第六十八章 光輪、共鳴
機怪ビーストの群れは、宇宙そのものへ黒い染みを広げるみたいに押し寄せてきていた。
狼型のものが、群れの形を保ったまま鋭く散開する。
鳥型は、機動の頂点を取りながら、首をもたげるようにしてビームを吐く。
蛇型は、何もない宇宙空間でくねるように進路を変え、まるで生き物の反射のような軌道で監察部艦隊の死角へ回り込んでいた。
小型の虫じみた個体はさらに厄介で、撃ち落とした残骸の陰からでも湧いてくるように見える。
壁面いっぱいに展開された外部映像の中で、神殿監察部の艦隊が、それをどうにか押し返そうと火線を重ねている。
アラージの艦隊は、すでに『機怪天国』のかなり近くまで寄せていた。
先頭の大型艦が砲撃を引き受け、その後方から中型艦が斜線を通し、小型艇が魔法拘束に似た光索で機怪ビーストの軌道を乱す。
陣形そのものは見事だった。あの狐族の独立魔女らしい、冷たいくらい整った戦い方だ。
それでも、苦戦していた。
監察部艦隊は、局地では勝っても、全体では押し込まれ始めていた。
機怪ビーストの群れは、ただの無人端末にしては賢すぎる。
なんといっても、要塞本体の砲が重すぎるのだ。
あの棘だらけの巨大構造体が、依然として戦場の中心に鎮座している。その装甲には、監察艦隊の砲撃痕も、シラトリIIの鋭い火線の跡も、いくつも刻まれていた。
しかし、止まっていない。止まる気配すら、まだ見えなかった。
通信画面の中で、アーマッドが短く言った。
『小型群は削れる。だが、本体が硬すぎる』
その声の背後では、まだ警告音と砲撃の振動が続いている。シラトリIIの中も、決して余裕ではないのだろう。
画面の端に映っていた美優が、ちらりとこちらを見た。
僕は、制御区画の中央で、壁面映像を食い入るように見つめていた。
胸の奥では、さっきまでの機怪都市の感覚がまだ消えていない。
因果の路を断ち切った後の静かな理解と、霧の中で受け入れた「今の自分」の重さと、その全部が、いま目の前の現実戦闘へそのままつながっていた。
『敵小型群の総数、なお増加中』
青葉の声が落ち着いて響く。
『通常火力での掃討では、時間効率が悪すぎます』
そう言った直後にも、『青葉』のDVI砲が狼型の一群をまとめて吹き飛ばし、アトパルスレーザー砲が鳥型を何体も焼き切った。
だが、その空いた空間へ、次の群れがすぐ流れ込んでくる。
画面の端では、シラトリIIが鋭く旋回し、機怪ビーストの包囲に切り込んでいた。
艦体の線は細い。探索艦系統の機体らしい軽やかさもある。
しかし、装甲の継ぎ目の出方も、加速の癖も、火器の展開の仕方も、人類圏の設計思想だけではなかった。
そのシラトリIIの主砲が、火を噴いた。
『C++カノン砲です。実体弾そのものを、ストライプドリープと同種技術で、いったん超光速域まで押し上げ、それを目標直前の実空間へ叩き戻し、準光速質量効果を得る兵器です』
「なるほど」
つまり、ただ速い弾ではない。
実体弾としての質量を保ったまま、因果的な“到達済み”の位相を一時的に先取りし、目標近傍へ再配置することで、ほぼ質量エネルギー兵器に近い破壊を与える。
理屈だけ聞けば無茶だ。でも、その無茶をやるのが、〈先住者〉技術なのだろう。
アーマッドの低い声が通信に混じる。
『抜けろ……!』
白銀がかった光の軌跡が、機動要塞の中央シールドへ突き刺さる。
衝突の瞬間、要塞前面の空間が、ぐしゃりと歪んだ。普通の艦なら、その一撃で主装甲ごと引き裂かれていてもおかしくない。
しかし――。
「駄目っぽい……」
僕の口から、思わずそう漏れた。
要塞の周囲を覆う重力磁場バリアーが、大きくゆがみながらも耐えたのだ。
しかも、その歪み方が妙だった。単なる重力偏向ではない。バリアーの表層に、黒紫の靄のような薄い層がかかっている。
『解析結果を更新』
青葉が即座に言う。
『ガラXFIザAの重力磁場バリアーは、単独の重力偏向場ではありません。『機怪天国』に接続した際に得たのでしょう、シャドーマター・フィールドを外装化し、多層化しています』
「シャドーマターで覆ってるのか」
『はい。通常の高運動エネルギー貫通では、実体弾の位相整合を途中でずらされます』
つまり、C++カノンのとんでもない貫通力ですら、相手は“通される前にずらす”のだ。
嫌なほど理にかなっている。
嫌なほど、〈先住者〉の技術を歪んだ形で使いこなしている。
通信画面の向こうで、美優が、戦術表示から目を離さないまま言った。
『あのシールド、物理だけじゃない。場そのものが生きてるみたいに変形してる』
『そうだ』
アーマッドが低く応じる。
『硬いというより、噛みついてくる盾だな』
その間にも、シラトリIIは武装を切り替えていた。
主砲だけではない。艦側面のハッチが開き、ミサイル群が一斉発射される。
中には、人類圏の規格では見たこともない細長い弾体も混じっていた。
『C++魚雷です。C++カノンの弾子を自走型にした、短距離リープ可能なミサイル兵器です』
青葉の解説に頷く。しかし、その魚雷?も、機動要塞のバリアーに阻まれた。
その他、〈先住者〉由来の直線加速兵装や、散開して敵機群の内部で二次展開する子弾群まであった。
神殿監察部艦隊の艦橋映像が、別窓でちらりと開いた。
そこには、アラージと、その後方にいる艦隊司令補佐のギースが映っている。
アラージが、珍しく本気で目を見開いていた。
『……あの艦、こちらの想定以上ですね』
そのすぐ後ろで、ギースが半ば呆然と呟く。
『我々の艦より高性能ではないか?』
その声には、皮肉でも誇張でもなく、本気の驚きが混じっていた。
たしかに、そう見える。
単純な火力だけではない。
切り替えの速さ、武装の種類、場の使い方――。
あれは、探索艦の皮をかぶった〈先住者〉製の戦闘艦だ。
だが、それだけの艦でも、要塞本体は、まだ沈まない。
次の瞬間、要塞砲が吼えた。
凶悪な紫黒の砲光が、監察部艦隊の前衛へ叩き込まれる。
アラージの艦隊前面に、狐火のような巨大な防御陣が幾層にも立ち上がった。
強力な魔法防御だ。アラージ自身が魔力場を重ね、艦隊全体を包むように術式を走らせているのが、画面越しにも分かった。
だが、なかなか防ぎ切れない。
砲撃は、防御陣へ触れた瞬間に拡散しなかった。むしろ、紫黒の光が防御層そのものへ食い込み、そこを侵食しながら押し込み続ける。
魔法の膜が何層も裂け、ようやく本命の一部を逸らすが、それでも余波だけで一隻の舷側が焼き裂かれた。
『……っ、しぶとい!』
通信越しにアラージが唇を噛むのが見えた。
彼女が使った魔法は、とてつもない強度をもっているように思えた。たぶん、シャドーマターの収束度でいえば、ヅゴダが使った魔法と同じかそれ以上だろう。
それほどの魔女が、艦隊全体にあれだけ大規模な防御を敷いて、なお止めきれない。
その事実が、要塞砲の異常さを何よりも雄弁に示していた。
その一撃の余波が、今度は『機怪天国』のフィールドを掠める。
人工天体表面を走る光のラインが、一斉に揺れた。
フィールドが波紋状に歪み、その表層へ蜘蛛の巣みたいな裂け目が一瞬だけ浮かぶ。
『『機怪天国』の防御フィールド、保持率低下』
青葉の声が一段低くなる。
『対要塞砲への適応は不十分です。これも、工廠惑星のためでしょう』
僕は、歯を食いしばった。
因果の路は断ったし、源悪の構造体も切り離した。
美優も、アーマッドも、源一郎も戻ってきた。
それなのに、ここで『機怪天国』ごと撃ち抜かれたら、全部がまた崩れる。
「……っ」
僕は、壁面映像の向こうの要塞を睨んだ。
あれを沈黙させるだけの決定打が、まだ足りない。
その時、美優がもう一度こちらを見た。
通信画面越し。
少しやつれているのに、相変わらず意地が強そうで、でもさっきよりずっとまっすぐな目だ。
あの目を見た瞬間、胸の奥で、何かがまだ切りきれていないのに気づいた。
因果の路は断った。
けれど、“経路”そのものが完全に消えたわけではない。
僕と美優のあいだには、まだ、さっきの夕暮れの道で見たものと同じ細いパスが残っていた。
見えないはずなのに、今は見える。
細く、脆い。
でも、確かにそこにある。
事故の現場を経て、自分と美優を一度だけつないだ、あの異様に深いシャドーマターの道筋が、まだ完全には消えていないのだ。
「……青葉」
『はい』
「まだ残ってる」
青葉の返答は、一拍も置かなかった。
『確認しました』
その声が、少しだけ鋭くなる。
『弓良と美優さんの間に、残留相関路があります。因果の路の残骸ではなく、高次接続後に残ったシャドーマター経路です』
美優も、同じことに気づいたらしい。
画面越しに、ほんの一瞬だけ目を見開く。
『……先輩、これ』
「うん」
僕は、自然と頷いていた。
「まだ、つながってる」
通信画面の向こうで、美優は、無言のまま僕を見返した。
その視線のぶつかり方に、変な懐かしさと、変な緊張が同時にある。
さっきまでなら、そこに過去の事故の面影が強く刺さっていた。
今は少し違う。確かにあの路と同じものの名残りが、まだここにあると、二人とも直感している。
そして、その残骸は、ただの感傷ではない。
シャドーマターの流れを増幅する、現実の経路だ。
青葉が、静かに言った。
『可能です』
「何が?」
『弓良、美優さん、私の三者制御で、光輪を増幅できます』
その一言に、僕は、思わず息を止めた。
美優の方でも、同じように意味を理解したらしい。
彼女は一瞬だけ視線を逸らしかけた。けれど、すぐに戻す。
『……やるしかないんでしょ』
「うん」
僕は、小さく息を吸った。
「……美優」
美優が、すぐに目を寄越す。
美優は、少しだけ眉を寄せたまま、でもまっすぐこちらを見る。
「話は後で。手伝って!」
僕がそう言うと、美優は一瞬だけ目を見開いた。
その目が、通信越しの映像ではなく、もっと深いところでこちらへ触れてくる感じがした。
太郎は、僕と通信画面の美優を交互に見て、短く言った。
『集中推奨。同期中は、たぶん話しかけない方がよい』
「うん、そうして」
『了解』
本当にそれきり、太郎は黙って見守ってくれた。
青葉の声が、僕たちの間へ落ちる。
『二人とも、視線を切らないでください』
僕と美優は、ほとんど同時に頷いた。
『相関路の安定には、自己像と他者像の固定が必要です。弓良は、美優さんを。美優さんは、弓良を。観測対象ではなく、接続対象として認識してください』
そう言われると、逆に緊張する。
でも、今はそんなことを言っている場合では、ない。
僕は、美優を見る。
通信画面越しなのに、妙に近く感じる。
怒りっぽくて、意地っ張りで、でも誰かを放っておけない子だ。
事故の夕暮れから、僕の記憶に強く刺さっていた女の子だった。
機怪人形として再生され、たぶん僕と同じように、自分が何者なのかでもがいてきた相手だ。
美優の方でも、同じように、何かを決めた顔になった。
『……分かった、天河先輩』
「うん。一緒にやろう」
次の瞬間、パスが強く発光した。
いや、発光しているわけではない。
でも、僕と美優のあいだにあるシャドーマターの経路が、一気に見える形へ近づいた。事故の日の夕暮れを一度通ったことで、僕たちの器の間に共鳴が生じていた。
それを今、青葉が中継し、演算補助し、制御路へ拡張しているのだ。
青葉が、低く、だが明確に指示を出す。
『弓良、美優さん。シャドーマター流量を抑えないでください。相互に増幅させます。私は外側から位相固定を行います』
巡洋艦『青葉』の周囲に、光輪が立ち上がるのが分かった。
同時に、僕の視界の端で、シラトリIIの周囲へも淡い光が走った。
前回までの光輪とは違う。
二つが別々に出ているのに、すでに輪郭の一部が重なって見える。円環というより、二つの波紋が宇宙空間で一点に融け合っているみたいだった。
僕の中から引き出されたシャドーマターの流れが、美優の方へ走る。
美優の側からも、同じようにこちらへ返ってくる。
そこで青葉の演算がそれを束ね、無駄なく往復させ、流れそのものを太くしていく。
機怪人形としての器と、高次接続の適性を通じて、三つの意識が一時的に同じ演算へ噛み合っていく。
『相関路、増幅開始』
青葉の声が、少しだけ硬質な響きを帯びる。
『三者制御に移行します』
その瞬間、僕の感覚が変わった。
僕だけの力ではない。
美優だけの力でもない。
青葉が媒介となって、三人分のシャドーマター制御が、一つの巨大な光輪構造へ組み替えられていく。
見える――機怪ビースト一体一体の内部で、分子機械の制御核がどう繋がっているか。
どの個体も、魂を持たない。
だからこそ、シャドーマター制御の中枢が、ただの“場制御回路”でしかない。
つまり、その制御そのものを無効化してしまえば、奴らは生き物めいた動きを失い、単なる分子機械の塊へ戻る。
「行ける……!」
僕がそう言うと、美優もほぼ同時に言った。
『うん、見える!』
その一瞬だけ、僕たちは完全に同じものを見ていた。
気持ち悪いほど同期している。
でも、嫌ではなかった。
むしろ、いま必要な一致だけが鋭く噛み合っている感じだ。
『今です』
青葉の声と同時に、僕と美優は、ほとんど同時に意識を前へ押し出した。
増幅された光輪が前方へ解き放れる。
光輪から解き放たれた高次干渉の波が、戦場全域へ一気に広がる。
青白い光ではない。
もっと澄んだ、けれど圧倒的な密度を持つ光だ。
円環の形を取っているのに、ただの輪には見えない。空間そのものの位相が、そこだけ別の規則で固定されているみたいだった。
ナルディアが、思わず叫ぶ。
「またあれを……!」
ジェプラは、祈るように手を組んでいた。
ギラは、いつになく言葉を失っている。
ブライアントだけが、険しい顔のまま画面を睨み続けていた。
『光輪出力、増幅中』
青葉が静かに告げる。
『美優さん側との同期、良好』
光は、今までみたいにただ広がるのではなかった。
機怪ビーストの群れ全体を、一瞬で高次空間側から“掴む”みたいに広がったのだ。
砲撃のように一直線ではなく、もっと静かで、もっと絶対的だった。空間のルールそのものが、一瞬だけこちらの側へ書き換えられるみたいな感覚があった。
狼型の群れが、最初に止まる。
次に鳥型、蛇型、虫型――。
それぞれの内部に通っていたシャドーマター制御の道筋が、一斉に消える。
火器の発光が消え、推進の癖が消えた。
“生き物のように動いていた理由”そのものが、音もなく抜き取られる。
動きを失い、光を失い、まるで糸を切られた操り人形みたいに、その場で沈黙する。
そして次の瞬間、奴らはばらばらに崩れた。
爆発ではなく、もっと静かな分解だった。
狼型の機体は、四肢の関節からほどけるように崩れ、金属片と細かな分子機械の粒へ戻った。
鳥型は、翼の骨格を保てなくなって外殻ごと裂け、ビーム砲のように見えていた嘴部もただの構造材へ還元された。
蛇型は長い胴体を維持できず、節ごとに切り離されて、まるで砂のように散った。
小型群はもっと露骨だった――虫型じみた機体は、光輪の波に触れた瞬間、形を保つ理由そのものを失ったように、細かな分子機械の粒子群へほどけていく。
そこには悲鳴も、抵抗も、なかった。
魂がないからだ。
制御だけが切れれば、あとは“ただの材料”に戻るしかない。
『敵小型群、制御喪失』
青葉が、静かに告げる。
『機怪ビースト、全機、分解を確認』
青葉の報告は平坦だったが、その平坦さの奥に大きな成功があるのが分かる。
監察艦隊の周囲に広がっていた機怪ビーストの群れは、一瞬で“ただの残骸”になった。
壁面映像の向こうで、さっきまで宇宙を黒く覆っていた異形の獣たちが、一斉に沈黙し、ただの分子機械の雲となって漂っていった。
太郎が、漂う残骸を見ながら呟いた。
『きれいだ』
「きれい?」
『敵には気の毒だが、きれいに分解された』
その感想は、妙に太郎らしかった。
***
監察部艦隊の前方が、一気に開ける。
アラージの艦が、その変化に即応して陣形を立て直した。
さっきまで押し込まれていた艦隊の火線も、一気に整理される。アラージの艦隊は、隊列を立て直しながら要塞本体へ砲撃を集中し始めた。
シラトリIIも、一拍遅れで旋回を緩め、主砲照準を要塞本体へ集中させる。
通信画面の向こうで、美優が短く息を吐いた。
僕も、気づけば同じように息を吐いていた。
つながっていたパスが、まだ薄く残っている。
さっきより弱い。でも、切れてはいない。
戦いが終わるまでは、青葉がそれを保持してくれているのだろう。
『弓良、美優さん、増幅は成功です』
青葉の声に、わずかに安堵が混じる。
『ですが、要塞本体は依然稼働中です』
その一言が、僕たちをすぐ現実へ引き戻した。
「ほんとうだ」
僕は、そのガラXFIザA由来の機動要塞を見た。
あの巨大構造体だけは、光輪の波を受けてもなお動いている。
棘だらけの外殻の表面に、確かに位相の乱れが走ていたれど、内部の中枢らしきものまでは届いていない。
太郎が、少しだけ低い声で言った。
『本命が残っている。嫌な構造だ』
まったく、その通りだった。
巨大すぎるのだ。あるいは、根本の構造が機怪ビーストたちとはまるで違う。
「確かに、止まってない……」
僕がそう呟いたのと、ほぼ同時だった。
要塞砲が火を噴いた。
濃い紫と黒が混じったような凶悪な光条が、監察艦隊の中央へ叩き込まれる。
一隻、大型艦が正面からそれを受けた。
防御フィールドがひしゃげるみたいに歪み、次の瞬間、舷側の一部がごっそり消し飛んだ。
『アラージ様!』
ジェプラが叫ぶ。
監察艦隊は即座に散開したが、間に合わなかった艦がもう一隻、余波を受けて姿勢を崩した。要塞砲の威力は、機怪ビーストとは桁が違う。
太郎は、被害表示を見て言った。
『大きくて硬くて危険。太郎の好みではない敵だ』
「好みの問題かな……」
『重要だ』
その時の太郎は、少し本気で嫌そうだった。
アラージの通信が、乱れながらも入る。
『こちら、まだ健在です。ですが……厳しいですね』
言葉の最後に、わずかに苦味が混じった。
その時、シラトリIIの強化されたC++カノンが、再び火を噴いた。
光の軌跡が、要塞中央のシールドへ直撃する。
今度も、シールドは大きく歪んだ。
外側の重力磁場バリアーが波打ち、その内層にまとわりついたシャドーマター・フィールドが粘るように変形して、実体弾の位相を横へずらしていく。
抜けない。
『まだ駄目か……!』
アーマッドが、低く吐き捨てる。
次の瞬間、要塞砲が、またもや吼えた。
紫黒の巨大砲光が、監察部艦隊へ叩きつけられる。
アラージが即座に魔法防御を重ねる。狐火じみた防御陣が何層にも立ち上がり、艦隊前面を覆う。
けれど、その防御を要塞砲は無理やり押し込んだ。
完全には、防ぎ切れない。
一隻の艦が直撃を受けて、側面装甲の一部を消し飛ばされる。
別の艦も余波で姿勢を崩す。アラージほどの魔女が、艦隊全体へあれだけ強力な魔法を重ねても、なお止めきれない。
その砲撃の余波が、今度は『機怪天国』のフィールドを掠めた。
人工天体表面を走る光のラインが、今度は、一瞬、完全に消えた。
『『機怪天国』の防御フィールド、維持困難』
青葉の声が、低く硬く響いた。
僕は、歯を食いしばった。
機怪ビーストは片づけた。
でも、肝心の要塞本体が落ちない。
そして、このままでは、機怪天国のフィールドも保たない。
「……イハァトパー機関さえあれば」
それは、半分は独り言だった。
だが、次の瞬間、マザーの通信が即座に返ってきた。
『あなた方は、もうそれを持っています』
僕は、思わず顔を上げた。
「え?」
『私の方で、封印を解除しましょう』
その声音は、落ち着いているのに、どこか決定的だった。
でも、その一言の重さで、区画の空気がまた大きく変わる。
制御区画の端にある保管棚へ、僕の視線が勝手に向く。
そこには、ずっと置かれていたものがある。
ボイカシマーケットで、狸族の商人から“寄進”として受け取った、〈先住者〉の遺跡から出たというアヒルのような鳥のオモチャだ。あの時は、ただ妙な分子機械の塊にしか見えなかった。
その奇妙な分子機械の玩具の目が、次の瞬間、眩しく光った。
「うわっ!」
そして――そのアヒルみたいな玩具は、自分で小さく震えたかと思うと、ふわりと宙へ浮き上がった。
区画の中央へ滑るように移動する。
その表面から、細い光の線が何本も伸びた。青葉の制御系表示と共鳴している。
『識別を更新』
青葉の声が、いつもより少しだけ低くなる。
『封印鍵ユニットを確認。イハァトパー機関の権限制御を解放できます』
アヒルのような玩具は、そのまま制御区画の中心へ置かれた。
まるで、最初からそこへ収まるべき部品だったみたいに、ぴたりと組み込まれる。
その瞬間、『青葉』全体が低く唸った。
そうなのです、金属のアヒルは、単なるオモチャではなかったのです……




