第七十五章 再訪、ゴシロック第四惑星
オッコクでの数日は、思ったより慌ただしく過ぎた。
神殿監察部の事情聴取はあったし、黒狼族方面への捜査協力について確認もあった。機怪天国から戻ってきた物品や艦船の登録、シラトリIIやザラスターIIの扱い、人類連邦側へどう話を通すかという政治的な整理も、裏ではかなり忙しく進んでいたらしい。
しかし、そういう“面倒なこと”の大半は、アラージやブライアントやアーマッドのような大人組が引き受けてくれたので、僕自身は思ったより静かに準備の時間を持つことができた。
その合間に決まったことが、一つある。
ギラが、ついてくることになったのだ。
『やー、グィルディの件も片付いたしな』
出発前日のラウンジで、ラギ・ギラはいつものように翼をだらりと広げながら、いかにも軽い調子でそう言った。
『探索人としては、ここから先の方がよっぽど面白そうやろ? せやから、わいも一緒に行くことにしたで』
「“ことにしたで”って、そんな簡単に……」
僕が呆れると、ギラは胸を張る。
『簡単やないで。ちゃんと筋は通しとる』
その横で、アラージが少しだけ肩をすくめた。
『ええ。取りあえず対応することにしました』
そう言って、彼女は公式文書らしき表示を一枚ひらく。
『ラギ・ギラには、無期限のグラブール人影響領域での滞在権を認めます。また、今回の捜査協力および今後の探索補助に関する便宜として、神殿監察部から給与も支払います』
『ほらな?』
ギラは、にやりと笑った。
『ちゃんとレギュラー採用や』
「その言い方、軽すぎない?」
『重たく言うたら重たくなるやろ。せやから軽く言うんや』
そういう理屈なのかどうかは怪しい。
でも、ギラらしいといえば、ものすごくギラらしかった。
太郎が、足元でぽつりと呟く。
『新しい仲間だ』
『せやで、主任殿』
ギラが翼の先で敬礼みたいな仕草をすると、太郎は少しだけ得意そうに胸を張った。
その様子に、ジェプラが小さく笑う。
そして数日後、僕たちは、オッコクを発つことになった。
***
オッコクを発つ朝は、妙に静かだった。
神殿監察部の施設にいると、いつもどこかで誰かが動いている気配がある。
通信士が走り、巫女たちが小声で打ち合わせをし、護衛の兵が通路の向こうを横切った。そういう忙しさが、この数日はずっと続いていた。
機怪天国の一件は、戦いが終わったからそれで終わり、という種類の事件ではない。政治も、宗教も、技術も、ぜんぶの真ん中をぶち抜いてしまったのだから、むしろ戦後処理の方が長引くのは当然だった。
その中で、ようやく僕たちは出発の許可をもらった。
完全に自由になったわけではない。
むしろ逆で、ゴシロック第四惑星の調査そのものが、監察部と人類連邦の両方にとって意味のある行動として、公に認められたからこそ、正式に出られるようになったのだ。
停船区画へ降りる通路を歩きながら、僕は窓の外に並ぶ艦影を見ていた。
巡洋艦『青葉』、ブライアントの新しい探査船『ザラスターII』が並んでいた。
少し離れた位置には、シラトリIIの姿も見える。
アーマッド、源一郎、ナルディアたちとは、一旦そこで別行動になった。
もっとも、完全に縁が切れる訳ではない。
むしろ逆で、これから先は、拠点が増えた分だけ再会の機会も増えるのだろう。ランキスにも行く約束をしたし、人類連邦との交渉やゴシロック第四惑星の権利整理でも、どうせまた顔を合わせる。
しかし、まず先にやるべきなのは、ゴシロック第四惑星の再調査だった。
機怪天国で得た新しい星図情報と遺跡の情報を持っている今なら、前回とはまるで違う深さまで踏み込める。
停船区画の前で、ナルディアが手を振っていた。
「じゃあ、またね!」
明るい声だ。
でも、その奥には少しだけ名残惜しさもあるように思えた。
「そっちも気をつけて」
僕がそう言うと、彼女は大きく頷く。
「そっちもね! あと、ゴシロック第四惑星で変なの見つけても、一人で突っ込まないこと!」
「それ、僕に言う?」
「弓良にも言うし、兄さんにも言う!」
後ろでブライアントが、呆れたように肩をすくめた。
「俺まで巻き込むな」
「だって巻き込まれ体質でしょ!」
「否定しづらいのが困る」
そのやり取りに、源一郎が横からぶっきらぼうに口を挟む。
「どうせまた、まともじゃねえもん掘り当てるんだろ。だったら、船だけは壊すなよ」
「それ、普通は“無事で行ってこい”とか言うところじゃない?」
僕が言うと、源一郎は鼻を鳴らした。
「船が無事なら、だいたい人間も何とかなる。逆はわりと無理だ」
その理屈は、すごく整備屋っぽかった。
美優は、その横で腕を組んでいた。
少しだけ言いにくそうな顔をしている。けれど、やがて小さく息を吐いて、僕の方を見た。
「気をつけて……」
「うん」
「ちゃんと、戻ってきて」
その言い方に、僕は少しだけ驚いた。
でも、すぐに頷く。
「戻ってくるよ」
そう答えると、美優は、それ以上は何も言わなかった。
けれど、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
アーマッドは、いつもの落ち着いた声で短く言う。
「ゴシロック第四惑星の件が片づいたら、ランキスにも来い」
「うん、そのつもり」
「ならいい」
本当に短い。
でも、彼らしい。
そして最後に、ギラが翼を広げて割って入ってきた。
『やー、なんや、これやと別れの挨拶みたいやな』
その顔は、いかにも面白がっている。
『でも、わいは一緒やで』
「うん、そうだった」
今回から、ギラは完全にレギュラーメンバーだ。
ギラは、その時のことを思い出したのか、胸を張る。
『今のわいは“正式に面白そうな案件へ首つっこんでええ立場”やねん』
「すごい言い換えだな……」
『合ってるやろ?』
まあ、合ってはいる。
***
出発の編成は、前回のゴシロック第四惑星探査時とはかなり違っていた。
まず、GDCの小型シャトル『ルタート』と戦闘機『ポラーダ』は、『ザラスターII』へ移された。
前回の探査では、巡洋艦『青葉』に積んで現場で使う前提だったが、今回は、ザラスターIIの慣熟航行も兼ねて、探索用小型機材はそちらへ集中することになったのだ。
ブライアントは、もちろん『ザラスターII』に乗る。
新しい船を完全に自分の手足へ馴染ませるには、実際に乗って動かすしかない。
しかも、ザラスターIIは彼の記憶を読み取ったマザーが再設計した艦で、シラトリIIと同じく、元の船の延長に見えて中身はずっと先へ行っている。
グラブール人の技術もかなり深く組み込まれていて、操作感も整備思想も、元のザラスターとは似ている部分と違う部分が混在しているらしい。
それを補うため、ハチョキも『ザラスターII』へ乗ることになった。
『ぶう……』
出発直前、ハチョキは本気で寂しそうだった。
太郎へぴったりくっつき、丸い身体を押しつけるみたいにして離れない。豚型ぬいぐるみめいた外見のくせに、こういう時だけ妙に感情が分かりやすい。
太郎は、そんなハチョキの頭を軽く押しながら、きっぱりと言った。
『任務優先』
『ぶうぅ……』
『主任の命令だ』
『ぶ……』
少しだけ弱々しい返事になった。
その様子を見て、ブライアントが笑う。
「主任らしいじゃないか」
太郎は、すぐに胸を張った。
『主任だからな』
そういった事情で、巡洋艦『青葉』の方には、僕、機怪人形ボディーの青葉、太郎、ジェプラ、そしてギラが乗ることになった。
ブライアントとハチョキは、ザラスターII側だ。
アーマッドたちは、別航路へ離脱した。
青葉が本体としては艦そのものにいる以上、機怪人形ボディーの彼女は事実上どちらにも顔を出せるのだけれど、今のところは僕のいる『青葉』側へいる時間の方が圧倒的に長い。
***
出発の直前、青葉は、僕の近くへ寄ってきて、声に出さないで言った。
『弓良』
『うん?』
僕も、通信に切り替えて、青葉に返答する。
『今回、ゴシロック第四惑星の権利を押さえておきたいのは、拠点化の可能性だけが理由ではありません』
その言い方に、僕は少しだけ眉を上げた。
『他にもあるの?』
青葉は、周囲を一度だけ見た。
誰にも聞かれたくないらしい。
『マザーから受け取った星図と、キーフラスから得た情報を重ねると、あの星は、〈先住者〉絶滅の起点に連なる技術の痕跡が残っていると考えられます』
『そうなんだ……』
『危険です』
その二文字は、青葉にしては珍しいくらい率直だった。
『今後、他勢力に自由に触れさせるべきではありません。少なくとも、こちらで確保しておく必要があります。そのため、マザーから解放キーを貰っています』
その言い方は、いつもの青葉らしい冷静さを保っていた。
でも、その奥には明確な警戒があった。
ただ拠点として便利だから欲しいのではない。
あそこに残っているものが危険すぎるからこそ、こちらの管理下へ置いておきたい。
それが本音なのだ。
『ブライアントたちには……?』
『現時点では、必要な範囲のみ伝えます』
青葉は、静かに答えた。
『不用意に“絶滅の起点”という言葉だけを渡すと、不要な政治的波及を招きます』
そこまで聞いて、僕は小さく頷いた。
『分かった』
青葉が、ほんの少しだけ目を細める。
『ありがとうございます。弓良にだけは、先に共有しておきたかったのです』
その一言が、妙に嬉しかった。
青葉はいつも合理的で、説明も正確で、必要なことだけを言うことが多い。
でも、今の言い方は、少しだけ個人的だった。
***
ゴシロック第四惑星へ向かう航路で、前回との違いはすぐに分かった。
『青葉』の巡航が、まるで別物なのだ。
以前、この星へ来た時も、『青葉』は十分に速かった。
ストライプド・リープ航法の完成度はまだ二割程度だと青葉は言っていたが、それでも人類の普通の艦よりずっと速く、武装も一部、復旧していて、探査艦としては破格の性能だった。
ブライアントと太郎と青葉と僕で、探査系統の役割分担をしながら、初めて本格的に“探すために進む”感覚を得たのが、前回のゴシロック第四惑星行きだった。
しかし、今は違う。
機怪天国との再接続と、イハァトパー機関の封印解除を経た『青葉』は、もはや“探査艦らしくなった巡洋艦”どころではなかった。
宇宙の隙間を滑るように進む感じがある。
オッコクに行く途中にも思ったが、もはや別物の感覚だった。
ギラが、窓の外の星の流れ方を見ながら、半ば呆れたように言った。
『やー、これ、探索人の感覚で言うと“速い”やなくて、“ずるい”やな』
「ずるいって……」
『せやろ? こっちが一生懸命、危ない航路と補給地点を計算しとる横で、“ほな、ちょっとショートカットしますわ”って顔して抜けてく感じや』
その表現は、ひどく分かりやすかった。
青葉が、少しも悪びれずに言う。
「効率化です」
『効率化が度を超えると、ずるい言うねん』
ギラの返しに、僕は少しだけ笑った。
その隣で、兎娘姿のジェプラが、窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「今度も、おそらく、神の御業の一端をまた知ることになるのですね」
「うん。前に行った時と違って、何か見つかることは、間違いない」
前回のゴシロック第四惑星行きは、未知の探査そのものだった。
しかし、今回は違っていて、解除キーがある。
そして、星図があって、ただの“辺境の妙な星”ではなく、〈先住者〉文明の危険な技術史に直接つながる場所だと知っている。
だから、見えている同じ星でも、重みが変わっていた。
***
ゴシロック第四惑星へ向かう航路に入ってからしばらくして、青葉がブリーフィングを開いた。
場所は、巡洋艦『青葉』のブリーフィング区画だった。壁面表示には、暗い宇宙を背景にした星図と、その一角に拡大表示されたゴシロック星系の立体図が出ている。
以前にも見たはずの星系図なのに、今回はどこか見え方が違った。
機怪天国で得た情報が加わったせいか、ただの“探索候補地”ではなく、もっとはっきり意味を持った目的地に見える。
僕の他には、ジェプラ、ギラ、太郎がいて、ザラスターIIのブライアントとも通信でつながっていた。ハチョキも向こうで何かの棚にしがみついているのが見える。
出発してから少し経って、艦内の空気が落ち着いたところを見計らったのだろう。
機怪人形ボディーの青葉は、中央の表示の前に立って、いつもより少しだけ改まった口調で言った。
「これより、ゴシロック第四惑星に関する事前説明を行います」
「改めて聞く感じなんだね」
僕がそう言うと、青葉は頷いた。
「はい。前回の探査時には、表層情報しかありませんでした。ですが、今回は、機怪天国とキーフラス大佐から得た情報が加わっています。危険性も、目的も、前回とは比較になりません」
その言い方に、区画の空気が自然と引き締まる。
壁面の表示が切り替わり、ゴシロック第四惑星の表層と、その地下に重なるような幾何学的な構造図が現れた。
球体の内部へ、巨大な四角いものが何重にも埋め込まれている。
普通の研究施設の断面図には見えない。惑星の中へ、惑星そのものに働きかけるように、何かの装置を詰め込んだような図だった。
「キーフラス大佐によると、この惑星には、失敗した因果変換技術を応用した惑星改造設備があります」
ブライアントが、通信越しに片眉を上げた。
『失敗した、って言い方が気になるな』
「その表現は、説明用の簡略化です」
青葉は静かに言った。
「正確には、“完成した装置でありながら、望む結果を予期しない形で得る危険を内包した技術”です」
僕は、思わず表示を見直した。
「完成してるのに、失敗作みたいなものってこと?」
「はい」
青葉は頷く。
「因果変換自体は成立します。結果も出ます。ですが、その結果が、操作者の想定した経路を通るとは限りません。むしろ、因果律全体の最適化の中で、“もっとも成立しやすい別の形”で望む結果が創発される傾向があります」
ギラが、翼をたたみながら言った。
『やー、つまり“願ったことは叶うかもしれんけど、叶い方が怖い”いうことやな』
「ほぼ、その理解で正しいです」
青葉の答えは、妙にあっさりしていた。
でも、僕にはその説明で十分すぎるほど怖かった。
望みが叶う。
だけど、それが自分の思っていた形とは限らない。
しかも、宇宙の因果律そのものを巻き込んで、“叶いやすい形”へ結果が再構成される。
それは、便利な技術というより、世界の裏側にいる何かへ願い事を投げつけて、その返事が返ってくるのを待つような、不気味さがあった。
「それって……タイムマシンみたいなものなの?」
僕が訊くと、青葉は少しだけ間を置いた。
「広義にはそうです。ただし、単純な時間移動装置ではありません。このゴシロック第四惑星には、その高度な変換用の演算主体が備えられていました」
「演算主体?」
「はい。惑星規模の計算資源です」
中央表示の地下構造が、さらに拡大される。層、層、層。どこまでも沈み込むような構造体が、マントル近くまで入り込んでいるように見えた。
「因果変換を高度に行うためには、通常の量子計算機では足りません。時間方向まで含む状態空間を扱い、結果の収束先を選別し、成立可能な分岐を比較し、さらに高次元側の条件まで織り込む必要があります」
そこまで言われると、僕には、もう半分くらいしか分からない。
でも、ひとつだけはっきりしていることがある。
「つまり……星ひとつを、丸ごと頭脳にしてたってこと?」
「その表現が、もっとも直感的です」
青葉がそう言った瞬間、僕は、ぞっとした。
ゴシロック第四惑星は、ただの研究所ではない。
惑星そのものが、高度な因果変換のための演算装置だったのだ。
ジェプラが、少し青ざめた顔で言った。
「そんなものが、まだ残っているのですか……?」
「一部は封印され、一部は休眠し、一部は破損しています」
青葉の声は冷静だった。
「ですが、残っています」
その一言が、ひどく重かった。
「ここは、その封印された基点構造です」
青葉は、惑星表面の地図の一点を示した。そこは、以前、ゴシロック第四惑星を調べたときに、何か構造がありそうだと調べようとしたところだった。
ブライアントが、低い声で言う。
『その封印された設備を使った設備の実験に失敗して、あの星は荒野になったわけか』
「はい」
青葉は、次の表示を出した。
かつてのゴシロック第四惑星の推定環境だ。
水循環があり、氷河も海もあり、地域によっては植生も成立していたらしい痕跡がある。
それが、ある時点以降、一気に崩れている。装置の周囲を除き、氷河以外の水や氷が消失し、地表の多くが寒冷乾燥化して荒野のようになった。
「この惑星は、実験の余波で、広範囲の環境バランスを失いました。現在の荒廃は、その結果です」
僕は、前回見たあの乾いた地表を思い出した。
死んだ星みたいに見えた。
でも、本当に死んでいたわけでは、ない。
壊されたのだ――高度すぎる技術の失敗の余波で、惑星全体の“生きていける状態”が吹き飛ばされた。
ギラが、今度は軽口を言わずに呟いた。
『因果変換いうても、便利な願望器やなくて、やっぱりこういう怖さがあるんやな』
「はい」
青葉は静かに肯定した。
「望む結果が得られても、そのために払う代償が、操作者の理解を超えることがあります」
その言い方に、キーフラスが背負っていたものの重さが、少しだけ分かる気がした。
ただ兵器を作っただけではない。
世界の仕組みそのものへ手を入れる技術を、実際に動かし、その破綻を見たのだ。
しばらくの沈黙のあとで、僕は訊いた。
「じゃあ……僕たちは、そんな危ない星に、これから行くんだよね?」
「はい」
青葉は、あっさりと言った。
「もっとこう、ためらいとかないの?」
「あります」
その返事が少し意外で、僕は思わず青葉を見る。
青葉は、僕の視線を受けて続けた。
「しかし、それでも行くべきと考えます」
壁面表示が、また切り替わる。
今度は、機怪天国側の制御ブロック図と、ゴシロック第四惑星側の封印構造の比較だった。そこへ、細い一本の鍵線が接続されている。
「マザーが、『機怪天国』の技術を応用した制御プログラムを渡してくれました」
「制御プログラム……」
「はい。加えて、ワンスキーも受け取っています」
青葉の声は、少しだけ強くなった。
「これを使用することで、ゴシロック第四惑星の封印遺跡を一度だけ正規権限で開き、惑星改造設備を再起動させることができます」
僕は、はっとした。
「それって……」
「惑星を生き返らせることができる、ということです」
その一言で、区画の空気が変わった。
ブライアントが、通信越しに黙る。
ジェプラは目を見開いたまま、言葉を失っている。
ギラでさえ、すぐには軽口を挟まなかった。
太郎だけが、淡々と表示を見上げていたが、それでもいつもより少しだけ長く黙っていた。
「生き返らせる……」
僕は、思わずその言葉を繰り返した。
荒野のようになった星を――因果変換技術の失敗で壊れた惑星を。
海と空と、ちゃんとした生態圏を持つ世界へ戻すことができる。
そんなことが、本当に可能なのか。
けれど、マザーと機怪天国を見たあとでは、できないと断じる方が難しかった。
ブライアントが、ようやく低く言った。
『つまり、俺たちは、探索に行くっていうより……』
「壊れた世界の修復をしに行くんだね」
僕がそう言うと、青葉は静かに頷いた。
「そうです」
その後で、彼女はもう一度、全員を見回すように言った。
「ただし、注意点があります」
やっぱり、そこはあるらしい。
「ワンスキーは一回限りです。解除後、惑星改造処理が完了すれば、遺跡本体は再封印されます」
ブライアントが、すぐに現実的な顔に戻る。
『つまり、開けたらその場で全部把握しろ、ってことだな』
「はい」
『やー、そういう肝心なとこは、やっぱりシビアやな』
ギラが翼を揺らして言う。
『大仕事の鍵がワンスキーて、緊張感しかあらへん』
青葉は、さらに続けた。
「また、惑星改造処理は、表面的な回復だけでなく、深部の分子機械群と演算層を再同期させます。したがって、地表環境は大幅に改善される可能性が高いですが、内部構造の危険性が完全に消えるわけではありません」
『……拠点候補としては最高だけど、管理責任も最高クラスってわけか』
ブライアントのそのまとめ方は、妙に分かりやすかった。
「はい」
青葉は、ためらいなく頷いた。
「その認識で問題ありません」
そこで、僕はふと、青葉がさっき僕にだけ言ったことを思い出した。
便利だから欲しいのではない。
危険だからこそ、こちらの手の届く場所へ置いておきたい。
でも、そのことは今ここでは口にしない方がいい気がした。
僕は、ただ表示の中のゴシロック第四惑星を見つめた。
荒れ果てた、乾いた星。
そこに埋まっている巨大な演算主体。
過去に何かを壊し、今なお危険を抱えた施設。
それでも、マザーの制御プログラムとワンスキーがあれば、生き返らせることができるかもしれない世界。
怖くないと言えば嘘になる。
でも、それ以上に、見たいと思った。
壊れた星が、もう一度息を吹き返すところを。
そして、その先に、自分たちの拠点になり得る何かがあるのなら、それをちゃんとこの目で確かめたいと思った。
ジェプラが、少し緊張した声で言った。
「私は、弓良殿とともに参ります」
それは確認ではなく、宣言だった。
ギラも、すぐに続く。
『わいもや。ここまで聞かされて、“ほな危ないから帰ります”とは言えんわ』
太郎は、いつも通り短く言った。
『太郎も行く』
通信越しのブライアントが、小さく笑う。
『こっちも同じだ。危険なのは分かった。だが、だからこそ、放っておけん』
青葉は、静かに全員を見た。
「ありがとうございます」
それから、ほんの少しだけ柔らかい声で付け加える。
「では、ゴシロック第四惑星到着後、まず軌道上から再観測を行い、その後、ワンスキーと制御プログラムを適用します」
僕は、もう一度、中央表示の惑星を見た。
まだ荒野のままの、ゴシロック第四惑星。
けれど、そこには、ただの死では終わらない余地が残っている。
壊れたまま放置された世界ではなく、もう一度、生き返れるかもしれない世界。
それが、これから向かう先なのだと、ようやく実感が湧いてきた。
「……うん」
僕は、小さく頷いた。
「行こう」
その言葉に、青葉も静かに頷き返した。
ゴシロック第四惑星は、実は、やべー星でした……あのまま弓良逹が調査していたら……(ブルブル)。




