第七十三章 六ヶ月前の綻び~出発
オッコクへ戻る前、『機怪天国』の外縁宙域では、まだ戦後の整理が続いていた。
崩壊したバズギャン型機動要塞の残骸は、神殿監察部の艦隊が外周から拘束している。
分子機械に侵食されて半ば“生き物じみた兵器”へ変質していた機怪ビーストの一部は、完全に分解されていないものもあった。
それらは捕縛され、封じの魔法と拘束容器の中で沈黙していた。
機怪天国の表面を走っていた傷は、マザーの制御のもとで少しずつ閉じ始めている。要塞砲が刻んだ痕は大きかったが、工廠惑星そのものは、どうにか持ちこたえた。
その後の、ほんの少しだけ落ち着いた時間だった。
『青葉』のラウンジ区画に、僕たちは集まっていた。
揺れは、もうほとんどない。
戦闘配置の張りつめた照明も、通常寄りの柔らかなものへ戻っている。
それでも、誰も完全には気を抜いていなかった。
機怪天国は正常化した。源悪の意志の本体に近い構造も、最後には“雪の姫のもと”へ去って行った。しかし、事件の全体像がようやく見え始めたのは、むしろこれからだった。
ブライアントが、腕を組んだまま低く言った。
「……で、結局、何がどうなってたんだ?」
その問いは、たぶんこの場の全員が思っていたことだった。
僕も、美優も、源一郎も、ナルディアも、ギラも、そしてジェプラも、自然とアーマッドの方を見る。
アーマッドは、ラウンジの窓際に立ったまま、しばらく外の機怪天国を見ていた。
それから、いつもの低く落ち着いた声で言う。
「推定の域は出ない。だが、ここまでの情報を合わせると、筋は見える」
その声があまりにも静かだったので、逆に、場の空気がぴんと張った。
美優が、壁際の端末に片肘をつきながら、小さく頷く。
「こちらでも、要塞側のログを拾って照らし合わせました。まだ、ブラックボックスじみた強固なバックアップシステムが破片の中に残っていたんです。あの核の囮です」
僕は、源悪の意志を探したときに、源一郎が「要らない飾り」といった赤く脈打つ破片を思い出した。
「読み出せました。完全ではないですが、だいたい一致しています」
源一郎が、ぶっきらぼうに付け加える。
「気持ち悪くなるようなログまで漁ってな」
美優は、嫌そうに眉を寄せた。
「……ほんとに気持ち悪かった。あいつらの意識、というか、思考の癖というか、まともな生き物の感じじゃないのよ。覗いたこっちの頭の中まで、ぬるっと汚される感じだった」
その言い方に、僕は、少しぞっとした。
ガナドラで見たガラXFIザAの姿と、因果の路の中で見た半魚人めいた黒い影を思い出した。
あれらが、ただの兵器端末ではなく、思考そのものとしても異質なら、美優の言う“ぬるっと汚される感じ”は、凄く、よく分かる気がした。
アーマッドは、話を切らずに続ける。
「まず、およそ六ヶ月前だ」
僕の胸が少しだけざわつく。
六ヶ月前――僕が宇宙船墓場で目覚めるより前で、僕と美優の今の身体が、まだ起動していなかった時期だ。
「俺たちが倒したグリム・バーロックという男がいた」
その名が出ると、ナルディアが真っ先に顔をしかめた。
「うわ……あの気持ち悪い男!」
その反応は、とても率直だった。
「グリム……?」
僕が尋ねると、ブライアントが、指を頬に当てた。
「たしか、ギャングの大ボスだったな?」
アーマッドは、頷いた。
「そうだ。詳細はGDCには知らせていないが、奴は、おそらく、仮称“ランコロウ”と呼ばれていた謎の種族の一体だった。あるいは、もっと正確に言えば、源悪の意志と同じもののだった可能性がある」
ラウンジが静まる。
ブライアントは、目を見開いた。
「グリム・バーロックが……?」
「そう考えるのが、一番自然だ」
アーマッドは、答える。
「単独の異常者としては、知りすぎていた。機怪人形の価値も、器としての適性も、あまりにも正確に理解しすぎていたのだ。後から偶然そこへ辿り着いた人間ではないだろう。最初から、あの計画の線上にいた」
ブライアントが、低く唸る。
「つまり、そいつが、ガラXFIザAと黒狼族を引っ張ったのか?」
「おそらく」
アーマッドは窓の外の機怪天国を見たまま言う。
「ガラXFIザAと黒狼族を手引きし、バズギャン型機動要塞を機怪天国へ突入させた。その目的の少なくとも一つは、新しい身体を得ることだったんだろう」
そこで、美優が静かに言葉を継いだ。
「機怪天国に、弓良さんと、わたしを製造させるためよ」
その声は、静かだったが、怒りを堪えているように感じられた。
彼女は、器として造られたことも、そこに別の何かが入り込む前提だったことも、今はもう知ってしまっている。
僕は、小さく息を吐いた。
「ということは、僕たちは、最初から……」
「奪われる予定だった」
美優が、はっきり言う。
厳しい言い方だったが、おそらく、その通りなのだと思う。
ギラが、いつもの調子を少し抑えて言う。
『そこへ、ガラXFIザBも噛んどったんやな』
「そう」
美優は頷く。
「ガラXFIザBも、その計画に絡んでいた。でも、ちょうど六ヶ月前、やつらは取り分で揉めた」
ナルディアが、目を瞬かせる。
「取り分?」
「やつらの言い方では、そう」
美優は、嫌悪を隠さずに言った。
「ガラXFIザBは、“自分たちの取り分が少ない”って判断したみたい。だから、哨戒艦で、うまくいかなかったプロトタイプだった弓良さんと、わたしを強奪した」
ブライアントが、眉を寄せた。
「そして、宇宙船墓場を経由して戻ろうとしたのか……」
その一言で、僕は、宇宙船墓場の光景を思いだしていた――。
真空、破損した艦、漂う死体――そして、僕は、そこで目覚めた。
美優は、頷く。
「うん。要塞側のログだと、ガラXFIザAの連絡を受けたグラブール人の仮装巡洋艦が、ガラXFIザBの哨戒艦を発見して攻撃したらしい。けど、逃げられたと思っていたみたい」
「思ってた、ってことは?」
僕が言うと、美優は少しだけ視線を下げた。
「アーマッドさんたちが見つけた時には、大破して漂っていた、よう」
その先は、アーマッドが引き取った。
「どうも、その時点で、君、弓良は、既に破孔から、宇宙空間へ投げ出されていたのだ」
僕は、黙って聞いた。
「俺たちが手に入れたのは、美優だけだ」
その言葉は、前からぼんやり理解していた事実を、改めて形にしただけだった。
でも、“手に入れた”という表現が、妙に現実的で、少し痛かった。
源一郎が、ぶっきらぼうに横から言う。
「宇宙船墓場で拾った時、正直、何だこれって感じだったぞ。まともな人間でもない、ただの機械でもない、でも放っとける状態じゃなかった」
「ひどい言い方!」
美優が、じろっと睨む。
「いや、事実だろ」
源一郎は、少しも悪びれない。
「こっちは整備屋だぞ。拾ったもんが何でできてるか分からんと落ち着かねえんだよ」
そのやり取りに、少しだけ場が和む。
でも、話の内容自体は重いままだ。
アーマッドは、そこから次の段階へ移った。
「その後、つまりグリム・バーロックを倒した後、俺は、GDCにグラブール人の影響領域へ行って、〈先住者〉の遺物を捜索するという調査協力を要請された。その時点で、詳しいことは聞かされなかったが、『機怪天国』のことだろう」
その一言に、ブライアントの目が少しだけ細くなる。
「直接、神殿監察部との会合地点へ向かっていたのか?」
「そうだ。その神殿監察部というのも、その時点では知らなかったが」
アーマッドは頷く。
「だが、航路が漏れていた」
美優は、頷いた。
「要塞のログによれば、GDCに、内通者がいたようです。ガラXFIザA経由での通信ログがありました」
ブライアントの顔が、一気に険しくなる。
「そうか。GDCに……」
その声は、低かった。
怒りが冷たく沈んだ時の声だ。
「……それで、俺のザラスターも」
僕は、そこで初めて、ブライアントの中でいくつかの線がつながったのだと気づいた。
ブライアントの探査船ザラスターが、以前どこかで不自然に襲われたと言っていた。
その事実と、GDC側の情報管理の妙な甘さが、ここで一本、つながったのだろう。
アーマッドは、続ける。
「俺たちは、ガラXFIザAの打擲艦隊の大艦隊に包囲された。この要塞砲と同系統の兵器でやられた」
そこで、源一郎が、露骨に嫌そうな顔をした。
「艦ごと潰されたみてえなもんだったな。正面から殴られたってより、空間の方がおかしくなって、船の構造が一気に軋んだ」
その表現は、整備屋としての実感が乗っていて、逆に怖かった。
ナルディアが、小さく唇を噛む。
「あたしだけ、先に逃がされたんだよね……」
「それは運が良かったんだ」
アーマッドは、はっきり言った。
「黒狼族に捕まった方が、結果としては、まだましだった」
その言い方には、かなり重い意味があった。
「俺たちは、ガラXFIザAのドローンに捕らわれ、そのまま、あの機動要塞に閉じ込められた」
源一郎が、即座に顔をしかめる。
「待遇最悪だったぜ。やつら、栄養ゼリーと水しか渡さず、何もない部屋の中に閉じ込めてんだから」
そのぶっきらぼうな愚痴に、僕は一瞬だけ笑いそうになった。でも、すぐに笑えなくなる。
アーマッドが、静かに補足する。
「ガラXFIザAは砒素系生物だ。奴らの大気は我々に猛毒だが、奴らにとっても酸素は猛毒だ」
「だから、隔離……?」
「そうだ」
アーマッドは頷く。
「隔離されるのは仕方ない。だが、人類用に用意されていた機材が乏しかった。彼ら自身も戸惑っていた可能性はある」
「戸惑っていたって、やってることは最悪だけど」
美優が、冷たく言う。
「もちろんだ」
アーマッドは、そこはきっぱり認めた。
「ただ、最初から“人類捕獲施設”として完成していたわけではなかった、というだけだ」
美優が、端末へ指を軽く触れながら続ける。
「ハッキングして分かった限りだと、ガラXFIザAは、グリム・バーロックに、“美優を取り返したらキープしておけ”って命じられてたみたい」
その言い方が、彼女自身の名前を出しているのにどこか他人事めいていて、逆に痛々しい。
「その時、一緒の地球人も捕らえておくように指示されていた。たぶん、アーマッドさん、源一郎さん、そしてナルディア」
「つまり……」
僕がそう言うと、美優は頷く。
「やつらは、グリム・バーロックが、とっくに倒されてることを知らなかったんだと思う」
なるほど、と僕は思った。
だから、目的そのものは途中で失われているのに、命令だけが残り続けていた。
捕らえたまま、要塞の中へ閉じ込め、どう扱うのが正解かも分からないまま、ただ“言われたから保持しておく”状態になっていたのだ。
ギラが、翼を少し畳みながら言う。
『命令系統の切れた半端な現場いうのは、だいたいそうなるなあ』
「半端、で済ませたくないけどね」
美優は、嫌そうに眉を寄せる。
「こっちは、閉じ込められてる側なんだから」
そこで、源一郎がまたぶっきらぼうに言った。
「まあ、そのおかげで、完全に処分もされずに済んだとも言える」
「それは、それで酷い言い方!」
「事実だろ」
源一郎は、少しも譲らない。
アーマッドが、話を締めるように続けた。
「そうやって、かなり長い時間、俺たちは閉じ込められていた。だが、因果の路が絶たれたことで、状況が変わった」
僕は、思わず少しだけ前へ身を乗り出す。
そこから先は、僕たち自身も戦場の中で見た“結果”につながる話だ。
美優が、小さく息を吐く。
「因果の路が絶たれた瞬間、こっちでも、機械天国側との干渉が急に近くなった。たぶん、源悪の意志が使ってた接続が切れて、その分のノイズが減ったからだと思う」
体感と技術理解が、半分ずつ混ざった言葉だった。
「それで、わたしが、マザーと接触できた」
マザーが、別窓で静かに頷く。
『はい。接触は、ごく短時間でしたが、十分でした』
アーマッドが、その先を引き取る。
「機動要塞が完全に切り離される前に、分子機械で貫通された通路を伝って、俺たちは機械天国側へ逃れた」
源一郎が、少しだけ顔をしかめた。
「逃げたっていうか、あれはほとんど“壁の中を通された”って感じだな。まともな人間相手にやる避難経路じゃねえ」
その表現に、ラウンジのあちこちで小さな苦笑が起きる。
でも、想像するとたしかにそうだ。機怪天国製の分子機械通路なんて、普通の避難設備のイメージとはたぶんだいぶ違う。
マザーが、穏やかに続けた。
『その後、私は、アーマッドさんと源一郎さんの記憶を読ませてもらい、必要最小限の戦闘艦を製造しました』
「シラトリIIだね?」
僕が言うと、アーマッドは頷いた。
「そうだ。あれは、俺たちの記憶と、機械天国の艦船製造系を合わせて、ほとんど即席で組まれた艦だ」
源一郎が、ぶっきらぼうに付け足す。
「即席っつっても、中身はこっちの船より、よっぽどまともだったがな」
「それ、ちょっと複雑な感想だね」
「事実だ」
源一郎は、やっぱり少しも譲らない。
アーマッドは、最後に短く結んだ。
「それからの経緯は、君たちも知っている通りだ」
そこまで話して、ようやくラウンジの空気が少し緩んだ。
長かった。
でも、ずっと点でしか見えていなかった出来事が、ようやく線になった気がした。
グリム・バーロック、ランコロウ、源悪の意志、ガラXFIザA/B、黒狼族、宇宙船墓場、シラトリ撃沈、機動要塞への監禁――そして、因果の路の切断と、機怪天国での再会。
全部が、ひどく悪趣味な一本の流れとしてつながっていた。
僕は、少しだけ黙ってから言った。
「僕と美優は、本当に“奪われるために作られた”んだね……」
美優が、静かに僕を見る。
「そうね」
短い返事だった。
「でも」
彼女は、そこで少しだけ言葉を選んだ。
「いまは、もう違う」
その一言に、僕は少しだけ救われた気がした。
奪われるために作られたというのは、確かに、そうだったのだろう。
でも、その計画は崩れ、因果の路も断たれた。
『機怪天国』も正常化した。
そして、僕たちはここにいる。
だったら、いまここにいる僕たちは、もうその計画の“成果物”ではない。
そこから逸れて、生き延びて、自分たちの道へ踏み出した存在だ。
ブライアントが、低く息を吐いた。
「GDCの内通者の件は、あとで徹底的に洗う必要があるな」
その声には、冷たい怒りがまだ残っていた。
アーマッドが頷く。
「当然だ。だが、それは、それとして」
彼は、僕と美優を交互に見た。
「ようやく、ここまで辻褄が合った」
「うん」
僕も、静かに頷く。
完全に、全てが分かったわけではない。
でも、少なくとも、何がどう絡み合って、どうして今ここに僕たちがいるのか、その輪郭は見えた。
ラウンジの窓の向こうでは、機怪天国の表面が静かに光っていた。
長い悪夢のあとで、それでも惑星は回り続ける。
僕は、その光を見ながら、小さく思った。
やっと、過去に追いついたのかもしれない。
そしてようやく、ここから先は、過去に追われるためではなく、自分で進むための時間になるのだと。
***
『機怪天国』を離れる時、僕は、最後にもう一度だけ、その人工惑星を見上げた。
金属でできた星の表面には、無数の光の線が静かに走っている。
戦いの最中には、その光のひとつひとつが傷ついた皮膚の血管みたいに見えた。
でも、今は違う。まだ傷跡は残っているはずなのに、不思議なくらい落ち着いて見えた。
長い悪夢からようやく呼吸を取り戻した巨大な生き物みたいだと思った。
社所ステーションの側では、機怪巫女γが、いつもの少し芝居がかった偉そうな雰囲気で腕を組んでいた。
『ほんに、騒がしい客人どもじゃったの』
そう言いながらも、その声に本気の不機嫌さはない。むしろ、気に入った相手をわざとぞんざいに送り出す時の調子に近かった。
「そっちも十分、騒がしかったと思うけど」
僕がそう返すと、ガンマは鼻を鳴らす。
『わらわは、元々ここにおる側じゃ。騒ぎの中心へ飛び込んできたのは、おぬしたちの方じゃろう』
「その通りです」
青葉が、当然のように同意した。
「青葉、そこは合わせなくていいんだよ」
「事実確認です」
やっぱり、その返しになる。
ガンマは、くすりと笑ってから、今度は少し真面目な目で僕を見た。
『弓良よ。おぬしは、ようやった。路を断ち、意志様を助け、機怪天国を正常に戻した。わらわは、忘れぬぞ』
その言葉は、想像していたよりずっと重かった。
機怪巫女というのは、単なる案内役ではない。この星と、供物と贈物の長い歴史の現場に立ち続けてきた存在だ。
その彼女にそう言われると、自分がやったことの大きさが、少しだけ遅れて胸に落ちてくる。
「ガンマさんも、無事でよかったです」
僕がそう言うと、ガンマは、ほんのわずかに目を細めた。
『まあ、これは、意志様に造ってもらった、新しい身体じゃがな。わらわが、『機怪天国』でずっと過ごすのは、もっと先じゃ』
ガンマの造形は、前に見たときよりも、美優寄りになっている気がした。つまり、より自然な感じ――ガンマの場合はグラブール人の狐族寄り――になっていた。
ガンマは、機構があまり見えない手を、少し上げた。
『達者でな。こうして見送るのは、ちと寂しいものじゃの』
その言い方に、僕は少しだけ笑った。
たぶん、また会う気がする。
でも、それを今わざわざ口にするのも違う気がした。
僕たちは、機怪天国を離れた。
***
完璧な状態となった巡洋艦『青葉』は、僕が知っている『青葉』と同じでいて、やっぱり少し違っていた。
機怪天国の中枢とつながり、イハァトパー機関の封印が解かれ、FMSプラズマ砲まで使えるようになった『青葉』は、もはや“古い〈先住者〉巡洋艦”という言葉だけでは収まらない存在感を持っていた。艦内の空気も、前より静かで、前より密度が高いように感じる。機関が回っている音はするのに、それが雑音ではなく、“巨大な生き物の呼吸”みたいに自然なのだ。
オッコクへ向かう航路に入った時、その違いはもっと露骨に出た。
神殿監察部の艦隊が通常のストライプドリープ航法で隊列を整えようとした、そのずっと前に、『青葉』は青葉だった。いや、もう“それ以上に青葉だった”と言うべきかもしれない。現実空間と高次空間のあいだを滑るように抜け、普通の人類艦やグラブール人艦では到底維持できない速度域へ、何の苦もなく入っていく。
外部表示の星々の流れ方が、前とはまるで違っていた。
速い、というより、宇宙の方がこちらへ都合よく折り畳まれてくる感じがある。
ブライアントが、航法表示を見ながら、半ば呆れたように言った。
「……これは、もう“艦の性能”って言っていいのか?」
『航法だけでなく、場そのものの扱いが変わっています』
青葉の答えは静かだった。
『機怪天国との再接続により、『青葉』は、本来の航行特性を、かなり取り戻しました』
「取り戻しすぎじゃないか?」
『その可能性は、あります』
さらっと認めるあたりが青葉らしい。
その結果、僕たちは、アラージの艦隊をほとんど置き去りにして、先にオッコクへ到着した。
オッコクの巨大な軌道エレベーターが見えてきた時、僕は少しだけ変な気分になった。
つい最近まで、ここは“狐族の本拠地で、神殿監察部の中枢で、どこか底知れない場所”だった。
でも今は、そこへ帰ってきた、という感覚が少しある。
それから少し遅れて、シラトリIIが来た。
さらに、その後方から、ブライアントの新しい探査船――ザラスターIIもオートパイロットで到着した。まだ生まれたばかりの艦なのに、妙に落ち着いた航跡を描いていた。機怪天国製の艦らしい完成度なのだろう。
アラージたちの艦隊がオッコクへ戻ってきたのは、そこからさらに少し後だった。
彼女は、通信ではなく、実際に『青葉』へ仮想体の入ったアンドロイドを寄越してきた。
着艦区画へ出迎えに行くと、いつもより少しだけ疲れた顔で、それでもきっちり整った姿勢で立っている。
『少し、事後の手続きがあります』
開口一番、それだった。
『しばらくオッコクにいて貰いますが、その間にどうするか決めたらいいでしょう』
その言い方は、拘束ではなく、あくまで“滞在を勧める”ものに聞こえる。
しかし、監察部としては当然、事情聴取や政治的な整理や、黒狼族方面への捜査継続など、いろいろ残っているのだろう。
ブライアントが頷く。
「分かった。こっちも、すぐに飛び出す気はない」
『ええ、そうしてください』
アラージは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
『英雄扱いされたいなら、別ですが』
「遠慮する」
「遠慮します」
ブライアントと僕の返事がぴたりと重なって、ギラが吹き出した。
『やー、そこだけは息ぴったりやな』
僕らは、笑った。




