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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第VI部 拠点開発編

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第八十二章 ゴシロック第四惑星、着水、拠点開発開始

 僕は制御区画の前面スクリーンいっぱいに広がる惑星を、ほとんど息を止めるような気持ちで見つめていた。

 ゴシロック第四惑星は、以前に訪問した時とはまるで違っていた。以前は、少し氷河があるものの、荒れ果てた荒野だけの、ひどく寂しい世界に見えた。

 それが今は、深い青の海と白い雲、それに複雑に入り組んだ海岸線をもつ、本当に“生きている惑星”にしか見えない。

 海の色が、特に印象的だった。

 ただ青いだけではなく、赤道近くの浅海らしい場所は少し緑がかっていて、大陸沿いの湾は淡い群青、沖へ出るにつれて濃く、どこまでも深い色に変わっていく。

 雲の影がそこをゆっくりと流れるたび、海そのものが呼吸しているみたいに色を変えた。

 大気の上層には薄い膜のような雲が幾重にも重なり、ところどころで陽光を反射して銀色に光っている。

「きれいだね……」

 思わず、そう呟いていた。

 制御区画の横に立っていた青葉の機怪人形が、僕の方を見ずに答える。

「はい。大気組成、水圏比率、気温帯、現時点の植生分布、いずれも地球型知的生命の居住に適した水準へ安定しています。もっとも、“自然にそうなった”と表現するのは不正確ですが」

 最後の一言に、ブライアントが鼻で息を鳴らした。

「そうだな。綺麗だからって、油断していい星ではない。ここは〈先住者〉の危険物件の上に、奇跡みたいな顔をして新しい皮を被ってるだけかもしれん」

 その言い方は、いつものように現実的だった。

 でも、僕には、その現実的な警戒が少しありがたかった。

 僕は、たぶん、この景色に見惚れすぎていたからだ。

 あまりに美しいものを見ると、それだけで全部が許されたような気になってしまう。

 けど、この星がこうなったのは、自然の長い営みのせいではない。

 マザーがくれた解除キーと、〈先住者〉の惑星改造施設と、微細情報媒体素子の異様な吹雪みたいな現象があって、その結果として、ようやくここまで“戻った”のだ。

 いや、元々、ある程度の生命がいる惑星だったと思うけど、こんな感じだったのかは不明だ。

 そもそも、戻った、と言っていいのかすら、まだ分からない。

 単に、生態系が安定するまでの途中の状態なのかもしれない。

 ブライアントは、前方のコンソールへ手を伸ばした。

 青葉と共有されている各種観測データが、いくつもの層を重ねて表示される。

 上層大気の成分比、微量有害物質の有無、風系の流れ、海塩粒子、地表温度、湿度、微生物圏の推定反応――僕には、その数字や色分けされた図が何を意味しているのか、すぐには半分も分からない。

 でも、ブライアントは、そのひとつひとつを本当に“読む”ように見ていた。

「酸素分圧、問題なし。窒素比も人類圏基準内。二酸化炭素は少し高めだが、許容範囲だ。海由来のエアロゾルも、むしろ居住には悪くないな」

「はい。それでは、降下ルート候補を三つ表示します」

 青葉がそう言うと、前面スクリーンに半透明の光線がいくつも重なった。海岸線の近く、大陸内部の平地、そして再封印された遺跡――あの塔状構造物は、完全に収納されていた――が立っている地域の周辺に、それぞれ色違いのラインが引かれる。

「第一候補は、海岸線に近い緩傾斜地形です。ちょうどいい平地ができています。港湾建設に有利で、水源と平地を両立できます。第二候補は、より遺跡により近い内陸側ですが、地質の安定性と交通導線にやや不安があります。第三候補はさらに高地寄りで、防衛上は優秀ですが、初期生活圏としては不便です」

 そう、青葉が第一候補に挙げたように、惑星改造の起点となった遺跡の近くには、驚くほど都合のいい平地ができていた。

 海に近い。しかも、ただ海辺というだけではなく、少し奥まった湾のような地形になっていて、波も比較的穏やかに見える。

 背後にはなだらかな起伏があり、その向こうには、あの塔状構造物が立っていた地下都市のある一帯が広がっていた。

 水もある。平地もある。見通しも悪くない――。

 拠点を置くなら、たしかに、まずここだろうと素人目にも思えた。

 もっとも、素人目にもそう見えるということは、ちゃんとした目で見れば、もっといろいろな条件があるのだろう。

「まあ、確かに第一候補は、海辺だろう」

 ブライアントが、腕を組んで言う。

「基地として、接岸と補給のしやすさは最優先だ。真水も欲しい。平地も欲しい。遺跡には近すぎない方がいい」

「神殿を建てるなら、少し高台の方が見栄えがします」

 ジェプラが、妙に真面目な顔で言った。

 僕は、思わずそちらを見る。

「まだ建てるって決まってないよね?」

「必要です」

 即答だった。

「弓良殿の居所は、ただの宿舎では困ります。ここは、神子弓良殿が新たに手にした星です。白兎族から見ても、神殿監察部から見ても、きちんとした“中心”があった方が都合がよいのです」

『わいは、都合いうより見栄えの問題やと思うで』

 ギラが翼を少し広げて、にやりと笑った。

『港から見上げた時に、“ああ、ここが本拠地やな”って一発で分かる建物は必要や。交易やるにしても、来客迎えるにしても、顔いうもんが要る』

「交易は、まだ早いな」

 ブライアントが、即座に切った。

『早いけど、考えとくのはタダやろ』

『整備導線を優先』

 太郎が、いつもの短い声で言った。

『塩害。波浪。搬入口。ドローン移動経路。神殿はその後』

 言われてみれば、たしかにそうだった。

 神殿だの顔だのという前に、まず僕たちは、ちゃんとここで暮らせるようにならないといけない。

 青葉が、もう一度、地形図を拡大した。

 海沿いの浅い湾、その背後の緩い高台、少し離れた場所を流れる河川、そして視界の端に立つ遺跡が再封印された崖。どれも、最初に見た時よりずっと近く感じる。

 ジェプラが、その地形図を見て呟いた。

「すてきな場所ですね」

「うん。綺麗な場所だね」

 そう答えながらも、僕はどこかで、きれいだということ自体を少し警戒していた。

 この星は、あまりにも都合がよく整いすぎている。

 海があって、風があって、拠点向きの平地までできている。

 もちろん、惑星改造をやったのだから、都合がよくなっているのは当然なのかもしれない。

 でも、その当然さが、逆に少し怖い。

 青葉は、そんな僕の曖昧な不安まで見透かしたように、静かな声で言った。

「よい場所です。第一候補地点であれば、浅海域を利用して着水した物資を用いた運用が可能です。軌道上とのやり取りは、空港を建設しなくてもよいのでやりやすいです。岸側には建設ドローン用展開スペースが取れます。また、遺跡との距離も、地上輸送と運用の双方に適しています」

 ブライアントが尋ねる。

「遺跡施設からは、十分離れてるんだな?」

「現在のデータ上は、塔状構造物と地下都市があった場所からは適切な距離です。ただし、この惑星における“適切”の定義には留保が必要です」

 青葉のその答えに、ブライアントが苦い顔で頷く。

「つまり、完全な安全保証はないってことだ」

『はい』

 その短いやりとりに、僕は少し肩をすくめた。

 完全な安全保証がある場所なんて、たぶん今の僕たちにはどこにもない。

 オッコクでも、ナヴーピでも、宇宙船墓場の近くでも、結局はその時その時で、何かを選ぶしかなかった。

 だったら、ここも同じだ。

 いや、むしろ、自分たちで選べるぶんだけ、まだましなのかもしれない。

 僕が、前面スクリーンに映る第一候補の場所を眺めていると、ブライアントが腕を組んだまま、横から低い声で言った。

「見た目は悪くない。だが、見た目だけで決めると、後で死ぬ」

 相変わらず、身も蓋もない言い方だった。

「いや、そこまで言わなくても」

「言うさ。こういう惑星は、空気が吸えそうに見えても吸ったら駄目とか、地面が平らでも微細構造が不安定とか、いくらでもあるんだ」

 そう言うと、彼は、少しずつ項目を追いながら、時々、画面を拡大したり切り替えたりする。

「上層の大気循環も、いまのところ暴れてない。成層圏側に妙な乱流も見えん。磁場も安定寄りだ。……少なくとも、今日ここへ降りる分には、大丈夫そうだ」

 その最後の一言に、僕は、少し肩の力を抜いた。

「じゃあ、いける?」

「各種分析の範囲ではな」

 ブライアントは、そこで少しだけ口の端を上げた。

「俺が太鼓判を押してやる。少なくとも、拠点候補地としての第一印象は上等だ」

 その言い方は、やっぱりぶっきらぼうだったけれど、僕には十分に頼もしかった。

「じゃあ、第一候補で」

 僕がそう言うと、制御区画の空気が、ほんの少しだけ締まった。

 決まったのだ。

 この星の、最初の“僕たちの場所”が。

 うさ耳姿のジェプラは、じっとスクリーンを覗き込んだ。

「ここに神殿を築くのですね」

 その問いに、僕は少しだけ笑った。

「まだ決まったわけじゃないけど、たぶん、ここが最初の基地になるかな」

 僕は、ブライアントの方に向き直った。

「まずは、ドワーフドローンで探って、それからゼカタで降りて確認する感じかな」

「順当だな。まずは小型ドローンで地表反応と局所地形を拾って、次にゼカタで人員を下ろして確認する。その後に、軌道上から物資を降ろして、組みたてる。コンテナを着水させればいいだろう。整地ができたら、ザラスターIIも活用できる」

 しかし、青葉は、首を振った。

「普通に考えれば、そうですが……」

「え?」

 僕が振り向くと、青葉はすでに別系統の計算を回していたらしく、制御区画前面に新しい降下シミュレーションが出ていた。

「……現状の艦の能力、地表条件、時間効率、資材展開速度を総合すると――」

 青葉は一拍置いて、はっきり言った。

「『青葉』本体で降りた方が早いです」

「え……?」

 思わず、間の抜けた声が出た。

 ブライアントも、さすがに少しだけ眉を上げた。

「本体で?」

「はい」

 青葉は淡々としている。

「イハァトパー機関は、万全です。推進制御、重力制御、着水、着地シーケンスともに、惑星降下に対応可能です。現地確認と拠点初期展開を同時に進めるなら、小型機で往復するより、本艦を直接降ろした方が、結果的に安全かつ迅速です」

 僕は、一瞬、前方スクリーンの海辺の平地と、今自分が立っているこの巡洋艦の制御区画とを見比べた。

 この船が、あそこへ降りる。

 宇宙を飛ぶ巡洋艦『青葉』が、そのまま惑星の海辺に降りて、拠点の最初の足場になる。

 頭では、理屈として分かる。

 イハァトパー機関も復活し、艦自体の制御も以前とは比べものにならないほど安定している。だったら、できてもおかしくはない。

 でも、感覚が追いつかない。

「いつの間にか、惑星に着陸できるようになってたんだね」

 僕が呟くと、青葉は、ほんの少しだけ柔らかい声になった。

「はい。できるようになりました」

 その言葉には、艦としての誇りみたいなものが少しだけ混じっている気がした。

 ブライアントが、短く息を吐く。

「理屈は通っている。資材も設備も、そのまま地表へ持ち込める。何より、最初の拠点としては、船本体がそのまま母艦兼基地になる。悪くないどころか、かなり良い」

「でも、いきなりそんな大きいのを降ろして大丈夫?」

「だから、青葉が大丈夫だと言ってるんだろ」

 ブライアントは、少しだけ笑うような、呆れるような顔で言った。

「俺も、計算上は反対しない。むしろ、この船が降りられるなら、その方が何倍も早い」

 太郎とハチョキも頷いた。

『その方が、早い』

『ブゥ。すごい』

 その素直な感想が、ちょっとだけ僕の緊張を和らげた。

 そうだ。

 すごいのだ。

 怖いとか、不安とか、そういう感覚はあっていい。

 でも、それと同時に、これはやっぱり、すごいことなのだ。

 僕は、もう一度、海の近くの平地を見た。

 そこに、これから『青葉』が降りる。

 そして、その場所から、本当にこの惑星の開拓が始まるのだ。

「よし、行こう」

 そう言った時、自分でも少しだけ声が弾んでいるのが分かった。

 青葉は、静かに、でも確かな響きで、船内スピーカーから応える。

『はい。巡洋艦『青葉』、惑星降下シーケンスへ移行します』

 機怪人形の方も、僕のすぐ近くに立っているのに、ちょっと変な感じもしたけれど、船の制御について話すときのスタイルなのかな、と思った。

 もう準備ができていたのか、するすると『青葉』が軌道から離れ始めた。

 前面スクリーンの向こうで、ゴシロック第四惑星の海と大地が、ゆっくりと近づき始める。

『降下シーケンス始動。体験突入形態へ移行します』

 青葉の声は静かだったけれど、その響きの奥に、少しだけ固いものが混じっている気がした。

 きっと、彼女にとっても、これは単なる操艦ではない。

 自分の艦体を、宇宙戦艦から、ひとつの家に変える作業なのだ。

 艦体が、ゆっくりと震え始めた。

 大気圏外縁へ差しかかる。

 外壁を舐めるように、薄い発光が走る。

 重力制御と空力制御が切り替わるたびに、艦橋の床から伝わる感覚が微妙に変わる。宇宙空間の船ではない。

 いまの『青葉』は、本当にこの惑星の空へ入ってきているのだ。

 僕は、シートの肘掛けを軽く握った。

 着陸は、何度か経験している。けれど、この『青葉』で“自分たちの星に降りる”という意味では、これが初めてだった。

 スクリーンの中で、海がどんどん大きくなる。

 雲の下へ入り、光が柔らかく散る。

 湾の輪郭がはっきりし、海岸沿いの植生が見えてきた。

 背の低い樹木、草地、河口近くの湿地らしい色合い。そこに、人工の影はほとんどない。もう、遺跡が再封印された場所も、ほとんど分からない感じだった。

「……ほんとに、生き返ってるんだな」

 僕がそう言うと、青葉が小さく頷いた。

「はい。少なくとも、いま観測されている範囲では、海洋循環、大気循環、水循環、初期植生固定は成立しています。生命圏としては、かなり高い精度で“世界”になっています」

『世界、か』

 ギラが感心したように言った。

『ええ響きやな。前は、えらい危険な遺跡の星いう印象やったのに』

「危険なのは変わらないと思うけど」

 僕がそう返すと、ギラは翼をすぼめて笑った。

『せやな。でも、危険で住める星と、危険で住めん星は、だいぶ違うで』

 それには、なんとなく納得した。

 やがて、艦体の角度がさらに変わる。

「ここまででかい艦が、こうも自然に降りてくるのは、あまり見ないな。少なくとも人類の常識ではない」

「本艦は、常識的な艦ではありませんので」

 青葉は、いつも通りの静かな声音でそう返した。

 それを言われると、まあ、そうだとしか言いようがない。

 やがて、海面が近づく。

 陽光を受けた水面が揺れて、湾の内側は外海より少し穏やかに見えた。

 青葉は、かなり慎重に角度を調整しているらしく、艦の前傾がごくゆっくり変わる。スクリーンの外に見える水平線が、少しずつ上へ動いた。

『着水位置、最終調整』

 青葉の声に合わせて、艦体がわずかに横滑りした。

 そこから先は、本当に“海へ降りる”という感じだった。

 落ちるのではない。

 着陸とも、少し違う。

 巨大な船が、自分の重さを海へ預けにいくような、そんな滑らかさだった。

『着水まで十秒』

 その宣言のあと、時間が少しだけ長く感じられた。

 九、八、七――。

 ジェプラが、両手を胸の前で軽く組んでいる。祈っているのかもしれない。

 ギラは、面白がるような顔をしているけれど、羽毛が少し逆立っている。

 ブライアントは、表情を変えないまま前を見ている。

 太郎とハチョキは、ぬいぐるみみたいな姿のくせに、やけに堂々としていた。

 そして、海面と接触した。

 鈍く、けれど決して乱暴ではない衝撃が、艦全体を伝わった。

 着水したのだ。

 艦体が一度だけ深く沈み込み、それから海面の反発に支えられて戻る。

 遅れて、低い振動が艦橋の床を抜けていった。

 船体各部の固定機構が順次切り替わり、浮体モードへ移行していく音だろう。

『着水成功。浮体安定化へ移行します』

 青葉がそう告げると、僕はようやく息を吐いた。

「……ほんとに降りた」

「だから降りるって言ってただろ」

 ブライアントはそう言ったけれど、その顔にも、ほんの少しだけ感心した色が残っている。

『着水成功。艦体安定化中』

 青葉の報告と同時に、僕はようやく息を吐いた。

 しかし、青葉は、すぐに次の処理へ移っていた。

『海底地形をスキャンします』

 前面スクリーンの映像が切り替わり、今度は海面の下の地形が、半透明の立体図として表示される。艦の下、湾の内側、そして海岸に向かってなだらかに持ち上がっていく海底の形が、色分けされていた。

「こんなことまで分かるんだ」

『当然です』

 青葉の言い方は、やっぱりいつもの通りだった。

『水深、底質、地盤強度、潮流の回り込み、いずれも港湾設置には重要です』

 立体図の上で、青葉が海岸近くの一帯を示す。

 海底は、出来たばかりのせいか、均一ではなかった。

 浅い岩場がいくつか転がり、そのあいだを砂と小石が埋めている。けれど、湾の形そのものはかなり良いらしかった。

『このまま、もう少し平地に近づけます』

「近づける?」

『はい。海底の勾配は緩やかです。艦底を安全距離に保ったまま、さらに岸寄りへ移動可能です』

 青葉の操作に合わせて、巡洋艦『青葉』は静かに、ほとんど波を立てずに移動を始めた。巨大な艦なのに、その動きは驚くほど繊細だった。湾の内側をすべるように進み、海岸へじわじわと寄っていく。

 やがて、青葉がもう一度スキャン結果を更新する。

『この位置であれば、上陸動線を短くでき、なおかつ将来的に簡易港湾設備も建設可能です』

 海岸のすぐ手前だった。

 水深はまだ十分にあり、でも岸までの距離はかなり縮まっている。背後の平地とも接続しやすく、湾の端を少し整えれば、確かに港が作れそうだった。

「ちょうどいいね」

 僕が言うと、ブライアントも素直に頷いた。

「悪くないどころじゃない。かなりいい。艦をこの位置へ置けるなら、いきなり母港候補になる」

『はい。初期拠点として適切です。アンカー固定します』

 青葉の声には、いつもよりわずかに満足そうな響きがあった。

 鈍い振動が伝わってきて、巡洋艦『青葉』のアンカーが、海底に向かって射出、固定された。

 隣で、ジェプラが小さく息をついた。

「着きましたね」

「うん」

 僕は答えながら、妙に笑いそうになっていた。

 着いただけだ。

 まだ、何も始まっていない。

 でも、たしかに、どこかへ“着いた”という感覚があった。

 制御区画の前面スクリーンには、今度は海面と海岸が水平に広がっている。宇宙から見下ろしていた時とは違い、そこはもう風景だった。波があり、雲が流れ、遠くの岸辺の植生が光を受けて揺れている。

『外部環境安定。上陸可能です』

「よし」

 ブライアントが短く言った。

「まずは現地確認だ。降りるのは、俺と弓良、ジェプラ、ギラ、青葉のボディー、太郎で行く。ハチョキは、こっちの方で、青葉と共に、艦の維持とセンサー支援。異論あるか?」

「ありません」

 青葉が応えた。

『わいも異論なしや。こういう新天地の第一歩は、やっぱり面子が大事やしな』

「面子というより、機動力の問題でしょう」

 ジェプラが少し呆れたように言う。

『両方や』

 その軽口に、制御区画の空気が少しだけ緩んだ。

 その時、側面のハッチが開いて、整備ドローンが何か大型のものを運んできて、海に落とした。

 僕は、少し目を丸くした。

「なにこれ?」

 そこにあったのは、かなり大きなボートだった。

 いや、ボートというより、小型の揚陸艇に近いかもしれない。

 低く平たい船体に、左右へ安定用の張り出しがあり、下部には、ホバー用の推進ユニットがいくつも埋め込まれている。

 前面は少し持ち上がっていて、岩場や浅瀬にも突っ込みやすそうな形だ。

 荷台部分も広く、人だけでなく資材も積めそうだった。

「着水が決定してから急遽製造しました」

 青葉が、まるで何でもないことみたいに言った。

「急遽?」

「はい。万物プリンターのテストも兼ねました。良好な結果です」

 良好な結果、という言い方が軽かった。

 でも、たしかに、これだけのサイズのものを、こんな短時間で普通に出してくるのだから、テストとしては十分すぎるほど良好なのだろう。

 ――その『万物プリンター』は、格納庫に隣接する区画に隔離されて設置されていたようで、妙な形をした金属とガラスの塊のようなものを、ちょっと見た。そのガラスの中には、あの微細情報媒体素子らしい、白い雪のようなものが舞っていたのを思いだした。

 ブライアントが、ホバーボートの縁を軽く叩いて、低く唸る。

「悪くない。浅瀬でも使えるし、岩場にも寄せやすい。最初の上陸にはちょうどいいな」

「上陸用だけでなく、今後の沿岸作業にも使えます」

「つまり、最初から量産前提か」

「当然です」

 青葉は平然としている。

 たぶん、彼女の中では、本当に当然なのだろう。

 上陸準備は、思っていたより早く済んだ。

 母艦が海上へ半固定化されたことで、側面下部ハッチと簡易昇降デッキがすぐに使えるようになったからだ。その簡易昇降デッキは、既にホバーボートの上に降ろされている。

 僕は、装備を確認しながら、ふと、自分の足元を見た。

 外殻に覆われた少女型機怪人形の足だった。底面は、ブーツのようになっている。

 いまではもう見慣れたはずなのに、“新しい星に最初に降りる足”として意識すると、少し変な感じがする。

 昔の天河 弓良の足ではない。しかし、今ここへ降りるのは、間違いなく僕自身だ。

 ハッチの外からは、海の空気が流れ込んできた。

 塩の匂いがした。

 それだけで、少し安心した。

 海のある世界の匂いだ。

 オッコクとも、ナヴーピとも違うけれど、ちゃんと“世界”の匂いがする。

 ホバーボートには、僕逹の他は、必要最低限のドローンと観測機材を積んだ。


***


 ホバーボートの船体は見た目より安定していて、乗り込んでもほとんど揺れなかった。起動すると、低い唸りとともに船体がふわりと持ち上がり、海面すれすれを滑り始めた。

 巡洋艦『青葉』の巨大な白い艦体を背にして、ホバーボートは湾の内側を進む。

 水面が近い。

 波の細かな揺れが、今度はちゃんと“海の上を進んでいる”感じとして伝わってくる。

 さっきまで高い位置から見下ろしていた海岸が、今度は目の高さに近づいてくる。

 海岸は、思ったより砂浜ではなかった。

 ささくれだった岩がごろごろと転がり、そのあいだを小石が埋めている。

 完全な断崖ではないけれど、どこでも簡単に上陸できる平坦さでもない。

 けれど、ホバーボートはそういう地形に強いらしく、波打ち際のさらに内側まで、そのまま滑り込んでいった。

「このあたりで着けます」

 青葉の声に合わせて、船体が少しずつ高度を落とす。

 水面上の浮遊から、今度は地表すれすれのホバーへ移り、そのまま岩の転がる海岸へ静かに接地した。

 軽い衝撃があった。

 けれど、ほとんど着陸と変わらない安定感だった。

 僕は、そこで初めて、本当に“地面に降りる”のだと実感した。

 ホバーボートの縁へ手をかけ、海岸に降りた。

 海風を正面から受ける。

 潮の匂い、湿った空気、まだ新しく生まれたばかりの世界の匂い――。

 その先には、海の近くのちょうどよい平地が、確かに広がっていた。

「……ここから始まるんだな」

 僕が小さくそう呟くと、青葉が隣で静かに言った。

「はい。ここから始まります」

 靴底の下にあるのは、本物の地面だ。

 ゴツゴツした岩の隙間に、波に洗われて丸まっている岩もあった。

 そして、その間に、細かい砂も溜まっている。

 元々、この星にそんなものは無かっただろうから、あの惑星改造で、必要に応じて“造られた”ものだろうと思う。

 でも、とてもホンモノっぽかった。

 少し湿った空気。

 波が寄せては返す音。

 宇宙から見下ろした時の景色でもなく、巡洋艦『青葉』の艦橋越しに見た光景でもない。きちんと、自分の足で降り立った惑星の手触りとして、そこにあった。

「よし……」

 何に向けたのか分からないけれど、そう口に出していた。

「これより、ゴシロック第四惑星開拓を開始します」

 その宣言は、静かだった。

 だけど、僕には妙に重く響いた。

 僕たちは、ようやく、新しい星へ着いたのだ。

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