第八十三章 上陸と開発会議、最終調整は僕だった
海岸にホバーボートが上陸した後、僕に次いで、すぐにブライアントも降りた。
空は、すぐに周囲へ視線を走らせた。
青葉も、ホバーボートの外へ出た途端に、周辺の環境データを重ねていた。
海風の塩分濃度、岩礁の分布、岸から少し奥の地盤反応を見ている。
小さな観測ドローンが二機、三機と浮かび上がって、台地の方へ先行していく。
ジェプラとギラ、続いて太郎も降りてきていて、感慨深そうに周囲を眺めていた。
『なかなか、ええ風景やな』
ギラの言葉に、太郎が頷く。
『海を見たのは、初めてだ。塩分、多い。でも、太郎は、錆びない』
――太郎は、マザーに強化されてから、機怪人形と同じように、分子レベルで自動メンテナンスされるようになったらしい。
「まずは、上に上がるか」
ブライアントが言った。
「海岸そのものも悪くはないが、拠点を置くなら、あの少し上の平地を見ないと話にならん」
僕も頷いた。
海岸のすぐ後ろは、切り立った崖ではなく、ゆるやかに上がる岩混じりの斜面になっていた。
ところどころに低い草が生え、乾ききってはいない土が、岩のあいだへ入り込んでいる。
もっと奥へ行けば、あの制御区画から見えた、ちょうどよさそうな平地へ続くはずだ。
青葉が前方へ小さな光線を引いた。
「こちらです。傾斜は緩く、ホバーボートの仮設搬送路も後で通せます」
僕たちは、観測ドローンの映像を補助にしながら、海岸から台地の上へ向かった。
上がっていく途中、僕は何度か振り返った。
下には、湾の内側へ寄せた巡洋艦『青葉』の白い艦体が見える。
あれだけ巨大なのに、この海岸と地形の中では不思議と収まりがよかった。
さらに手前には、僕たちを運んできたホバーボートが、波打ち際の少し上で静かに待機している。
「こうして見ると、ほんと母港って感じだな」
僕が言うと、ブライアントが短く返した。
「最初からあれだけの母艦を置ける開拓地なんて、普通はないがな」
「普通じゃないのは、分かってるよ。そもそも、こんな星、普通ないんでしょ?」
「分かってるならいい」
台地の上へ着くと、そこは本当に“ちょうどいい平地”だった。
完全に真っ平らではない。
しかし、少し整地すれば十分に使える程度の起伏しかない。
海から少し上がっているぶん、波浪や高潮の影響は受けにくそうだし、それでいて港との距離は近い。
さらに、背後にはゆるやかな高まりがあって、そこへ上がれば周囲の視界も取れそうだった。その奥の方に、例の再封印された遺跡が見える。
足元の土は、海岸の岩場よりずっと安定している。
柔らかかった。
もちろん、泥ではない。程よく水分を含んだ、踏みしめられる土だ。
こんな土も、元々の惑星にはなかったはずだから、惑星改造で造られたものだろう。
表面には短い草が広がり、その間に見たことのない低木が点々と生えている。
少し離れたところには、高さの揃わない樹木が帯状に並び、その向こうを小さな河川が流れていた。
「……いい場所だな」
今度は、ブライアントがそう言った。
彼は、しゃがんで地表を掴み、指でこすってから、今度は少し離れた地面を靴のかかとで軽く叩いた。
「悪くない」
その一言は、かなり大きかった。
「海に近い。だが近すぎない。地盤も、いまの段階なら十分持つ。給水、排水、搬送、展望、防衛、どれを取っても初期拠点としては上等だ」
「微小地盤振動、問題なし」
青葉も続ける。
「この周辺であれば、居住棟、倉庫、簡易整備区画、共用スペースの初期配置が可能です。港湾側との高低差も、動線として許容範囲です」
横に来ていたジェプラが、即座に付け足した。
「神殿も建てられます」
『市場も作れそうやな』
ギラも負けずに言う。
『整備ドック優先』
太郎は、ぶれなかった。
「そうだね……」
僕は、ゆっくりとその平地を見回した。
そんなやりとりを聞きながら、僕は、少し離れた場所に立つ遺跡の崖――ほとんど、山みたいに見える――を見た。
一見、自然の岩山の崖のように見える。あそこに、表層アクセス点たあるはずだ。近いうちに、行かなければならないだろう。
あれも、この星の一部だ。
危険で、分からなくて、でも、僕たちが向き合わなきゃいけないものだ。
それに、今はその手前に、ちゃんと土がある。風がある。仲間がいる。
僕は、振り返って、海上に浮かぶ巡洋艦『青葉』を見た。
白い艦体が、青い海の上で静かに呼吸しているように見える。
宇宙を駆ける軍艦だったその姿が、今は少しだけ、大きな家のようにも見えた。
ここから始まるんだ。
たぶん、本当に。
『弓良』
耳の中の通信で、青葉が呼んだ。
『開拓作業の第一段階を開始できます。建設ドローン、搬送ドローン、簡易観測ユニット、すべて展開可能です』
「じゃあ……ここだね」
僕は、少しだけ息を吸って言った。
「最初の拠点は、この台地の上にしよう」
「了解しました」
青葉の応答は早かった。
その瞬間、空中にいた観測ドローンのひとつが、高さを変えて周囲を旋回し始めた。
測量モードに入ったのだろう。もう一機は、海岸とのあいだの斜面へ細い光の杭をいくつも打ち始めた。仮設導線の目印らしい。
ブライアントが、こちらを見た。
「設営開始の指示を出すか?」
「うん」
そう答えた時、少しだけ、胸の奥が重くなった。
これが最初の命令になる。
僕が“ここから作る”と決めて、実際に世界が変わり始める最初の一歩だ。
僕は、巡洋艦『青葉』と共有されている指揮系へ意識を向けた。
青葉が、すぐ隣でその補助をしてくれる。
「拠点候補地を、この台地上に確定。初期設営を開始」
今度は、青葉の声が、通信越しに応えた。
『初期設営シーケンスへ移行します。先行して、測量ドローン、地盤安定化ユニット、仮設電源塔基礎材、資材中継モジュールを順次搬入します』
その報告と同時に、海側の巡洋艦『青葉』から、小さな点がいくつも飛び立つのが見えた。
建設用ドローン群だ。
白い艦体の腹から、まるで巣から飛び出す昆虫みたいに、でも完全に制御された軌道で、次々に空へ上がる。
何機かは台地の上へ、何機かは海岸へ、何機かはその中間の斜面へ散っていく。
その様子を見た瞬間、僕の中で、何かが本当に始まったという実感が生まれた。
「動いた……」
「当たり前だ」
ブライアントはそう言ったけれど、その顔も少しだけ引き締まっていた。
「ここから先は早いぞ。最初の配置が始まったら、あっという間に景色が変わる」
「ええ」
青葉も、静かに続ける。
「線が一本引かれた瞬間から、もう“ただの地形”ではなくなります」
その言葉は、妙に印象に残った。
確かに、そうだった。
いま、この平地には、まだ何も建っていない。
でも、もう“何もない場所”ではない。
ここは、僕たちの最初の拠点になる場所だ。
そう思う間もなく、最初の測量ドローンが地面へ細い杭を打ち込み、別の機体がその位置をつなぐように走査光を流した。
さらに、斜面側では、仮設の搬送路を想定したラインが引かれ始めた。海岸と台地のあいだに、見えない道がまず先にできていく。
「すごいね」
僕が、また同じようなことを言うと、ブライアントが少しだけ笑って、肩を叩く。
「今日は、それを何回言うつもりだ」
「仕方ないでしょ。本当に、凄いんだから」
しばらく、僕たちはそこでドローンの展開を見ていた。
でも、最初の指示が終わり、初期配置の計算も回り始めた以上、いつまでも現地に立っている必要はない。
青葉が、ひとつのドローン映像をこちらへ回しながら、通信で言った。
『以後の詳細設営は、ドローン群で進められます。現時点では、一度艦へ戻った方が効率的です』
「うん、そうだね」
僕は、頷いた。
海岸へ視線を落とすと、下にはホバーボートが停泊している。
その向こうには、湾へ寄せた『青葉』本体がある。
そして、動き始めたドローン群が飛んでいる。
「じゃあ、戻ろうか」
そう言って、僕たちはまた台地を下り始めた。
今度は、さっきとは少しだけ景色の見え方が違う。
同じ海岸で、同じ湾で、同じ平地なのに、もうそこは“これから何かが建つ場所”として見えている。
岩の転がる海岸へ戻り、ホバーボートへ乗り込んだ。
起動と同時に船体がふわりと持ち上がり、再び波打ち際を滑り始めた。
海から振り返ると、台地の上には、すでにいくつかの小さな光点が散っている。建設ドローンが、配置確認のために地表へ目印を刻み始めていた。
「本当に、始まってるんだね」
『はい』
青葉が静かに答える。
『ここから、扶桑の拠点形成が本格的に始まります』
ホバーボートは、湾の内側を静かに進み、白い巡洋艦『青葉』へ戻っていった。
***
次の朝、昨日のうちに早くも設営地点の平地化が終わったようなので、僕らは、ホバーボートに乗って、また台地のところまできた。
僕たちは、海岸からすぐ上にある高台の平地を、最初の生活圏にすることに決めた。
海側には仮設の揚陸デッキと物資搬入口を作り、台地には居住区画と管制区画、そのさらに外縁に整備エリアと倉庫区画を置く。
青葉が地形図に半透明の線を引きながら説明してくれた時には、正直、僕は話の半分くらいしかすぐには飲み込めなかったのだけれど、実際にドローンが動き始めると、何をしようとしているのかは見えてくる。
つまり、ここを「なんとなく住める場所」にするんじゃなくて、最初から「拠点」にするのだ。
「まずは、仮設電源塔、資材中継庫、気象観測ユニット、浄水設備、それに揚陸用スロープの固定です」
青葉は、いつもの静かな調子でそう言った。
僕は、仮設作業用の外套を羽織りながら、海上に浮かぶ『青葉』と、そこから陸へ伸びた搬送ラインを見比べる。
「こうして見ると、みんな、移住のための設備だね……」
「そうですね、住めるようにした上で、長期的な発展を考える必要があります」
青葉の返事は淡々としていたけれど、少しだけ柔らかかった。
「ただし、通常の移住と異なり、ここには惑星改造設備由来の危険性と、〈先住者〉遺構の不確定要素があります」
「そういう言い方をされると、一気に現実に戻るね」
「戻っておいた方がよいと思います」
その隣で、ブライアントが腕を組んだ。
「実際そうだ。きれいな星を見て浮かれるのは分かるが、俺たちは観光に来たわけではない。ここは住めるかもしれない星で、同時に、危険物件の管理現場でもある。最初の一週間でその線引きを間違えると、あとでひどい目を見る」
いつものことだけれど、ブライアントの言葉は、ちょっと痛いくらいに真っすぐだ。
けれど、その痛さがありがたい時もある。
青葉が話していた通り、最初に優先されたのは、住むための見栄えではなく、生き延びるための機能だった。
海上に半固定状態で停泊した『青葉』から、最初に出てきたのは、建設用ドローンの編隊と、大型の搬送ユニットだった。
細長いもの、四角いもの、蜘蛛みたいに多脚のもの、浮遊型のもの。どれも役割が違うらしく、青葉の指示に従って、海岸から高台にかけての平地へ、てきぱきと散っていく。
『仮設電源塔、設置開始。基礎固定点、三番から九番まで連結します』
朝一番の作業開始時、青葉の声はいつもと同じように落ち着いている。
けれど、その落ち着きの下で、膨大な計算と制御が同時に走っているのだと分かると、やっぱり少し怖い。
ブライアントが尋ねる。
「マザーから貰ったのは、“小型”のプリンターなんだよな? それでも、こんなに一度に資材を出せるとは……艦艇も作れるのか?」
「巡洋艦『青葉』と同じ程度の艦艇を建造するには、全てのパーツを出力して一~二週間程度は、かかります」
「……それでも、とんでもない能力だな」
ブライアントは、感心したように呟いた。
僕は、まだ霧の残る海岸に立って、目の前で組み上がっていく細長い塔を見上げた。
金属にも見えるし、セラミックにも見える、不思議な白灰色の素材が、何本もの骨みたいに立ち上がり、それが途中で回転しながら結合していく。
下部の基礎は、ドローンが地面を浅く穿って固定していた。
「これで、もう地上側の電力は回るの?」
僕が尋ねると、青葉が通信で応えた。
『最低限の独立電力は確保できます。ただし、当面は『青葉』本体からの給電が主です。これは地上系統の安定試験と、非常時の分離運用を想定した仮設塔です』
「つまり、停電しても全部、停電はしないってことだね」
『はい。その通りです』
少し離れたところでは、ブライアントが資材コンテナの配置を指示していた。
『基地建設が本格化したら、地上用の小型空間エネルギー転換炉を設置します』
「了解」
ブライアントは、ドローンに指示を出した。
「……そっちの箱は港湾側へ寄せろ。後で倉庫棟を立てるが、その前に荷捌き場を空ける。いや、そっちは駄目だ、搬送ラインとぶつかる」
相手が人間でもドローンでも、あの人の指示の出し方は変わらない。
短くて、具体的で、迷いがない。
僕は、その様子を見ながら、やっぱりブライアントってこういう現場の人なんだな、と妙に納得していた。
戦闘でも頼りになるけれど、本領はむしろこういうところなのかもしれない。
何をどこへ置けば後で困らないか、どこを先に通せば全体が回るか、それを感覚じゃなくて経験で分かっている。
僕が近くで見ていると、ブライアントは一度だけこっちを見た。
「見て分かるか?」
「なんとなくは……」
「なんとなくでいい。最初から全部分かる必要はない。ただ、後で何がぶつかるかを見る癖はつけとけ」
「うん」
「居住区と整備区、港と倉庫、電源と水、そういうのは全部つながってる。片方だけ見てると、たいてい失敗する」
その言葉は、拠点づくりの話なのに、妙に人生っぽく聞こえた。
でも、ブライアントはたぶん、人生の教訓として言ったわけではなく、本当に工程の話をしているだけなんだろう。
電源塔の次に整えられたのは、仮設倉庫だった。
こちらは、電源塔ほど縦には目立たない。でも、僕には、むしろそちらの方が“拠点っぽい”ものに見えた。
大きな箱型の建物が二棟だ。ひとつは資材用、もうひとつは精密機材と非常用品用だった。
青葉は、「倉庫は地味ですが、拠点運用の心臓部の一つです」と言っていた。しかし、こういうものがあると、ただの仮設キャンプから一歩進んだ感じがする。
さらに、その横では、気象観測ユニットが起動していた。
背の低いマストの先に、透明なリング状のセンサーがいくつも浮いていて、風向、湿度、大気組成、塩分濃度、海霧の発生傾向、微細粒子分布まで拾っているらしい。
僕には、ただ感じるだけだと、せいぜい「風がちょっと強い」とか「空気がしっとりしてる」くらいしか分からないけれど、青葉は、そこから基地の配置や外壁素材の劣化速度まで計算しているらしい。
「こういうのも、全部必要なんだな……」
思わず呟くと、ブライアントが後ろから言った。
「当たり前だ。住むってのは、寝る場所を作ることではない。まず環境がどう動くかを知ることだ。特に海沿いは塩と風で全部傷む」
「はい」
「いい返事だな。ちゃんと分かってる顔ではないが」
「う……」
図星だった。
実際、僕はまだ、目に見えるものに感心しているだけの部分が大きい。
けれど、その横で、“あとで困らないための準備”が進んでいる。それが、ありがたかった。
そして、海側では簡易港の整備が始まっていた。
港といっても、最初は大げさなものではない。海上に浮かぶ『青葉』と陸側を安定してつなぐ揚陸スロープ、荷物の受け渡し用デッキ、海況が少し悪くなっても使える固定アンカー、あとは小型艇やシャトルが寄せられる程度の浅い桟橋だ。
それでも、何もない浜辺にその機能が加わると、一気に“出入り口”の気配が生まれる。
『港は顔になりますで』
ギラが、妙に得意げに言った。
『最初に人が来た時、どこへ降りて、どこを見て、どこで荷を下ろすか。それで印象は決まるんや』
「まだ人が来る予定は、ないんだけど……」
『予定がないからって、来んとは限らんやろ。むしろ、予定にない奴ほど急に来るもんや』
それは、なんだかギラの人生経験がにじんでいるような台詞だった。
そこへ、青葉が通信で補足する。
『なお、港湾区画の整備とあわせて、万物プリンターの稼働ログも監視しています』
「ん?」
『初動整備は非常に効率的ですが、やはりエキゾチック物質とエネルギーの消費は軽くありません。問題になるのは、もう少し先です。ただ、いまのうちから“便利だから使い放題”と認識しない方がよいでしょう』
その言い方は、いつもどおり穏やかだった。
でも、軽い釘を刺す感じがあった。
万物プリンターは、確かに便利すぎる。材料がなくても何でも出る、みたいな錯覚を起こしやすい。
しかし、実際には、その“何でも”を成立させるために、とんでもないものを食っているのだろう。
今は、まだ『青葉』の備蓄と到着直後の余裕で回っているが、先のことまで考えれば、いつか必ず問題になる。
その時の僕は、まだ、その意味を深くは考えられなかった。
でも、後になって思えば、この時点でもう、青葉は次の課題を見ていたのだ。
***
その昼過ぎ、僕たちは、台地の仮設テーブルを囲んで、役割分担の確認会議をした。
例の台地は、完全に整地されていて、その中央へ簡易投影台を置いた。
そこからは、海上の『青葉』も、建設中の港湾区画も、これから居住棟が立つ予定の土地も見渡せる。
青葉が「視覚的に全体を把握しやすいため、初期会議には適しています」と言った時、ブライアントが「つまり見晴らしがいいってことだな」と即座に翻訳していた。
投影台の上に、基地予定地の立体図が浮かぶ。
海岸線、港湾、倉庫、居住棟、整備区画、中央施設予定地――。
「では、現時点での役割を改めて整理します」
青葉が言う。
「ブライアントは現場責任者として、工程管理、資材物流、港湾整備、外部作業班の統括をお願いします」
「了解だ」
ブライアントは頷いた。そこに迷いはない。
たぶん、本人も最初からそうなると思っていたのだろう。
「私は、設計、環境解析、インフラ制御、危険反応監視を担当します」
「うん、それは、青葉しか無理そうだね」
「そうでしょうね」
何でもない顔でそんなことを言うあたりが、青葉らしい。
「ジェプラは、生活区画の運用方針、共同体の生活ルール、衛生、礼拝、共用空間の配置意見、それと中央施設区画の意味づけをお願いします」
「承知しました」
ジェプラは姿勢を正した。
「ただ寝起きするだけの場所ではなく、皆が気持ちよく戻ってこられる場にします」
「ギラは、将来的な交易区画、市場、広場、来客動線、拡張時の街路構想をお願いします。現時点では先走りですが、先走ってもらった方が役に立つ分野です」
『おう、任せとき』
ギラは楽しそうだ。
どう考えても、いちばん先のことを考えている。
「太郎は整備、ドローン群統括、安全導線、保守全般」
『職務』
太郎は、いつもの一言で済ませた。
でも、その一言の安心感は妙に大きい。ちなみに、ハチョキは、今日は、こちら側に来ていて、今も太郎にしがみついている。
そして、最後に青葉が僕を見た。
「弓良は、全体の最終承認をお願いします」
「え……」
分かっていた。分かっていたけれど、改めてそう言われると重い。
「いや、でも、僕、そこまで詳しくは――」
「それでよいのです」
ジェプラがすぐに言った。
「全部を知っている必要はありません。弓良殿は、皆の意見を聞いて、どの方針を採るか決めればよいのです」
『せや。全部分かっとる支配者なんて、たいていろくでもない。現場の人間の意見を聞いて、最後に決める奴がおる方がずっとええ』
「でも、その言い方だと、なんか責任だけ押しつけられてる感じがするんだけど……」
『責任はあるで』
ギラはけろっと言った。
『でも、その分、ここがほんまに弓良の星になっていくんや』
その言葉は、少しだけ胸に刺さった。
僕の星――そう言われると、いまだにくすぐったい。
でも、くすぐったいだけではない。少し怖くもある。
僕は、日本の高校生だった。
そこから機怪人形になって、宇宙を漂って、いろいろあって、気づいたら、いまはひとつの星の拠点整備会議の最終承認者になっている。
人生って何なんだろう、とたまに思う。
でも、その答えを考えても仕方ない。今の僕がやるべきなのは、目の前の話をちゃんと聞くことだ。
「しかし、現場の人間って、お前も入ってるのか?」
ブライアントが肩をすくめて言う。
『わいは、将来の市場担当やからな』
「まだ市場なんかないぜ」
『今は、な。でも今から考えとかんと、後で変なとこに倉庫作って後悔するんや』
その言い分は、妙にもっともだった。
実際、この会議で僕がいちばん強く感じたのは、みんながちゃんと“ここで暮らすつもり”で考えているということだった。
港をどうするか、倉庫をどこに置くか、共用空間をどうするか、将来どこに人が増えても対応できるか。そういう話は、単なる滞在地にはしないものだ。
僕は、立体図の中の小さな光の点を見つめた。
海岸、河、通路、その中心に、僕たちの拠点がある。
「……分かった」
少しだけ息を吸ってから、僕は言った。
「じゃあ、青葉の全体設計を基準にして、ブライアントの実務案、ジェプラの生活導線、ギラの拡張案、太郎の整備導線を全部重ねて、変なところがあったらその都度直そう。最初から完璧にしようとするより、まず回る形を作る」
自分で言っていて、妙に管理者っぽいことを言った気がした。
でも、たぶん今は、それでいい。
ブライアントが小さく頷く。
「妥当だな」
「はい。合理的です」
青葉も賛成した。
「では、それで進めましょう」
ジェプラが嬉しそうに言う。
ギラは翼をばさりと鳴らした。
『よっしゃ、ほな将来の表通りの位置も考えとこか』
「まだ早い」
僕とブライアントの声が、ぴったり重なった。
***
その後、地図の上で、どこに何を配置するかを話し合った。
海からの搬入路、河川からの取水路、高台側の居住エリア、整備区画、将来の拡張候補地。線や光点が何本も重なっていて、たぶん、普通に見ればかなり高度な会議だったはずだ。けど、ここに集まっている面子は、あまり普通ではない。
ジェプラは、生活区画へのこだわりが思った以上に強かった。
「共用食堂は、朝に光が入りやすい向きがいいです」
「なんで?」
僕が聞くと、ジェプラは少し驚いたように瞬いた。
たぶん、そこを疑問に思われると思っていなかったのだ。
「気分が違うからです。閉鎖的な場所にすると、共同体は息苦しくなります」
「気分」
「はい。共同体は、便利さだけで回るものではありません。朝に少し明るいところで食事ができるか、誰かと自然に顔を合わせる動線になっているか、そういうことで空気は変わります」
そう言いながら、彼女は居住棟と共用食堂の位置関係を何度も調整していた。
洗浄設備、休憩室、祈りの小空間、僕の執務区画との距離まで含めて、“どうすれば人が孤立しにくいか”を本気で考えているらしい。
僕は、その横顔を見ながら、少し感心していた。
ジェプラは恋愛的に距離が近いせいで、ついそっちへ意識が引っ張られがちだけど、この人は、本当に神官なのだ。共同体をどう保つか、その感覚が体にしみついている。
寝室群、共同ラウンジ、洗浄設備、祈りのための小空間――そういうものを、ただ“置けばいい”ではなく、どう並べれば皆が自然に顔を合わせるか、どうすれば孤立しないか、という視点で考えているらしい。
たぶん、白兎族の神官としての経験が出ているのだろう。
共同体を回す時、精神の導線も必要だと、彼女は感覚的に知っているのだ。
ギラはギラで、驚くほど先のことを勝手に考えていた。
『港から入って、まず荷捌き場、それから表の通りがあって、その奥に共用広場やな』
そう言って、まだ何もない空間へ翼の先を向ける。
「広場?」
『要るやろ。』
「まだ誰も来る予定ないけど」
『予定がないから来んとは限らん。むしろ、予定にない奴ほど急に来る』
それは妙に説得力があった。
実際、僕たちの周りって、だいたいそういうことばっかり起きている。
『それにやな』
ギラはさらに続ける。
『港から見て、最初に“この星の顔”がどう見えるかは大事や。倉庫と整備棟だけ見えても、客は喜ばん』
「別に喜ばせるために作ってないよ」
『でも、喜ばせといた方があとで得やで』
そこへ、太郎がすっと入ってきた。
『広場はいい。だが搬送通路と被る』
『ああ、せやな。ほなこっちへずらすか』
『三メートルでは足りない。六メートル』
『主任、厳しいなあ』
『当然』
太郎は、ぬいぐるみみたいな外見のくせに、こういう時だけ妙に現場監督らしい。
いや、たぶん、普段からそうなのだろう。僕がつい見た目に引っ張られているだけで。
その太郎の後ろを、ハチョキがぶうぶう鳴きながらついて回っていた。
小さな丸っこいボディを左右に揺らしながら、太郎のすぐ後ろへぴったり張りつく。
太郎が止まれば止まり、向きを変えれば慌てて回り込む。
『ハチョキ』
太郎が振り返りもせずに言った。
『搬送ラインから離れる』
ハチョキは、ぶう、と少し不満そうに鳴いた。
でも、太郎がそのまま歩き続けると、結局また後ろをついていく。
『主任の真似をしているのかもしれませんね』
青葉が分析のような口調で言う。
「かわいいな」
『かわいいだけでは困る』
太郎は、即座に返した。
『主任だから、新しい部下の安全も見る』
その一言に、僕は少しだけ笑ってしまった。
太郎、本当に主任のつもりなんだ。
ハチョキは、意味が分かったのか分からないのか、でも少しだけ得意そうに、ぶう、と短く鳴いた。
そういう小さなやりとりがあるたびに、張り詰めすぎていた空気がほんの少しだけ緩む。
新しい星で、やることが多くて、責任もあって、それでもこうして笑える瞬間があるのは、きっと大事なのだ。




