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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第V部 機怪天国編

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第七十一章 残骸へ降りる~雪の姫のもとへ

 制御区画の壁面に映る戦場は、さっきまでの大艦隊同士の砲撃戦とは、もう別の状況になっていた。

 ガラXFIザAのバズギャン型機動要塞は、FMSプラズマ砲の一撃と、その後の集中砲火で完全に崩壊した。

 棘だらけの巨大構造体だったものは、今では無数の残骸群になって、機怪天国の近傍宙域へ不気味に漂っている。

 大きな、塊はまだ艦一隻分くらいあるし、細かな分子機械の霧みたいなものも、光の当たり方によっては黒い雲のように見えた。

 でも、その“残骸”の奥に、まだ何かがいる。

 戦術表示の中心に、赤い楕円形の危険領域が点滅していた。

 残骸の流れが、そこだけ妙に不自然だ。

 普通ならバラバラに散っていくはずの破片が、ゆっくり、しかし確実に、その一点の近くへ引かれていく。

 重力だけではない。場そのものが、そこへ向かって歪んでいる。

『残骸中枢の異常反応、継続中』

 青葉が静かに告げる。

『要塞本体は崩壊しましたが、源悪の意志の核のような構造体が残存している可能性が高いです』

 監察部艦隊の通信窓で、アラージが険しい目を細めた。

『こちらの観測でも一致しています。反応は小さくなりましたが、むしろ凝縮していますね』

 背後のギースが、被害表示を確認しながら低い声で呟いた。

『小型艇をそのまま突っ込ませるのは、嫌だな。残骸へ触れた瞬間に汚染される可能性もある』

「つまり、また“普通ではないものが見える者”が行くしかないってことだな」

 ブライアントが、僕と通信窓の向こうの美優を交互に見ながら言った。

 その言い方に、僕は少しだけ肩をすくめた。

「そういう言い方をされると、あんまり嬉しくない」

「嬉しくなくても、たぶんその通りだ」

 ブライアントは、即答する。

 そこは慰めてくれないらしい。

 通信画面の向こうで、美優がじろっと僕を見た。

『先輩、そこで変に気取らないでね』

「気取ってないよ」

『気取ってる』

 刺のある口調だ。

 でも、その刺の角度が、今の僕には妙に懐かしくて、少しだけ安心する。

 そのすぐ横で、源一郎が前へ出た。

 彼は、工具ベルトをまだ外していなかった。

 戦闘艦のブリッジにいるにしては場違いなくらい整備屋の格好のままなのに、それが逆に彼らしかった。髪を乱したまま、疲れた顔で戦術表示を睨み、片手で何かのパネルを叩きながら、ぶっきらぼうに言う。

『で、その残骸の核ってのを見つけて、引っぺがして、潰しゃいいんだろ。やること自体は単純だ』

 その口調に、僕は少しだけ、ほっとした。

 理屈がどれだけ異常でも、最終的に“整備屋のタスク”へ落とし込んで考えるんだろうと思った。ちょっと太郎に似ているような気もする。

 アーマッドが、横で低く言う。

『単純、ではあるな。危険なだけで』

『危険なのは、見りゃ分かる』

 源一郎は、少しも気負わずに返した。

『でも、どんな厄介なガラクタでも、壊すなら壊す場所がある。場が変だろうが、魂がどうこうだろうが、構造になってるなら継ぎ目があるはずだ』

 その言い方が、ひどく整備屋っぽかった。

 そして、その現実感が、この場ではすごくありがたい。

 青葉が、戦術表示の一部を拡大する。

『源一郎さんの言う通りです。残骸中枢は不定形に見えますが、複数の大破片と、分子機械の凝集核と、シャドーマター場の三層で構成されていると推定します』

『継ぎ目があるなら、切れるってことだな』

 源一郎がぶっきらぼうに言う。

『はい』

 青葉は静かに頷く。

『ただし、通常観測では、その継ぎ目の特定が難しい』

 そこで、自然と視線がまた僕と美優へ集まる。

 美優が、じろっと周囲を見返した。

『結局、私たちが見るしかないんでしょ』

「たぶんね」

 僕が、そう言うと、美優は画面越しに目を細めた。

『先輩、よろしくね』

「うん」

 たぶん、美優も完全に平気な訳ではないのだろう。

 こうやって普通な調子で受け答えをすることで、自分を支えているのかもしれない。

 アラージが、やや強引に話を戻した。

『作戦を整理します。残骸中枢へは、こちらの大型艦を直接近づけません。監察部艦隊は外周を囲み、拡散防止と外部妨害の排除を担当します』

 戦術表示で、監察部艦隊の艦影が残骸群の周囲へ再配置される。

 損傷艦は後方へ下げ、まだ動ける中型艦が輪を作る形だ。

 ギースが、被害を受けた艦の抜けた穴を、他の部族艦で埋めるように指示を飛ばしている。

『シラトリIIは、中距離から表層を削ります』

 アーマッドが頷いた。

『分かった。内部へ潜るのは危険すぎる。近接火器と位相撹乱兵装で、表層反応を剥がす』

 源一郎が、すぐに口を挟む。

『あと、残骸の破片同士が不自然に噛み合ってるところがあれば、そっち優先で撃たせる。ああいうのは、だいたい無理やり繋いでる箇所が弱い』

 その発想が、いかにもだった。

 青葉も、即座にそれを戦術へ反映する。

『了解しました。残骸群の疑似接合部を優先抽出します』

『『青葉』は、安全距離を維持しつつ、弓良さんと美優さんの同期補助を担当します』

 マザーが、柔らかいが迷いのない声で言う。

『必要であれば、私の側からも機怪都市の高次元計算機群から、演算補助を入れます』

 僕は、小さく息を吐いた。

 また、美優とつながって、あの妙な高次接続の感覚へ入ることになる。

 さっきの光輪の増幅は、戦闘手段としてはうまくいった。

 しかし、今度はもっと繊細な作業だ。大砲で全部吹き飛ばすのではなく、残骸の中で“核がどこにあるか”を見抜いて、そこだけを切り離さなければならない。

 青葉が、僕の方を向いた。

『弓良。準備をお願いします』

「うん」

 僕は、頷いてから、通信窓の向こうの美優を見る。

「美優、いける?」

 彼女は、今度はすぐに答えなかった。

 少しだけ目を伏せて、何かを確かめるように自分の胸元へ手を当てる。それから、小さく息を吐いて顔を上げた。

『まだしっかりと、残ってる……』

「パス?」

『うん。先輩との間の、あの変な道。細くなってるけど、まだ切れてない』

 彼女は、言いにくそうにしながらもはっきり言った。

『先輩が、あの半魚人と戦っていたときから、ずっとそれを通して見ていたの。まだ、つながっている』

 僕の胸の奥で、何かが小さく鳴った。

 因果の路そのものは断ち切った。

 でも、あの事故を経由して残った残留相関路は、まだ完全には消えていない。

 今度は、それを“思い出の名残”ではなく、戦術的な回路として使うことになる。

 美優が、少しだけ視線を逸らしながら言う。

『だから……その、同期はできると思う』

「そっか」

 僕がそう返すと、美優は、少しだけむっとした顔をした。

『なに、その反応。もっと何かあるでしょ?』

「いや、嬉しいなって思って」

『ばっ……戦闘中に何言ってるのよ』

 顔を赤くしたかどうかまでは、通信画面越しではよく分からない。けれど、明らかに動揺したのは分かった。

 ナルディアが、そのやり取りを見て半ば呆れたように言う。

「ほんと、こういう時だけ妙に平常運転だよね……」

 ギラが翼を揺らした。

『ええことや。極限状況で変に気ぃ張りすぎるより、よっぽどええ』

『同意します』

 青葉が、真面目に頷く。

「そこは同意しなくていいよ!」

 思わずそう返すと、区画のあちこちで小さな笑いが漏れた。

『平常心だ』

 太郎が頷いた。

 ほんの少しだけ、緊張が和らぐ。

 そのタイミングで、戦術表示の赤い危険領域が、わずかに脈打った。

『残骸中枢、反応増大』

 青葉の声が硬くなる。

『こちらの再配置を感知した可能性があります』

 壁面映像の向こうで、要塞残骸の流れが変わり始めた。

 大きな破片が、ありえない角度でゆっくり回転する。細かな分子機械の雲が、その周囲へ巻きつき始める。明らかに、“ただ漂っているだけ”ではない。

 ブライアントが、低く吐き捨てる。

「向こうも待ってはくれないってわけだ」

『当然です』

 アラージが答える。

『各艦、定位置へ。これより残骸中枢の封鎖作戦を開始します』

 監察部艦隊が外周を閉じる。

 シラトリIIが、斜め前方へ滑り込む。

 『青葉』も、ゆっくりと艦首を修正する。

 僕は、椅子の肘掛けを軽く握った。

 今度の戦いは、派手ではないかもしれない。

 けれど、たぶん今までで一番、失敗が許されない。

 青葉が、静かに告げる。

『弓良、美優さん。同期を開始します』

 通信画面の向こうで、美優も小さく頷いた。

 僕たちは、もう一度、あの細いパスへ手を伸ばす。

 残骸の中で脈動する赤い点が、こちらを待っているみたいに不気味に揺れた。


***


 残骸宙域は、戦いのあとだというのに、妙に静かな感じだった。

 ガラXFIザAのバズギャン型機動要塞が崩壊してから、まだそれほど時間は経っていない。

 普通なら、巨大構造物が砕け散った直後の宇宙空間は、もっと荒れて見えるはずだった。

 爆発の余波、散乱する破片、連鎖する二次爆発、燃え尽ききらない火線の残り香――そういうものが残っていてもよさそうだと思った。

 しかし、いま壁面映像の向こうに広がっている光景は、奇妙なほど落ち着いていた。

 もちろん、静止しているわけではない。

 大小さまざまな残骸が漂っている。金属片の帯がゆっくり流れ、細かな分子機械の粒子が霧のようにまとわりついた。

 大きな破断片は、機怪天国の重力に引かれるように少しずつ姿勢を変えている。

 でも、その静けさは、単なる戦闘後の沈静とは違った。

 何かが“待っている”時の静けさだ。

『残骸中枢、反応上昇』

 青葉が、低い声で告げた。

 戦術表示の中央で、赤い危険領域が、さっきよりはっきり脈打っている。

 不規則ではなく、心拍のように、ゆっくり、しかし確実に強く蠢いていた。

『弓良、美優さん。同期を開始します』

 青葉の声と同時に、僕は自然と画面の向こうの美優を見た。

 美優も、こちらを見ている。

 シラトリIIのブリッジは、こちらより狭くて、照明も少し暗い。

 彼女の背後で、源一郎が無愛想な顔のまま補助モニタを叩き、アーマッドは前方に半身を向けたまま戦術表示を見据えている。

 そういう慌ただしい空気の中で、それでも美優の目だけは、はっきりと僕を捉えていた。

 残っている。

 あの因果の路そのものではない。

 でも、事故の日の夕暮れを通して、僕と美優のあいだに一度だけ深く刻まれた、高次接続の細いパスが、まだ残っている。

 それは、思い出せばある、という程度のものではなかった。

 見ようとすれば、ちゃんと見える。

 細い銀の糸のようにも、青白い脈動する毛細血管のようにも見える。どちらにしても、脆そうで、でも簡単には切れない、妙に執念深い経路だった。

『視線を固定してください』

 青葉が、いつもより少しだけ柔らかく言った。

『弓良、美優さん。相手を、単なる通信相手ではなく、接続端として認識してください』

 美優が、少しだけ眉を寄せる。

『青葉さん、言い方がいちいち難しい』

『簡略化すると、“相手がそこにいる”と強く信じてください』

『最初からそう見えているわ』

 美優は、少し不満そうに言った。

 でも、その不満げな言い方の奥に、ちゃんと緊張があるのが分かる。

 僕も、小さく息を吐いた。

「僕も、いるって思ってる」

『なら十分です』

 青葉のその一言で、パスが一気に細く強く張り詰めた。

 僕の胸の奥から、シャドーマターの流れが引き出される。

 美優の側からも、同じように流れが走る。

 その二つが、青葉を媒介にして交わり、往復し、増幅されていく。

 今度は、さっきの光輪の時より激しくはない。

 派手な閃光がいきなり立ち上がるのではなく、まず、僕の背後に、淡い円環が浮かんだ。次に、美優の背後にも。

 二つの輪は、別々に存在しているはずなのに、その周縁の位相が少しずつ重なって、一つの大きな構造へ組み替えられていく。

 青葉が、そこへさらに深い制御を重ねる。

『三者制御に移行します。目的は破壊ではなく識別です』

 壁面表示の中で、赤い危険領域が一段深く拡大される。

 残骸の流れ、分子機械の凝集、局所重力の偏り、シャドーマター場の滞留――。

 それらが、いままでよりもずっと精細に見え始めた。

 中枢は、ただの塊ではなかった。

 崩壊した要塞の破片を“仮の骨格”として使い、その周囲へ分子機械を寄せ集めていた。

 さらに、シャドーマターを接着剤みたいにまとわせて、ゆっくりと新しい身体を作ろうとしている。

 気味が悪いのは、その組み上がり方だ。

 何かひとつの美しい設計に従っているのではない。

 手当たり次第に使えるものを継ぎ足し、でも“生き物らしい輪郭”だけは失わないようにしているようだ。

 要塞の残骸の一部は、肩のようにも見える。

 細長い破断片は腕にも、背鰭にも見える。

 砕けた砲身の一部が、歪んだ口のような位置へ集まりつつあった。

「うわ……」

 僕は、思わず声を漏らした。

「まだ、形になろうとしてる」

『はい』

 青葉が、答える。

『源悪の意志は、破壊されてもなお、自身の構造を再定義しようとしています』

 美優が、通信越しに小さく吐き捨てた。

『気持ち悪い……』

 その一言が、かえって僕を少しだけ落ち着かせた。

 理屈はどうあれ、目の前のものが“気持ち悪い”のは、たぶん間違っていない。

 アラージの艦隊が、外周から残骸群へ拘束火線を伸ばしている。シラトリIIは、その少し内側を高速で回りながら、近接火器で表層を削っていた。

 C++魚雷やミサイルでは大きすぎるのだ。

 だから、今は、より繊細な制御が可能な武器で、残骸核のまとまりを乱し続けている。

 源一郎が、通信越しにぶっきらぼうに言った。

『右下のやつ、あれ要らねえ飾りだ。そこ、本体じゃない。囮だ』

 僕は、思わずそちらを見る。

 確かに、残骸群の一部が、いかにも“核です”と言いたげに赤く脈打っている。でも、よく見ると、そこは周囲からの分子機械の流入が薄い。形だけ派手で、中身がない。

「分かるの?」

『見りゃ分かる。ああいうのは無理やり目立たせてるだけだ。ほんとの中枢は、継ぎ目の奥で配線が一番集まるとこだろ』

 その言い方が、ひどく整備屋らしくて、逆に頼もしかった。

 青葉がすぐに補正を入れる。

『源一郎さんの指摘を反映。疑似中枢を除外します』

 危険領域の表示が変わる。

 赤い脈動点が一つ消え、そのさらに奥、残骸の陰に隠れるような位置へ、もっと小さく、もっと濃い一点が浮かび上がった。

 あそこだ。

 今度こそ、本当にそう思えた。

 その瞬間、僕と美優のあいだのパスが、さらに一段強くなった。

『見えた』

 美優が、低く言う。

『先輩、そこ』

「うん」

 僕も、同時に頷いていた。

『でも、あれ……』

 美優の表情が、少しだけ変わる。

『何か、残骸の中に“人の形”が混ざってる』

 その言葉に、僕は息を止めた。

 よく見ると、本当にそうだった。

 巨大な残骸の継ぎ目の奥、赤い中枢点の近くに、黒い影のようなものが立っている。いや、立っているというより、“立っているように見える構図を取っている”と言うべきかもしれない。

 それは、半魚人めいた異形の輪郭だった。

 ぬめった皮膚、横に広がる顔、細長い腕――。

 事故の日のトラックの上に現れた黒い半魚人たちと似ている。

 でも、今見えているものは、もっとはっきり“誰か”の姿をしていた。

 僕は、思わずぞくりとした。

「あれ、何かの意志の塊だと思う……」

『はい』

 青葉も認める。

『意志体の集合物に近い構造体です』

 要塞残骸を背に、その異形の半魚人の影が、はっきりと映った。

 太郎は、影を見上げたまま動かなかった。

『……あれは、よくない』

 その短い声には、いつもの淡々とした調子とは少し違う、はっきりした警戒があった。

 区画の中の空気が、一瞬で冷える。

 そして、通信画面の向こうで、アーマッドがひどく低い声で呟いた。

『ランコロウ……』

 その名前に、キーフラスがぴくりと反応した。

 いや、マザーも、青葉も、アラージも、その響きの意味を知っているらしい。

 半魚人の影は、こちらへ顔を向けたように見えた。

 目があるのかどうかも分からない。

 でも、見られた、と分かる。

 すると、残骸の陰から、もう一つ、別の半魚人の影が現れた。

 こちらは、最初の影より少し大きく見える。

 輪郭も、より濃い。

 それが、最初の影のそばへ立つと、不意に口を開いた。

 声が聞こえた。

 通信ではなく、制御区画にいる全員の頭の奥へ、直接落ちてきた。

『もう我々は、この宇宙にいてはいけないのだ。さあ、『雪の姫』の元に帰ろう』

 その言葉は、恐ろしく静かだった。

 脅しでもなく、怒号でもなく、もっと穏やかで、その分、どうしようもなく哀しかった。

 最初の半魚人の影――ランコロウと呼ばれた存在が、わずかに揺れる。

 次の瞬間、マザーが、今まで聞いたことのない声で叫んだ。

『“大佐”!』

 その悲痛さに、僕は思わず振り向いた。

 マザーの通信音声は、いつも穏やかで、青葉に似た静かな調子を崩さない。

 その彼女が、今だけは完全に、一人の感情を持った存在として叫んでいた。

 “大佐”。

 つまり、あの影たちのどちらかに、キーフラスの痕跡があるのだ。

 キーフラス自身の通信は、そこで一瞬だけ沈黙した。

 制御区画の中の彼の表示窓は開いたままだったのに、声がない。

 何かを言おうとして、言えないのかもしれない。

 半魚人の影たちは、互いに近づいた。

 その輪郭が、残骸中枢の赤い脈動の上で、ゆっくりと溶け合っていく。

 攻撃しなければ、と頭のどこかでは思った。

 でも、指示は出せなかった。

 青葉も、アラージも、アーマッドも、誰もすぐには撃たなかった。

 それは、ただの敵ではないと、全員が直感したからだろう。

 源悪の意志の核に近い構造――本来あるべきだった魂の情報エネルギー――奪われた未来――。

 ジャープッカ人の絶滅しなかったはずの運命――。

 その全部が、いま、あの二つの影の中に凝縮しているように見えた。

 すると、残骸中枢の赤い脈動が、急に弱まった。

 赤が黒へ変わるのではない。

 怒りが消えるみたいに、静かに、ゆっくりと熱を失っていく。

『反応……減衰しています』

 青葉が、静かに言った。

『自壊ではありません。離脱です』

 その表現が、妙にしっくりきた。

 離脱――壊れて消えるのではなかった。

 何か別の場所へ、持って行かれるように消えていく。

 もう一方の半魚人の影が、ランコロウと呼ばれた影の肩へ、そっと手を置く。

 人間の動作に似ていた。

 それだけで、胸がひどく痛くなる。

 そして、二つの影は、赤い中枢点ごと、ゆっくりと後ろへ下がるように薄れていった。

 宇宙空間のどこかへ飛んでいくわけではない。

 黒い穴へ落ちるわけでもない。

 ただ、“いまここにある”という事実そのものを、静かに引き上げられていくような消え方だった。

 雪の姫の元に帰る。

 さっきの言葉が、胸の中で重く残る。

 それが本当に救済なのか、それとも単にこの宇宙からの退場なのか、僕には分からない。

 でも、少なくとも、あの消え方は“殲滅”ではなかった。

 やがて、赤い脈動は完全に消えた。

 残骸の流れが、普通の漂流物のそれへ戻る。

 不自然に一箇所へ引かれていた破片が、ようやく緩やかに離れて行った。

 シャドーマター場の濁りも薄れ、危険領域の表示が戦術画面から消えた。

 誰も、すぐには喋らなかった。

 通信窓の向こうで、アーマッドが険しい顔のまま前方を見ていた。

『ランコロウは、人類圏や他の異星人逹に不和をもたらす悪の種族と呼ばれていた連中だ。その一体は倒したと思っていたが、ずっとここにいたのか……』

 美優も、口を開かず、ただ残骸の向こうの空間を見つめていた。

 太郎が言った。

『消滅とは、少し違うように見えた』

 誰もすぐには答えられなかった。僕も、ただ、その言葉に頷くしかなかった。

 源一郎は、少し遅れて、低くぼそりと言った。

『行っちまった、って感じだな……』

 そのぶっきらぼうな一言が、逆に状況を一番正確に表している気がした。

 マザーの方では、まだ沈黙が続いていた。

 けれど、その沈黙の意味は、先程の叫び一つで十分すぎるほど分かっていた。

 やがて、宇宙は静寂に戻った。

 しかし、ほんとうの意味で、ようやく、戻ったのだと思った。

 機怪ビーストの群れもいない。

 要塞砲も、赤い中枢も、異形の半魚人の影も、もうない。

 残っているのは、漂う残骸と、損傷した艦隊と、そして生き残った僕たちだけだった。

 その静けさは、戦闘が終わったあとの静けさであると同時に、何か長い年月を経ても残った怨念じみたものが、ようやくこの宇宙から離れていったあとの静けさにも思えた。


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