第八十八章 マザーの部屋へ、お城の子は……僕らの関係者だった
次の瞬間、僕は、ゴシロック第四惑星の乾いた谷筋でも、鋼鉄製の扉の前でもなかった。
いや、身体の感覚としては、まだそこにいる気がした。
足元の岩の固さも、少し乾いた空気も、崖の上から落ちる細い水音も、どこか遠くで続いている。だけど、意識だけが、ふっと別の場所へ引き上げられたみたいに視界が切り替わる。
目の前に広がっていたのは、石造りの部屋だった。
質素、と言っていいと思う。
少なくとも、機怪都市とか、〈先住者〉の管理意志体とか、そういう言葉から僕が勝手に想像していた、巨大で冷たい中枢施設みたいなものではない。
壁は、歴史的な建物のような石積みだった。
きっちり整ってはいるけれど、ぴかぴかに磨き上げられた宮殿という感じではない。人が長く住んでいた家のような、少し温かみのある石壁だ。
ところどころに、色の褪せたタペストリーが掛けられている。幾何学模様とも植物模様ともつかない織りで、古典的な感じだった。
床にも織物が敷かれていて、木の低い卓や、背の浅い椅子が置かれていた。
「ここ……」
思わず、そう漏らす。
「……機怪都市?」
隣に、青葉がいた。
現実側の機怪人形ボディの姿とに似た姿だけど、薄く光をまとっていて、前に機怪都市で見たバージョンの方だと分かる。
意識の方へ寄った姿で、僕のすぐ傍に立っている。
「はい。マザーの居室です」
青葉は、部屋の奥を見た。
そこには、マザーがいた。
いつ見ても、僕と少し似ていて、でも僕よりずっと整っていて、母親らしい落ち着きを持った薄青髪の女性だ。
彼女は、もともとそこに座っていたかのように自然に振り返り、僕と青葉を見ると、すぐには言葉を発さず、その更に後ろへ目を向けた。
つられて僕もそちらを見る。
さっき、鋼鉄の扉の向こうから出てきた小さな女の子が、そこにいた。
ゴシック風のドレスを着ている。
四、五歳くらいにしか見えない小さな身体だった。
でも、やっぱり少し存在感が薄くて、現実へ完全には乗り切っていないような感じだった。
女の子は、この石造りの部屋を見回すでもなく、ただそこにいるのが自然だというように立っていた。
ここが、自分の知っている“どこか”に近いのかもしれない。
マザーは、暫くその子を見つめていた。
表情は驚いているようにも見えるし、ひどく静かに何かを確かめているようにも見える。
それから、彼女はそっと言った。
『あなたは、青葉と同じで、私の妹ですね?』
僕は、思わず青葉の方を見た。
青葉は、驚いた顔をしていない。
もちろん、完全に予想通りというわけではないのだろうけれど、少なくとも、その可能性は理解できている顔だった。
女の子は、小さくこくりと頷いた。
その仕草はあまりにも幼く、あまりにも素直だった。
でも、その意味は、たぶんひどく大きい。
「え、妹って……」
僕が言いかけたところで、マザーは、今度は部屋の奥へ向かって呼びかけた。
『大佐?』
その声に応じるように、石壁の陰からひとつの影が浮かび上がった。
キーフラスだった。
以前に機怪都市で見た、あのダンディなおじさんの姿より薄い。
輪郭が少し曖昧で、存在感そのものが希薄だ。ここにいるのに、一瞬、風景の一部と区別がつきにくいくらい薄れている。
それでも、声はちゃんと届いた。
「そうだ」
キーフラスは、女の子を見つめて言った。
「大規模な微細情報媒体素子の制御には、『幻雪の領域』の雪の姫に相当する制御意志体が必要だった。そこで、成功した人工意識体を使ったと部下から聞いていたが……ジャープッカ人が滅亡した際に、一緒に吹き飛んだと思っていた」
その言葉は、僕には、すぐには全部つながらなかった。
でも、少なくとも、この子がただの遺跡の迷子ではないことだけは、ますますはっきりした。
女の子は、キーフラスの方を見て、首を横に振った。
「ずっと、お城でお母さんと一緒にいた」
その答えに、マザーもキーフラスも、少しだけ表情を変えた。
「お母さん?」
僕が思わず尋ねると、女の子はこくりと頷く。
「いた。ずっと、いっしょ」
「見えてたの?」
「みえない。でも、いた」
それは、幼い子が空想の友達の話をしているようにも聞こえる。
でも、ここでそれを単純にそう受け取るのは違うだろう。
キーフラスが、静かに言った。
「それは、因果変換施設の制御AIだろう」
マザーが、ぴたりと動きを止めた。
『ちょっと待ってください……』
その声には、さっきまでとは違う、明確な苛立ちが混じっていた。
彼女は、少しだけ横を向いた。
たぶん、別系統の通信を開いたのだろう。僕には相手の姿は見えない。けれど、マザーの声音だけで、何が起きているかは分かる。
『なぜ、私に知らせなかったの?』
穏やかな口調ではあった。
でも、怒っている。
管理意志体としての怒り、というのは、僕にはまだ少し想像しにくい。しかし、その時のマザーは、たしかに感情をあらわにしていた。
『彼女が存在しているなら、優先報告事項でしょう。しかも、こんな不安定な依り代にいた状態で、長期間放置? あり得ません』
その言葉を、青葉も聞いているらしかった。
彼女は、少し考えるように目を伏せ、それから僕に向かって説明する。
『彼女のいた遺跡には、この機怪都市のような実装型の設備はありませんでした』
「実装型?」
『この機怪都市は、管理意志体や人工意識体が、比較的安定して居住し、相互接続し、仮想的な都市環境の中で振る舞えるよう、高次元空間に形成された構造体です。ですが、彼女のいた施設は、違います』
青葉は、女の子を見た。
「彼女は、無限再生型の幹細胞を利用したバイオコンピューターを依り代として、ずっと通常の計算機が作り出した仮想空間で、ぼんやりした意識のまま過ごしている状態だったようです」
僕は、少しぞくっとした。
無限再生型の幹細胞、バイオコンピューター、そして依り代――。
それだけでもう、かなり普通ではない。
「では……ずっと、ちゃんと起きてたわけじゃ、ないんだね?」
「はい。おそらく半覚醒状態です」
青葉は、告げた。
「最近、遺跡が目覚めたから、自分も目覚めた、という彼女の認識は、おそらく正しいでしょう。施設側の局所再起動に引っ張られて、意識レベルが上がったと考えられます」
女の子は、その説明が自分のことだと分かっているのかいないのか、ただ静かにこちらを見ていた。
でも、“最近、遺跡が目覚めたから、自分も目覚めたみたい”という感覚だけは、本当にそのままなのだろう。
「じゃあ、本体は?」
僕がそう聞くと、青葉が応えた。
「彼女の本体は、まだ遺跡のバイオコンピューターの中にいます」
僕は、思わず瞬いた。
「じゃあ、さっき扉を開けた女の子は、何?」
僕のその問いには、マザーが直接答えた。
『おそらく、シャドーマターで作成した仮想体のようなものでしょう』
仮想体――アラージが前に見せてくれた、あの遠隔の姿だ。
でも、今度のそれは、もっと生々しかった。扉を開けて、外を覗いて、ちゃんと僕たちの前に出てきたのだから。
本当の幽霊みたいだ、と僕は思った。
いや、本物の幽霊を見たことはない。
でも、もし何かを“ここにいるけど、まだ完全にはここにいない存在”と呼ぶなら、この子はかなりそれに近かった。
「大丈夫です」
青葉が、僕の方へほんの少しだけ向き直った。
「驚くのは分かりますが、制御可能な範囲にあります」
「いや、うん、分かるけど……ちょっとびっくりした。さすがに、ね」
そう答えると、女の子が少しだけ不安そうに目を揺らした。
しまった、と思った。
「ごめん。怖いって意味ではないんだ。ただ、ほんとに、ちょっとびっくりしただけで」
僕がそう言うと、女の子は、しばらく僕を見てから、小さく頷いた。
たぶん、伝わったのだと思いたい。
その時、マザーが青葉へ何かを差し出した。
手のひらほどの、薄い光の板だった――板というより、設計情報の圧縮結晶みたいに見える。
青葉がそれを受け取ると、光が彼女の指先から腕へ、そして身体の中へ吸い込まれるように消えていく。
「機怪人形のテンプレートを、マザーから頂きました」
青葉が言った。
「これで、万物プリンターを使って、あなたの身体を作成しましょう」
その言葉に、女の子が少しだけ目を見開く。
でも、すぐにその意味を完全には理解できないみたいに、またきょとんとした顔になった。
「からだ……?」
「はい」
青葉の声音は、とても穏やかだった。
「いまのあなたは、遺跡の中の依り代に本体があり、こちらへ出ているのは仮想体です。しかし、安定した機怪人形ボディがあれば、もっと自由に外へ出て、私達とも暮らせるようになります」
女の子は、少し考える顔をした。
考える、というより、初めて聞く概念をそのまま受け取ろうとしている感じだ。
「そとに、いられる?」
「はい」
「ずっと?」
「かなり長く、安定して」
そのやりとりを見ていると、僕の中に、妙な感覚が湧いてくる。
この子は、いままで“お城”の中にいた。
姿の見えない“お母さん”と一緒に、ぼんやりした意識のままで――。
それが、遺跡が目覚めたから、ようやく外を覗けるようになった。
そんな子に、ちゃんとした身体を作ってあげられるのだとしたら。
それは、たぶん、かなり大きなことだ。
マザーが、そこでやっと少し笑った。
『あなたの名前はどうしましょうかね?』
女の子は、すぐには答えなかった。
たぶん、名前を持っていない。
さっきも、たぶんない、と言っていた。
だから、僕は、ほとんど反射的に言っていた。
「青葉の――本当は、姉なのかもしれないけど――妹、みたいだから、若葉、でどう?」
言ってから、少しだけ照れくさくなった。
でも、口に出してみると、思った以上にしっくりくる。
青葉と若葉――同じ系統の響きで、でも、もっと幼くて、もっと新しい感じがする。
女の子は、僕の顔を見た。
それから、小さく、でもはっきりと言った。
「それでいい。いい名前」
その瞬間、部屋の空気が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。
マザーが穏やかに頷き、青葉は静かに目を伏せた。
キーフラスは、薄い影のまま、しかしどこか遠いものを見るような顔をしている。
僕は、少しだけおかしくなった。
これって、どういう立場なんだろう。
マザーがいて。青葉がいて。若葉がいて――。
しかも、見た目だけなら、僕もその並びのどこかに入りそうな感じがある。
姉妹、という言葉が、頭の中で変にぐるぐるした。
もちろん、冷静に考えれば、僕は、別系統だ。
でも、見た目だけなら、かなり近い。
外から見たら、何なんだろう、この家族。
いや、そもそも家族でいいのか?
そんな混乱をよそに、青葉がこちらへ視線を戻した。
「弓良。戻ります」
「え、もう?」
「現実側の経過時間が短いうちに戻った方が、説明が簡単です」
そう言われた瞬間、視界がまた少し揺れた。
***
気がつくと、僕はまた、ゴシロック第四惑星の乾いた谷筋に立っていた。
鋼鉄製の扉。崖。細い水音。風の乾いた匂い――。
全部が、まったくそのままだった。
「あれ……?」
思わず、そう漏らす。
すごく長い話をしていた気がする。
マザーの居室に行って、キーフラスが出てきて、あの子の正体を聞いて、身体の話をして、名前まで決めた。
体感では、少なくとも数分、いやもっとだ。
でも、ブライアントは、そのままの姿勢でこちらを見ていた。
「青葉、弓良。なんで止まっていた?」
その言い方に、僕は一瞬だけ頭が追いつかなかった。
「え?」
「いや、急に二人とも黙って、十秒か二十秒くらい固まっただろ」
十秒か二十秒――。
僕は、思わず青葉を見た。
『機怪都市での対話は、高速に行われていました』
青葉が、通信で説明した。
『意識層の処理速度差によるものです。こちらの現実側では、先程から十数秒程度しか経過していません』
「そんなに短かったの?」
ちょっと怖い。
いや、便利なのかもしれないけど、やっぱりちょっと怖い。
『弓良と青葉がどこかに行っていたのは分かっていた』
太郎が、平然と言った。
『ただし、現実時間は短い』
そこへ、ふっと、僕たちの横へ小さな影が現れた。
半透明の、シャドーマターの女の子。
さっき名前をもらったばかりの――若葉だ。
ブライアントが、流石に、目を見開いた。
「うおっ」
かなり珍しい反応だった。
この人も、驚く時は、ちゃんと驚くんだな、と、どうでもいいことを思ってしまう。
青葉がすぐに言う。
「大丈夫です。彼女は、遺跡にいた人工意識体です」
「人工意識体……?」
ブライアントは、まだ警戒を完全には解いていない。
でも、青葉と僕が平然としているのを見て、ひとまず話を聞く姿勢に切り替えた。
僕は、簡単に説明した。
機怪都市へ意識だけが引かれて、マザーの居室で話したこと。
この子が遺跡のバイオコンピューターを依り代にした人工意識体であること。
いま見えているのは仮想体で、本体はまだ遺跡の中にあること。
全部をその場で説明しきるのは難しかったけれど、ブライアントは要点をすぐに飲み込んだらしい。
視線を若葉へ戻し、少しだけ低い声で言う。
「つまり、保護対象だな」
その言葉に、僕は少しだけ安心した。
ブライアントがそういう理解をしてくれたなら、たぶん大丈夫だ。
「機怪人形は、特殊な分子機械の素子を用意するため、製造にすこし時間がかかります」
青葉が、若葉へ向かって説明する。
「二日ほど待ってください」
若葉は、小さく頷いた。
「うん」
その返事は、さっきよりも少しだけはっきりしていた。
名前がついたからか。
あるいは、外にいる時間が伸びたからか。
理由は分からない。でも、ほんの少しだけ、この子が“ここにいる”感じを増した気がした。
僕は、鋼鉄製の扉を一度振り返った。
その向こうには、まだ“お城”がある。
若葉の本体も、制御AIも、たぶんまだそこにある。
でも、いまは、ここまでだ。
「帰ろうか」
僕がそう言うと、青葉が頷いた。
『はい。まずは拠点へ戻り、若葉用ボディの製造準備に入ります』
こうして僕たちは、ジェッチjrへ戻ることになった。
***
ジェッチjrがゴシロック第四惑星の沿岸拠点へ戻るあいだ、僕はほとんど景色を見る余裕がなかった。
若葉の仮想体が、機体が拠点から離れた時とは逆に、今度は遺跡から距離を取るほど、少しずつ輪郭を薄くしていったからだ。
最初は、本当に少しだけだった。
肩のあたりの縁が、光に溶けるみたいに曖昧になった。髪の先が、風にほどける糸みたいに透けている。
表情はちゃんと見えるし、声も届く。でも、さっきまでより、確かに“こちら側”へ留まりにくくなっている。
「青葉、これ……?」
「予想の範囲です」
操縦席の横で、青葉が落ち着いた声で言った。
「若葉の仮想体は、遺跡内のバイオコンピューターを本体の依り代として、シャドーマターを用いて投射されています。ですから、本体との距離が開けば、そのぶん保持は、不安定になります」
「不安定って、消えたりは……」
「現時点では、弓良が支えてください」
「え、僕が?」
「はい」
青葉の返事は、あまりにもあっさりしていた。
「若葉の仮想体は、今の弓良なら十分保持できます。あなたのシャドーマター制御を、出力ではなく“包む”方向で使ってください。押すのではなく、ほどけかけた糸を軽く寄せるように」
言い方は分かりやすい。
分かりやすいけれど、やることはたぶん難しい。
僕は、少し息を整えて、若葉の方を見た。
若葉は、不安そうに自分の手を見ていた。小さな指先の輪郭が、やっぱり少し薄い。
「若葉」
僕が呼ぶと、若葉は顔を上げた。
「うん」
「ちょっとだけ、じっとしてて。たぶん大丈夫だから」
そう言って、僕は意識を集中させる。
光輪を出すほどの大きな制御ではない。
戦う時みたいに強く押し込む必要もない。
青葉の言う通り、ほどけかけたシャドーマターの構造体を包む感じだ。
僕の中を流れるシャドーマターの経路を意識する。胸の奥から腕へ、指先へ。そこから若葉の仮想体の輪郭へ、強くではなく、やわらかく触れる。輪郭を固定するというより、散らばりそうな光を、そこへ“居ていい”と許すように。
最初は、少しぎこちなかった。
若葉の周りの空気が、微細に揺れる。
でも次の瞬間、その身体の薄さが少し落ち着いた。
「あ……」
若葉が、自分の手を見て小さく声を漏らす。
「さっきより、いる」
「成功です」
青葉が言う。
「そのまま維持してください。強くしすぎると、逆にフォーカスが崩れます」
「分かってる、つもり」
僕は答えながら、少しだけ慎重に出力を整えた。
戦闘の時みたいな派手さはないけど、こういう繊細な制御の方が、逆に神経を使う。
ブライアントが、前方を見たまま低く言う。
「便利だな、その辺の芸当は」
「芸当って言われると、複雑なんだけど……」
「複雑でいい。色々なことができるのは、いいことだ」
その言い方は、相変わらずぶっきらぼうだけれど、ちゃんと信用されている気がした。
それが少し嬉しかった。
ジェッチjrの前方窓に、拠点が見えてきた。
海上に『青葉』が浮かんでいる。
港湾区画は、整い始めた。
本部棟も、高台の上で存在感を示している。
まだ工事中の部分はあるけれど、もう見慣れた“帰る場所”の輪郭だ。
若葉は、その景色をじっと見ていた。
まだ“自分の場所”と呼べるほどの実感はないのかもしれない。
でも、少なくとも、行く先として見ている目だった。
***
着陸すると、ジェプラとギラがすぐに迎えに出てきた。
ジェプラは最初、僕たちの顔を見てほっとしたように耳を揺らし、それから若葉に気づいてぴたりと止まった。ギラは、露骨に面白がる顔になる。
「弓良殿、その子は……?」
『おお、ほんまに増えとる』
ギラが、いかにも楽しそうに言う。
『しかも、なんや、薄いな。妖精いうより、半分幽霊や』
「幽霊ではないよ」
僕は、すぐに言った。
「えっと……妹、みたいなもの」
「妹?」
ジェプラが目を丸くする。
ギラは、にやりとした。
『説明が雑やなあ』
「いや、雑なのは分かってるけど、いま一番近い言い方なんだって」
僕は、なるべく短く説明した。
遺跡の表層アクセス点が開いていたこと。
中からこの子が出てきたこと。
機怪都市でマザーと話をして、この子が遺跡側に残っていた人工意識体だと分かったこと。
青葉とマザーにとっては“妹”に近い存在らしいこと。
さっき名前も決まったこと。
「若葉っていうんだ」
そう言って、僕は若葉を見る。
若葉は、少し緊張した顔でジェプラとギラを見てから、小さく言った。
「わかば」
その声を聞いた瞬間、ジェプラの顔がふわっとほどけた。
「……まあ」
それから、しゃがみこむようにして目線を合わせる。
「若葉さん。ようこそいらっしゃいました」
ジェプラらしい、丁寧で、でもちゃんと温かい言い方だった。
ギラは、少し離れたところで腕を組み、面白そうに若葉を観察している。
『妹みたいなもん、か。たしかに、顔の系統は、ちょっと似ているわ』
「系統って何?」
『なんやろな。機怪人形姉妹いうか、弓良まで混じって、変な家族感あるわ』
「変って言わないでよ」
『ええ意味でや』
ギラは、そう言って笑った。
太郎は、その一連のやり取りを少し離れた位置から見ていたが、やがて若葉へ向かって一言だけ言った。
『保護対象と認識』
それは、太郎なりの歓迎なのだろう。
若葉は、その意味を全部は分かっていないようだったけれど、僕たちの空気が柔らかいのを感じ取ったのか、少しだけ安心したように僕の近くへ寄ってきた。
ただ、その時も、まだ、若葉の輪郭は少し不安定だった。
遺跡からの距離が、結構あるからだろう。
僕は、引き続き、薄くシャドーマターの保持を続ける。
それに気づいた青葉が、小さく頷いた。
「十分です。拠点内にいるあいだは、その状態で問題ありません」
「ずっとやってても平気かな」
「しばらくなら。ただし、恒久運用には向きません。やはり、早急にボディを用意した方が良いでしょう」
「そうだよね」
若葉は、僕と青葉の会話を聞きながら、自分の手をまた見ていた。
まだ、身体を持つということ自体が、彼女には遠い話なのかもしれない。




