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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第VI部 拠点開発編

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第八十六章 拠点の夜の逢瀬~遺跡の確認へ

 地上で過ごす最初の夜は、思っていたより静かだった。

 巡洋艦『青葉』の中で眠る時は、完全に制御された静けさがある。

 空調も、振動も、光も、何もかもが計算されていて、どこまでも均質だった。

 安心感はあるけれど、そのぶん、世界から少し切り離された箱の中にいるような感じもある。

 それに対して、神子本部神殿――と、もう完全にそういう名前で通ってしまっているこの建物の夜は、もう少し柔らかかった。

 建物の中のドローンは動いていなくて、静かだった。外壁と僕らの部屋は全部できているけど、内装や具体的な設備の造築の残りは明日以降、という感じだろう。

 窓の向こうから、かすかに海の気配がする。

 風が外壁を撫でる音も、ほんの少しだけ聞こえる。

 遠くでは、港の方で最後のドローンが一機、帰投するような低い駆動音を立てて、それからまた静かになる。

 地上にいるのだ、という感覚が、ちゃんとあった。

 寝室の照明は、もう夜用のやわらかい色に落としてある。壁も床も、まだ新しい。僕の部屋として整えられてはいるけれど、使い込まれた気配は当然まだない。それでも、巡洋艦『青葉』へ戻らず、ここにいるというだけで、不思議とこの部屋が“自分の場所”になり始めている気がした。

「……なんか、変な感じだな」

 小さくそう呟いて、僕は寝台の縁へ腰を下ろした。

 疲れてはいる。

 惑星を見て、場所を決めて、降りて、確認して、名前までつけて、そのうえ今夜から地上暮らしだ。

 身体は機怪人形だから、昔みたいな筋肉疲労とは少し違うけれど、それでも精神の方はかなり動いた一日だった。

 だから、休止状態に入ろうと思えば、すぐにでも入れる。

 でも、すぐにそうするには、少しだけ頭が冴えていた。

 その時、扉が小さく叩かれた。

 こん、こん、と控えめな音だ。

「はい……」

 返事をすると、扉が少しだけ開いて、そこから兎耳娘姿のジェプラが顔を覗かせた。

 いつもの巫女装束より、少しだけ軽い部屋着、いや人間用のパジャマのような格好だ。

「弓良殿、まだ起きておられましたか」

「うん。どうしたの? 元の姿には戻らなかったの?」

 ジェプラは、ずっと僕の前では兎耳娘姿だけど、寝るときには元の白兎族の姿に戻っているのを『青葉』で見かけたことがあった。

「はい。祈念すべき神子本部神殿で初めての夜ですので、この姿で寝てみようかと……変身杖は、変化のときだけシャドーマターを消費しますので、ずっとこのままでも平気です」

「そうなんだ」

 マザーが一日に一度と言っていたから、単純に時間切れのようなものがあるのかと思っていたが、違うようだ。

「……少しだけ、お話ししてもよろしいでしょうか」

 その言い方が、妙にきちんとしていて、僕は少しだけ背筋を伸ばした。

「もちろん」

 そう言うと、ジェプラは静かに部屋へ入ってきた。

 それでも、やっぱりどこか神官らしいきちんとした雰囲気がある。耳がふわりと揺れて、部屋の中を軽く見回してから、僕の少し前で立ち止まった。

 僕は、寝台の端から少し身体をずらしたけれど、ジェプラは隣に座るのではなく、そのまま立っていた。

「何かあった?」

「いえ」

 ジェプラは首を横に振った。

「何か問題があったというわけではありません。ただ……今日から、弓良殿がこちらでお休みになるのだと思うと、少し、きちんとお話ししておきたくなりまして」

 その言い方が、いかにもジェプラらしかった。

 勢いで来たのではなく、ちゃんと意味があって来た。

 そういう顔だった。

「この惑星を……」

 ジェプラは、言葉を選ぶように続けた。

「……わたしは、神域のひとつとして、守り、発展させていきたいと思っています」

 神域――その言葉を、ジェプラは軽く使わない。

 彼女にとって、それはただ“神聖っぽい場所”というくらいの意味ではなく、ほんとうに守るべき領域であり、信仰の中心に近いものなのだろう。

 僕は、小さく頷いた。

「うん」

「もちろん、ただ閉ざして祀るだけではありません。暮らしがあり、人の営みがあり、発展していく神域です。海もあり、港もあり、他の星とのつながりもできるでしょう。そういう意味で……」

 ジェプラは、そこで少しだけ目を伏せ、それからまた僕を見た。

「わたしは、この星を、弓良殿と一緒に、長く守っていきたいのです」

 その言葉は前の夜に高台で聞いたものと、ほとんど同じだった。

 しかし、部屋の中で、こうして正面から聞くと、また少し違う重みがあった。

「うん」

 僕は、ゆっくり答えた。

「僕も、そのつもりでいるよ」

 ジェプラは、それを聞いて、少しだけ安心したように微笑んだ。

 けれど、話はそこで終わらなかった。

「そして……」

 彼女は、ほんの少しだけ言いにくそうにしながらも、きちんと続ける。

「……いつか、これを継いでいく子供も欲しいと思っています」

「こど、も……?」

 僕は、一瞬、本当に間抜けな顔をしたと思う。

 継ぐ、子供――この星を。

 今の流れでそれが来るのか、と頭が少し遅れて反応した。

 ジェプラは、いたって真面目だった。

 耳もぴんとしていて、冗談を言っている顔ではない。

「神域は、長く続かなければ意味がありません。弓良殿とわたしが守るだけではなく、その先へ受け継がれていく形も必要だと思うのです」

「いや、それは……」

 僕は、思わず視線を少し逸らした。

「無理だよ?」

「やはり、そうでしょうか?」

 ジェプラは、そこで首を傾げる。

 落ち込むというより、真面目に次の手を考える顔だ。

「万物プリンターで、どうにかならないですかねぇ」

 その発想が、あまりにもジェプラらしくて、僕は一瞬だけ変な笑いが出そうになった。

「いや、そういう話じゃなくて……」

 僕は、少し額に手を当てた。

「魂は、作れないって聞いているよ」

 その言葉を口にすると、部屋の空気が少しだけ静かになった。

 魂――機怪人形になって、色々経験して分かったけど、それは、単なる比喩ではない。

 シャドーマターや意志体や、雪の姫や、アーカイブや、そういう話と地続きの、かなり本物の概念だ。

 ジェプラも、それは分かっているのだろう。

 だから、軽く押し切ったりはしなかった。

「まあ……」

 彼女は、少しだけ考えてから言った。

「それは、そのうち考えませんとねぇ。弓良殿は、ずっと生きていると思いますが、わたしは、普通に寿命がありますし」

 その“そのうち”が、ものすごく遠い未来まで含んでいるように聞こえて、僕は妙にどきっとした。

 この人、本気なのだ。

 いまこの場で結論を出そうとしているわけじゃない。

 でも、未来の話として、ほんとうに視界に入れている。

 しかも、それを、妙な色気や勢いではなく、神域の継承計画みたいな真面目さで言うから、余計に心臓に悪い。

 そして、ジェプラは、その流れのまま、さらにとんでもないことを、ごく自然に尋ねた。

「ところで、添い寝は必要ですか?」

「えっ?」

 僕は、今度こそ本気で固まった。

 ジェプラの顔は、やっぱり真面目だった。

 からかっている顔ではない。

 でも、だからこそ余計に困る。

 添い寝。必要か。必要、って何だ……?

 僕の頭の中で、その単語が一瞬ぐるぐる回った。

 もちろん、ジェプラが変な意味で言っているのではないのは分かった。

 この人は、真面目だ。

 まだ結婚もしていないのに、軽率に何かしようなんて考える人ではないだろう。

 たぶん本当に、僕が地上で過ごす最初の夜だから、落ち着かないならそばにいるべきか、と、そういう意味で聞いているのだ。

 でも、そう分かっていても、心臓には悪い。

「い、いや……」

 僕は、少しだけ声が上ずったのを自覚しながら答えた。

「休止状態にすぐなれるから大丈夫」

「そうですか」

 ジェプラは、あっさり頷いた。

 あっさりしすぎていて、逆にこっちの動揺が浮き彫りになる。

「いつでもご所望ください」

 そう言ってから、彼女はふっと柔らかく微笑んだ。

 いや、ちょっとその頬が赤くなっているのは、気のせいではないだろう。

「今日は、お疲れ様でした」

 そして、本当にそのまま引き下がった。

 引き止める隙もないくらい自然に、扉のところまで歩き、軽く一礼して、静かに部屋を出ていく。

 扉が閉まった。

 そのあと、部屋の中には、また地上の静かな夜だけが残った。

「どういう意図だったんだろう……?」

 思わず、そう呟いていた。

 いや、意図は分かる。

 たぶん、分かる。

 真面目なジェプラなりに、僕を気遣って、神域の未来まで見据えた話をして、そのうえで、最初の夜だから必要なら寄り添うつもりだった、ということなのだろう。

 でも、それが、あのテンポで、あの真顔で、あの内容で来ると、こちらの心拍数は普通に上がる。

 いや、心臓はないんだけど、そんな気分になる。

 僕は、しばらくその場で固まったあと、ようやく大きく息を吐いた。

 地上で過ごす最初の夜だった。

 海の音、新しい部屋――そして、兎耳娘姿のジェプラの、とんでもなく真面目で、とんでもなく距離の近い会話があった。

「休止状態、入れるかな……」

 そう呟きながら、僕は、額を押さえた。

 たぶん、今夜は少しだけ、どきどきしたまま眠ることになる、と思った。


***


 地上で迎える最初の朝は、巡洋艦『青葉』の中で目を覚ます朝とは、やっぱり少し違っていた。

 僕は、完全な休止状態からゆっくり意識を浮上させながら、最初に、その違いを音で知った。

 艦の中なら、起床時にまず感じるのは、静かに制御された環境音だ。

 空調の流れも、遠くの機関の響きも、全部が均質で、どこまでも人工的に整っている。安心感はあるけれど、そこには一分の隙もない。

 でも、この神子本部神殿の寝室で最初に耳へ届いたのは、もっと柔らかなものだった。

 窓の外を風が撫でる音――。

 遠くで返す波の気配――。

 それに、建物のどこかを小さなドローンが通り抜ける、ごく低い駆動音――。

 静かだったけど、静けさが画一的な感じではなかった。

 自然の音と、拠点が動き始める音と、その両方が混ざっている。

 そのことに気づいた瞬間、僕は、ああ、昨日から本当に地上で暮らし始めたんだな、と思った。

 ゆっくり目を開ける。

「また、知らない天井だけど、いいね」

 寝室の天井は、まだ新しい。

 壁面の色も、寝台の手触りも、完全に“使い込まれた部屋”ではない。

 けれど、昨日の夜に一度ここで休止状態に入っただけで、少しだけ、この空間が自分のものに見えてくるのが不思議だった。

「起きよう……」

 小さくそう呟いて、身体を起こす。

 機怪人形の身体だから、寝起きのだるさは、ほぼない。

 しかし、精神の方にはちゃんと“朝の切り替わり”がある。昨日の出来事が、少しずつ頭へ戻ってくる。

 扶桑と名づけたこと、地上で泊まると決めたこと――。

 ――そして、ジェプラが部屋へ来て、神域の未来の話をして、子供の話までして、さらには真顔で「添い寝は必要ですか?」と聞いてきたこと。

「…………」

 そこまで思い出した瞬間、僕は一人で少し顔を覆った。

 あれは、どう考えても、ジェプラが真面目だった。

 変な意味ではなく、本当に真面目に、未来のことと、僕の最初の夜のことを考えていたのだ。

 それは、分かる。

 分かるけれど、だからといって、こちらが平常な気分で済むわけではない。

「落ち着こう……」

 自分へそう言い聞かせて、僕は寝台を降りた。

 窓辺へ行くと、朝の光が湾の方から差し込んでいた。

 高台の上から見る海は、昨日の夕方よりずっと明るい。

 湾の内側には、巡洋艦『青葉』の白い艦体が静かに浮かんでいる。

 その姿を見ると、完全に地上へ移ったとは言っても、まだちゃんと母艦がそこにいてくれるのだと分かって、少し安心する。

 でも、今朝の自分は、あの艦ではなく、この建物の中で目を覚ました。

 その事実が、思っていた以上に大きかった。


***


 身支度を整えて部屋を出ると、廊下の空気はもう完全に“朝の拠点”になっていた。

 資材搬送用のドローンは、もう動き始めていた。

 遠くから、ハチョキの「ブウ」という声も聞こえる。

 居住区画とラウンジのあいだを抜ける風も、夜より少しあたたかい。

 食堂兼ラウンジへ入ると、青葉がすでに端末を広げていた。

 機怪人形ボディの方の青葉だが、その向こう側では、巡洋艦本体とも当然のようにつながっているのだろう。

 複数の表示窓に、湾内の監視データ、港の荷役状況、それに地上用SERの稼働ログが並んでいる。

「おはようございます、弓良」

「おはよう。……ちゃんと朝だ」

 自分でも変な返事だと思ったけれど、青葉は特に気にした様子もなく頷いた。

「はい。地上で迎える最初の朝ですので」

「やっぱり分かる?」

「わずかですが、起床後の行動遷移に違いがあります」

「観察されてる……」

「拠点運用上、重要です」

 青葉らしい返答だった。

 卓の上には、もう簡単な朝食が用意されていた。

 機怪人形の身体にとって食事は必須ではないけれど、若葉もいるし、生活リズムを整える意味でも、こうして朝の時間を共有するのは大事なのだろう。

 そこへ、兎耳娘姿のジェプラがやってきた。

 昨日の夜のことが頭の片隅に残っているせいで、僕は一瞬だけ変に意識してしまったのだけれど、当の本人は、朝らしいしゃんとした顔で、いつも通りだった。

「おはようございます、弓良殿。よくお休みになれましたか?」

 その聞き方が、あまりにも自然で、逆にこっちの方が少し気まずくなる。

「う、うん。ちゃんと休止状態に入れたよ」

「それは、よかったです」

 ジェプラは、ほんとうに安心したように微笑んだ。

 たぶん、昨夜の話を引きずっているのは僕だけなのだろう。

 そのあとで、ギラも眠そうな顔のままラウンジへ入ってきた。

『おはようさん。地上暮らし初日で、緊張して寝られへんとか言い出さんかったか?』

「言わないよ」

『ほんまかいな』

 そう言いながら、ギラは椅子へどさっと座る。

 けれど、その目はもう完全に起きていて、頭も回っている顔だった。

 みんなが揃ったところで、青葉が卓上へ今日の運用予定を出した。

「本日以降の地上側運用について、役割を整理します」

 青葉のそういう言い方を聞くと、朝食の場でも少しだけ会議っぽくなる。

 でも、こういうところが青葉らしい。

「地上拠点の整備は、引き続き必要です。港湾区画、資材中継、居住棟、神子本部神殿周辺の仕上げ、いずれも本格運用前にもう一段階の安定化が必要です。しかし……」

 青葉は、皆を見回して、告げた。

「……そろそろ、遺跡の現状確認を行うべきです」

 その声音は落ち着いていたけれど、内容はかなり重かった。

 青葉は、卓の上へ地形図を投影した。

 高台の本部棟、海辺の港、仮設倉庫、整備区画。その少し奥、まだ十分に探索していない起伏の多い地帯に、青葉が細い光の線を引く。

 線は、古い氷河の跡らしい谷筋に沿って伸び、その先の崖で、ひとつの赤い点へ重なった。

「そこが、あの遺跡の入口?」

「表層アクセス点の候補です」

 青葉は、告げた。

「正確には、以前に遺跡らしい箇所があった、元は氷河と崖が存在していた地形の一帯です。今は、惑星環境の再構築が進んでいるため、周辺の水系が将来的に安定すれば、あの谷は河川化し、その先端に滝が形成される可能性が高いと見ています」

「つまり、いずれ滝の裏に隠れるような入口になるかもしれないってことか」

「はい」

 青葉は頷いた。

「現時点では、まだ水量が足りていないため、地形そのものは露出しています。だからこそ、今のうちに現状を確認しておく価値があります」

 ブライアントが腕を組んだまま、少しだけ眉を寄せる。

「価値は分かる。だが、“確認”の中身をはっきりさせてくれ。遺跡の位置を見るだけなのか、権限系まで触るのか、それとも内部へ踏み込むつもりなのか」

 そういうところが、やっぱりブライアントらしい。

 曖昧に前へ進まない。

 何をしに行くのか、どこまでやるのか、ちゃんと線を引きたがる。

 青葉も、それは分かっているらしかった。

「主目的は三つです。第一に、アクセス点の物理的な現状確認。第二に、局所権限系の反応確認。第三に、遺跡が現在“休止状態”のまま維持されているかの確認です」

「休止状態、か」

 僕がそう繰り返すと、青葉は静かに説明を続ける。

「この惑星の大規模な環境改変は、マザーから受け取った解除キーによって始動しました。しかし、それは惑星全体の再生を優先するための上位権限処理です。実際に遺跡設備や局所施設が、どの程度まで復旧し、どこまで停止したままかは、まだ個別確認が必要です」

「全部が自動的に元通りになったわけではないんだな?」

「そのように考えて放置する方が危険です」

 青葉の言い方は、いつも通り静かだった。でも、それだけに、逆に重みがあった。

 綺麗きれいになった海。

 緑に覆われ始めた大地。

 気持ちのいい風。

 つい、この星はもう“生き返った”と雑に思ってしまいそうになる。でも、その下には、僕たちがまだ把握していない〈先住者〉の施設が残っているのだ。

「じゃあ、行くのは決まりとして、誰で行く?」

 僕がそう言うと、ブライアントがすぐに答えた。

「俺は行く」

 迷いがない。

「現地で機械系の判断が必要になるなら、俺がいた方がいい。青葉に全部任せるのは効率的だが、効率的すぎると危険な時もある」

「それは、青葉が危ないって意味?」

「そうではない。青葉は“できること”の範囲が広すぎるんだ。こういう時は、できてもあえて止める人間が必要だ」

 その言い方に、青葉は特に反論しなかった。

 たぶん、事実だと思っているのだろう。

『整備・安全確認のため、同行する』

 太郎が言った。

 もちろん、そのつもりだろうとは思っていた。

 太郎は、こういう時に残るという選択をほぼしない。

「ジェプラとギラは?」

 僕が振り向くと、ジェプラが少しだけ耳を揺らした後、すぐに姿勢を正した。

「わたしは、基地の整備を続けます」

「え、そうなの?」

 ちょっと意外だった。てっきり、必ずついてくると思っていたからだ。

「弓良殿について行きたいのはやまやまですが」

 ジェプラは、そこで本当に少しだけ残念そうな顔をした。

「ここで拠点をきちんと回せる状態にしておく方が、後々のためになると思います」

 その言い方が、いかにも“分かっている大人”みたいで、少しだけ胸にきた。

 ジェプラは、ただ感情で動いているだけではない。

 しっかり、共同体全体を見て、自分が残る意味まで考えている。

『わいも残るで』

 ギラが続く。

 ギラが、翼を軽く畳みながら言った。

『今のうちに動線と広場の感覚、ちゃんと見ときたいしな。後から変えると絶対ややこしなる』

『ハチョキも、こっちに残ってもらう』

 太郎が言った。

『ザラスターIIの補助と、拠点側の軽作業要員』

『ぶう』

 ハチョキ本人は、完全に意味を理解しているのか怪しいけれど、声の調子だけはやる気に満ちている。

 青葉が、ハチョキの方を見て言う。

「了解しました。ハチョキも、軽作業補助と巡回補助へ組み込みます」

『ブウ!』

 明らかに、さっきより張り切った鳴き方だった。

 僕は、その様子を見て少し笑ってしまった。

「じゃあ、ジェプラとギラは、ハチョキと一緒に整備だね」

「はい」

 ジェプラは、きっぱりと頷いた。

「神子本部神殿本体と周辺区画の仕上げ、それに共用空間と生活導線の安定化を進めます」

『港と将来の交易区画の下地も見とくわ』

 ギラが翼を軽く揺らす。

『どうせあとで“ここにしときゃよかった”って話になるからな』

 ブライアントも、朝食を取りながら短く言った。

「妥当だな。ジェプラは地上側の生活導線、ギラは拡張前提の配置感覚を見るのに向いてる。ハチョキは……まあ、元気に動くならいい」

『ブウ』

 また返事をした。

 そのあと、青葉は、少しだけ表示を切り替えた。

 今度は、万物プリンターの出力権限一覧らしい。

「ジェプラ」

「はい」

「万物プリンターの資材生成について、限定許可を与えます」

 ジェプラが、少し目を見開く。

「わたしに、ですか?」

「はい。無制限ではありません。建設用の標準素材、生活設備部材、簡易外装材、消耗工具、そういった範囲に限ります。高出力生成と、シャドーマター及び高位エキゾチック物質を大量消費する構造体は除外します」

 かなり細かく区切られている。

 でも、ジェプラにとっては十分に大きい権限なのだろう。

「ありがとうございます」

 彼女は、ほんとうに真面目な顔で頭を下げた。

「慎重に使います」

「そうしてください」

 青葉の返答も、やはり真面目だった。

「現時点では、資材生成の自立性を高めることが重要です。地上整備の都度、本艦か私の承認を待っていては効率が悪い」

「でも、完全に任せるにはまだ早いってことか」

 僕が言うと、青葉は頷いた。

「はい。地上用SERは一部可動し始め、電力の独立性も高まりつつあります。しかし、万物プリンターの高機能出力は、まだ慎重に管理すべき段階です」

 ジェプラは、その言葉をしっかり受け止めていた。

 責任を与えられた嬉しさと、それをちゃんと守るべきだという自覚が、両方ある顔だ。

 僕は、そんな彼女を見て、少しだけ安心した。

 この星を作っていくのは、僕だけじゃない。

 こうして、少しずつ権限も役割も分け合いながら、みんなでやっていくのだ。


***


 人選が一段落したところで、青葉が新しい投影図を出した。

 今度は、機体の設計図だった。

 細身の胴体で、やや大きめのキャノピーがあり、下部に可動式の推進ユニットがあった。

 短い翼面で、後部の安定フィンがついている。

「これ……」

 細長く伸びている感じだけど、僕は少しだけ懐かしい気持ちになった。

「探査VSTOL、“ジェッチjr”です」

 青葉が言った。

「〈先住者〉側の汎用小型機テンプレートを元にしつつ、地球人類系シャトルの規格に合わせて再構成しました。乗員配置、操縦席寸法、与圧区画、緊急脱出基準、整備交換部材の考え方まで、かなり地球系に寄せてあります」

 ブライアントが、設計図を見ながら小さく唸る。

「なるほど。ぱっと見は、普通の惑星探査用の機体だが、使われてるテクノロジーは、大分、別物だな」

「はい。ただし、現場での取り回しを考えれば、いきなり完全な〈先住者〉式飛行体を使うより、この方が適切だと判断しました」

『それはええな。地球人でも普通に使えるようにしたんか。わいも、人類連邦でも使えるライセンス持ってるで』

 ギラが楽しそうに言う。

「それは良かったです。いずれ、単独での操縦をお願いすることもあると思います」

 青葉の返し方が、相変わらず真面目すぎて少し面白い。

 僕は、設計図を見ながら聞いた。

「これ、普段の操縦は、ブライアントがやるの?」

「基本は、俺でいいだろうな」

 ブライアントが言う。

「地上用のVSTOLで、しかも地球系の規格に寄せてるなら、最初の運用は俺がやった方が早い。ただ――」

 そこで彼は、青葉を見た。

「〈先住者〉テンプレートを元にしてるなら、癖が残ってるはずだ。いざという時、本当に人間の操縦だけで対応できるのか?」

 その問いに、青葉は、ほんのわずかだけ間を置いた。

「完璧には保証できません」

「正直でいいな」

「ただし、仮に機体制御系が想定と違っても、私と弓良で魔法制御による補助が可能です」

「僕も?」

「はい。弓良のシャドーマター制御は、こういう局面で補助舵として使う方がむしろ自然です」

 僕は、少し驚いたけれど、考えてみれば、今までだって似たようなことはやってきた。宇宙船墓場で資材を引き寄せた時も、緊急時に機体の挙動へ干渉した時も、結局は“なんとかした”のだ。

「本当は、直接テレポートできれば一番早いんだけどね」

 僕が半分冗談で言うと、青葉はすごく真面目に頷いた。

「はい。本当は、対象地点まで直接テレポートできれば最短です」

「え、そこは真面目に肯定するんだ」

「ただし、現時点では推奨しません」

 青葉は平然と続けた。

「未知の局所権限場と休止状態の遺跡へ、いきなり座標転移するのは危険です。転移先の場が閉じている、または何かの探知機構があった場合、侵入側だけでなく内部設備も刺激する可能性があります。今回は、機体で物理的に接近し、段階的に見る方が安全です」

 ブライアントが深く頷く。

「そういう説明があるなら納得だ。雑にワープするより、足で近づく方がマシな時もある」

「はい」

 そうして、出発は朝食の後に決まった。


***


 朝食が終わる頃には、ラウンジの窓の外で、もう地上整備用のドローンがいくつも動き始めていた。

 ジェプラは、その日の作業順序をもう頭の中で組み終えているらしく、端末へ細かいメモを入れている。ギラはギラで、港の先と広場候補地、それに倉庫群の動線をどうつなぐかを、独特の感覚で図に起こしていた。ハチョキはそのあいだを、いかにも“自分も仕事中です”という顔で、ぶうぶう鳴きながら走り回っている。

 僕は、その様子を眺めながら、昨日の夜とはまた違う実感を持っていた。

 地上で眠る最初の夜を越えて、こうして朝が来て、みんなが自然に役割へ入っていく。

 それだけで、この場所はもう“仮の滞在地”ではなくなり始めている。

「……ほんとに、住み始めたんだな」

 僕が小さくそう言うと、青葉が隣で静かに答えた。

「はい。扶桑の拠点形成は、昨夜をもって、運用段階へ入ったと見てよいでしょう」

 その言い方が、いかにも青葉らしかった。

 でも、言いたいことはたぶん同じだ。

 ここは、もう“作っている途中の場所”であるだけじゃない。

 もう、僕たちが暮らし始めた場所でもあるのだ。

 ジェプラが、立ち上がりながらこちらへ笑いかけた。

「では、弓良殿、何か必要なものがあれば、すぐにお申し付けください」

『広場はまだ作らへんからな』

 ギラが、わざわざ付け足す。

『まだ、やで』

「まだ、なんだね」

『いずれ、や』

 ハチョキが、そこで勢いよく、

『ブウ!』

 と鳴いた。

 僕は思わず笑ってしまって、それから素直に頷いた。

「うん。よろしく」

 そうして、僕らは、ジェッチjrの元に向かって、朝の光の中、台地から降りる道を歩いた。

 僕は、今日からの扶桑が、昨日までより少しだけ具体的なものになったのを感じていた。

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