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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第V部 機怪天国編

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第七十七章 緑の星、故郷に

 ゴシロック第四惑星の空は、軌道上から見ても、前とはまるで別の星のようだった。

 青い海が、最初に目に入る。

 深く、広く、太陽光を返す水の面が、惑星の曲面に沿ってなめらかに広がっていた。

 そこへ白い雲の帯が影を落とし、雲の切れ間からは、緑の大陸が見える。

 河川が筋を引き、低地には湿地らしいきらめきがあり、高地には白い雪が残る。

 極域にはまだ氷があるが、それはもう“死んだ星の最後のしるし”ではなく、しっかりとこの星の気候の一部として落ち着いて見えた。

 僕は、制御区画の大きな窓の前で、しばらく何も言えなかった。

 前にこの星へ来た時のことを、しっかりと覚えているからだ。

 その時のゴシロック第四惑星は、乾いた荒野と氷河の残骸だけを抱えた、死にかけの世界にしか見えなかった。

 手を伸ばしても何も返ってこない世界に見えた。

 何かが埋まっているのは分かる。遺跡もある。〈先住者〉の痕跡もある。

 でも、それら全部が、死んだ技術と死んだ歴史の冷たさで覆われていた。

 僕たちは、その表面をなぞるように探査し、センサーの結果を見比べて、なにかありそう、というところまで辿り着きかけていた。

 けれどその時点では、まだこの星が“何であったか”までは見えていなかった。

 今は、違う。

 機怪天国で星図を受け取り、キーフラスから〈先住者〉絶滅へ至る技術史の一端を聞き、そしてマザーの解除キーでここを開いた。

 だから、いま目の前にあるこの緑の惑星は、ただ美しいだけではない。

 この星が抱えていた死と、それでもなお残されていた再生の仕組みと、その全部を知った上で見ている。

 だからこそ、きれいだった。

 因果変換技術の余波に焼かれ、水と生命の巡りを奪われた、傷跡そのもののような惑星が、新しい姿へ変わった時の美しさがあった。

「惑星改造シーケンスの主処理は、完全に完了しています」

 青葉が、すぐ隣で静かに告げた。

 機怪人形ボディーの彼女は、いつものように落ち着いた顔で窓の外を見ている。

 でも、その声音には、いつもよりほんの少しだけ柔らかいものが混じっていた。

 青葉は、感動した、とあまり言わない。けれど、その口調の変化だけで、彼女がこの結果に安堵し、ある種の感慨を抱いていることは、もう僕にも分かるようになっていた。

「以後は、施設側の分子機械補助によって、生態圏定着を長期的に支援する段階へ移行します」

「こういう時でも、青葉はしっかりと報告書みたいに言うんだね……」

 僕がそう言うと、青葉は少しだけこちらを見た。

「そうでないと、感動だけで終わってしまいます」

「それも大事だけどね」

「はい」

 青葉は小さく頷く。

「ですが、弓良が感動したことは、私も理解しています」

 そう言われると、少しだけ照れくさい。

 でも、嬉しくもあった。

 背後では、ギラが大きな窓の別の端から覗き込むみたいにして、相変わらず関西風の軽い調子で感嘆していた。

『やー、何回見ても、これはやりすぎやろ。普通、探索先の星いうたら、“入ってみたら案外住みにくい”とか“補給がきつい”とか、そういうのが定番やで? それが何や、“ほな海つけときました、緑も増やしときました”て。反則やん』

 ジェプラは、少し笑いながら窓の外を見つめていた。

 ウサギ少女の姿になった彼女は、前より表情がよく見える。耳の角度ひとつでも感情が分かるのが、ちょっとずるいと思うことがある。

「でも、きれいです」

『そら、きれいやろなあ。わいかて文句はない』

 ギラは、翼を少し広げて苦笑した。

『文句があるとしたら、“こんなん見てもうたら、普通の辺境惑星に心ときめかんようになるんちゃうか”いう点くらいや』

 太郎が、足元からぽつりと付け加える。

『比較対象が悪い』

『それや、それ』

 ギラが頷く。

 そのやり取りを聞いて、僕は少しだけ笑った。

 こういう軽口が聞こえるだけで、場がしっかりと生きていると感じる。

 ブライアントから、『ザラスターII』経由で通信が入る。

『『ルタート』の低高度スキャン、こちらでも確認した。地表は、少なくとも最初の前進基地を置くには十分すぎる』

 その後ろで、ハチョキがぶう、と小さく鳴いた。

 たぶん、『ザラスターII』側の整備区画で、もう既に何かの荷物や工具の置き場を確保し始めているのだろう。

『……ただし』


 ブライアントは、そこで声を少し低くした。

『青葉が言っていた通りだ。ここは、“きれいな新天地”だけじゃない。地下側の構造と、旧施設の残留物は、しっかりと把握しないとまずい』

「はい」

 青葉が頷く。

「ワンスキーによる解除で、惑星改造処理そのものは終わりました。以後、遺跡本体は再封印に入り、通常権限での再介入は困難です。ですが、外縁の観測と、表層アクセス点の管理は継続可能です」

『その辺りは、後でしっかりと表の説明にしないと駄目だな』

 ブライアントは、いかにも“面倒だがやるしかない”という声で言う。

『人類連邦に対しては、危険施設の封印管理と、可住惑星の先行調査って形にするのが一番筋がいい』

『……失礼します。状況は、把握しました』

 突然、アラージが、別回線で加わってきた。

『ブライアントの提案は、妥当でしょう』

 どうも、今回は、オッコクにはいないが、監察部の遠隔権限でこの探査にも立ち会っているらしい。

 狐族の独立魔女は、相変わらず疲れを隠していない顔のまま、それでもしっかりと場をまとめる側に立っていた。

『グラブール連合側としても、“大集会から与えられた権利候補惑星の先行共同調査”として話を整理します。いきなり領有を主張するより、その方が外交的な摩擦は少ない』

『助かる』

 ブライアントは短く答えた。

『正直、今回ばかりは、どこの役所にどう持ち込めば一番角が立たないか、俺一人じゃ面倒すぎた』

『そのための神殿監察部です』

 アラージは、どこか少しだけ得意そうだった。

 その時、僕はふと、ラウンジでのやり取りを思い出した。アラージがブライアントの腕を組んで、僕とジェプラが揃って少し面白くなかった顔をした時のことだ。

 思いだすと、いまでも少しだけむっとするのに、同時に少し可笑しくもある。

 ジェプラも同じことを思い出したのか、僕の横で小さく頬を膨らませた。

 それに気づいたギラが、面白そうに翼を揺らす。

『やー、ジェプラちゃん、まだ引きずっとるんか』

「ひ、引きずってはいません」

『顔に出とるで』

「出ていません」

 そのやり取りが可愛らしくて、僕は、思わず吹き出しかけた。

 青葉は、そんな僕たちを横目で見ながら、相変わらず静かな声で言った。

「少なくとも、この場では、ジェプラの反応の方が分かりやすいです」

「青葉まで……」

「事実確認です」

 やっぱりその返しだった。

 でも、その“いつも通り”が、こんなに嬉しい。


***


 その後、僕たちは低軌道へ降りて、改めて惑星全体を眺めた。

 上から見るのとは、また違う。

 海は、ただ青いだけではなかった。浅いところは明るい緑がかっていて、深いところは群青に沈んでいた。もう、光合成藻が、普通に繁殖しているのだ。

 海岸線には、すでに白い波の線が見えている。風が吹き、潮が動き、水蒸気が雲になる。

 その当たり前の循環が、この星には、これまで無かったのだと思うと、どうにも不思議だった。

 大陸の縁には、まだ裸地も多い。

 植生は一面を覆い尽くすほどではない。

 しかし、河口域や低地にはすでに濃い緑が見え、高地の斜面には苔むしたような色が広がり始めていた。

 時間が経てば、ここはもっと変わるのだろう。

 太郎も、しばらく窓の外を眺めていた。

『きれいだ』

 それから、少しだけ誇らしそうに続ける。

『住めそうだ。これは良い』

 その簡潔な評価が、かえって胸に残った。

 僕は、窓に手をつきながら、小さく言った。

「ここを、僕たちの拠点にするんだ」

 その言葉は、確認というより、少しずつ自分の中へ落とし込むためのものだった。

 ただの旅先じゃない。

 ただの未開惑星でもない。

 危険な歴史を抱え、でも新しく生まれ直したこの星を、これから先の“帰る場所”にしていくかもしれない。

 青葉が、隣で静かに答える。

「はい。十分に、その可能性があります」

 その言葉に、僕はもう一度だけ、窓の外の緑の惑星を見降ろした。

 青葉が、少しだけ近づいてきた。

「弓良」

「うん」

「先ほど伝えたように、この星には、危険な履歴もあります」

「分かってるよ」

「それでも、私はここを確保する価値があると判断しています」

「うん」

「拠点として有望だから、というだけではありません」

 そこで、青葉は、ほんの少しだけ声を落とした。

「ここを、自分たちの手の届く場所に置いておくこと自体が、安全保障です」

 その言い方は、あまりにも青葉らしくて、同時にすごく正しい気がした。

 危険だから遠ざける、ではない。

 危険だからこそ、放っておかず、自分たちで見ておける場所に置く。

 そういう考え方だ。

 僕は、小さく息を吐いた。

「たしかに、そう。だから、ここで、頑張るよ」

 青葉が、少しだけ目を細める。

「はい」

 その一言だけで、十分だった。

 ギラが、後ろからひょいと口を挟む。

『やー、ええやん。“きれいで危なくて、放っといたら面倒な星”て、拠点候補としては満点や』

「その評価、絶対どこかおかしいよ」

『探索人としては正常やで』

 ブライアントの苦笑が、通信越しに混じる。

『残念ながら、その感覚は否定しづらい』

 ジェプラは、少しだけ考えるようにしてから、小さく言った。

「でも、危ないものがあるからといって、そこが故郷になれないわけではないと思います」

 その言葉に、僕はジェプラを見た。

 彼女はまっすぐ窓の外を見ていた。

 ウサギ少女の横顔は、前よりずっと人間らしく見えるのに、言うことはやっぱりジェプラらしい。信仰心と忠義が、しっかりと彼女自身の言葉になっている。

「……うん」

 僕は、頷いた。

「そうだね」


***


 軌道上での最終確認が一段落したあと、巡洋艦『青葉』に戻ったブライアントが次の段取りを決めた。

「人類連邦への話は、俺とアーマッドのルートで通す。グラブール連合側はアラージたちが押さえる。こっちは、その間に最低限の観測拠点候補と、降下地点候補を絞る」

「了解しました」

 青葉が答える。

 ギラは、もう完全にこの“今後の運営会議”へ馴染んでいた。

『ほな、探索人としてのわいの役目は、現地で面白いもん見つけることやな』

「まず危険がないか確認してからだ」

 ブライアントが即座に釘を刺す。

『分かっとる分かっとる。危険なもんも面白いもんも、だいたい近くにあるんやから』

 その返しに、ブライアントは深いため息をついた。

 でも、完全に否定はしない。

 つまり、ギラがこれから本当にずっとついてくることを、もう受け入れているのだろう。

 ジェプラは、相変わらず僕のそばにいた。ウサギ少女の姿になってから、前より表情がずっと分かりやすくなっている。

 僕の方を見て、少しだけ緊張したように、それでも嬉しそうに言った。

「ここが本当に拠点になったら……」

「うん?」

「最初の神殿は、しっかりと作りましょう」

「神殿?」

「はい」

 ジェプラは、きっぱり言う。

「神子弓良殿と神の船青葉の拠点なのですから」

「いや、それ、だいぶ大げさじゃない?」

「大げさではありません」

 今度は青葉が即座に言った。

「施設の候補としては合理的です」

「青葉まで?」

 ギラが、すかさず笑いながら翼を挙げた。

『やー、ええやん。“神子本部”とか』

「それは絶対嫌だ!」

 その反応に、区画のあちこちで笑いが起きる。

 太郎は、足元でしみじみと呟いた。

『名前は慎重に決めるべきだ』

「太郎だけは本気で言ってるな……」

 でも、それも悪くない。

 こうやって、まだ何も建っていない星の上に、冗談半分で未来の話をする。

 どんな名前にするか、どこに降りるか、何を最初に作るか、誰がどの船に乗るか、そういう“これから”の話ができること自体が、もう大団円なのかもしれないと、僕は少しだけ思った。

 少し沈黙があって、そのあと、ブライアントが低い声で言った。

「……本当に、ここまで来たんだな」

 それは、誰に向けた言葉でもないように聞こえた。

 でも、僕には、よく分かった。

 宇宙船墓場で目覚めて、青葉と出会って、グラブール人の世界へ踏み込み、機怪天国へ行き、因果の路へ触れ、過去の自分と向き合い、ようやく今ここだ。

 ここまで来るまでの道筋を思えば、この緑の惑星は、ただの次の目的地ではない。

 青葉が、静かに言う。

「はい。一区切りです」

 僕は、その言葉に少しだけ笑った。

「うん」

「ですが、終わりではありません」

「それも、うん」

 青葉は、穏やかに頷いた。

 窓の向こうには、海のある緑の惑星が広がっている。

 仲間たちがいる。

 次の行き先も、やるべきことも、しっかりとある。

 だから、これは終わりではない。

 ただ、ひとつの長い旅が、ようやく目的地に着いた、そんなところだろう。

 僕は、窓の外の夕暮れを見つめた。

 この星にも、もうしっかりと夕暮れがある。

 海の上へ、長い橙色の光が落ちている。

 大気があるからこそ生まれる色だ。

 前の荒野の星にはなかった、空の深みだった。

 その光を見ていた時、僕は、不意に地球の夕方を思い出した。

 事故の日の通学路、猫、美優、トラック、因果の路、過去の僕――全部、遠くなったわけではない。

 でも、もうそれだけに縛られてはいないとも、はっきり思えた。

 あの時の僕は、たしかにいた。

 そして、いまの僕も、たしかにいる。

 天河 弓良という高校生だった僕と、宇宙船墓場で目覚め、青葉と出会い、機怪人形として旅を続けるいまの僕がいる。

 どちらが本物か、どちらが偽物か、そういう話ではないのだ。

 あの過去を経て、いまここで、この新しい星を見ている僕こそが、いまの僕なのだと、ようやく素直に思えた。

 その時、青葉がそっと隣に立った。

 最近は、ほとんど、この艦そのものとしての青葉ではなく、機怪人形ボディーの青葉で、側にいてくれる。

 けれど、僕にはもう、艦なのか機怪人形ボディーなのかの区別自体が、あまり意味を持たなくなってきていた。

「弓良」

「うん」

「この星の最初の名前は、まだ決めなくてよいと思います」

「急にそこ?」

「はい」

 青葉は、本気でそう言っている顔だった。

「名前は、最初の一歩と強く結びつきます。無理に急いで決めるより、実際に降りて、歩いて、風を感じてからの方がよいでしょう」

 その言い方が、とても青葉らしくて、僕は思わず笑った。

「……そうだね。第四惑星ってだけで、名前がついていないものね」

「はい」

「じゃあ、最初の名前は、最初に降りた時に考える」

「それがよいです」

 ギラが、後ろからすぐ口を挟む。

『いや、その時こそ“神子本部”でええやろ』

「まだ言うの?」

『諦めが悪いんや、わいは』

 ジェプラが、少しだけ頬を膨らませる。

「神殿名の候補としては、まだ保留です」

「ジェプラまで本気で検討しないで!」

 太郎が、しみじみと付け加える。

『会議は必要だ』

「太郎、本気で会議しそうだからやめて!」

 そのやり取りに、また笑いが起きる。

 その笑いの中で、僕はもう一度だけ窓の外の緑の惑星を見た。

 宇宙は、まだ広い。

 面倒なことも、危ないものも、きっとこれから先も山ほどある。

 でも、その広さの中に、ようやく“自分たちが帰ってこられるかもしれない場所”の輪郭が見えた。

 それだけで、十分だった。

 旅は、まだ続く。

 そう思えた時、僕の中で、この長い旅は、ようやく一息ついたと思った。


(続く)

皆様、この長いシリーズ、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました!

ここで、弓良の旅は、一区切りです。

この後、幕間を挟んで新展開を考えていますが、毎日投稿で大分疲れたので、しばらくお時間を頂ければありがたいです。

今後も、よろしくお願いいたします!

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