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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第V部 機怪天国編

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第七十六章 驚異の惑星改造

『ゴシロック第四惑星、外縁軌道へ到達』

 青葉の声が、制御区画へ、落ち着いた響きで流れた。

 前方表示に現れた惑星を見て、僕は前回と同じように、やっぱり少し息を呑んだ。

 白っぽくて、乾いていた。

 光を吸い込みすぎた岩肌の上へ、薄く冷たい粉をまぶしたような色だ。

 表面には細かなクレーターが散り、長い亀裂が走り、雲は少なく、気象らしい気象も乏しい。

 広大な地表には、風に削られたような筋が何本も走り、ところどころ氷河じみた白い塊が残っている以外、目立った水の輝きはない。

 海も湖も、ほとんど見えない。

 生命の気配が完全にないわけではないのだろうが、少なくとも、遠目には“死んだ星”に近かった。

 しかし、今回は、その荒廃に別の意味が見えていた。

 装置の余波。

 因果変換技術の傷。

 氷河以外の水や氷が消え、荒野じみた状態へ追いやられた世界。


 しばらくして、ザラスターIIも到着した。

 ブライアントから『ザラスターII』経由で通信が入る。

『……やっぱり、こう見えると気分悪いな』

 その声には、前回の探査時より、もっとはっきりした実感があった。

『前は“死んだ星っぽい”で済んだが、今は“死なせた痕だ”って分かるからな』

 それは、まさにその通りだった。

 青葉が、中央表示へ地表の拡大図を出す。

『対象地点を表示します』

 映し出されたのは、以前見つけた“遺跡らしい箇所”だった。

 不自然に盛り上がった岩盤。

 人工物めいた反射。

 だが、前回はそこまでだった。広域探査を始めたばかりで、表層の違和感を見つけたに過ぎない。

 今は、そこへ別の表示が重なっている。

 権限キー。施設ロック。地層偽装。環境封印。

 青葉は、そこで一度だけ、ブライアントたちの回線を開いた。

『説明したように、この遺跡の封印を一度だけ正式権限で解除します。ただし、解除後に惑星改造シーケンスが完了すれば、施設は再封印されます』

 ブライアントが、低く息を吐く。

『了解した。つまり、いま見落とすと次は面倒ってわけだ』

「そういうことです」

 青葉の返答は端的だった。

 僕は、そのやり取りを聞きながら、青葉からだけ聞かされた言葉を思いだしていた。

 危険なので、こちらで確保しておく必要がある。

 因果律を操る惑星改造施設――でも、それだけでは、なかった。

 ここは、〈先住者〉絶滅の起点になった技術の名残と深くつながっている星だ。

 だから、僕は、黙っていた。

 いまは、青葉が選んだ言い方の方が正しい気がした。

『解除キーを適用します』

 青葉が静かに告げる。

 次の瞬間、以前見つけた遺跡らしい箇所の岩と氷が、内側から吹き飛んだ。周囲の氷河も、飛び散った。

 爆発ではなかった。

 むしろ、それまで上に載っていた地層や氷河の方が“偽装外装”として外へ弾かれた感じだ。岩盤が大きく裂け、その下から、本当の遺跡がせり上がってきた。

 塔と、円形の環状構造だ。

 基部から、円形の区画や、長く連なる回廊じみたものが広がっていく。

 地下に埋まっていた都市の骨格みたいな巨大施設だ。

 青葉に見せて貰った図によれば、四角い層状構造のつなぎ目みたいな感じの場所にあったものだ。

 まるで、惑星そのものの皮膚の下に、眠った都市が丸ごと一つ隠されていたみたいだった。

 それが、惑星表面の一点から、ゆっくりと、しかし強制的に顕現していく。

『うわ……』

 ジェプラが、思わず声を漏らした。

 ギラも、今度ばかりは、軽口を忘れていた。

 驚く僕たちの前で、その遺跡は、さらに異常な挙動を始めた。

 大量の雪のようなものが、そこから噴き出したのだ。

「雪……?」

 でも、それは本物の雪ではないと、すぐに分かった。

 白く見える。

 ふわふわと舞うように見える。

 けれど、ただの雪ではない。

 望遠レンズで見ると、一粒一粒が、光の当たり方によって妙に鋭い反射を返した。空気中へ広がりながら、単に落ちるのではなく、何かの規則に従って拡散していく。

『微細情報媒体素子です』

 青葉の声が、少しだけ張りつめる。

『濃度、臨界に達します』

 その“雪”は、施設の周囲だけでは収まらなかった。

 成層圏まで一気に達し、そこから惑星全土を覆うように広がっていく。

 前回の探査時には、ただ白っぽく乾いた死の星に見えていたものが、いま、白い疑似幻雪の繭に包まれていく。

 ブライアントが、ぼそりと呟いた。

『疑似幻雪……』

 ブライアントが、ぼそりとそう呟いた。

『このようなものを扱う〈先住者〉の遺跡の噂は、聞いたことがある』

 その言葉に、僕は窓の外の惑星を見つめた。

 疑似幻雪――『雪の姫』のいるというあの不思議な空間、『幻雪の領域』と同じ語感を持つそれは、たぶん単なる比喩ではない。

 微細情報媒体素子が、まるで雪みたいに惑星全体を覆い、情報そのものを書き換えるための媒体層になっているのだ。

 白い層は、みるみる惑星全土へ広がっていった。

 荒野も、氷河も、乾いた谷も、全部がその下へ隠れる。

 真空に近いとはいえ、異様なスピードだ。マッハなんて単位を超えている。

 これは、おそらく、物理的に移動しているのではなく、何かの場のようなものを介して動いているのだろうか?

 僕の疑問に応えるように、青葉が言った。

「微細情報素子同士が連携し、“そこにいる”という情報を書き換え合って拡散しているようです」

「えっ? 雪の一粒一粒が、テレポートしてるの?」

「そのような解釈で、概ね正しいです。ただ、移動するだけでなく、増殖もしているようです」

 唖然として眺めると――見る間に、微細情報媒体素子は、惑星表面を覆い尽くした。


***


 雪のように降り注いだ微細情報媒体素子は、最初はただ白い膜にしか見えなかった。

「微細情報媒体素子群、惑星全土への拡散を確認」

 青葉の声が、静かに作戦区画へ響く。

 壁面表示の上に、今まで荒野だったゴシロック第四惑星の全景が出ていた。

 その上へ、青葉の解析が次々と重なっていく。

 気圧分布、大気成分、熱容量、地表水分保持率、凝結核の形成、土壌有機化の予測、海洋盆地の再活性化。

 僕には、完全には分からない項目が、まるで生き物の診断結果みたいに並んでいった。

『表層環境の単純な修復ではありません』

 青葉が、続けた。

『惑星規模の条件再定義です。失われていた水循環、保水特性、熱交換、土壌形成、生態圏定着のための下部条件が、同時並行で再構築されています』

 その言葉の意味は、表示を見ているうちに、少しずつ分かってきた。

 海がなかったところに、水循環の前提が編み直されている。

 乾き切っていた大地の上へ、保水と土壌形成の条件が重ねられていく。

 かつて消えていた生態圏の足場が、無から唐突に作られるのではなく、“あり得たはずの状態”へ押し戻されるように組み直されていくのだ。

 それは、工場が何かを作るのとは違った。

 もっと静かで、もっと広くて、もっと途方もない。

 世界そのものが、自分の傷つく前の構造を思い出していくように見えた。

「……これって、惑星そのものを治療してるみたい」

 僕の呟きに、ブライアントが、通信越しに低く返した。

『いや、治療っていうより、壊れる前の“あり得た状態”へ、因果ごと押し戻してる』

 彼の声は、いつもみたいに乾いていた。

 しかし、その乾いた声の中に、明らかな驚きが混じっていた。

 その表現に、僕は思わず息を呑んだ。

 押し戻す――確かに、そうだった。

 ただ何かの物を足しているわけではなかった。

 海水をどこかから運んでいるのでも、植物をばらまいているのでもない。

 そういう見えやすい方法ではなく、“本来、この星が持ち得た構造”そのものを、再び成立させているのだ。

 ギラが、いつもの軽口を忘れたような声で言った。

『やー……これ、もう景色が変わるいうより、理屈の方が変わっとるな』

「はい」

 青葉は即答する。

「大気圏上層における微細情報媒体素子の再配置が、局所的な因果連鎖を最適化しています。結果として、海洋安定条件と生態系遷移の初期相が、短時間で収束し始めています」

「青葉、もう少し分かりやすいように、お願い」

 僕が、そう言うと、青葉はほんの少しだけ間を置いた。

「この惑星が、どうすれば“生きている状態”になるかを、惑星改造設備そのものが思いだしているのです」

 その一言で、僕の背筋がぞくりとした。

 思いだしている。

 それは、あまりにも簡単な言い方だったけれど、目の前の光景には、それがいちばん似合っていた。

 白い層は、成層圏を覆ったあと、単純に下へ落ちていくわけではなかった。

 赤道域では、細かな渦を作りながら薄く伸びる。

 高緯度では、極冠の上に長くとどまる。

 山脈らしい隆起帯の上では、一時的に密度を上げ、風下側へ流れる粒子の軌跡さえ変えていく。

 まるで、その地形と空気の癖を最初から知っていたみたいに、粒子群は迷いなく星の全体へ配置されていた。

 荒野の表面に走っていた乾いた亀裂が、青葉の拡大表示の中で少しずつ変化していく。

 色が変わって、反射率も変わる。

 砂塵を巻き上げていた風の流れが、湿りを帯びた別の流れへ変わった。

「表層土壌の有機化を確認」

 青葉の声が響いた。

「地下氷層の再循環を開始。失われていた地表水分は、一部が局所因果補填によって再配置され、一部は深部貯留層から引き上げられています」

『深部の水まで起こしてるのか……』

 ブライアントが、半ば呆れたように言う。

『ただ海を作るんじゃないな。しっかり、地質と気候の辻褄が合う形にしてる』

 さすがに、彼はその辺りの意味が僕より早く分かるらしい。

 探索人として、ただ珍しい景色を見るだけではなく、“その世界が本当に維持できるか”という視点で見ているのだ。

 ジェプラが、窓際に寄って、息を潜めるように呟いた。

「星が……生き返っていく」

 その言葉は、僕が感じていたものにぴったりだった。

 そうだ――僕は、今、星が生き返っていくのを見ているのだ。

 それは、大爆発でもなければ、天変地異でもない。

 もっと静かで、もっと深くて、もっと根源的な変化だった。

 呼吸が戻り、血が巡り、乾いた皮膚に水分が戻る――。

 そして、眠っていた身体が、ゆっくりと体温を取り戻す。

 そんな感じに、近かった。

 やがて、白い層が少しずつ薄くなり始めた。

 成層圏の上部から、まず透明になっていく。

 その下で、新しい雲の帯が見え始めた。以前のような薄く乾いた膜ではない。厚みがあり、影を作り、ちゃんと水を蓄えている雲だ。

 その雲の切れ間から、青が見えた。

「……海だ」

 僕は、思わずそう呟いていた。

 深い青の海だ。

 最初は、ただ大きな青い面がひろがっているだけに見えた。

 けれど、目を凝らすと、その青には階調があった。

 浅いところは、光を受けて明るい青緑に近い。深いところは、群青というより、もっと重く澄んだ色へ沈んでいる。

 海流の筋らしい模様まで見えた。そこへ白い雲の影がゆっくり流れていく。

 その縁に沿って、大陸が現れた。

 荒れ果てた褐色の地表だったはずなのに、海岸線の近くには、もう色の変化があった。

 湿りを帯びた暗い土色、その上にうっすらと乗る緑。

 河口に見える広がり、細く長い湾。

 水がただ溜まっているのではなく、しっかり海として、地形と結びついているのだと分かった。

「河川系の再起動を確認」

 青葉が告げた。

「降水循環により、主要な流路が復元されています。地表の傾斜と流域面積から見て、今後さらに安定化する見込みです」

 壁面表示の補助線が入り、山地から海へ向かって何本もの細い青線が伸びる。

 河川らしい筋だった。

 山脈のあたりには、白が見える。

 高地には雪が残っていた。

 極域の氷とは違う、気候帯の一部としての雪だ。高さと気温によって、そこで初めて留まるべきものとしての白だった。

 低地には、もう植生らしいものが見えている。

「表層定着植物群に類する構造体を確認」

 青葉の声が続く。

「厳密には、初期定着用のバイオテンプレートが展開されているようです。ですが、短時間で光合成系生態圏へ移行可能と推定されます」

「今、ものすごいことをすごく落ち着いて言ったね……?」

 僕がそう言うと、青葉は小さく頷いた。

「ものすごいことが起きていますので」

 ギラが、そこでようやく翼を広げた。

『やー……“人が住めそう”とか、そういうレベルと違うな。これ、“住めるようになった”やなくて、“世界として成立し始めた”いう感じや』

「うん」

 僕は、その言葉に強く頷いた。

 まさに、そうだった。

 これは、ただ“人が住めそうな条件が揃いました”という話ではない。

 しっかりと、世界として呼吸し始めた惑星の姿だった。

 風が生まれ、水が巡った。

 地表が湿り、土が育ち、雲が流れる。

 その一つ一つが、ばらばらではなく、しっかりとした、ひとつの星の生態として噛み合い始めていた。

 ブライアントが、しばらく黙って見ていたあとで、低く言った。

『……本当に、できたんだな』

 その言葉には、感嘆と、少しの恐れと、そして、技術に対する探究者らしい興奮が全部混じっていた。

『惑星改造施設、なんて名前だけなら、まだ比喩みたいに聞こえた。だが、これは違う。こいつは、本気で世界を設計し直す装置だった』

 彼は、少しだけ間を置く。

『しかも、単に快適な環境を作るんじゃない。元の惑星が持ちうる条件と、今ここで成立可能な因果の枝を照合して、最も無理なく“生き返る”選択枝を選んでいる』

 その指摘は、僕にも直感的に分かった。

 だから、この変化には、どこか不自然な作り物っぽさがない。

 何もない場所へ突然、庭園を貼りつけたような感じではないのだ。

 もっと、“この星がもともとこうなり得たはずだった”という形へ戻している感じがある。

「青葉」

 僕は、窓の外を見たまま訊いた。

「これって、もともとこの星が持ってた可能性を、引っ張り戻してるんだよね?」

「はい」

 青葉はすぐに答える。

「単純な環境付与ではありません。この惑星に残っていた地質履歴、失われた水循環痕跡、地下貯留構造、旧生態圏の可能性、そして因果変換設備が保有していた改造設計群を統合し、成立可能な世界像へ収束させています」

「……やっぱり、そういうことか」

 僕は、小さく息を吐いた。

 センス・オブ・ワンダー、という言葉を、昔どこかで読んだことがある。

 自分の理解の外にある、途方もない何かを見た時の震え。

 でも、いま僕の中にある感情は、ただ“すごい”だけではなかった。

 嬉しい、のだ。

 この星が、もう一度、世界として息を始めていることが。

 乾いた傷跡だった場所に、水が戻り、雲が戻り、緑が戻ることが。

 それが、自分たちの前で、ちゃんと現実として起きていることが。

 ジェプラが、胸の前で手を組んでいた。

「奇跡みたいです」

「技術的には奇跡ではありません」

 青葉は、いつもの調子で答えた。

「しかし、そう感じるのは自然です」

 その返しが、なぜだかとても青葉らしくて、僕は少しだけ笑いそうになった。

 太郎が、足元からぽつりと言う。

『きれいだ』

 その一言だけだった。

 でも、いまの光景には、それで十分な気がした。

 白い層は、さらに晴れていく。

 赤道近くの海上では、雲の列が長く伸びていた。

 大陸の内側では、湖になりかけている窪地がいくつも青く光る。

 山脈の風下には、雨影とは別に、これから森林になるのではないかと思わせる濃い緑の帯が見えた。

「大気組成、安定化を確認」

 青葉の声が、また響く。

「酸素分圧、窒素比率、水蒸気量、すべて人類の生存に適した領域へ収束中です。重力も標準より、やや高い程度で、長期滞在に問題ありません」

 それから、静かに結論を告げた。

「人類の生存に適した、スーパーアース級の惑星です」

 ブライアントが、そこで小さく笑った。

『山師の勘ってやつは、時々ひどく当たるが、今回ばかりは当たりすぎだな』

「どういう意味?」

『妙な星には、妙なものがある。だが、まさか“死んだみたいな荒野の下に、海のある居住惑星が眠ってた”とは思わんだろ』

 その言い方に、ギラが大きく頷く。

『ほんまそれや。普通は当たりを引いた言うても、せいぜい古い遺跡か、売れそうな資源か、ちょっと変わった生態系くらいや。今回は、当たりの桁が一つ二つ違う』

 僕は、そのやり取りを聞きながら、改めて窓の外を見た。

 深い青の海と、その縁に沿う大陸。

 雲の流れ、河川らしい筋、高地の雪、低地の植生――。

 それは、ただ“人が住めそう”という程度ではなかった。

 しっかりと世界として呼吸し始めた惑星の姿だった。

 そして、その呼吸は、僕の胸の中にまでゆっくり入ってくるみたいだった。

 僕は、しばらく言葉が出なかった。

 前にここへ来た時のことを、はっきり思い出していたからだ。

 あの時は、広域センサーの結果を見ながら、死んだみたいに乾いた星だと思った。遺跡らしい反応はあっても、全体としては荒廃した世界で、どこか遠くて、冷たくて、触れることそのものがためらわれる場所だった。

 それが今、同じ軌道上から見ているのに、まるで別の星にしか見えない。

「……ここ、ほんとに生き返ったんだ」

 僕が呟くと、青葉は静かに言った。

「はい。ゴシロック第四惑星は、いま再び、世界として成立しました」

 その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが静かに落ち着いた。

 この星は、壊れていた。

 でも、終わってはいなかった。

 だったら、僕たちもきっと同じなのだ。

 傷ついて、壊れかけて、何度も変なものに巻き込まれて、それでもまだ、世界として成立し直すことはできる。

 そんなことまで思わせるくらい、その光景は大きかった。

 青葉が、静かに告げた。

「惑星改造シーケンスは正常に完了しました」

 その声にも、少しだけ安堵が混じっているように聞こえた。

 艦であり、意志体であり、〈先住者〉の遺産でもある青葉にとって、この種のシステムが正しく動くことには、たぶん技術的な安心以上の意味があるのだろう。

 ブライアントが頷いた。

『……正直、予想はしてたが、ここまで露骨だと引くな』

 その言葉が、妙にしっくりきた。

 感動より先に、引く。

 それくらい、いま見えている変化は大きすぎる。

 ギラが、翼を少しだけ持ち上げる。

『やー、惑星改造施設いう言葉自体は聞いたことあるけどな、ほんまに“惑星を改造しました”いう絵面見せられると、笑うしかあらへんわ』

「笑ってる顔じゃないけどね」

『内心では笑うとる』

 たぶん、半分くらい本当なのだろう。

 あまりにも規模が大きいものを前にすると、人は畏れるか、笑うか、どちらかになることがある。

 ジェプラは、窓の外の星を見つめたまま、小さく言った。

「これなら……」

「ん?」

「人が、しっかりと生きられそうです」

 その言葉に、僕は頷いた。

「うん」

 青葉が、センサー結果を整理して表示する。

「大気圧、安定。水循環、継続見込みあり。表層土壌は形成途中ですが、分子機械の補助が一定期間継続するため、定着可能性は高いです」

 そこへ、ブライアントが現実的な疑問を投げた。

『一定期間、ってどれくらいだ?』

「現時点の推定では、数十年から数百年規模です」

 青葉は答える。

「ただし、施設側の補助がどの段階で完全封止に移行するかで変わります」

『つまり、最初の数十年は“育てる期間”ってわけか』

「はい」

 その説明で、僕の中で、ようやく“拠点候補”という感覚が具体的になってきた。

 いきなり完成した楽園が手に入るわけじゃない。

 ただ、死の星だった場所が、住める世界として立ち上がり始めている。そこへ、自分たちが入って、整え、育て、根を下ろすことができるかもしれない。

 それは、ただの所有権の話じゃなかった。

 世界を引き受ける話だ。


***


 少しして、僕たちは軌道上での詳細スキャンへ移った。

 今回の目的は、景色を見て感動することではない。もちろん、それも大きいけれど、もっと重要なのは、この変化がどの程度安定しているのか、遺跡本体がどんな状態で封印されたのか、そして今後ここを安全な拠点にできるのかを確認することだった。

 『青葉』の戦術表示は、いまや探査表示へ切り替わっている。

 地表全域の気候モデル、海流予測、地殻応力の変化、大気成分の経時推定。

 それらの項目が、青葉の演算で次々と塗り替わっていく。

 ブライアントは、『ザラスターII』側から低い声で言った。

『まず確認したいのは三つだ』

 その言い方が、すごく彼らしい。

 目の前に惑星改造なんていうとんでもないものが起きても、彼の頭はしっかりと“調査項目”へ落とし込んでいく。

『一つ、地表環境が本当に持続するのか。二つ、遺跡の本体が封印されたあと、危険物を吐き出したりしないか。三つ、人類連邦に話を通す前に、こっちで最低限の足場を築けるか』

「妥当です」

 青葉が、すぐに頷く。

「追加するなら、他の〈先住者〉の因果変換施設との接続痕跡が残っていないかも確認すべきです」

『そうだな』

 ブライアントの声が少し低くなる。

『そこが一番嫌なとこだ』

 僕は、その言い方に反応した。

「失敗したっていう、別の因果変換技術の痕跡、まだ残ってる可能性があるの?」

『あるだろ』

 彼は、ぶっきらぼうに答えた。

『ここは、おそらく、ただの研究施設じゃない。キーフラスが最初に失敗したという技術の系譜と、完成版が引き起こした破滅の余波、その両方に近い場所だろう。表面だけ住めるようになったからって、地下まで全部まっさらとは思わない方がいい』

 その言葉は、まさに僕がさっき青葉からこっそり聞いた“危険なので確保しておきたい”という意図と響き合っていた。

 流石に、鋭いと思った。おそらく、青葉が何も話さなくても、彼は、正解に辿り着いてしまうのではないか、と思った。

 たぶん、そのことも判断に入れた上で、青葉は、話す言葉を選んだのだろう。

 ギラが、少し真面目な顔で翼を組む。

『ほな、見た目きれいになったから即キャンプ開始、いうわけにはいかんのやな』

『当然だ』

 ブライアントは即答した。

『こういうのは、見た目がきれいになった時ほど危ない。埋まってた問題が、表面の快適さで見えにくくなるからな』

 その物言いに、源一郎がいたら、きっと同じことを別の言い回しで言っただろうなと思った。

 青葉が、地表の一部を拡大した。

「旧遺跡露出地点の周辺は、再封印が開始されています」

 映像の中で、さっきまでせり上がっていた遺跡群の一部が、もう地表構造へ取り込まれ始めているのが見える。

 完全に沈むわけではない。

 だが、最初に見た“剥き出しの古代施設”のまま残るのでもない。岩盤と土壌と植生の下へ、意図的に包み込まれていく感じだ。

「ワンスキーだから、完全開放は一回きりってことだよね」

 僕が確認すると、青葉は頷いた。

「はい。今回の解除で、惑星改造の本処理は完了しました。以後、遺跡本体は管理モードへ戻り、通常権限では内部への再干渉はできません」

「じゃあ、僕たちが今できるのは……」

「残された表層アクセス点の確認と、施設外縁の安全化です」

 なるほど、と思った。

 つまり、“遺跡に入ってお宝を全部持ち帰る”みたいな話ではない。

 この星そのものが装置として動いた以上、もう目的は達した。

 今後は、その結果としてできた惑星をどう扱うかのフェーズなのだ。

 逆に言うと、この施設を無理に奪われて封印が解かれたりしないように、上手く立ち回らねばならないだろう。


***


 軌道上からの一次観測が一段落したところで、ブライアントが次の行動を提案した。

『まずは『ザラスターII』から『ルタート』を降ろして、低高度の実地確認をやる。いきなり大気圏突入はしない。上空からサンプルを取る』

「妥当です」

 青葉が即座に答える。

「『青葉』は高軌道から全体監視を継続します。必要なら、低軌道まで降下して支援します」

 ギラが、楽しそうに翼を持ち上げた。

『やー、ようやく“探索人らしい仕事”になってきたな』

「これまでは違ったの?」

『それまでは事件と戦争や。あれは探索やない』

 それは、確かにそうかもしれない。

 ジェプラが、少しだけ首を傾げる。

「私は、全部すごく非日常に思えるのですが……」

『それが普通やで』

 ギラは笑った。

『けど、探索人いうのは、非日常を“今日の仕事”として扱う訓練された変人の集まりや』

「それ、自分で言うんだ……」

『言うで。自覚は大事や』

 そのやり取りに、僕は少しだけ笑った。

 実際、ここへ来るまでの数か月で、僕の感覚もだいぶ、壊れてきている気がする。

 因果の路、機怪天国、最終兵器、宇宙の意志、幻雪の領域――その全部を見たあとで、いま“惑星改造されたばかりの緑のスーパーアースをどう拠点にするか”を冷静に相談しているのだから、普通の感覚の方が先に逃げ出していてもおかしくない。

 でも、だからこそ、少しだけ嬉しかった。

 これはもう、ただ巻き込まれているだけではない。

 自分たちの次の場所を、自分たちで選び、整えようとしている。

 それは、受け身ではなく、前へ進む側の時間だった。


***


 そのあと、青葉は、僕にだけ別回線で小さく言った。

『弓良』

『ん?』

 僕も、通信で返す。

『先に伝えた意図について、補足します』

 それはつまり、周囲には聞かせたくない話だ。

『ゴシロック第四惑星は、今後、人類連邦とグラブール連合の緩衝にもなり得ます。ですが同時に、キーフラスの技術の最悪の履歴へつながる鍵でもあります』

『うん……』

『ですから、ここを拠点として使うなら、単に便利だからではなく、“危険なものを正しく封じながら抱える”覚悟が必要です』

 青葉の声は、いつもと変わらず静かだった。

 でも、その言葉は重かった。

 便利な新天地で、緑の星、海のある世界――。

 それだけでも、相当な価値があるはずだ。手を入れないで居住可能な惑星というのは、あまりないらしいから。

 でも、そういう明るい方の価値だけでは、済まない。

 ここは、危険な技術史の上に立ち上がった場所でもある。

『分かった……』

 僕は、小さく答えた。

「でも、それでも、ここがいい」

 青葉が、少しだけ間を置いてから答える。

『はい』

 その一語だけで、十分だった。

 窓の外では、緑の惑星が静かに回っている。

 新しく生まれた海が光を返し、雲が大陸の端を流れていく。

 たぶんこの星には、まだたくさんの問題が残っている。

 調べなければならないことも、危険なものも、政治的に面倒なことも、山ほどあるだろう。

 でも、僕はもう、その全部ごと引き受ける未来を少しだけ想像していた。

 ここを、自分たちの場所にする。

 ただ住むだけではなく、守り、整え、必要なら封じながら。

 その未来は、怖くもあった。

 でも同時に、しっかりと欲しい未来でもあった。

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