった。

 ブライアントは、そういうサンプルを前にすると、いつものチャラい感じがだいぶ薄れる。

 いや、完全に消えるわけじゃない。

 でも、目つきが明らかに仕事のものになる。

 もともとGDCの山師(プロスペクター)として、辺境で何でも見てきた人なのだろう。

 機械や地形だけではなく、生物の知識まであるのだから、ほんとうに守備範囲が広い。

 あの冒険者チーム・ラシードの冒険者アーマッドも元々は学者だったというから、そういう能力がないと、こういう仕事はできないのかもしれない、と思った。

「やっぱりな……」

 サンプルケースの一つを覗き込みながら、ブライアントが低く言った。

「全ての植物や動物が、グラブール人と地球型の代謝だ」

 僕は、その言葉に少し首を傾げた。

「地球型の代謝?」

「ざっくり言えば、俺たち人類や、グラブール人が分解して利用できる化学エネルギーの回し方をしてるってことだ」

 ブライアントは、ケースをひとつ持ち上げて、光に透かすみたいにしながら説明する。

「もちろん、外見が似てるとか、同じ炭素系生物だとか、それだけでは足りないんだ。同じ炭素系でも、遺伝情報の持ち方や、タンパク質を作る時の基本設計が違えば、代謝系もかなり変わる」

「そこまで違うものなの?」

「そうだ」

 ブライアントは、きっぱり言った。

「たとえばラギは、遺伝情報(ゲノム)の媒体として、DNAを使ってるのは同じだ」

「へえ……」

 そこは同じなのか、と僕は少し驚いた。

「でも、遺伝暗号(コドン)や、使用するアミノ酸が少し異なっている。だから、同じ炭素系生物でも、代謝系が地球人とは違う」

 ブライアントは、そこで保存ケースを卓へ戻し、別の表示を出した。

 簡略化された分子モデルらしきものが並ぶ。僕には正直、全部は分からない。でも、“微妙に違う”ということだけは、色分けや並び方からなんとなく伝わった。

「つまり、ラギの食べ物を、地球人がそのまま食っても、同じように栄養になるとは限らないし、逆もそうだ。生き物としての基本設計が、少しずつ違うからな」

「なるほど……」

 僕は、ようやく少しずつ意味が見えてきた。

 たしかに、この拠点でも、ラギ・ギラだけは、別のものを食べている。お茶を始めとする飲み物は、同じものを飲んでいることも多いけど。

「じゃあ、この星の生き物は?」

「今拾ってる限りじゃ、かなり地球型に寄ってる。少なくとも、主要な代謝系は地球人類とグラブール人と同じだ。使っている遺伝暗号も、アミノ酸も、ほぼ同じだ」

「地球のもの……では見たことがないから、グラブール人の星の動植物なのかな?」

「いや、分子シーケンサーで調べたゲノム配列は、完全に未知のものだ。完全に地球のものではない。グラブール人の惑星にあるものかは、データが少ないから分からないが、おそらく違う」

「つまり、この星独自の生物が、地球やグラブール人の代謝系と似ているってこと?」

「そうだ」

 その言い方は、かなり大きな意味を持っていた。

 つまり、この星の生態系は、僕たちにとって“扱いやすい”のだ。

 食糧生産でも、農地化でも、医療でも、いろいろな意味で――。

 青葉も、その分析を横で補足する。

「扶桑の惑星再生時に、地球型およびグラブール人型の生態系パッケージへ寄せた結果でしょう。初期条件の設計としては、妥当です」

 僕は、そこでふと思ったことを口にした。

「じゃあ、〈先住者〉の代謝は、地球型だったの?」

 ブライアントが、少しだけ肩をすくめた。

「残された情報を見るかぎり、ラギと同じく、少し地球人とは代謝系が違っていた。サンプルが残ってないから断定はできないんだが」

 ブライアントは、別の模式図を出して、ラギと並べた。確かに、ラギとも少し違っているようだ。

「実際のところ、炭素系の種族でも、そもそも、DNAではない化合物を遺伝情報の伝達に使っている種族も知られている。その意味では、〈先住者〉も、地球人と代謝が近い方とはいえるだろう。

「ふうん……」

 僕は、小さく頷いた。

 でも、その直後、ブライアントは、少し面白そうな顔で続けた。

「逆に、グラブール人は、珍しい」

「珍しい?」

「地球人と、ほぼ同じ代謝系なんだよ」

 その言葉に、僕は、表向きは普通の表情で聞いていた。

 けれど、胸の奥では少しだけ、苦笑いに近いものが浮かんだ。

 ――青葉も、僕と同じだったと思う。ただし、もちろん表情には出さない。

 機怪都市で、僕たちはキーフラスから聞いている。

 グラブール人の由来を。

 人工進化――〈先住者〉による、汎用生体兵士としての設計がされたことを。

 そのことは、まだ、他の誰にも話していない。

 話すべきではないというより、軽々しく出していい話ではなかった。

 グラブール人そのものの成り立ちに関わる話だし、しかも、いまの彼らの社会や信仰や誇りの根本を揺るがしかねない。

 だから、いまの僕は、あくまで知らない側の顔をして聞くしかない。

「じゃあ、なんでそんなに似てるんだろうね?」

 僕がそう尋ねると、ブライアントは、かなりもっともらしい顔で答えた。

「たまたま偶然、収斂進化したんだろうな」

 その言い方は、本当に真面目だった。

 たぶん、彼の中では、それが一番、妥当な仮説なのだ。

「染色体の構造や遺伝子そのものは、人類とまったく違う。系統学的には、まったく別の進化をしてきた生物だと知られている。もっとも、グラブール人の元々のホームワールドは、彼ら自身も知らないらしいんだが……」

 ブライアントは、そこで言葉を切った。

「実際のところ、地球人とグラブール人がそのまま生殖可能とか、そういう話にはならない。しかし、代謝系だけが、妙に近い。そういう一致は、宇宙規模で見れば、稀ではあってもゼロではない」

「稀では、ない」

「そうだ。遺伝暗号が最適化されることは、旧世紀に人類が宇宙に進出する前にも知られていた」

「へえ……」

 僕は、なんとかそれだけ返した。

 横で青葉が、小さい声で補足した。

「観測される事実だけを見るなら、ブライアントの説明は整合的です」

 その言い回しが、青葉らしかった。

 ――否定していないけど、全部を言ってもいない。

 ブライアントは、その微妙なニュアンスには気づかず、保存ケースをまた一つ持ち上げる。

「ともかく、これは悪くないニュースだ。植物も動物も、少なくとも代謝の意味では、今後の利用に大きな問題が起きにくい」

「利用、って言うとちょっとすごいな」

「開拓惑星なんだから、そういう視点は要る」

 ブライアントは、いかにも実務家らしく言った。

「食えるか、育てられるか、加工できるか、毒はあるか、人類やグラブール人に悪影響はないか――最初にそこを押さえないと、後で困る」

 その通りだと思う。

 扶桑は、きれいな星だ。

 でも、きれいだというだけで住めるわけじゃない。

 植物がどう育つか。

 動物がどう増えるか。

 それを、実際の暮らしへどうつなげていくか。

 そういう確認を、今まさに、僕たちはしているのだ。

 ゼカタの小さな観測窓の向こうには、扶桑の海岸線が流れていた。

 緑があり、河があり、風がある。

 その生態系の中身が、人類やグラブール人に近い――少なくとも利用可能な範囲にある――というのは、開拓を進めるうえで、たしかにかなり大きな意味を持っている。

「でも、ほんとに都合いいな」

 僕がそう呟くと、ブライアントは少しだけ笑って、青葉を見た。

「惑星改造済みの星だからな。最初から“都合がいいように”寄せられてるんだろ?」

「そのように取ってもらって構いません」

「……まあ、それもそうか」

 そう返しながら、僕は心の中で、また少しだけ苦笑していた。

 都合がいい、地球型に近い、グラブール人とも代謝系がほぼ同じ――ブライアントは、それを偶然の収斂進化と見ている。

 でも、僕と青葉は、もう少し別の理由を知っている。

 それでも、そのことを今、言うつもりはない。

 言えない、という方が近い。

 だから僕は、窓の外の扶桑を見ながら、小さく息をついただけだった。

「……まあ、住みやすいなら、その方がいいよね」

「はい」

 青葉が静かに答える。

「少なくとも、開拓初期の障害は減ります」

「そういうこと」

 ブライアントが言って、今度は別のサンプルケースへ手を伸ばした。

 探索は、まだ続く。

 この星を、本当に僕たちの拠点にするための確認は、始まったばかりなのだ。

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