第八十四章 拠点、建設開始~神子本部神殿??
会議のあと、作業はさらに慌ただしくなった。
ここからの時間は、ひとつひとつの小さな場面が、まるで早回しの映像みたいにつながっていく。
ブライアントは、やっぱり現場を回すのがうまかった。
搬送コンテナの置き場一つ取っても、あとで運び直しが起きない位置を即座に決める。
港湾仮設桟橋の角度も、波向きと母艦の位置を見てさっと修正する。
搬送ラインの途中でも、立ち止まり、積み下ろし位置をその場で直した。
「そっちのコンテナは二十メートル南へ寄せろ。今そこに置くと、後で居住棟への資材搬入とぶつかる。いや、そっちは駄目だ、そっちは給水ラインの仮設ルートになる」
誰に対しても、言葉が短い。
でも、具体的だから、指示された側は迷わない。
作業ドローンに指示を出しながら、僕たちにも「そこは後で通路になる」「そっちは資材を置くな」と的確に声を飛ばすので、気づけばみんながその指示に従って動いていた。
そして太郎は、予想以上に厳しかった。
『そこ、危険』
僕が仮設エネルギー塔の近くを横切ろうとしただけで、そう言われた。
見ると、ちょうど上空で大型ドローンが資材を移送している。確かに危ない。
『導線は守る』
「はい」
『弓良が怪我すると、工程全体に悪影響』
「優しさの言い方が雑」
『事実』
その短いやり取りを見て、近くにいたハチョキが、ぶう、と妙に得意げに鳴いた。
どうやら、太郎の後ろをくっついて回りながら、自分も主任の補佐だと思っているらしい。
『ハチョキ、搬送ラインから離れる』
太郎が言うと、ハチョキは一瞬だけしょんぼりしたように羽を垂らし、それから別の小型ドローンの後ろを追いかけていった。
その様子に、僕は少し笑ってしまった。
こういう時、ほんの少しだけ緩む空気があるのはありがたい。
新しい土地で、やることが多くて、責任もあって、しかも相手は僕に期待している。そういう状況でずっと張り詰めていたら、たぶん息が詰まる。
***
一日の終わりには、平地の風景が目に見えて変わっていた。
その日の夕方、僕は高台の端に立って、作業用手袋を外しながら、できかけの拠点を見渡した。
朝にはただの海辺の平地だった場所に、もう明確な輪郭ができている。
朝には何もなかった海岸沿いに、仮設の揚陸デッキが伸びている。
少し奥には資材中継庫が二棟並び、その横には気象観測塔が細く立ち上がっていた。
仮設電源塔は、夕日に照らされて細く光っていた。
倉庫棟は二棟とも外殻の大半ができていて、その前には資材コンテナがきれいに並んでいる。
高台側には、まだ骨組みの多い居住区画が、でも確実に“建物の列”として見え始めていた。
簡易港は海面へしっかり張り出している。海上の『青葉』からは、細い光のラインが陸へ延び、物資や小型機材が絶えず行き来していた。
その全部が、夕方の橙色の光で、少しだけ柔らかく見える。
風が少し冷えて、海の匂いが濃くなる。
海から吹く風は、昼間より涼しかった。
塩の匂いと、草の匂いと、まだ新しい資材の匂いが混ざっている。
「すごい……」
口から出たのは、ひどく単純な言葉だった。
でも、それしか出なかった。
だって、本当にすごかったのだ。
昨日まで、ここには何もなかった。
それが、もう“何か”になっている。
単なる構造物ではない。
僕たちがこれから使い、歩き、暮らし、きっと何度も戻ってくる場所の輪郭が、もう見えている。
その時、隣へブライアントが来た。
「悪くない出だしだな」
「うん」
「もっとも、ここからが面倒なんだが」
「そういうことを言うのが、ほんとブライアントらしいね」
「誰かが言わないと、浮かれすぎるからな」
そう言ってから、彼は少しだけ表情を緩めた。
「だが、まあ……悪くない。本当に住めるかもしれん」
その言葉は、僕にとって思った以上に重かった。
ブライアントは、簡単にそういうことを言わない。
この人が「住めるかもしれない」と言うなら、それはただの気休めではない。
だから、その言葉が妙に嬉しかった。
そこへ、ジェプラが小走りにやってきた。
耳がぴんと立っている。顔が、嫌な意味で晴れやかだ。
「弓良殿」
「うん?」
「ひとつ、正式に提案があります」
やっぱり来た。
「……何の?」
「神子本部神殿についてです」
僕は、思わず空を見た。
青葉は、すぐ後ろで黙っている。
ギラは、少し離れたところで、いかにも面白そうな顔をしている。
ブライアントは、もう面倒を予感している顔だ。
太郎だけが、まったく動じていなかった。
ジェプラは真剣だった。
冗談ではなく、本気で、これが必要だと思っている目だった。
「ここは、ただの作業基地ではいけません。弓良殿の居所であり、皆が集まり、祈り、判断を共有する中心が必要です。つまり――」
彼女は一拍置いて、はっきり言った。
「神子本部神殿を建てるべきです」
夕暮れの風が、海から吹いてきた。
できかけの拠点の骨組みの間を抜け、僕たちの服を揺らす。
拠点の開発は、多分、まだ始まったばかりだった。
***
僕たちは、会議をすることになった。
本格的な拠点の建物とは別に建設用プリンターで造った事務所のような建物のミーティングルームに、僕達は集まった。
青葉が立体図を中央へ出し、僕、ブライアント、ジェプラ、ギラ、太郎とハチョキがそれを囲む。
ジェプラが「神子本部神殿についてです」と言い出した時、僕は、なんとなくそうなる気はしていた。
気はしていたけれど、それはもっとこう、少し先の話だと思っていたのだ。
仮設倉庫と居住棟がもう少し整って、港の足場が安定して、最低限ここで回る生活が見えてきたあとで、「そろそろ中心施設をどうするか考えましょうか」となるものだと。
まさか、本格的な開発の最初の時点で、ジェプラの頭の中では、もうかなり具体的な“本部神殿”の完成予想図が出来上がっていたとは思わなかった。
「……いや、待って」
僕は夕暮れの高台で、思わずそう言った。
「まだ、仮設基地の段階だよね?」
「はい」
ジェプラは、まったく迷わず頷いた。
「ですからこそ、中心が必要です」
その言い方が、すでに強い。
しかも、悪気がない。
この人は本気で、いまこの段階だからこそ必要だと思っているのだ。
僕が、言葉を探しているあいだに、ブライアントが腕を組んだまま口を開いた。
「中心施設自体は、必要だ」
「ブライアントまで……」
「必要なのは必要だ。問題は、何を優先した中心にするかだな」
『せやなあ』
ギラが、どこか面白がるような声で入ってきた。
『“神殿”いう言い方をすると大げさやけど、外から見て、ああここが拠点やって分かる顔は要る。あと、広場も要る』
「まだ広場の話してるの」
『するやろ。人が増えたらいるもんは、先に見といた方がええ』
『整備導線優先』
太郎が短く言った。
『見栄えより搬送。神殿より保守。まず動く拠点』
太郎が言うと、ハチョキも、ぶうぶうと頷いた。
「それは、そうなんだけど……」
僕は、そう言いながら、青葉の方を見た。
こういう時、一番最初に基準を出してくれるのは、たいてい青葉だ。
青葉は、少しだけ目を細めてから、平坦な声で言った。
「合理性だけで言えば、中央管理棟、共用食堂、簡易集会所、宿直室、保安区画を兼ねた複合施設が最適です」
「うん」
「ただし、それではジェプラの言う“神子の居所としての象徴性”は不足します」
「うん?」
「ギラの言う“外部から見た時の顔”としても弱いです」
「……うん?」
「また、太郎の言う整備導線とブライアントの言う港湾、物流優先は、その複合施設が大きくなりすぎると逆に阻害されます」
「つまり?」
「全員の言っていることには一理あります」
青葉はそこで一拍置いた。
「ゆえに、弓良が折衷案を決めてください」
ひどい。
いや、ひどくはないのか――たしかに正しいのかもしれないけど、急に最後のところだけ投げてくるのはひどい。
ジェプラは、すっと一歩前へ出た。
「まず、わたしの考えを言います」
その声音は、神官らしくきちんとしていた。
でも、少しだけ熱もある。
「弓良殿の居所は、ただ寝起きするだけの部屋では困ります。ここは、ゴシロック第四惑星における最初の正式拠点です。グラブール人の目から見ても、神殿監察部の目から見ても、“誰のもとに皆が集まるのか”が明確である必要があります。ですから、中心には、祈りと判断と会合の場を兼ねた建物が必要です」
そこまでは、まあ、分かる。
問題は、この人の“必要”が、たまに妙な方向へ跳ねることだ。
「そして、その建物は、ただ四角い管理棟では駄目です」
やっぱり来た。
「弓良殿の拠点だと、一目で分かる形でなければなりません」
『それやそれ』
ギラが、嘴の端を上げるみたいに笑う。
『港から見上げて、“あれが本拠地や”って分からんと雰囲気出えへん』
「雰囲気で拠点を作るんではないだろ」
ブライアントが眉をひそめた。
「俺が必要だと思うのは、まず現実的な機能だ。執務、会議、休憩、非常時の指揮、保安。それに生活区画と適度につながっていて、港や倉庫とも連絡が取りやすいこと。見た目で人は住めん」
『でも、見た目が悪いと来た人ががっかりするで』
「予定にない来客を基準にするな」
『予定にない来客ほど、あとで重要になったりするんや』
この辺りの言い合いは、もう少しだけで漫才みたいだった。
でも、言っていることは、それぞれ本気なのだ。
太郎が、少しだけ間を置いて言った。
『中央施設を高台に置くのはよい。だが、港と整備区画への動線は最短であるべき。外見優先で階段や広場を大きく取りすぎると、搬送効率が落ちる』
「太郎の言うことも正しいですね」
ジェプラが、珍しくすぐ同意した。
そのあと、でも、と続ける。
「ただし、まったく象徴性のない建物では困ります」
『じゃあ、象徴性のある実用品を作ればええやん』
ギラが軽く言う。
『実用品の顔を、派手にしとけばええ』
「その言い方だと、余計不安になるんだけど……」
僕が言うと、青葉が立体投影を起動した。
高台の地形をなぞるように、いくつもの半透明の建物案が重なって現れる。
四角い管理棟、横に広い複合施設、大階段つきの神殿風建築、中庭を持つ回廊型、港側へ顔を向けた塔状案――どれも一長一短に見える。
「弓良。判断基準を整理します」
青葉の声は、いつも通り静かだ。
「必要条件は四つ。第一に、執務、会議、居住の核であること。第二に、港湾、整備、倉庫との連絡が悪くないこと。第三に、共同体の中心として象徴性を持つこと。第四に、今後の拡張に対応可能であること」
「うん」
「そのうえで、ジェプラ案は第三に強く、ブライアント案は第一と第二に強く、ギラ案は第三と第四に強く、太郎案は第二に特化しています」
「すごい整理のされ方だ」
「整理しないと、話が長くなるので」
もう十分長い気もするけれど、たしかに、これで見えてきた気はした。
僕は、立体図の中央をじっと見つめた。
必要なのは、見た目だけの神殿ではない。
でも、ただの箱みたいな管理棟でも、たぶん違う。
ここはゴシロック第四惑星に作る最初の拠点で、僕たちが何度も戻ってくる場所で、しかも外から人が来るなら、その人たちが“中心”だと認識する建物でもある。
「それじゃ……」
僕は、指で立体図をなぞった。
「高台の中央に本部棟を置こう。執務と会議と共同体の中心を兼ねる建物で」
僕は、頭を傾げた。
「……見た目は少し神殿っぽくしていいかな。でも、大階段とか、儀式だけの空間は削る。代わりに、前庭と共用広場を小さく取って、港との最短通路は別に確保したらいいんじゃないかな。背後には居住棟にして、横に共用食堂とラウンジ、とこれならどう?」
少し沈黙があった。
先に頷いたのは、ブライアントだった。
「悪くないな」
ジェプラも、すぐに続く。
「神殿性は少し薄れますが……中心としての格は保てます。弓良殿の本部として、十分だと思います」
『広場があるならええわ』
ギラは、だいぶ雑だった。
『搬送路が独立なら問題なし』
太郎も短く言う。
「では、その折衷案を基準に設計を進めます」
青葉がそう締めくくった時、僕は少しだけほっとした。
管理者っぽいことをした気がする。
でも、たぶん今は、それでいい。
***
僕は、折衷案にした、つもりだった。
ほんとうに、つもりだった。
だからこそ、僕は少し甘く見ていたのかもしれない。
次の日の朝、海霧の薄く残る台地に出て、建設用ドローン群が一斉に本部棟予定地へ集まっていくのを見た時点では、まだ、ちゃんとそのつもりだったのだ。
僕は、せいぜい少し立派な集会所か、神棚のついた管理棟くらいを想像していたのだ。
最初の一時間くらいは。
問題は、そのあとだった。
万物プリンターから出力された建材が、ものすごい勢いで積み上がり始めた。
高台の中央部が、見る見るうちに削られ、均され、基礎が置かれ、壁面フレームが立ち上がった。
細長いドローンが外郭をつなぎ、多脚型の大型ユニットが足場を組み、浮遊型ドローンが上空から装飾パネルらしきものまで張り始めた。
「ちょっと待って……?」
僕は、建設用ドローンの群れが白い骨組みを高速で組み上げていき、神殿じみた大構造物の輪郭が立ち上がり始めるのを見上げながら、思わずそう言った。
「これ、ほんとに“本部”っていうレベル?」
「はい」
ジェプラは、まったく悪びれずに答えた。
「本部です」
「これ、ちょっと立派すぎない?」
「そうですか?」
ジェプラは、純粋に不思議そうな顔をした。
「いえ、あまりにも妥当な規模かと」
『妥当やないやろ』
ギラが、珍しく僕寄りのツッコミを入れる。
『わいもそこそこ派手めでええと思っとったけど、なんかもう、“神子総本山”みたいになっとるで』
僕は、半ば呆然として高台を見上げた。
白灰色の壁面が、陽光を柔らかく反射している。
正面にはゆるやかに広がる階段、その上に前庭、さらに奥に高い天井の中央ホールを持つ本部棟。その両側には回廊じみた通路が伸び、背後の居住棟と自然につながるようになっている。
たしかに、ただ派手なだけではない。
機能もありそうだ。
でも、見た目の迫力が思った以上だ。
「僕、こんなに偉そうなところに住むの?」
「はい」
ジェプラがきっぱり言う。
「弓良殿の居所ですから」
言い方が、あまりにも当然だった。
『最初から本丸やな』
横でギラが、翼を器用にたたみながら愉快そうに言う。
『まあ、ええやん。港から見上げた時に、ああ、あれが弓良の本拠地やなって分かるで』
「分かりすぎるでしょ」
僕がそう返すと、ブライアントが、片手で額を押さえたまま低く唸った。
「……まあ、外向けの顔としては、間違ってはいないな」
「ブライアントまで」
「褒めては、いない。褒めてないが、グラブール人と付き合うこと、それに今後どこまで人類側にも開くかを考えると、中心施設はあった方がいい。問題は、どこまでやるかだ」
「もう、かなりやっています」
青葉が淡々と言った。
その言い方に、僕は、振り返る。
「青葉、止めなかったの?」
「止めました」
「止まってないけど」
「合理性のある部分までは採用しました。その先は、ジェプラとギラが強行しました」
「言い方に問題があります」
ジェプラは真面目な顔で抗議した。
「強行ではありません。丁寧な説得の結果です!」
『途中から“ここに大階段があった方が絶対いいです”って言いながら、もう配置始めとったやろ』
ギラが楽しそうに補足する。
『説得いうより、既成事実化や』
「ギラ殿は賛成していたではありませんか」
『そら、面白そうやからな』
この二人、相性がいいのか悪いのか、いまだにちょっと分からない。たぶん、目的は違うのに、妙なところで意気投合してしまうのだろう。
ジェプラは本気で“神子の居所”としてふさわしいものを作りたいし、ギラは単純に、顔になる建物とか、人が来た時に印象の強い場所とか、そういうものが好きだ。
しかも困るのは、その建物が、実際にきれいだということだ。
海から見上げた時の見栄えもいいし、高台の傾斜も利用しているので、周囲の景観とも妙に調和している。僕が文句を言いにくい絶妙な線で、しっかり立派だった。
結果として、僕の拠点は、想定よりずっと大げさな方向へ進み始めていた。
『整備導線の確保を優先』
太郎が、足元で短く言った。
『神殿でも本部でもいい。搬入口、整備口、緊急退避口、ドローン用通路は削れない』
「もちろんです」
ジェプラが即答する。
『ほんまに? 大階段の下、かなり無駄空間できとるで』
『無駄ではありません。荘厳さです』
『それを無駄空間いうねん』
ギラがくつくつ笑う。
僕も、ちょっとだけ笑いそうになった。
そこへ、青葉が補足するように言った。
「中央ホールの容積は、共同体規模が現在の四倍程度まで拡張しても耐えられます」
「四倍?」
「仮定の話です」
「いや、その仮定がもう怖いよ」
『また増えるやろ』
ギラが軽く言う。
『弓良の周り、だいたいそういう感じやし』
それは否定しづらかった。
建設は止まらなかった。
しかも、止める理由もだんだん薄くなっていく。
中央ホールの天井は高いが、熱効率を考えて内側に調整層が入っている。
正面前庭は広いが、来訪者の待機と簡易集会に使える。
背後の住居棟は、本部と直結しつつ、私室側の静けさは確保される。
左右の回廊は、緊急時の移動と通常時の分散導線を両立している。
つまり、ちゃんと役に立つのだ。
悔しいけれど。
「このような配置図で考えています」
ジェプラが差し出してきた、最終的な立体配置図を見ると、彼女なりにかなり考えているのは分かる。
台地の最も見晴らしのいい場所に中央施設があり、その背後に、住居区画と防護壁を兼ねた棟があった。
海側には港湾と荷捌き場があり、居住区と整備区の間には、必ず共用の広場と食堂を挟んでいた。
さらに、僕の執務空間は中心部へ置きつつ、完全に閉じず、誰かが相談に来やすい動線を確保する。
「これ、ちゃんと考えてるんだね……」
僕がそう言うと、ジェプラは、ほんの少しだけ耳を揺らした。
「当然です」
それから、少しだけ言葉を選んで続ける。
「弓良殿の居所は、ただ寝起きするだけの場所では困ります。神子である以上、そこは祈りの場でもあり、判断の場でもあり、共同体の心が戻ってくる場所でなければならないのです」
その言い方は、ちょっと大げさだ。
でも、ジェプラにとっては本気なのだろう。
僕は、立体図の中心部を見つめた。
中心施設、執務室、寝室、共用空間、神殿的機能――。
正直、くすぐったい。
僕は、そういう“中心に置かれる”立場に、まだ慣れていない。むしろ、今でも時々、自分がなぜこんなところにいるのかよく分からなくなる。
日本の高校生だったはずの僕が、機怪人形になって、宇宙をふらふらして――。
気づいたら、ひとつの星に拠点を作ろうとしていて、その中心施設の話をしている。
人生って、いや、人生と呼んでいいのか分からないけど、ともかく、妙な方向へ曲がるものだ。
***
実際、そんなふうに口では好き勝手言いながらも、工事は妙にきびきび進んでいった。
青葉は全体構造の安定とインフラ配置を管理し、ブライアントは現場作業班の流れを整えた。
太郎は、整備ドローンと搬送ドローンの動線を厳密にチェックし、ジェプラは生活区画の位置関係を、ギラは将来の拡張前提で広場や通りの幅を提案する。
僕は、最初のうちは少しうろうろするばかりだったけれど、だんだんと、自分が見るべきポイントが分かってきた。
たとえば、誰かの案が、別の誰かの作業を邪魔していないか。
住む人のための便利さと、守るための配置がぶつかっていないか。
見た目の良さが、あとで自分たちの首を絞めないか。
それは、たぶん、青葉やブライアントほどの精度では見られていない。
でも、最終的に「それでいこう」と言う役目は、やっぱり僕なのだ。
午後のかなり早い段階で、中央施設の外郭はもうほとんど見えていた。
白と灰を基調にした素材で組み上げられた壁面は、完全な石造でも金属造りでもない、不思議な質感があった。見る角度で、少しだけ光を柔らかく返す。
階段は広く、中央の扉前には自然と人が集まりそうな前庭が取られていた。
地形をうまく利用していて、海の方から見上げても目立つし、後ろ側の住居棟や整備区画へも移動しやすい。
なるほど、と僕は思った。
たしかに、これは“顔”だ。
自分たちがここにいると、誰かに示すための。
あるいは、自分たち自身が、ここへ戻ればいいと分かるための。
そんなことを考えていると、ジェプラが、僕の腕を軽く引いた。
「弓良殿。こちらへ」
「え?」
「まだ完全ではありませんが、最低限、案内できます」
半ば引きずられるようにして、僕は建物の中へ連れて行かれた。
中は、まだ完全には仕上がっていなかった。壁面の一部は仮設パネルのままだし、照明も仮配線が多い。現在も、多数の作業ドローンが急ピッチで内装工事を進めている。
けれど、構造そのものはもう分かる。
中央ホールがあった。
左右に伸びる通路があり、奥へ行くほど、少しずつ私的な空間になる。
ジェプラは、その奥の一角で立ち止まった。
「ここが執務室です」
ジェプラが案内したのは、本部棟の海側に面した広めの部屋だった。
ここは、もうほぼ内装も完成しているようだった。
大きな机、壁面スクリーン、来客用の低い椅子、端末群、記録棚がある。
窓からは海上の『青葉』と港湾区画が見える。
「相談に来た方と話しやすいよう、閉じすぎない構造にしました」
たしかに、完全な玉座の間みたいな感じではなく、ちゃんと“仕事ができそう”な空間にはなっている。そこは少し安心した。
「そこから少し離れて寝室区画があります」
さらに奥へ進むと、確かに、半分独立したような静かな区画があった。
案内されて入った瞬間、僕は足を止めた。
広い。
いや、広すぎる。
「これ、一人用……?」
「余裕があった方がよく眠れます」
ジェプラが、なぜか少しだけ視線を逸らしながら答える。
そして、ベッドが、でかかった。
いや、巨大と言ってもいい。
どう見ても、一人で寝る前提の大きさではない。
「なんでこんなに大きいの……?」
「余裕があった方が、よく眠れます」
ジェプラは、すごく自然な顔で答えた。
絶対に、今そこでとぼけている。
「わたしの部屋は、その隣です。きゃっ」
最後に自分で照れたみたいな声を出すあたりが、またずるい。
そう言って示された扉は、ほんとうにすぐ隣だった。
近い。
近すぎる。
僕は、どう反応していいのか分からず、とりあえず部屋を見回した。
内装は、驚くほど整っていた。
まだ基地全体は仮設っぽさが残っているのに、ここだけは妙に生活感がある。
収納、照明、手洗い用の区画、座る場所。しかも、どれも“使いやすそう”なのが腹立たしい。
「寂しかったら、一緒に添い寝しますね!」
明るく、そしてわりと自然に、ジェプラは言った。
僕は、危うくその場でむせそうになった。
「いや、えっと、その、ありがとう……?」
何をどう返すのが正解なんだ。
僕が戸惑っていると、後ろからギラの笑い声が聞こえた。
『あかんなあ、弓良。そこは、うろたえんと、考えとくよくらい言わんと』
「言えるわけないでしょ!」
『言えたら上級者やな』
「何の……」
『ところで、わいの部屋は?』
ギラが嘴を鳴らすような声で聞くと、ジェプラは即答した。
「別棟です」
『差が露骨やなあ』
「当然です」
迷いがなさすぎる。
そんなくだらないやりとりをしているうちに、少しだけ緊張がほどけた。
でも、その一方で、胸の奥には妙な実感もあった。
ここが、僕の部屋になる。
執務室があって、寝室があって、その隣にジェプラの部屋があって、みんながこの建物を“中心”として動く。
青葉の区画は、本部棟から少し離れた、でもすぐ連絡の取れる位置に置かれていた。『青葉』本体とリンクしやすく、解析や指揮補助に集中できるように、少し静かな作りになっている。共用ラウンジは、本部棟と居住棟のあいだ。誰かが自然に集まり、食堂や外へも流れやすい位置にあった。
僕は、その動線を歩きながら、少しずつ実感していた。
これは、仮設の寄せ集めではない。
ちゃんと、これからの生活を前提に組まれている。
一緒に暮らす――同じ建物の中で。
食事して、話して、寝て、起きて、また外へ出る。
そういう日常の輪郭が、急に現実味を持って迫ってきた。
『共用空間は悪くない』
太郎が、ラウンジの入口で短く言った。
『視認性、導線、保守、問題なし』
『主任のお墨付きやな』
ギラが笑う。
『そのうち、ここで市場の打ち合わせもできるわ』
「まだ市場はできてません」
ジェプラが律儀に訂正した。
こうして見ると、みんな本当に、ここで暮らすつもりなのだ。
そのことが、少し嬉しくて、少し怖い。




