第七十九章 幕間――エナンナの物語(2) 魂の裂け目と機怪人形
あの頃のエナンナは、文明というものをほとんど知らなかった。
火は、木を擦って起こすものだった。
水は、汲みに行くものだった。
夜は暗く、風は冷たく、星は遠くにあるものだった。
人が食べるものは畑か家畜か、あるいは野で採れるもので、冬が来れば生き延びるだけで精一杯になる。
人の知恵とは、そういう暮らしを少しだけ長く、少しだけましにするためのものだと、彼女は思っていた。
だから、イハァトパーに連れてこられたばかりの頃、彼女は、まともに呼吸をすることさえ難しかった。
空は、空の役目を果たしていない。
夜のはずなのに、遠くの塔群が雲を内側から白く照らす。
昼のはずなのに、巨大な構造物の影が落ちて、地表の半分が夕暮れみたいな色になる。
足元の床は石でも土でもなく、硬いのに均一で、どこまで歩いても同じ感触が続く。
壁は濡れていないのに生き物みたいな光沢を持ち、どこかで機械音が鳴っているのに、同時に水音のようなものまで混ざる。
その頃のエナンナにとって、それは“異星文明”ではなかった。
そんな言葉を知らなかったからだ。
ただ、世界が多すぎた。
見えるものが多すぎる。
聞こえるものが多すぎる。
意味の分からない規則が多すぎる。
それだけで、人の心は簡単に折れそうになる。
エナンナは、何度もその場にしゃがみ込みたくなった。
村へ帰りたい、と何度も思った。
母のいる石の家の薄暗さが恋しかった。
冷たい高原の風さえ、あの湿った生臭い空気より、ずっとましに思えた。
でも、帰れないことだけは分かっていた。
神に捧げられた娘は、村には戻れない。
そして、キーフラスに連れられてこの場所まで来た以上、たとえ戻れたとしても、もう以前と同じ目では見てもらえないだろう。
あの頃はまだ、彼女はそのことをうまく言葉にできなかった。
けれど、自分の生はもう高原の村の時間から切り離されてしまったのだと、肌で理解していた。
だから、頑張るしかなかった。
怖くても、分からなくても、吐きそうでも、泣きたくても――ここで何が起きているのかを、少しでも理解しようとするしかなかった。
あの頃はまだ、知らないものに潰されないためには、せめて見ようとするしかないのだと、本能で分かっていたのだ。
***
最初に何日くらいそうしていたのか、エナンナ自身にもよく分からない。
イハァトパーでは、日が昇って沈むことが時間の区切りにならない。
眠らされ、起こされ、運ばれ、また別の部屋へ入れられる。
食事が出る間隔と、疲れの蓄積と、眠気の深さだけが、かろうじて日数の代わりだった。
最初の頃、彼女は、何をされているのか半分も分かっていなかった。
白い部屋に立たされる。
細い光が全身をなぞる。
透明な板へ手を置かされる。
頭の中へ、聞いたこともない音や言葉が流れ込む。
目の前に浮かぶ記号や図形の続きを選ばされる。
何かの液体を飲まされる。
腕に細い針を刺される。
あの頃のエナンナは、当然、それらを“神々の気まぐれ”だと思っていた。
実際には、かなり精密な選別試験と適性検査だったのだが、古代の村娘にそんなことがすぐ分かるはずもなかった。
ただ、彼女は、分からないままではいなかった。
最初は、ただ震えていた。
分からない。
でも、何かを見られている。
何かを比べられている。
そういう感覚だけはある。
だから彼女は、恐怖しながらも観察し始めた。
どの試験の後に、半魚人たちの空気が少し変わるのか。
どの問いに答えた時、彼らが短く言葉を交わすのか。
どの図形問題の時に、自分の頭が“心地よく疲れる”のか。
どの刺激の時に、逆に相手が退屈そうにしているのか。
あの頃は、まだ、エナンナは自分のことを“勘が少し良い娘”くらいにしか思っていなかった。
実際には、かなり知的能力が高かったのだろうと、今では、分かる。
文字も学問もほとんど知らない状態でも、目の前の試験の構造や、相手が何を見ているのかを、少しずつ逆算し始めていたのだ。
黄色い鳥のような異星人は、ある種類の図形問題で長く止まる。
動く岩のような生き物は、単純な順列には強いが、途中から条件が変わると途端に鈍る。
金属塊の存在は、反復精度は高いが、初見の問いへの応答が遅い。
それに対して、自分はどうか。
エナンナは、怖がりながらも、それを比べていた。
あの頃はまだ、彼女は自分が“試される側”であることに怯えるばかりだった。
でも、実際には、彼女自身もまた、他の被験体や試験官たちを観察し、比較し、状況全体の構造を掴もうとしていた。
文明をほとんど持たない種族の娘でありながら、その場で最も生き延びるために頭を働かせていた一人だったのだ。
そんな日々を過ごす中、キーフラスは、時々、夜にふらりと部屋に現れて、エナンナと少し語らった。
「不足はないか? 地球人の生態はまだ、はっきり分かっていないのだ。何かあれば言ってくれ」
彼としては、ある意味、言葉がなんとか通じる大事なペットの様子を見ているようなつもりだったのだろう。多忙と仕事の重圧で、癒やしを求めていたのかもしれない。
しかし、当時の私は、そんな神に気に掛けられていると、本気で信じていた。
なんと応えたのかは、今となってはよく覚えていない。
***
エナンナが“本当に選ばれた”のは、注射の後だった。
何か器具を腕に当てられて、針を刺された。
透明に近い液体が腕へ入った瞬間、エナンナは、ただの薬ではないと直感した。
村の薬草と違って、身体の一部だけに効く感じがしない。
腕から入ったものが、血と一緒に巡っているのではなく、もっと別の、身体の内側の見えない場所へ広がっていくような気がした。
冷たい――と思った直後、その冷たさは熱へ変わった。
火傷するような熱ではない。
閉じていた目が内側から開くみたいな、奇妙な目覚めの熱だった。
壁の角、床の継ぎ目、天井の光、自分の指先、試験官の立っている位置――それら全部のあいだに、細い糸のようなものが見える、ような気がした。
見えたわけではない。
しかし、あると分かる。
風とも違って、光とも違う。
もっと根本的な、物と物のあいだを結ぶ流れだ。
エナンナは、その感覚に戦慄した。
あの頃はまだ、彼女は“魔法”という言葉さえ、村の祈祷や呪いの延長でしか知らなかった。
だから、その時の感覚を、最初は“頭がおかしくなったのかもしれない”と思った。
実際には、それが初めてのシャドーマター感知であり、彼女が高次元へ手を伸ばす入口だった。
その後、彼女は訓練室へ連れていかれた。
広く、黒く、何もない空間。
中央に浮かぶ金属片。
それを動かせ、とでも言うような半魚人の仕草。
最初の一回目は、偶然だった。
ただ、意識を伸ばしたら、金属片が揺れた。
二回目には、自分でやったのだと分かった。
三回目には、どうすれば揺れやすいかを考え始めていた。
ここで、彼女の頭の働き方がはっきり出る。
普通なら、未知の力が使えたことに驚いて終わる。
あるいは、怖がって身を引く。
けれど、エナンナは違った。
なぜ揺れたのか。
どの瞬間に、力が通ったのか。
どういう時に失敗し、どういう時にうまくいくのか。
エナンナは、感覚だけではなく、そこに規則を見つけようとした。
――あの頃は、まだ、私は、自分を賢いと思っていなかった。
でも実際には、学問を知らないまま、観察と仮説だけで未知の原理へ手をかけようとしていた。
それは十分に、高い知性の働きだったと、今なら分かる。
火を揺らす。
水へ触れずに波紋を作る。
光の角度を変える。
小さな石を浮かせる。
エナンナは、他の被験体たちができることと、自分ができることの違いも見ていた。
黄色い鳥の異星人は、熱の偏りには敏感だが、形を保てなかった。
動く岩は、重さに強いが、細かな制御が苦手だ。
金属生命体は、繰り返しの精度は高いが、柔軟な対応に欠けていた。
その中で、自分だけが、大小両方の制御に手が届く。
それが分かった時、エナンナは初めて、少しだけ誇らしかった。
怖いけど、できた。
そして、その“できた”が、自分の価値になる。
ここでようやく、彼女は、ただの恐怖だけでは動かなくなった。
***
キーフラスが訓練室へ現れたのは、その少し後だった。
彼はいつものように地球人の若い男の姿をしていた。
半魚人たちの中にいると、その姿は異常なくらいすっきりして見える。乾いていて、静かで、周囲の湿った空気の中にひとりだけ別の法則で立っているみたいだった。
エナンナは、彼が来るだけで、自分の中の何かが緊張するのを感じた。
見られ、試される。
でも、同時に、認められるかもしれない。
それは、もう恐怖とは別の感情だった。
「やはり高いな」
キーフラスは、浮かぶ金属片とエナンナの動きを見て、そう言った。
エナンナは、その一言で胸が熱くなった。
「地球人の脳は、高次元構造体が堅固だ。シャドーマターとの相性が良い」
難しい言葉は、まったく分からなかった。
でも、“自分が優れている”という意味だけは分かる。
「わたしは、他の者たちとは違うの?」
その問いには、彼女自身も気づいていなかった必死さが滲んでいた。
「違う」
キーフラスは、迷いなく答えた。
「少なくとも、この惑星にいる被験体の中では、お前が最も深い層へ手を届かせている」
その時、エナンナは、本当に、自分が少しだけ特別になれた気がした。
――あの頃は、まだ、私は、その言葉が兵器計画の責任者による評価でしかないことを、分かっていなかった。
いや、分からないふりをしていたのか。
実際には、ちゃんと勘づいていた、と思う。
この人は、自分を“娘”として褒めているのではなく、“使える素材”として見ているのだと。
それでも、その言葉は、私にとって、毒のように甘かった。
村では、自分は母の娘でしかなかった。
神へ捧げられる供物に選ばれた時も、村人たちは“神にとって価値がある”とは言ったが、“エナンナ自身がすばらしい”とは誰も言わなかった。
キーフラスだけが、自分という個体に価値を見出したように見えた。
それが誤解でも、半分だけの真実でも、もう十分だった。
エナンナは、その日から、彼に褒められることを待つようになった。
試験の結果を気にする。
訓練の前日は、よく眠れない。
彼が来ると、少しでもうまく見せたくなる。
そういう自分を、どこか冷めたところで見ている部分もあった。
あの頃はまだ、彼女は恋という言葉を、自分へは使っていなかった。
実際には、かなり早い段階で、憧れと依存と恋情が混ざり始めていた。だが、素朴な環境で育った彼女には、それを整理する語彙がなかった。
ただ、“あの人に見てほしい”という一点だけが、どんどん大きくなっていった。
***
高出力試験の日、エナンナは最初から、今日は自分の人生を変える日になるかもしれないと思っていた。
もちろん、そんな予感は、後から見れば若い思い上がりだ。
しかし、その日の自分には、本当にそう思えたのだ。
訓練室は、以前よりずっと広かった。
中央には、いくつもの光輪が浮いている。
それぞれが独立した制御環であり、そこへ意識を通し、高次元側の流れと接続するのだと説明された。
説明の全ては分からなくても、“今日はいつもとは異なることをさせられる”とは理解できた。
壁際には、大型の観測装置が並んでいた。
半魚人の研究者たちも多かった。
そして、その一角に、キーフラスが立っている。
そのときには、半魚人の姿のままでも、はっきりと区別がついていた。
姿を見ただけで、エナンナの胸は苦しくなるほど高鳴った。
見ている。
今日も、見てくれている。
それだけで、彼女の心は危うくなった。
最初の段階は、うまくいった。
一つ目の光輪へ意識を通す。
成功。
二つ目の輪で熱勾配を動かす。
成功。
三つ目の輪で複数の金属片の軌道を同時に変える。
少し揺れたが、持ち直した。
半魚人たちの間に走るざわめき。
それが期待であると、彼女はいまや分かる。
そして、その期待の中に、キーフラスの視線もあると思った。
もっとできる。
もっと深く行ける。
ここで止まれば、ただ“優秀な被験体”で終わる。
もっと先へ届けば、別のものになれるかもしれない。
その時、自分がどこまで危険を読めていたか、後になってもよく分からなかった。
しかし、少なくとも“ここで止めるのが安全だ”という感覚はあった。
実際には、その安全よりも、“もっと見せたい”という感情の方が勝ってしまったのだ。
エナンナは、光輪の向こう側へ意識を伸ばした。
これまでの訓練では、輪の内側で流れを撫でるように使っていた。
しかし、その日は違った。
光輪そのものを通路にして、その先へ行ける気がした。
そして、本当に行けてしまった。
部屋の壁、観測装置の骨格、自分の身体、半魚人たちの意識の揺らぎ――それら全部が、細い糸ではなく、太い束として一気に見え始める。
理解できる。
いや、理解した気になれる。
その感覚は、快感に近かった。
あの頃はまだ、エナンナは“神々が見ている世界に触れた”と思った。
実際には、まだ入口に指先が触れた程度だった。それを全体だと錯覚したことこそが、致命的な過信だった。
キーフラスが見ている。
その事実が、最後の自制を削った。
ここで止めるべきだ、と彼女は確かに思った。
でも、同時に、ここで完璧にやれたら、彼の中で自分の位置が変わるかもしれないとも思った。
その希望は、あまりにも甘く、あまりにも危険だった。
エナンナは、さらに出力を上げた。
***
その瞬間、世界の輪郭が崩れた。
細い糸だった流れが、縄のような太さで見える。
光輪の向こうに、部屋だけではなく、もっと深い演算層が口を開けている。
自分の身体も、観測装置も、周囲の異星人たちも、全部が一本の巨大な構造の一部として繋がっている。
見えすぎる。
分かりすぎる。
それが危険だと理解した時には、もう遅かった。
シャドーマターが、エナンナの身体へ流れ込みすぎていた。
皮膚が焼けるのではない。
神経から、何かが解けた。
骨の中が空洞になった。
血液が情報の束へ崩れ、脳そのものが高次元側へ引っ張られる。
それは、痛みだった。
しかし、肉が裂ける痛みよりもっと悪かった。
“自分”というまとまりが崩れていく痛みだった。
「……っ!」
叫んだつもりだった。
でも、声になったかどうかも分からない。
視界の端で、半魚人たちが動く。
警報が鳴った。
観測装置の光が――そして、キーフラスが身を乗り出すのが見えた。
何かの装置を起動しろ、と叫んでいた気がする。
その時、エナンナの頭に最初に浮かんだのは、死への恐怖ではなかった。
失望される。
それだった。
せっかく見てくれていたのに。
せっかく特別だと言われたのに。
ここで壊れたら、価値がなくなる。
あの頃はまだ、彼女はその感情の醜さを理解していなかった。
実際には、それはもう、ただの承認欲求ではなかった。愛されたい、捨てられたくない、という、もっとむき出しの願いだった。
白い閃光が走る。
次の瞬間、身体の感覚は消えた。
軽い、苦しくない、痛くない――自分が河のような流れに乗っていると分かるまで、少し時間がかかった。
静かな流れだった。
光でも水でもない。
でも、泡のような記憶が漂い、雪のような白い粒が舞っている。
そこへ乗っていると、どこか遠い、優しい場所へ運ばれていく気がした。
エナンナは、そこではじめて安心しかけた。
もう頑張らなくていいのかもしれない。
もう怖がらなくていいのかもしれない。
村へ帰ることはなくても、どこか静かなところへ行けるのかもしれない。
しかし、その途中に、檻があった。
今なら分かる、それは、シャドーマターで編まれた、透明な捕獲構造だった。
流れの途中へ口を開けている罠。
そこへ引っかかった瞬間、エナンナは本気で恐怖した。
流れは前へ行こうとする。
檻は、こちらへ留めようとする。
二つの力が逆方向へ引く。
そして、自分が裂けた。
腕や脚ではない。
記憶が。
感情が。
名前が。
母。
高原。
風。
麦。
キーフラス。
それら全部が別々の方向へ引っ張られ、エナンナという輪郭そのものがほどけていく。
その時、彼女が一番怖かったのは、死ぬことではなかった。
自分が、自分でなくなることだった。
そして、その最後の瞬間、遠くで悲嘆のようなものを感じた。
キーフラス。
なぜかそう分かった。
あの人が、自分の死を惜しんでいる。
その事実だけが、裂けていく意識の最後に残った。
***
次に目を開けた時、世界はあまりにも鮮明すぎた。
光の輪郭が鋭い。
空気の流れが分かる。
遠くの装置の振動と、近くに立つ誰かの呼吸のような周期が、同じ平面で聞こえた。
エナンナは、自分の手を見た。
人間の手の形はしている。
しかし、違う。
皮膚の下に流れているのは血ではない。
分子機械の連携が、動かす前から分かる。
指を曲げると、その内部で無数の構造が正確に噛み合った。
次の瞬間、頭の中へ、膨大な知識が流れ込んでいた。
言葉、数理、兵器理論、星図、艦隊陣形――高次元制御について。
その時は、エナンナは、それを“神の知恵を直接与えられた”のだと思った。
――実際には、ジャープッカ人の銀河ネットへ接続され、機怪人形用の基礎知識層が流し込まれていたのだ。
しかし、そんな技術的説明が分からなくても、彼女は“もう以前の自分ではない”ことだけは、すぐに理解した。
目の前には、キーフラスがいた。
後ろには、獣型の人間たちがいる。
彼らは、恐れと期待の混ざった目でこちらを見ていた。
「目覚めたか」
キーフラスのその一言に、エナンナの胸の奥で、裂けたはずの何かが少しだけ痛んだ。
「お前は、死んだ。だが、失われたわけではない」
彼は、そう言った。
「お前は、永遠の身体に生まれ変わった。魔法戦士軍団の指揮官としての、新たな身体だ」
エナンナは、自分の胸に手を当てた。
鼓動はなかった。
でも、そこには別の律動があった。
人間ではない。
でも、自分はまだここにいる。
「わたしは……同じ、なの?」
キーフラスは、少しだけ考えてから答えた。
「魂の連続性はある。しかし、もう人間では、ない。魂を宿す特殊な分子機械で造られた、いわば機怪の人型人形だ」
その言葉は冷たかった。
でも、嘘ではなかった。
そう、あの頃は、まだ、エナンナは、その言葉の重さを全部は理解していなかった。
実際には、それは“村の娘としての自分は終わった”という宣告でもあった。
しかし、同時に、“それでもお前は消えなかった”という救済でもあった。
彼女は、目の前のキーフラスを見た。
彼は、まだ、自分を見ている。
それだけで、胸の痛みは少し和らいだ。
危うかった。。
おそら、ひどく危うい感情だ、と自分でも気づいていた。
それでも、彼女には、それ以外の拠り所がなかった。
だから、受け入れた――人間ではない自分と、永遠の身体を。
これから神々の戦争を担う側へ立つという運命を。
***
その少し後で、キーフラスは、語った。
「新しい工廠惑星を製造した。『機怪天国』という」
その名を聞いた時、エナンナの胸は、また別の意味で高鳴った。
「因果変換を応用した、無限工廠だ。これで、あいつらとの戦争を終わらせられる」
「それは……」
知識が入った今なら分かる。
それが、どれほどとんでもないものか。
「テストとして、お前が指揮する、グラブール人の部隊用艦隊を、あそこで作る」
エナンナは、少しだけ身を乗り出した。
「わたしの旗艦も、そこで造っていいですか?」
キーフラスは、一瞬だけ目を細め、それからわずかに笑った。
その笑みを見た時、エナンナは理解した。
もう戻れない。
戻る気もない。
高原の村の娘だった自分は、あの河で確かに死んだ。
そして、ここにいるのは、機怪人形として再誕し、神々の戦争に触れ、その中心で生きていこうとする新しい自分なのだ、と。




