表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第VI部 拠点開発編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/102

第八十七章 扉の奥にいたのは、誰?

 空は、きれいに晴れていた。

 ジェッチjrは、港湾区画の脇に設けた簡易発着スペースに置かれていた。

 実物を見ると、設計図よりもずっと“乗り物”らしい感じがした。

 白灰色の機体表面は滑らかで、ところどころに〈先住者〉風の継ぎ目の見えない構造がある。でも、キャノピーの形や乗降ハッチの位置、機首のまとまり方は、確かに地球系の小型シャトル『ルタート』のデザインに近い。

「かわいいね」

 思わずそう言うと、青葉が少しだけ懸念そうな表情で、こちらを見た。

「かわいい、ですか?」

「いや、なんか、ちょっとだけ」

 ジェッチという名前のせいもある。僕にとっては、あの小型機は、最初に苦労した相棒のようなものだった。

 ジェッチjrの方は、乗り込むと、コクピットは思った以上に広く、落ち着く作りだった。

 僕は、後ろの座席に座った。その座席は地球人類用の基準に寄せたらしく、体格の違う僕でも違和感が少ない。

 前方の見通しは、よかった。

 操縦席にブライアント、副操縦席に青葉が乗って、補助をするようだ。

 操縦パネルはシンプルで、ブライアントが「これは助かる」と素直に言っていた。

「操縦系は、小型シャトルの『ルタート』と、ほぼ同じにしています」

「そのようだな。問題ない」

 ブライアントがパネルを操作すると、すぐに離陸体制になった。

 いくつか、チェック項目をクリアして、ブライアントは、言った。

「離陸する」

 その声と同時に、ジェッチjrの機体が軽く浮いた。

 シャドーマターの動きから、魔法を使った慣性制御を利用していることが分かった。

「これは……シャトルのゼカタと同じ駆動系か?」

 ブライアントは、暇をみつけて、ゼカタやグラブール人の他の機体を観察したり操縦したりしていたので、すぐ分かったのだろう。

「はい、そうです」

「このくらい小さい機体は、人類側だと、イオンジェットを使っているんだがな……。噴射口があると思ったが、ダミーか」

 イオンジェットは、空気を電離させて吹き出すタイプの推進系だ。青葉が出した普通のドローンも使っている。

「いえ、ジェット噴射も可能です。緊急機動用です」

「そうか――アクロバット飛行もできそうだな」

 前方を見ながら、ブライアントが呟いた。

「しかし、やはり小型機の能力は、グラブール人の方が高いな」

 ジェッチjrは、振動も殆どなく、安定した速度で上昇していた。

「いえ、この機体は、〈先住者〉テクノロジーを使っているので、普通のグラブール連合の機体より、スペックは、かなり上です」

 またさりげなく青葉が言うと、ブライアントは唸った。

 たしかに、青葉が普通の機体を造るとは思っていなかったら、そうなのだろう。

 僕は、窓から下を見おろした。

 港と本部棟、それに海上の『青葉』が少しずつ下へ遠ざかる。

 高台の本部棟が、いまはまだ新しい白さを保っているのが見えた。

 港の倉庫群、整備区画――そこを小さく動き回るドローンたちが見えた。

 拠点が、ちゃんと拠点に見える。

 さらに高度を上げると、景色が一気に開いた。

 僕は、思わず、窓の外へ見入ってしまった。

 生命感、という言葉が、いちばん近かった。

 ただ緑があるとか、水があるとか、そういう話ではない。

 河川が光を反射しながら曲がり、その周囲に植生帯が広がり、海からの湿気を含んだ雲が山側へ流れていく。

 低地には明るい草地、高所には色の深い森、湿地には別の植生。どれもまだ若い世界のはずなのに、すでに呼吸している感じがある。

「緑が広がってきている……」

 僕はまた、すごく単純なことしか言えなかった。

「昨日も思ったけど、ほんとに、生きてる星なんだね」

「はい」

 青葉が、応えた。

「惑星環境としては、既に大規模な循環が成立しています。もちろん、人類史尺度で見れば、極端に急速な再生ですが」

「急速っていうか、ほとんど奇跡だよね」

「奇跡に見えますが、実態は極度に高度な工学です」

 そう言われると、それもまた怖い。

『急ごしらえのものは、整備が大変だ』

 ぼそっと太郎が告げた。

 ブライアントも、前方を見たまま言う。

「感動するのはいいが、感動しすぎるなよ。きれいな景色ほど、足元を見なくなる」

「分かってるよ」

「本当に分かってる声じゃないな」

「そこまで毎回言わなくても……」

 そんなやりとりをしているうちに、地形が少しずつ変わってきた。

 海沿いの穏やかな平地が終わり、起伏が増えた。

 緑はまだ豊かだが、ところどころに露出した岩肌が混じり、地面の色も変わっていく。

 さらに進むと、以前は氷河と崖があったと青葉が言っていた地帯へ入った。

 そこは、確かに、他の場所と雰囲気が少し違った。

 周囲に生命の気配はあるし、風も、草も、低木もあった。

 しかし、地形だけがまだ“再生しきっていない”感じだった。谷筋は乾いていて、岩壁はむき出しのまま、ところどころに水が細く伝っている程度だ。

 青葉の言った通り、将来的に水系が安定すれば、ここは河と滝のある景観へ変わるのだろう。でも、今は、その途中にある。

「着陸可能地点を確認」

 青葉が告げた。

 ジェッチjrは、谷筋から少し離れた平坦部へ、滑るように降りた。

 地面へ足をつけた時、僕は外へ出る前から、なんとなく空気の違いを感じていた。

 乾いている。

 でも、死んでいるわけではない。

 変わりつつある場所の空気だ。


***


 外へ出ると、風が少し冷たかった。

 海辺より塩気は薄く、岩と土の匂いが強かった。

 遠くで、まだ細い水音がしている。

 青葉が先に歩き出して、僕たちは、その後へ続いた。

「滝になるかもしれない、って言ってたのはこの辺?」

「はい。水が十分集まれば、岩壁上部からこの谷筋に落水が始まるはずです」

 青葉は、前方の崖を示す。

「概ね、地形から想定していた通りです。その場合、アクセス点は滝の奥に隠される形になります」

「いまは、まだ乾いた崖って感じだな」

 ブライアントが周囲を見ながら言った。

「むしろ、こういう時の方が入口を見つけやすいか」

 でも、すぐには見つからなかった。

 いや、見えてはいるのに、そこが“遺跡の入口”だと脳が認識しづらいのだ。

 岩壁の一部が、妙に整っている。

 自然の岩肌にしては、平面が多かった。

 しかし、表面には風化を装うような加工がされていて、色も周囲と近い。

「隠してるな」

 ブライアントが低く言う。

「はい」

 青葉も頷いた。

「単純な埋没ではありません。周辺地形と同化するように、意図的な表層偽装が、かかっているようです」

『扉がある。完全い隠れてはいない』

 太郎が、少し前へ出て言った。

 僕たちは、そちらを見る。

 たしかに、崖の中央付近に、巨大な鋼鉄製のドアの輪郭があった。

 完全に露出しているわけではなく、岩壁と同化するような薄い偽装層の下に、鋼鉄の冷たい線があった。

「本当だ、隠れてはいないね」

『完全封鎖ではない』

 太郎が短く言う。

『普通の封印と違う』

 その言い方に、僕は少しぞくっとした。

「普通の封印?」

 太郎は、ドアへ近づきながら答える。

『閉めて守るというより、隠して待っている感じだ』

 それは、妙にしっくりくる表現だった。

 閉ざされた遺跡、というより、見つかるべき時にだけ見つかる入口がある、そんな感じだろう。

 青葉がドアの前に立つ。

 僕も、その隣へ並んだ。

 鋼鉄製の表面は、近くで見ると、さらに不思議だった。

 金属に見えるのに、継ぎ目のようなものがほとんどなく、しかも周囲の岩肌と色味まで合わせてある。

 ここだけを切り出して見れば人工物だと分かる。でも、少し離れるとまた崖の一部に見える。

「遺跡は、現在、休止状態に入っています」

 青葉が、静かに言った。

「この扉の奥に表層アクセス点があります。そちらからの信号を受信しました。管理は、私と弓良で対応できそうです」

「今は行けるの?」

 僕が尋ねると、青葉は頷いた。

「ワンスキーは、もう使いました」

 その言い方は、あらためて聞くと少し重い。

 あの大規模な解除は、もう一度簡単にはできない、という意味でもある。

「ですが、これは別系統です。惑星全体の再起動権限と、この表層アクセス点の局所管理権限は、同一ではありません。ここの局所的な受付系は、生きているようです」

「つまり、鍵はもう一本ある、みたいな感じ?」

「ええ。より正確には、“大きな門を開ける鍵”と、“脇の通用口を管理する権限”が別で残っているようなものです」

 ブライアントが、横から低く言った。

「信号を受信したってことは、中も完全停止ではないな?」

「はい」

 青葉は否定しない。

「ただし、完全稼働でもありません。むしろ、中途半端に生きている設備が最も危険です」

 そこで、僕はふと気づいた。

 さっきから、妙な感じがある。

 危険の気配、とは少し違う。

 もっと曖昧で、言いにくい違和感。

 僕は、鋼鉄製のドアを見つめながら、小さく息を吸った。

「誰か、いる……?」

 自分で言ってから、自分でも少し驚いた。

 でも、その表現がいちばん近かった。

 中に、誰かいる。

 あるいは、いた。

 少なくとも、ここは完全に空っぽではない。

 青葉が、僕を見た。

「弓良?」

「なんていうか……危険っていうより、人の気配みたいなものを感じる。ちゃんと人かどうかは分からないけど、空の機械って感じではない」

 ブライアントは、すぐに扉へは近づかなかった。

 その代わり、少し距離を取ったまま、僕と青葉を見比べる。

「気のせい、とは言わない方がいいか?」

「弓良の感受性は、この種の場面では軽視できません」

 青葉の返答は早かった。

「少なくとも、“何もない”とは判断しないようにします」

 風が、谷筋を抜けた。

 上の方で、細い水音がした。

 まだ滝にはなっていない崖の奥で、でもたしかに、何かが待っている。

 僕は、鋼鉄製の扉を見上げながら、心臓が少し早くなるのを感じていた。

 遺跡を見つけた。

 入口も見つけた。

 しかも、それは隠されていて、完全には封鎖されていない。

 だったら、次は、その中だ。

 その先で、たぶん誰かに会う予感がした。


***


 鋼鉄製の扉を前にして、僕たちはしばらく黙っていた。

 谷筋を吹き抜ける風は少し冷たくて、乾きかけた岩肌のあちこちを撫でていく。

 上の方では、まだ細いままの水流が、将来は滝になるはずの崖をつたい落ちていた。いまはまだ、景色全体が完成の途中にある。生命の気配は戻ってきているのに、この一帯だけは、どこか古い時間が残っているように見えた。

 その中心に、鋼鉄製の扉がある。

 自然の岩壁に紛れるように埋め込まれた、ひどく無機質で、ひどく場違いな構造物。

 でも、ただの人工物ではない。

 そこに立っているだけで分かる。

 ここは、何かが通るための場所だ。

 僕が「誰か、いる?」と口にしたあと、青葉はしばらく扉を見つめ、それから静かな声で言った。

「ワンスキーは、もう使いました。表層アクセス点は、基本は無線管理で、何かメンテナンスが必要なときは、マザーに認証してもらわないと、扉を開けることもできません」

 その説明は、状況を整理するものだった。

 つまり、本来なら、いま僕たちの前にある扉は、勝手に開いているはずがない。

 惑星全体の大規模再起動を行ったワンスキーは、もう使った。

 ここはそれとは別系統の、局所管理権限で維持される表層アクセス点。

 青葉や僕が触れる範囲はあっても、正式な開閉にはマザー側の認証が必要。

 だったら、なおさら妙だった。

『開いてきている』

 太郎が、短く言った。

 僕たちは、ほとんど同時に扉を見た。

 言われてみれば、たしかにそうだった。

 岩壁と同化するように偽装された鋼鉄扉の、ほんのわずかな隙間。その暗い線が、さっきより少しはっきり見える。自然の影ではない。外から押したとか、風でどうこうなる種類の隙間でもない。

 開いている。

 その意味が、ひどく重かった。

 ブライアントが、すぐに腰の装備へ手をやった。

 露骨に武器を向けるわけではないが、何かあれば即座に動ける体勢だ。

「青葉」

『分かっています』

 青葉は一歩前へ出た。

 僕もその隣へ寄る。

 扉の隙間は、まだ狭い。

 中は暗い。

 でも、その暗さの奥に――

「あ」

 思わず、声が漏れた。

 誰かが、覗いていた。

 目だった。

 小さな顔の輪郭が、扉の隙間の奥にほんの少しだけ見える。

 こちらを見ている。

 こちらも見ている。

 その一瞬だけ、時間が妙に伸びた。

「えっ?」

 僕が思わずそう言ったのと、向こうが驚いた気配がしたのは、ほとんど同時だった。

 隙間の向こうにいた誰かも、明らかに驚いていた。

 こちらが驚いているのを見て、向こうも驚いた、という感じだった。

 ブライアントが、低く言う。

「子供……か?」

「たぶん……?」

 でも、“たぶん”としか言えなかった。

 その顔は小さい。

 輪郭も丸い。

 たしかに、子供に見える。

 だけど、ここは〈先住者〉遺跡の表層アクセス点で、しかも本来なら勝手に開かないはずの扉の向こうだ。そこに普通の意味での“子供”がいる方がおかしい。

 青葉が、僕よりさらに半歩だけ前へ出た。

 それから、すっとしゃがみ込む。

 その動きが、とても自然だったので、僕は一瞬だけ見惚れそうになった。

 警戒していないわけではない。

 でも、相手が小さい存在に見えると分かった瞬間に、まず威圧しない姿勢を取ったのだ。

「怖くないから出てきて」

 青葉の声は、いつもの説明口調より、ほんの少し柔らかかった。

 その言葉に、扉の隙間の向こうの気配が、迷うように揺れる。

 逃げるかもしれない。

 扉が閉じるかもしれない。

 何か別の反応が起きるかもしれない。

 そう思った次の瞬間、隙間が少し広がった。

 そして、そこから、小さな女の子が出てきた。

 見た目は、四歳か五歳くらいにしか見えない。

 身体つきは細く、小柄で、顔立ちは幼い。

 けれど、服が妙に立派だった。黒と深い青、それに淡い白を重ねたような、ゴシック風のドレスだ。

 袖口や胸元には細かな装飾が入っていて、裾も何層かに分かれている。

 人形に着せるお姫様の服を、そのまま本物にしたみたいな服装だった。

 ただ、それ以上に、まず目を引いたのは、存在感の薄さだった。

 近づいてきたその子を見て、僕は思わず息を詰めた。

「透けてる……?」

 完全に向こう側が見えるほどではない。

 でも、どう言えばいいのか分からない。輪郭が少しだけ曖昧で、そこにちゃんと立っているのに、質量の手応えが薄い。

 現実にいるのに、半歩ぶんだけ別の層へずれているような感じ。

 アラージが遠隔で出してくる仮想体に似ている。

 でも、あれよりもう少し、実体に近い感じがした。

 仮想体と実体の中間みたいな、不安定な存在感だった。

 女の子が扉から完全に出ると、背後で、鋼鉄の扉が静かに閉まった。

 ひどく自然な動きだった。

 自動で閉じたのか、それとも向こう側の何かが制御したのか……僕には分からなかった。

 青葉は、まだしゃがんだまま、その子の目線に合わせていた。

「あなたは、ここの元々の管理者?」

 その問いに、女の子はきょとんとしたように瞬いた。

 それから、小さく首を傾げる。

「分からない」

 声も、やっぱり幼い。

 でも、響きの薄さが少しだけ変だ。

 音としては聞こえるのに、空気の震え方が軽すぎた。

 仮想体に近い、という僕の印象は、たぶん間違っていないのだろう。

「ずっとお城にいた」

 お城――その単語が、この乾いた谷筋と鋼鉄扉の前では、妙に浮いて聞こえた。

「お城?」

 僕は、思わず聞き返していた。

「うん」

 女の子は、素直に頷く。

 表情は、まだ少し警戒している。

 でも、怯えきっているわけではない。

 というより、こちらを“怖いもの”とは認識しきれていない感じだった。

 びっくりした。

 でも、逃げるほどではない。

 そんな温度だ。

「お城って、どこ?」

 僕がそう聞くと、女の子は、ためらいなく自分の後ろを指さした。

 つまり、この扉の向こうだ。

 僕は、思わず鋼鉄製の扉を見上げた。

 たしかに、言われてみれば、城、と呼んでもいいのかもしれない。

 遺跡中枢、局所管理権限、表層アクセス点……。

 そういう言葉で説明されるより、この子にとっては、ずっとそこにいて、ずっと出なかった場所なのだろう。だから“お城”なのだ。

 ブライアントが、低い声で僕へ言う。

「どう見る?」

「どうって言われても……」

 僕は困った。

 危険そうには見えない。

 でも、普通でもない。

 この子は明らかに、ここにいる理由がある。

 青葉も、たぶん同じことを考えているのだろう。

 彼女は、そのまま穏やかな声音で続けた。

「あなたは、名前は、覚えている?」

 女の子は、また少しだけ考える顔をした。

 その間、風が吹く。

 まだ滝になっていない崖の上から、細い水音がかすかに聞こえる。

「……ない」

 やがて、女の子はそう言った。

「たぶん、ない」

 その答えは、妙に胸にきた。

 名前がない。

 いや、あるのかもしれないけれど、本人が覚えていない。

 それは、ひどく心細いことのはずだ。

 僕は、少しだけしゃがみ込みたい衝動に駆られた。

 青葉が既にそうしているから、僕までやると少し圧が強い気もして、その場では踏みとどまったけれど。

「ここには、ひとりでいたの?」

「ずっといた」

「ほかに誰かいる?」

 女の子は、しばらく黙ってから、首を横に振った。

「わからない」

 それは、“いない”ではなかった。

 分からない。

 たぶん、それが本当なのだろう。

 青葉が、ほんの少しだけ視線を上げて、僕へ合図した。

 それから立ち上がり、耳の通信系を切り替える。

『マザーへ問い合わせます』

 僕も小さく頷いた。

 そうだ。

 こういう時のために、マザーがいる。

 銀河ネットで接続できるのは、本当にありがたい。

 惑星規模の再起動と管理権限に関して、いまの僕たちよりずっと上位の事情を知っているのは、たぶんマザーだ。

 青葉の目が、ほんのわずかに遠くを見るような感じになる。

 通信接続が始まったのだろう。

 そのあいだ、僕は女の子を見ていた。

 近くで見ると、やっぱり機怪人形に似ている。

 顔立ちの整い方、肌のなめらかさ、髪の質感、なんとなく僕らと同じ系統だと分かる。

 でも、どこか薄い。

 存在が少しだけ現実に乗り切っていない。

 女の子の方も、こっちをじっと見ていた。

 特に僕の顔をよく見ている気がする。

 なぜだろうと思ったけれど、分からない。

「……怖くない?」

 思わず、僕は聞いていた。

 我ながら、あまりうまい質問ではない。

 でも、聞かずにはいられなかった。

 女の子は、少しだけ瞬いて、それから小さく言った。

「びっくりした」

「そっか」

「でも、こわい、は、ちがう」

 その答えに、僕は少しだけほっとした。

 完全に信用されたわけではない。

 でも、少なくとも拒絶はされていない。

 ブライアントは、僕たちより一歩下がった位置で、まだ慎重に様子を見ていた。

 その慎重さは正しいと思う。

 僕も、警戒を忘れていいとは思わない。

 それでも、この子を見ていると、奇妙な感覚があった。

 危険な遺跡の前なのに、

 鋼鉄扉の向こうに未知の施設があるのに、

 目の前にいるのは、どう見ても、置き去りにされた幼い存在だった。

 青葉が、ようやく通信を終えたように、少しだけ姿勢を戻した。

『マザーにつながりました』

 その声には、ほんの少しだけ、いつもより固いものがあった。

 つまり、向こうにも、何か確認すべきことがあるということだろう。

 僕は、鋼鉄製の扉と、その前に立つ小さな女の子を交互に見た。

 この扉の向こうには、まだ“お城”がある。

 そして、そのお城には、この子の何かが残っている。

 ここから先は、多分、ただの現状確認では終わらないだろう。

 そう思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ