第七十章 要塞、崩壊
『主砲、FMSプラズマ砲――発射します』
青葉の宣言と同時に、艦内のすべての音が、一瞬だけ遠のいた。
機関の唸りも、警報の低い振動も、監察部艦隊やシラトリIIの通信も、全部が水の底へ沈んだみたいに薄くなる。その代わりに、僕の意識の中心へ、一本の線だけが残った。
要塞本体。
黒紫の重力磁場バリアー。
シラトリIIがこじ開け、監察部艦隊が押し広げた、あの細い裂け目――。
そこへ、撃ち込んだ。
次の瞬間、艦首方向の空間が、静かに裂けた。
火炎も、爆炎もない。
砲身から何か大きな光弾が飛び出したようにも見えない。
見えたのは、ただ“そこにあった空間の意味が変わった”としか言いようのない変化だった。
細い。
けれど、細すぎるからこそ、逆に恐ろしい。
青白くも見える。
紫にも、銀にも見える。
だが、そのどれとも言い切れない。
色として捉えようとすると、認識がずれる。
高温の光というより、物質が物質でいられなくなる直前のモノが、指向性を与えられたまま一直線に押し出されているような、不吉な美しさだった。
あれが、安定化されたストレンジクォーク相のFモジュレーテッド・ストレンジ・クォーク・グルーオンプラズマ。
〈先住者〉の最終兵器の一つだ。
壁面映像の向こうで、シラトリIIが作った裂け目へ、それは寸分違わず吸い込まれた。
太郎が、短く言った。
『入った』
それだけだった。
でも、その一言が、誰の叫びよりも強く、命中の重さを伝えていた。
黒紫のバリアー表面が、最初はいつものように歪む。
重力磁場が位相をずらし、シャドーマター・フィールドが粘るように受け流そうとする。
けれど、今回は違った。
ずらせなかった。
受け流せなず、裂け目に触れたFMSプラズマ砲の一撃は、シールド外層へ“衝突”したのではなかった。
そこにあったバリアー構造そのものへ、別の相を押し込み、成立条件を上書きし始めたのだ。
シールドが、音もなく白く染まる。
いや、白く見えたのは一瞬だけだった。
次の瞬間には、その白さの中心から、紫黒の層がばらばらに剥がれ、外へ剥離していく。
重力磁場バリアーの表層が、薄い氷の膜を内側から叩き割られたみたいに、何層にも砕け散った。
『貫通』
青葉が、ほとんど感情のない声で告げる。
でも、その一語の奥にある確信の強さが、かえって恐ろしかった。
FMSプラズマ砲は、そのまま要塞本体へ達した。
棘だらけの外殻の中央部へ、細い光の筋が吸い込まれる。
最初、外見上の変化はほとんどない。装甲に小さな穴が開いた程度にしか見えなかった。
だが次の瞬間、要塞全体が内側から膨らんだ。
「……っ!」
僕は、思わず息を呑んだ。
爆発ではない。
もっと嫌な崩れ方だ。
装甲を吹き飛ばすのではなく、要塞内部の“構造として成り立っていた部分”が、一斉に意味を失っていく。中心部から、放射状に歪みが走る。棘の一本一本、外殻の板一枚一枚、内部骨格らしい格子構造、その全部が順番に遅れて反応していく。
そして、遅れてきた崩壊が、一気に表面へ噴き出した。
黒紫の光――。
銀白の裂光――。
シャドーマターを含んだ粒子流――。
分子機械の残骸――。
それらが、巨大な噴火みたいに要塞中央から吹き上がる。
しかし、なお、要塞は完全には止まらなかった。
凶悪なほど、頑丈だ。
あるいは、頑丈というより、破壊されてもすぐには“死なない”構造をしているのか。
キーフラスが、通信越しに低く呟いた。
『マルモ人とは異なる、嫌な設計思想の要塞だな……』
たぶん、マルモ人兵器の模倣という話を受けての言葉だろう。
構造が壊れ始めても、最後まで暴力だけは残そうとする兵器だ。
美しくはない。しかし、戦場ではそれが一番厄介だった。
その厄介さを証明するように、機動要塞の一部がまだ生きていた。
要塞砲が、最後の力を振り絞るように明滅する。
完全な照準ではない。
だが、なお『機怪天国』へ向こうとする。
『まだ撃つ気か!』
ブライアントが叫んだ。
アラージの艦隊も、即座に反応した。
残っていた前衛艦が一斉に火線を集中する。
狐火じみた魔法光が、今度は防御ではなく拘束と破砕へ変わって要塞へ叩き込まれる。
シラトリIIも、迷わず追撃に入った。
『ここで終わりだ』
アーマッドの低い声とともに、シラトリIIの主砲と補助兵装が再び要塞の裂けた中心部へ集中する。
そこへ、『青葉』の副砲群も重なる。DVI砲の重い火線が走った。そのDVI砲も、どうも、前よりも、光が増しているように思える。
監察部艦隊も、FMSプラズマ砲の一撃で露出した内部構造に集中砲撃した。
すると、今度こそ耐えきれなかったのか、要塞中央が、大きく崩れた。
最初に吹き飛んだのは、主砲基部だった。
紫黒の砲光が不発のまま弾け、内部で暴走したエネルギーが、そのまま砲塔構造を引き裂く。
続いて、その周囲の骨格が折れ、ねじれ、巨大構造体全体へ崩壊が走っていく。
棘が、一本、また一本と砕けて飛ぶ。
外殻が裂け、内部に詰まっていた分子機械の層が宇宙空間へ噴き出した。
それでもなお一塊でいようとした要塞は、最後に中心軸を失って、ついに全体が折れた。
巨大なバズギャン型機動要塞は、三つ、四つ、大きな塊に分かれて崩壊し、そこからさらに細かな残骸へ連鎖的にほどけていく。
太郎は、残骸が散っていく様子を見ながら呟いた。
『敵要塞、解体中。自動ではないが、結果としては解体だ』
その表現が妙におかしくて、でも確かにその通りだった。
青葉の声が響いた。
『敵要塞本体、崩壊を確認。要塞砲は、沈黙しました』
その一言で、制御区画の誰もが、一瞬だけ言葉を失った。
外部映像の向こうでは、今まで戦場を支配していた巨大な黒い影が、もう“敵艦”の形を保っていない。
ただの巨大残骸群として、機怪天国の近傍へ散らばっていく。
そして、本当に、静かになった。
機怪ビーストはいない。
要塞砲もない。
残るのは、監察部艦隊の損傷艦、散らばる残骸、機怪天国の揺らいだフィールド、そして、ようやく持ち直し始めた戦場だけだ。
「終わった……」
ナルディアが、誰にともなくそう呟いた。
声が少し震えている。
さっきまでの興奮とも違う。張りつめていたものが一気にほどけた時の、実感のない声だった。
ギラが、翼をだらりと下げて息を吐く。
『やー……今のは、ほんまに洒落ならんかったで……』
ジェプラは、胸の前で組んでいた手を、ようやく少し下ろした。
それでも、完全には解いていない。まだ祈りの余韻が残っているみたいだった。
ブライアントは、壁面表示の向こうのFMSプラズマ砲の痕跡を見ながら、半ば呆然としたように呟いた。
「これは、人類の超弩級戦艦どころの威力ではないぞ……」
その言葉は、要塞崩壊の残光を見て、ようやく実感として出てきたのだろう。
要塞を一撃で完全消滅させたわけではない。しかし、人類の艦砲の延長で比べられるものではないのだろう。
ブライアントは、低い声で尋ねた。
「青葉」
『はい』
「今の主砲、二発目は撃てるのか?」
青葉は、一瞬で内部計算を走らせたらしい。
『理論上は可能です』
それから、少しだけ間を置く。
『ですが、現時点で再装填と再位相安定には時間を要します。戦闘継続を前提とする場合、現状火力の方が安全です』
「つまり、切り札は切ったってことだね」
『その理解でよいでしょう』
そこへ、アラージの通信が入る。
仮想体の彼女は、珍しく本当に疲れた顔をしていた。だが、その目には、はっきりとした安堵がある。
『敵要塞の崩壊を確認しました。……お見事です、青葉殿、弓良殿』
「そちらも無事ですか?」
僕が訊くと、アラージは苦笑した。
『無事、とは言いにくいですね。損害は軽くありません』
後方でギースが、何か被害状況を読み上げているのが見える。
数隻が中破。前衛はかなり削られた。
だが、艦隊そのものは維持できているらしい。
あの要塞砲相手なら、むしろ“まだこれで済んだ”と言うべきなのかもしれない。
『それでも、『機怪天国』が持ちこたえ、要塞本体を沈黙させられたのは、あなた方のおかげです』
アラージのその言い方には、珍しく、ほとんど素直な敬意があった。
通信の別窓で、シラトリIIの映像が開く。
アーマッドが、相変わらず渋い顔のままこちらを見ていた。
でも、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。
『派手な砲だった』
「そちらのC++カノンも十分派手でしたよ」
僕がそう返すと、アーマッドは小さく肩をすくめた。
『貫けなければ意味がない』
その言い方は、現場の人だなあ、と思った。
でも、その横で、美優がほんの少しだけ笑ったように見えた。
『でも、裂け目は作れた』
美優が、低く言う。
『あれがなかったら、今の一撃も通らなかった』
その一言に、アーマッドは否定しなかった。
たぶん、それが彼なりの肯定なのだろう。
僕は、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
美優が生きていて、こうして画面越しに喋っている。
シラトリIIも無事だ。
アーマッドも、源一郎も、少なくとも戦線から脱落してはいない。
因果の路を断ち切り、機怪ビーストを分解し、要塞も落とした。
全部が一気に片づいたわけではない。
でも、少なくともこの戦闘は、こちらが勝ち切ったのだ。
その時、マザーの声が、艦内と全艦隊へ同時に響いた。
『皆さん、お疲れさまでした』
その声音は、いつもと変わらず穏やかだった。
けれど、今はその穏やかさに、明らかな安堵と、もっと深いところでは痛みのようなものも混じっている気がした。
『機怪天国』の一部が切り裂かれ、内部へ食い込まれていた異常を、ようやく外へ追い出し、そして撃ち滅ぼしたのだ。
管理意志体として、平気なはずがない。
『ただし、まだ終わりではありません』
その一言で、区画の全員がまた自然と気を引き締めた。
『崩壊した要塞残骸の中に、源悪の意志の中枢に近い何かの構造体が残っている可能性があります。現時点では、完全消滅を確認していません』
ブライアントが、低く息を吐く。
「そうか。それが、本体なんだな?」
『おそらく』
青葉も頷く。
『要塞は崩壊しましたが、異常な意志体の核が別個に残存している可能性があります』
つまり、戦闘は終わったが、事件そのものは終わっていない。
壁面映像の向こうで、要塞残骸がゆっくり散っていく。
その中のどこかに、まだ、最後の厄介なものが残っているかもしれない。
太郎が、珍しく少し小さな声で言った。
『嫌な静けさだ。まだ終わっていない感じがする』
その一言で、僕の背筋もまた冷えた。
僕は、じっとその光景を見つめた。
けれど、今は少なくとも、目の前の危機は越えた。
その事実だけは、ちゃんと胸へ落ちていた。
***
戦闘が終わったあとも、すぐに全て解決とはならなかった。
ガラXFIザAのバズギャン型機動要塞が崩壊した宙域には、まだ膨大な残骸が漂っている。
細かな分子機械の霧のようなものから、艦艇一隻分にも見える巨大な破片まで、あらゆる大きさの破断片が、機怪天国の重力と慣性の残り香に引かれながらゆっくり流れていた。
壁面映像の向こうで、監察部艦隊の小型艇が被害艦の曳航に入り、別の艇は危険な残骸へ拘束索を打ち込んで進路を変えている。
勝ったことは間違いない。けれど、勝利の後始末は、むしろこれからだった。
制御区画の空気も、少しだけ弛んだと思ったら、すぐにまた張り直した。
マザーが告げた通り、要塞そのものは崩壊しても、源悪の意志の核に近いものが残っている可能性がある。
そんな状態で、「よかった、終わった」と本気で肩の力を抜ける者は、この場には誰もいなかった。
『残骸群の内部に、依然として高密度の異常反応があります』
青葉の声が、戦術表示の上へ新しい赤い標識を重ねる。
機怪天国から少し離れた位置。要塞の中枢が砕けたはずの宙域に、細長い楕円形の危険領域が描かれていた。
周囲の残骸がその方向へ微妙に引かれているのが、拡大表示で分かる。
単なる漂流ではない。何かが、まだそこに“引力”を持っている。
「重力か?」
ブライアントが低く問う。
『通常の重力ではありません』
青葉は、即答した。
『シャドーマター場と、局所位相歪みの複合です。強度は低下していますが、明確に“まとまり”が残っています』
アラージの通信窓でも、同じ赤標識が共有されたらしい。
狐族の独立魔女は、珍しく少しだけ疲れを見せた目でそれを睨んでいた。
『砕けた要塞の残骸へ、何かが凝集しているようですね』
その背後で、艦隊司令ギースが、被害報告を切り上げながら口を挟む。
『放っておいて勝手に消える類には見えんが……こちらの小型艇を突っ込ませるには、まだ危険が大きい』
『同意します』
青葉が静かに応えた。
『通常の乗員を乗せた艇を近づけるのは推奨しません』
そこで、視線が自然とこちらへ集まるのが分かった。
僕は、少しだけ眉を寄せた。
「つまり、また僕たち?」
『その可能性は高いです』
青葉は、少しもためらわなかった。
『弓良は、源悪の意志の構造をすでに因果の路経由で観測しています。美優さんも同様です。接近後の識別精度が、他の誰より高い』
その説明は正しい。
正しいのだけれど、あまりにも自然に“次もやる前提”で話が進むと、さすがに少しだけ笑いそうになる。
「青葉、たまには“無理しなくていい”みたいなこと言わない?」
『必要がない時には言います』
「今回は、必要あるんだよねえ」
『今回は、必要ですので、行くべきです』
そこまで一息で言われると、逆に清々しかった。
ギラが翼をたたみながら苦笑する。
『やー、青葉さん、そういうとこぶれへんなあ』
『本艦は一貫性を重視しています』
「重視しすぎ……」
そう返した僕の声に、ようやく区画の緊張が少しだけ緩む。
その時、別回線が開いた。シラトリIIからだ。
アーマッドの渋い顔が通信窓に映り、そのすぐ横へ、美優が割り込んできた。
さらに、後方には、工具ベルトをまだ腰につけたままの無精髭の男がいた。
「白石さん……?」
僕がそう言うと、その男は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。
『白石 源一郎だ。そっちは……いや、知ってるが、改めて言われると変な感じだな』
声は、低めの、ちょっとぶっきらぼうな若い男のものだった。
美優が、少しだけ苛立ったように言う。
『状況説明、おねがい』
アーマッドが、短く咳払いする。
『マザーからの保護は受けたが、こちらも完全ではない。シラトリIIは急造に近い。長期戦は避けたい』
その口調は相変わらずぶっきらぼうだったが、誰よりも話が早い。
美優が、画面越しに僕を見る。
『さっきの残骸の反応、私にも見える。あれ、まだ終わってない』
「やっぱり分かる?」
『分かるわ』
彼女は、少しだけ目を細めた。
『先輩とつないだ光輪の名残が、まだ少し残っているから』
その言い方に、胸が少しだけ熱くなった。
さっきの増幅接続は、一時的な戦闘手段ではあった。
でも、それで終わりではないらしい。僕と美優の間に残った相関は、まだ完全には消えていないのだ。
青葉が、その場で補足する。
『残留相関路は細っていますが、現時点では利用可能です。特に、源悪の意志のような高次元構造体をシャドーマターで識別する際、弓良と美優さんの同期は有効です』
ブライアントが、低く息を吐く。
「結局、そうなるか」
アラージも頷いた。
『こちらとしても、それが最善だと判断します。ですが、単純に二人を前へ出すだけではいけません』
さすがに、そこはそうだ。
相手は、要塞の残骸の中に凝縮した異常意志体だ。
砲撃戦で落としたからといって、素直に消えるとは限らない。
むしろ、本体に近づくほど、前より危険になる可能性の方が高い。
『作戦を整理します』
青葉が戦術表示を組み替える。
中央に赤い危険領域があり、その外周へ、神殿監察部艦隊が散開して囲む。
手前に、『青葉』が位置する。
『機械天国』との方向で、少し斜め上方に、シラトリIIが布陣する。
『第一段階。監察部艦隊が残骸外縁を拘束し、不要な破片の拡散を防ぎます。第二段階。シラトリIIが近接火器と位相撹乱兵装で、反応域の表層を削ります。第三段階。『青葉』が安全距離を保ったまま、弓良と美優さんの同期を補助し、核構造を識別します。必要なら局所的な高出力干渉を実施します』
「局所的な高出力干渉って?」
僕が訊くと、青葉はいつもの調子で答える。
『必要なら、再び危険なことをします』
「なにそれ、雑!」
思わず突っ込むと、ギラが吹き出しかけた。
『やー、要約すると、ほんまにそうやな』
ナルディアも半分呆れながら肩を揺らす。
「青葉、そういう時だけ分かりやすいんだよね……」
でも、その“分かりやすさ”のおかげで、逆に気持ちは決まった。
僕は、通信窓の向こうの美優を見た。
彼女も、こちらを見ている。逃げない視線だ。
「美優」
『何?』
「また、さっきみたいにいける?」
美優は、一瞬だけ黙った。
その沈黙は、不安からくるものではなく、むしろ、何かを確かめている感じだった。
自分の中に残る相関と、さっきの光輪接続の感覚と、今の戦場の現実を、全部いったん噛み合わせているのだろう。
『いける』
やがて、はっきりと言う。
『でも、今度は、さっきよりきついと思う』
「うん。たぶんね」
『先輩、途中で私を置いていったりしないで』
その言い方は、少しだけ刺があった。
でも、その刺の奥に、ほんの少しだけ本音が見えた。
僕は、すぐに首を振る。
「置いていかないよ」
その返答に、美優はほんの一瞬だけ目を逸らし、それから小さく頷いた。
アーマッドが、そこで低い声を差し込む。
『決まりだな。こちらは表層を削る。源一郎、シラトリIIの近接兵装群の再装填は』
『済んでる。外装に掠り傷はあるが、武装系統はまだ回る』
白石 源一郎は、すぐに応えた。
『ただ、あんまり無茶すると、急造した部分から悲鳴が上がる。だから、時間はあんまりかけたくない』
その言い方にも、やっぱり整備屋らしい現実感がある。
派手に格好つけたりはしない。けれど、“壊れる前提で動いているもの”を扱うのに慣れている人の声だ。
ブライアントが、通信窓の方へ少し身を乗り出した。
「源一郎、後で話は山ほどある。だが今は一つだけ聞く。自分が何に巻き込まれてるか、どこまで理解してる?」
源一郎は、少しだけ口元を引き結んだ。
『全部は、分かってないな。でも、どうも美優と俺の間にも、なんつぅか路のようなものがある。ご先祖様らしいからな……。それを通して、少なくとも、あいつらの核みたいなものがまだ残ってることは、感覚で分かる』
その答えに、キーフラスの回線がひらく。
長髪の技術大佐は、疲れた顔のまま、しかしはっきりと言った。
『それで十分だ。理屈の全容が分かっていても、戦場では役に立たんことの方が多い』
ブライアントが小さく鼻を鳴らす。
「そこは、あんたが一番よく分かってるだろうな」
キーフラスは、その皮肉を否定しなかった。
『そうだな、真実だ』
その一言が、妙に重かった。
制御区画の空気が、また少しだけ締まる。
アラージが、狐族らしい鋭い目で全体を見回した。
『では、各艦、第二戦闘配置へ移行します。目標は、残骸中枢の完全無力化です。今度こそ、終わらせますよ』
その宣言を合図に、戦術表示が再構成される。
艦隊が動く。
シラトリIIが、残骸域へ向けてじわりと前進する。
『青葉』もまた、FMSプラズマ砲の再装填を保留したまま、より繊細な制御が効く位置へと艦首を向ける。
僕は、椅子の肘掛けを軽く握った。
今度は、巨大な要塞を正面から撃ち抜く戦いではない。
もっと静かで、もっと気味が悪い戦いになるはずだ。
残骸の中に潜んだ、まだ形を定めきっていない異常意志の核を見つけて、引きずり出して、終わらせなければならない。
怖くないわけがない。でも、もう、逃げる気はしなかった。
青葉が、静かに僕を見る。
『弓良。準備を』
「うん」
僕は、小さく頷いた。
壁面映像の向こうで、砕けた要塞の残骸群が、暗い宇宙の中で不気味にゆらいでいる。
その中心に、まだ何かがいる。
だったら、そこへ行くしかない。




