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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第VI部 拠点開発編

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第八十一章 イントロダクション 逃げる妖精、蘇る影

 彼らにとって、それはあまりに唐突な目覚めだった。

 この星は、とても住みよかった。ただ、恒星のスピードが早く、今は、シャドーマターの大河から離れた場所にあった。

 やがて元の河のところに戻ることは予測されていたため、彼らは、数千年の期間、眠りについていた。

 しかし、その日、彼らの大半は、深い休眠に近い静かな周期から目覚めた。

 長い静穏期のあと、ゆっくりと意識を広げる。

 根から水分が上がる。

 葉脈を通る微細な電位のゆらぎが戻る。

 依り代植物のあちこちで、個々の意識がゆるやかに再接続される。

 そうやって、世界を“感じ直す”はずだった。

 だが、目覚めた時には、既に危機が始まっていた。

 最初に異変を感じ取ったのは、北半球の高層樹群に依り代を持つ者だった。まだ輪郭も定まり切らない、淡く青白い光の塊が、目覚めの余韻を引きずったまま、空の様子を見上げた。

 見上げた先にあったものを、彼は最初、星の一部が増えたのかと思った。

 黒紫色の巨大な塊が、空に六つ浮かんでいた。

 いや、浮かんでいるというより、圧し掛かっている、という方が近い。

 それらは、明らかに人工物だった。

 だが、機械のようには見えない。

 有機物のようなぬめりと、装甲のような硬質さが、気味悪く同居している。

 六機もいる。

 ――見る人間が見れば分かる、ガラXFIザAの、バズギャン型機動要塞だった。

 しかし、彼らは、そのことを知らなかった。

 要塞のうち、何機かは、既に地表へ降りていた。

 巨大な脚部とも杭ともつかない構造を地面へ突き刺し、湿原と森の境目を、じわじわと侵している。

 侵す、という表現がいちばん近かった。

 ただ着陸しているのではない。

 周囲の土壌の色が変わっていく。

 植物の繊維構造が、一瞬で、煙を上げて黒ずんだ何かに置換されていった。

 根が絡み合っていた地層が、まるで病変のように異質な構造へ変わっていく。

 星の表面に、巨大な紫黒色の病巣が六つ、開き始めていた。

『……これは、何?』

 ふわふわとした光の塊が、半ば寝ぼけたような調子でそう発した。

 もちろん、それは声ではない。

 波長と位相を揃えた発光であり、近くにいた別の仮想体へ直接届く。

『あれは、たぶん、よくない』

『説明としては、かなりぼんやり』

『だって、目覚めたばかり』

『それは、そうですけど』

 こういう時でも、彼らは、少しのんびりしている。

 それは鈍いからではなく、意識の立ち上がり方そのものが、もともと急激ではないからだ。

 だが、その悠長さも、次の報告で吹き飛んだ。

『南東群落、外縁部の接続切断』

『湿原第三層で侵食確認』

『高層膜一部損壊』

『あれは、こちらの生育域へ無断侵入しています』

『……交信、必要ですね』

 その一言で、状況はようやく危機が共有された。

 彼らは、基本的に、まず対話する。

 理解できない相手ほど、なおさら対話を試みる。

 なぜなら、理解できないものを放置する方が、彼らにとっては怖いからだ。

 軌道上に浮かぶ大きな蔦の塊のような宇宙ステーション――それは、外から見れば、絡み合った樹冠と根の束がそのまま宇宙へ出たような構造物だった――の管制区画で、複数の彼らの光が同期し、通信構造を組み上げた。

 やがて、一つの要塞との間に回線がつながる。

 そして、表示窓の中央に、相手の姿が現れた。

 紫の多角形――どうやら六角柱らしい何かだった。

 それは、直立していた。

 上も下もあるのか怪しい。

 ただ、全体として六角柱の輪郭を持っている。

 表面は、てらてらと濡れた肉のように光っていた。

 しかも、その表面には無数の小さなツブツブがあり、それらが絶えずうねうねと動いている。

 目、いや、視細胞、なのだろうか?

 感情表現、なのだろうか。

 まるで分からない。

 少なくとも、“顔”と呼べるものはなかった。

 最初に口を開いたのは、青白い発光をまとった仮想体だった。輪郭は人型に近いが、手も足もあいまいで、発光する尾を引くように宙へ浮いている。

『こちらは、この星の住民です。まず確認したいのですが、あなた方は、何の目的でこの星へ侵入したのですか?』

 問いは、丁寧だった。

 非難より、確認を優先した表現だった。

 紫の六角柱は、しばらく沈黙していた。

 そのあいだも、てらてらした表面と、視細胞らしきツブツブが、波打つように動き続けている。

 ようやく返ってきた言葉は、驚くほど簡潔だった。

「この星は、我々のものだ」

 管制区画に、短い沈黙が落ちた。

『……確認します。いまのは、領有権の主張ですか? それとも、今後の侵略意図の宣言ですか?』

「この星は、我々のものだ」

 同じだった。

 声音も、間も、ほとんど同じだった。

 別の仮想体が、少しだけ明るい緑色に揺れた。困惑を示す色だ。

『ここには、私達が住んでいる』

 最初の仮想体は、今度はもう少し明確に言った。

『私達は、既にこの星で生育し、生活し、文明を築いています。あなた方が主張している所有権と、私達の居住権は両立しません』

 六角柱の表面が、ぴくぴくと痙攣した。

 視細胞のようなツブツブが、一瞬だけ激しく波立つ。

 怒ったのだろうか。

 笑ったのだろうか。

 あるいは、ただ通信処理の反応なのか。

 やはり、分からない。

「この星は、我々のものだ。それ以外の存在に、価値を認めない」

 管制区画にいた複数の仮想体が、一斉に発光の色を変えた。

 薄く黄色が走る。

 クルーン的には、かなり強い衝撃と不快の反応だった。

『今、価値を認めない、と言いました?』

『ずいぶん率直ですね』

『率直というか、本気でしょうか?』

『しかも、こちらを認識したうえで切り捨てているのか、そもそも話が届いていないのかが分からないのが、だいぶ嫌です』

 若い仮想体の一つが、つい漏らした。

『どうも、ちゃんと我々、クルーンを認識しているのだろうか?』

 誰も、それに明確には答えられなかった。

 なぜなら、本当に分からなかったからだ。

 向こうは発言している。

 こちらの通信に反応もしている。

 だが、その反応は、会話として噛み合っているように見えない。

 こちらが意味を重ね、関係を定義し、条件を整理しようとしているのに、向こうは「この星は我々のものだ」しか返してこない。

 抗議しても、同じ。

 確認しても、同じ。

 譲歩案を出しても、同じ。

『では、少なくとも、共有資源帯の再設定や棲み分けの可能性については――』

「この星は我々のものだ。それ以外の解釈は、ない」

『私達の群落は、あなた方の着陸域の直下にもあります』

「我々以外の存在で、価値を認めるものはない」

『価値の有無は、あなた方が一方的に判断してよいものではありません』

「この星は我々のものだ」

 別の仮想体が、小さく震えた。

 笑っているようにも見えたし、怒りを抑えているようにも見えた。

『交渉というより、儀式ですね、これ』

『相手が儀式の相手としてこちらを見ているかどうかも怪しいですけれど』

『少し面白いです』

『面白くはありません』

『いいえ、構図としてはかなりおかしいです。ひどくおかしい。でも、実際にはかなり酷いです』

 その言葉は、管制区画の空気を妙に正しく言い表していた。

 少し滑稽ですらある。

 こちらは真面目に会話しているのに、向こうは壊れた看板のように同じ文言を繰り返す。

 しかも、そのてらてらした表面と、うねうね動く視細胞のせいで、なおさら何を考えているのか分からない。

 だが、笑えない。

 実際には、そのあいだにも、要塞の一部は既に着陸し、地面を侵し続けているのだ。

 湿原の色が変わり、根系接続が断たれ、群落の一部が死んでいる。

『もうだめだ』

 最初にそう言ったのは、いちばん若い仮想体だった。

『あいつら、話が通じない』

『そうですね……』

『でも、倒すのは、無理』

 別の仮想体が、かなり静かな色でそれに続く。

『この状態では、正面から戦う選択枝はありません。私達の構造は、防衛には向いていても、殲滅戦には向いていない』

『逃げるしかない』

 その結論が出た瞬間、群体全体に、重い合意が広がった。

 軌道上の大きな蔦の塊のような宇宙ステーションへ、全避難信号が集中する。

 地上群落との接続を切った。

 移送不能な依り代群は、枯死させる。

 残せる情報は根系経由で圧縮して上げる。

 持ち出せる本体と仮想体は、すべて軌道施設へ集約する。

 それは、敗北宣言だった。

 蔦状宇宙ステーションは、外から見れば、美しくも奇妙な構造をしていた。

 絡み合う巨大蔓、葉状の外殻、内部に脈打つ導管、光る胞子めいた推進器官――後にグラブール人が見たなら、そして仮にこの瞬間を目撃していたなら、きっと『精霊の巣』か何かと呼んだだろう。

 しかし、その内部では、切実な撤退作業が進んでいた。

 最後に、代表の彼はもう一度だけ通信窓を見た。

 紫の六角柱は、まだそこにいた。

 てらてら光る表面。

 波立つ無数の視細胞。

 感情も意図も読めない存在。

 こちらを見ているのだろうか。

 それとも、ただ処理しているだけなのだろうか。

 その疑問が消えないまま、向こうの要塞の前面装甲が開いた。

『砲門です』

『見れば分かります』

『分かるのが嫌ですね』

『シールドを』

 白いシャドーマターの多層膜が、蔦状宇宙ステーションの外側に広がった。

 露のように薄く、しかし無数の位相を重ねた強固な防壁だ。

 直後、ガラXFIザAの要塞砲が放たれた。

 紫黒い奔流が、宇宙ステーションを直撃する。

 世界が白く震えた。

 葉状外殻が何層も剥がれ、蔦の束が吹き飛び、内部区画の一部が沈黙した。

 だが、貫通はしない。シールドはたわみ、ねじれ、光を別位相へ逃がし、かろうじて致命傷を避ける。

 耐えた。

 だが、二撃目は持たない。

『転移、開始』

 それは、命令というより、ひどく静かな合意だった。

 空間が、蔦のようにねじれ始める。

 宇宙ステーション全体が、別の座標へ根を差し替えるように震える。

 もしグラブール人が見ていたなら――見ていないのだが――きっと、バルクトランスファーに似た魔法だと思っただろう。

 実際、その魔法にかなり近い種類のシャドーマター制御だった。

 次の瞬間、蔦の宇宙ステーションは、その星の宙域から消え去った。

 残されたのは、侵食されつつある大地と、六つのバズギャン型機動要塞だけだった。


***


 惑星ティタグーンの空は、いつも少しだけ鈍く光っていた。

 重工業惑星らしく、上空には無数の輸送軌道が走り、軌道エレベーターの列が、まるで金属の森みたいに大気圏へ突き立っている。地表には、広大な製鋼プラント、兵器工廠、分子加工施設、居住ブロック、行政塔が幾何学的に並び、夜でも昼でも、どこかで必ず赤白い光が瞬いていた。

 その中心の一つに、ガンダーラ重工の本社複合区画がある。

 見上げるだけで首が痛くなりそうなほど高い主塔は、飾り気のない鋼色をしていた。しかし、威圧感だけは十分すぎるほどある。あの会社は、派手な意匠ではなく、「ここにいる」と分からせる規模そのもので自分たちを主張するのだと、ティタグーンでは、よく言われていた。

 その本社区域から少し離れた、高度再生医療センターの特別収録室で、ひとりの少年が取材を受けていた。

 巨大な医療複合施設のガラス壁越しに差し込む午後の陽射しは、人工照明に慣れた目には妙に優しく見える。

 白い床、清潔な待合区画、静かに移動する搬送ドローン。壁面のスクリーンには、医療技術の進歩を称える広報映像と、再生医療センターの理念が淡々と流れていた。

 その空間にいる誰もが、いま自分たちは“奇跡の時代”に立ち会っているのだと思っていた。

 少なくとも、表向きには。

「本日はお時間をありがとうございます」

 インタビュアーの女性は、柔らかな声でそう切り出した。

 年齢は二十代前半くらいに見える。連邦広報局と提携したメディアの若手で、柔らかな笑顔と、相手を安心させる相槌の打ち方に慣れていた。

 彼女は、対面のソファに座る少年へ、よく訓練された穏やかな笑みを向ける。

 向かいに座る少年は、十代後半に見えた。

 顔立ちは整っている。細身で、病み上がりのような白さがある。

 しかし、その目だけが妙に落ち着いていた。

 目覚めて間もない再生患者というより、むしろ、ずっと前からこの場に座る準備をしていた人間のように見える。

 いや、長い時間を生きてきた人間が、わざと若い顔でこちらを見ているような、不思議な違和感があった。

「いえ」

 少年は穏やかに答えた。

 声にも、必要以上の揺れがない。

「こういうことも、必要なんでしょう」

 その言い方は、少し達観していた。

 少なくとも、今日初めて大勢の視線を浴びる人間の調子ではない。

 しかし、インタビュアーは、そのことを気にせず、少しだけ笑みを深めた。

 彼女は、相手が緊張で固くなっているより、はるかに話しやすいと思っただけだった。

「まず、視聴者の皆さんのために、簡単に説明させてください」

 彼女は、手元の端末をちらりと見てから続けた。

「今回、あなたは、冷凍睡眠状態で保存されていた脳組織を元に、ミューオンスキャン、細胞プリンター、そしてシリコン()・ベースド・アーティフィシャル()エンザイム()、つまり新型ナノマシンを組み合わせて、再生医療的に蘇生された最初の成功例です」

「そう聞いています」

「読み取られた記憶をAIに変換して移したのではなく、本当に(、、、)、新型の人格再構成補助環境で、長年の冷凍で破損した脳細胞を、細胞ごと再生されたわけです」

「ええ」

「つまり、過去に脳が冷凍されてから物質的に連続した状態のまま、本当の意味で甦った最初の一人、ということですね。ご自身としては、現在の状態を、どう感じておられますか?」

 少年は、ほんの少しだけ考える間を置いた。

 その間が、妙に整っていた。答えを探しているというより、どの答えを採用するか選んでいるように見える。

「まだ、記憶が曖昧なところはあります。全部が連続している感じではないです。でも、自分が誰だったかは分かります」

「ご自分が誰だったか、というのは?」

 少年は、そこでほんのわずかに視線を落とした。

 躊躇いにも見える。だが、それは本当に迷っているというより、説明しすぎるべきではないと思っているようだった。

「昔の名前も、家族のことも……少しずつ、思い出しています」

「それは素晴らしいことですね」

 インタビュアーは、感動したように微笑んだ。

 その笑顔には嘘がなかった。彼女は本当に、こういう話を“希望の象徴”として信じたかったのだ。

 しかし、少年の表情は大きくは変わらなかった。

「では、今後の生活については、どうお考えですか?」

「まだ分からないことが多いです。でも、少しずつ慣れていければと」

 受け答えは丁寧だった。

 丁寧すぎる、と言ってもよかった。

 十代の少年らしい乱れや、目覚めたばかりの者の戸惑いが、あまりない。

 謙虚で、前向きで、危うい思想も見えない。

 再生医療の成功例としてメディアに出すには、理想的な答え方だ。

 インタビュアーはそれを“落ち着いている”と解釈していたが、見方によっては、もっと別のものにも見えただろう。

 たとえば、何かを演じることに慣れている人間――あるいは、若い外見の奥に、別の時間感覚を持っている存在。

 しかし、少年の受け答え自体は、彼女にとって理想的だった。だから、安心して次の話題へ移れた。

「奥様も、早く目覚めるといいですね」

 一瞬だけ、少年の目が揺れた。

「……そうですね」

 その返答は穏やかだった。

 だが、そのわずかな間は、ほんの少しだけ長かった。

「白石 美優さんも、現在は段階的な再構成措置が進められていると伺っています。お二人そろって社会復帰できれば、本当に象徴的な事例になると思います」

「ええ」

 少年は、ゆっくり頷いた。

「その日が来ると、いいですね」

 言葉だけを聞けば、何の問題もない。

 むしろ、模範的ですらある。

 だが、その瞬間の目の光だけは、妙に冷えていた。

 インタビュアーは気づかなかった。

 撮影スタッフも、周囲の医療関係者も気づかなかった。

 彼らは皆、奇跡を見たい側の人間だったからだ。

 収録が終わりかけたところで、インタビュアーの女性は、手元のタブレットを軽く見直してから、最後の質問に入った。

「では、最後にひとつだけ。今後の予定は?」

 その問いに、少年――いや、見た目にはまだ少年としか呼べないその人物は、また、少しだけ間を置いた。

 そして、はっきりと応えた。

「今度、地球人類連邦の連邦議員に、ここ惑星ティタグーンから立候補したいと思っています」

 インタビュアーは、一瞬だけ目を丸くした。

 だが、すぐに職業的な笑顔へ戻る。

「それは……現代では、議員は名誉職というのは、ご存じですか?」

 言い方は、柔らかかった。

 けれど、その中には、やんわりとした確認の意図があった。

 現代の地球人類連邦では、立法、行政、司法のほとんどが、高度管理AIと分散統治システムによって運営されている。

 議員職は、古典的な意味で実権を振るう政治家というより、民意の象徴、調整の顔、社会的な物語を担う役割に近い。

 それを知らずに言っているのなら、少し夢見がちな若者の発言で済む。

 知った上で言っているのなら、話は別だった。

 少年は、穏やかな顔のまま頷いた。

「ええ。現代では、政治……立法、行政、司法も、ほとんどがAIが取り仕切っているということは聞いています。それでも、何か、大きな仕事をしたいと思っています」

 その答えは、模範的だった。

 無知でもなく、過激でもなく、理想を口にしているように聞こえる。

 インタビュアーは、ほっとしたように笑った。

「立派な心がけですね~」

 その声には、ほんの少しだけ、年上の大人が若者の志を微笑ましく受け取る響きが混じっていた。

 だが、少年の方は、その反応に特に照れた様子も見せなかった。

 ただ、静かに微笑んでいた。

「ありがとうございます」

 それだけを、きちんとした声で言う。

 収録はそこで終わった。

 スタッフが機材を片づけ、照明が落とされ、部屋の空気が少しだけ緩む。

 インタビュアーは最後にもう一度会釈し、「本当にありがとうございました。また、正式な広報が決まったらご協力をお願いします」と言って出ていった。

 ひとり残された控え室で、少年はしばらく黙って座っていた。

 それから、ゆっくりと自分の手を見下ろす。

 若い手だ。

 脳を新しい細胞で置換したのと同時に、細胞プリンターで新しく作られた身体だった。

 再構成された器、だった。

 指を一本ずつ動かしてみる。

 動く――当然のように動く。

 だが、その当然の内側に、何かもっと別の感触があることを、彼だけは知っていた。

「かなり、違うな……生身だ」

 誰に聞かせるでもなく、彼は小さく呟いた。

 その声音は、先ほどまでのインタビュー時のものより、わずかに低く、古びていた。

 窓の外では、秋の光がまだ柔らかく地上を照らしている。

 都市上空の軌道エレベーターが、白い線となって空へ伸びていた。

 遠くには、惑星ティタグーンの行政区画と、そのさらに先に連邦議会の中継用施設群が見える。

 彼は、その方角へ視線を向けた。

 名誉職――象徴――顔――人々が安心して見上げられる、“復活者”の成功例。

 それらを、彼は頭の中で静かに並べた。

 使い道がある。

「……さて」

 今度の呟きは、少しだけ笑みを含んでいた。

 次に何をするべきか。

 誰に会い、どこへ入り込み、何を確かめるべきか。

 その思考は、十代の再生患者のものというより、もっとずっと計算高い誰かのものに近かった。

 もちろん、この時点で、それを知る者はいない。

 誰もが、奇跡の成功例を見ているつもりだった。

 誰もが、希望の象徴を前にしているつもりだった。

 ただ、宇宙でも地球でも、何かが静かに動き始めている。

 それだけは、確かだった。

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