第八十七章 扉の奥にいたのは、誰?
空は、きれいに晴れていた。
ジェッチjrは、港湾区画の脇に設けた簡易発着スペースに置かれていた。
実物を見ると、設計図よりもずっと“乗り物”らしい感じがした。
白灰色の機体表面は滑らかで、ところどころに〈先住者〉風の継ぎ目の見えない構造がある。でも、キャノピーの形や乗降ハッチの位置、機首のまとまり方は、確かに地球系の小型シャトル『ルタート』のデザインに近い。
「かわいいね」
思わずそう言うと、青葉が少しだけ懸念そうな表情で、こちらを見た。
「かわいい、ですか?」
「いや、なんか、ちょっとだけ」
ジェッチという名前のせいもある。僕にとっては、あの小型機は、最初に苦労した相棒のようなものだった。
ジェッチjrの方は、乗り込むと、コクピットは思った以上に広く、落ち着く作りだった。
僕は、後ろの座席に座った。その座席は地球人類用の基準に寄せたらしく、体格の違う僕でも違和感が少ない。
前方の見通しは、よかった。
操縦席にブライアント、副操縦席に青葉が乗って、補助をするようだ。
操縦パネルはシンプルで、ブライアントが「これは助かる」と素直に言っていた。
「操縦系は、小型シャトルの『ルタート』と、ほぼ同じにしています」
「そのようだな。問題ない」
ブライアントがパネルを操作すると、すぐに離陸体制になった。
いくつか、チェック項目をクリアして、ブライアントは、言った。
「離陸する」
その声と同時に、ジェッチjrの機体が軽く浮いた。
シャドーマターの動きから、魔法を使った慣性制御を利用していることが分かった。
「これは……シャトルのゼカタと同じ駆動系か?」
ブライアントは、暇をみつけて、ゼカタやグラブール人の他の機体を観察したり操縦したりしていたので、すぐ分かったのだろう。
「はい、そうです」
「このくらい小さい機体は、人類側だと、イオンジェットを使っているんだがな……。噴射口があると思ったが、ダミーか」
イオンジェットは、空気を電離させて吹き出すタイプの推進系だ。青葉が出した普通のドローンも使っている。
「いえ、ジェット噴射も可能です。緊急機動用です」
「そうか――アクロバット飛行もできそうだな」
前方を見ながら、ブライアントが呟いた。
「しかし、やはり小型機の能力は、グラブール人の方が高いな」
ジェッチjrは、振動も殆どなく、安定した速度で上昇していた。
「いえ、この機体は、〈先住者〉テクノロジーを使っているので、普通のグラブール連合の機体より、スペックは、かなり上です」
またさりげなく青葉が言うと、ブライアントは唸った。
たしかに、青葉が普通の機体を造るとは思っていなかったら、そうなのだろう。
僕は、窓から下を見おろした。
港と本部棟、それに海上の『青葉』が少しずつ下へ遠ざかる。
高台の本部棟が、いまはまだ新しい白さを保っているのが見えた。
港の倉庫群、整備区画――そこを小さく動き回るドローンたちが見えた。
拠点が、ちゃんと拠点に見える。
さらに高度を上げると、景色が一気に開いた。
僕は、思わず、窓の外へ見入ってしまった。
生命感、という言葉が、いちばん近かった。
ただ緑があるとか、水があるとか、そういう話ではない。
河川が光を反射しながら曲がり、その周囲に植生帯が広がり、海からの湿気を含んだ雲が山側へ流れていく。
低地には明るい草地、高所には色の深い森、湿地には別の植生。どれもまだ若い世界のはずなのに、すでに呼吸している感じがある。
「緑が広がってきている……」
僕はまた、すごく単純なことしか言えなかった。
「昨日も思ったけど、ほんとに、生きてる星なんだね」
「はい」
青葉が、応えた。
「惑星環境としては、既に大規模な循環が成立しています。もちろん、人類史尺度で見れば、極端に急速な再生ですが」
「急速っていうか、ほとんど奇跡だよね」
「奇跡に見えますが、実態は極度に高度な工学です」
そう言われると、それもまた怖い。
『急ごしらえのものは、整備が大変だ』
ぼそっと太郎が告げた。
ブライアントも、前方を見たまま言う。
「感動するのはいいが、感動しすぎるなよ。きれいな景色ほど、足元を見なくなる」
「分かってるよ」
「本当に分かってる声じゃないな」
「そこまで毎回言わなくても……」
そんなやりとりをしているうちに、地形が少しずつ変わってきた。
海沿いの穏やかな平地が終わり、起伏が増えた。
緑はまだ豊かだが、ところどころに露出した岩肌が混じり、地面の色も変わっていく。
さらに進むと、以前は氷河と崖があったと青葉が言っていた地帯へ入った。
そこは、確かに、他の場所と雰囲気が少し違った。
周囲に生命の気配はあるし、風も、草も、低木もあった。
しかし、地形だけがまだ“再生しきっていない”感じだった。谷筋は乾いていて、岩壁はむき出しのまま、ところどころに水が細く伝っている程度だ。
青葉の言った通り、将来的に水系が安定すれば、ここは河と滝のある景観へ変わるのだろう。でも、今は、その途中にある。
「着陸可能地点を確認」
青葉が告げた。
ジェッチjrは、谷筋から少し離れた平坦部へ、滑るように降りた。
地面へ足をつけた時、僕は外へ出る前から、なんとなく空気の違いを感じていた。
乾いている。
でも、死んでいるわけではない。
変わりつつある場所の空気だ。
***
外へ出ると、風が少し冷たかった。
海辺より塩気は薄く、岩と土の匂いが強かった。
遠くで、まだ細い水音がしている。
青葉が先に歩き出して、僕たちは、その後へ続いた。
「滝になるかもしれない、って言ってたのはこの辺?」
「はい。水が十分集まれば、岩壁上部からこの谷筋に落水が始まるはずです」
青葉は、前方の崖を示す。
「概ね、地形から想定していた通りです。その場合、アクセス点は滝の奥に隠される形になります」
「いまは、まだ乾いた崖って感じだな」
ブライアントが周囲を見ながら言った。
「むしろ、こういう時の方が入口を見つけやすいか」
でも、すぐには見つからなかった。
いや、見えてはいるのに、そこが“遺跡の入口”だと脳が認識しづらいのだ。
岩壁の一部が、妙に整っている。
自然の岩肌にしては、平面が多かった。
しかし、表面には風化を装うような加工がされていて、色も周囲と近い。
「隠してるな」
ブライアントが低く言う。
「はい」
青葉も頷いた。
「単純な埋没ではありません。周辺地形と同化するように、意図的な表層偽装が、かかっているようです」
『扉がある。完全い隠れてはいない』
太郎が、少し前へ出て言った。
僕たちは、そちらを見る。
たしかに、崖の中央付近に、巨大な鋼鉄製のドアの輪郭があった。
完全に露出しているわけではなく、岩壁と同化するような薄い偽装層の下に、鋼鉄の冷たい線があった。
「本当だ、隠れてはいないね」
『完全封鎖ではない』
太郎が短く言う。
『普通の封印と違う』
その言い方に、僕は少しぞくっとした。
「普通の封印?」
太郎は、ドアへ近づきながら答える。
『閉めて守るというより、隠して待っている感じだ』
それは、妙にしっくりくる表現だった。
閉ざされた遺跡、というより、見つかるべき時にだけ見つかる入口がある、そんな感じだろう。
青葉がドアの前に立つ。
僕も、その隣へ並んだ。
鋼鉄製の表面は、近くで見ると、さらに不思議だった。
金属に見えるのに、継ぎ目のようなものがほとんどなく、しかも周囲の岩肌と色味まで合わせてある。
ここだけを切り出して見れば人工物だと分かる。でも、少し離れるとまた崖の一部に見える。
「遺跡は、現在、休止状態に入っています」
青葉が、静かに言った。
「この扉の奥に表層アクセス点があります。そちらからの信号を受信しました。管理は、私と弓良で対応できそうです」
「今は行けるの?」
僕が尋ねると、青葉は頷いた。
「ワンスキーは、もう使いました」
その言い方は、あらためて聞くと少し重い。
あの大規模な解除は、もう一度簡単にはできない、という意味でもある。
「ですが、これは別系統です。惑星全体の再起動権限と、この表層アクセス点の局所管理権限は、同一ではありません。ここの局所的な受付系は、生きているようです」
「つまり、鍵はもう一本ある、みたいな感じ?」
「ええ。より正確には、“大きな門を開ける鍵”と、“脇の通用口を管理する権限”が別で残っているようなものです」
ブライアントが、横から低く言った。
「信号を受信したってことは、中も完全停止ではないな?」
「はい」
青葉は否定しない。
「ただし、完全稼働でもありません。むしろ、中途半端に生きている設備が最も危険です」
そこで、僕はふと気づいた。
さっきから、妙な感じがある。
危険の気配、とは少し違う。
もっと曖昧で、言いにくい違和感。
僕は、鋼鉄製のドアを見つめながら、小さく息を吸った。
「誰か、いる……?」
自分で言ってから、自分でも少し驚いた。
でも、その表現がいちばん近かった。
中に、誰かいる。
あるいは、いた。
少なくとも、ここは完全に空っぽではない。
青葉が、僕を見た。
「弓良?」
「なんていうか……危険っていうより、人の気配みたいなものを感じる。ちゃんと人かどうかは分からないけど、空の機械って感じではない」
ブライアントは、すぐに扉へは近づかなかった。
その代わり、少し距離を取ったまま、僕と青葉を見比べる。
「気のせい、とは言わない方がいいか?」
「弓良の感受性は、この種の場面では軽視できません」
青葉の返答は早かった。
「少なくとも、“何もない”とは判断しないようにします」
風が、谷筋を抜けた。
上の方で、細い水音がした。
まだ滝にはなっていない崖の奥で、でもたしかに、何かが待っている。
僕は、鋼鉄製の扉を見上げながら、心臓が少し早くなるのを感じていた。
遺跡を見つけた。
入口も見つけた。
しかも、それは隠されていて、完全には封鎖されていない。
だったら、次は、その中だ。
その先で、たぶん誰かに会う予感がした。
***
鋼鉄製の扉を前にして、僕たちはしばらく黙っていた。
谷筋を吹き抜ける風は少し冷たくて、乾きかけた岩肌のあちこちを撫でていく。
上の方では、まだ細いままの水流が、将来は滝になるはずの崖をつたい落ちていた。いまはまだ、景色全体が完成の途中にある。生命の気配は戻ってきているのに、この一帯だけは、どこか古い時間が残っているように見えた。
その中心に、鋼鉄製の扉がある。
自然の岩壁に紛れるように埋め込まれた、ひどく無機質で、ひどく場違いな構造物。
でも、ただの人工物ではない。
そこに立っているだけで分かる。
ここは、何かが通るための場所だ。
僕が「誰か、いる?」と口にしたあと、青葉はしばらく扉を見つめ、それから静かな声で言った。
「ワンスキーは、もう使いました。表層アクセス点は、基本は無線管理で、何かメンテナンスが必要なときは、マザーに認証してもらわないと、扉を開けることもできません」
その説明は、状況を整理するものだった。
つまり、本来なら、いま僕たちの前にある扉は、勝手に開いているはずがない。
惑星全体の大規模再起動を行ったワンスキーは、もう使った。
ここはそれとは別系統の、局所管理権限で維持される表層アクセス点。
青葉や僕が触れる範囲はあっても、正式な開閉にはマザー側の認証が必要。
だったら、なおさら妙だった。
『開いてきている』
太郎が、短く言った。
僕たちは、ほとんど同時に扉を見た。
言われてみれば、たしかにそうだった。
岩壁と同化するように偽装された鋼鉄扉の、ほんのわずかな隙間。その暗い線が、さっきより少しはっきり見える。自然の影ではない。外から押したとか、風でどうこうなる種類の隙間でもない。
開いている。
その意味が、ひどく重かった。
ブライアントが、すぐに腰の装備へ手をやった。
露骨に武器を向けるわけではないが、何かあれば即座に動ける体勢だ。
「青葉」
『分かっています』
青葉は一歩前へ出た。
僕もその隣へ寄る。
扉の隙間は、まだ狭い。
中は暗い。
でも、その暗さの奥に――
「あ」
思わず、声が漏れた。
誰かが、覗いていた。
目だった。
小さな顔の輪郭が、扉の隙間の奥にほんの少しだけ見える。
こちらを見ている。
こちらも見ている。
その一瞬だけ、時間が妙に伸びた。
「えっ?」
僕が思わずそう言ったのと、向こうが驚いた気配がしたのは、ほとんど同時だった。
隙間の向こうにいた誰かも、明らかに驚いていた。
こちらが驚いているのを見て、向こうも驚いた、という感じだった。
ブライアントが、低く言う。
「子供……か?」
「たぶん……?」
でも、“たぶん”としか言えなかった。
その顔は小さい。
輪郭も丸い。
たしかに、子供に見える。
だけど、ここは〈先住者〉遺跡の表層アクセス点で、しかも本来なら勝手に開かないはずの扉の向こうだ。そこに普通の意味での“子供”がいる方がおかしい。
青葉が、僕よりさらに半歩だけ前へ出た。
それから、すっとしゃがみ込む。
その動きが、とても自然だったので、僕は一瞬だけ見惚れそうになった。
警戒していないわけではない。
でも、相手が小さい存在に見えると分かった瞬間に、まず威圧しない姿勢を取ったのだ。
「怖くないから出てきて」
青葉の声は、いつもの説明口調より、ほんの少し柔らかかった。
その言葉に、扉の隙間の向こうの気配が、迷うように揺れる。
逃げるかもしれない。
扉が閉じるかもしれない。
何か別の反応が起きるかもしれない。
そう思った次の瞬間、隙間が少し広がった。
そして、そこから、小さな女の子が出てきた。
見た目は、四歳か五歳くらいにしか見えない。
身体つきは細く、小柄で、顔立ちは幼い。
けれど、服が妙に立派だった。黒と深い青、それに淡い白を重ねたような、ゴシック風のドレスだ。
袖口や胸元には細かな装飾が入っていて、裾も何層かに分かれている。
人形に着せるお姫様の服を、そのまま本物にしたみたいな服装だった。
ただ、それ以上に、まず目を引いたのは、存在感の薄さだった。
近づいてきたその子を見て、僕は思わず息を詰めた。
「透けてる……?」
完全に向こう側が見えるほどではない。
でも、どう言えばいいのか分からない。輪郭が少しだけ曖昧で、そこにちゃんと立っているのに、質量の手応えが薄い。
現実にいるのに、半歩ぶんだけ別の層へずれているような感じ。
アラージが遠隔で出してくる仮想体に似ている。
でも、あれよりもう少し、実体に近い感じがした。
仮想体と実体の中間みたいな、不安定な存在感だった。
女の子が扉から完全に出ると、背後で、鋼鉄の扉が静かに閉まった。
ひどく自然な動きだった。
自動で閉じたのか、それとも向こう側の何かが制御したのか……僕には分からなかった。
青葉は、まだしゃがんだまま、その子の目線に合わせていた。
「あなたは、ここの元々の管理者?」
その問いに、女の子はきょとんとしたように瞬いた。
それから、小さく首を傾げる。
「分からない」
声も、やっぱり幼い。
でも、響きの薄さが少しだけ変だ。
音としては聞こえるのに、空気の震え方が軽すぎた。
仮想体に近い、という僕の印象は、たぶん間違っていないのだろう。
「ずっとお城にいた」
お城――その単語が、この乾いた谷筋と鋼鉄扉の前では、妙に浮いて聞こえた。
「お城?」
僕は、思わず聞き返していた。
「うん」
女の子は、素直に頷く。
表情は、まだ少し警戒している。
でも、怯えきっているわけではない。
というより、こちらを“怖いもの”とは認識しきれていない感じだった。
びっくりした。
でも、逃げるほどではない。
そんな温度だ。
「お城って、どこ?」
僕がそう聞くと、女の子は、ためらいなく自分の後ろを指さした。
つまり、この扉の向こうだ。
僕は、思わず鋼鉄製の扉を見上げた。
たしかに、言われてみれば、城、と呼んでもいいのかもしれない。
遺跡中枢、局所管理権限、表層アクセス点……。
そういう言葉で説明されるより、この子にとっては、ずっとそこにいて、ずっと出なかった場所なのだろう。だから“お城”なのだ。
ブライアントが、低い声で僕へ言う。
「どう見る?」
「どうって言われても……」
僕は困った。
危険そうには見えない。
でも、普通でもない。
この子は明らかに、ここにいる理由がある。
青葉も、たぶん同じことを考えているのだろう。
彼女は、そのまま穏やかな声音で続けた。
「あなたは、名前は、覚えている?」
女の子は、また少しだけ考える顔をした。
その間、風が吹く。
まだ滝になっていない崖の上から、細い水音がかすかに聞こえる。
「……ない」
やがて、女の子はそう言った。
「たぶん、ない」
その答えは、妙に胸にきた。
名前がない。
いや、あるのかもしれないけれど、本人が覚えていない。
それは、ひどく心細いことのはずだ。
僕は、少しだけしゃがみ込みたい衝動に駆られた。
青葉が既にそうしているから、僕までやると少し圧が強い気もして、その場では踏みとどまったけれど。
「ここには、ひとりでいたの?」
「ずっといた」
「ほかに誰かいる?」
女の子は、しばらく黙ってから、首を横に振った。
「わからない」
それは、“いない”ではなかった。
分からない。
たぶん、それが本当なのだろう。
青葉が、ほんの少しだけ視線を上げて、僕へ合図した。
それから立ち上がり、耳の通信系を切り替える。
『マザーへ問い合わせます』
僕も小さく頷いた。
そうだ。
こういう時のために、マザーがいる。
銀河ネットで接続できるのは、本当にありがたい。
惑星規模の再起動と管理権限に関して、いまの僕たちよりずっと上位の事情を知っているのは、たぶんマザーだ。
青葉の目が、ほんのわずかに遠くを見るような感じになる。
通信接続が始まったのだろう。
そのあいだ、僕は女の子を見ていた。
近くで見ると、やっぱり機怪人形に似ている。
顔立ちの整い方、肌のなめらかさ、髪の質感、なんとなく僕らと同じ系統だと分かる。
でも、どこか薄い。
存在が少しだけ現実に乗り切っていない。
女の子の方も、こっちをじっと見ていた。
特に僕の顔をよく見ている気がする。
なぜだろうと思ったけれど、分からない。
「……怖くない?」
思わず、僕は聞いていた。
我ながら、あまりうまい質問ではない。
でも、聞かずにはいられなかった。
女の子は、少しだけ瞬いて、それから小さく言った。
「びっくりした」
「そっか」
「でも、こわい、は、ちがう」
その答えに、僕は少しだけほっとした。
完全に信用されたわけではない。
でも、少なくとも拒絶はされていない。
ブライアントは、僕たちより一歩下がった位置で、まだ慎重に様子を見ていた。
その慎重さは正しいと思う。
僕も、警戒を忘れていいとは思わない。
それでも、この子を見ていると、奇妙な感覚があった。
危険な遺跡の前なのに、
鋼鉄扉の向こうに未知の施設があるのに、
目の前にいるのは、どう見ても、置き去りにされた幼い存在だった。
青葉が、ようやく通信を終えたように、少しだけ姿勢を戻した。
『マザーにつながりました』
その声には、ほんの少しだけ、いつもより固いものがあった。
つまり、向こうにも、何か確認すべきことがあるということだろう。
僕は、鋼鉄製の扉と、その前に立つ小さな女の子を交互に見た。
この扉の向こうには、まだ“お城”がある。
そして、そのお城には、この子の何かが残っている。
ここから先は、多分、ただの現状確認では終わらないだろう。
そう思った。




