第六十七章 帰還~シラトリII
広場の明かりが揺らぎ、一瞬の途切れで空気が薄く感じられた。
まるで街全体が、味わいたくないものを飲み込んでしまったかのようだった。
しかし、その後、光は、すぐ平穏な感じに戻った。
マザーは、静かな声のまま続ける。
『源悪の意志の構造体の切り離しに、成功しました。その際に、白石源一郎、美優、アーマッドの三名も確保しました』
「えっ……?」
僕は、思わず声を上げた。
美優、源一郎、アーマッド――その三人の名前を、今この場で聞くとは思っていなかった。
しかも“確保した”ということは、少なくとも生きていて、機怪天国側の管理下に置けたということだ。
青葉が、すぐ横で静かに確認する。
「安全は、確保されているのですね」
『はい』
マザーは、僕へ向き直って頷いた。
『現在、保護区画へ移送済みです。生命活動および意志体の安定も確認しました』
その一言で、胸の奥に溜まっていた重い塊が、少しだけ崩れた気がした。
美優が生きていて、源一郎も、アーマッドも無事だ。
それだけで、ここまでの緊張の意味が報われた気がした。
青葉も、隣で静かに息をついた気配があった。
彼女は、声に出して安堵を見せることはあまりない。けれど、長く一緒にいると、それでも分かるようになる。
キーフラスは、マザーの報告を聞いて、ゆっくりと頷いた。
『そうか』
短い言葉だった。
だが、その中には、彼なりの深い感慨があった。
『……よくやった』
その言い方は、上官としての評価のようでもあり、もっと個人的な労いのようでもあった。
マザーは、その言葉を受けて、ほんの少しだけ微笑んだ。
その笑みを見た時、僕は、やっぱりこの二人の間には、長い時間では削れない何かがあるのだと思った。
キーフラスは、〈先住者〉の究極兵器を作り、グラブール人と機怪天国の計画を担った責任者で、罪を背負い、この場所へ沈んだ存在だ。
マザーは、その機怪天国そのものと融合し、彼からこの惑星を託された存在だった。
その関係を、単純に恋だとか愛だとか呼んでいいのか、僕には分からない。
でも、少なくとも、そこに強い思慕の情があることだけは、ひどくはっきり感じられた。
ガンマが、そんな二人を見て、少しだけ肩をすくめるように言った。
『やれやれ、意志様のこんな姿は、初めてみたのぅ』
その言い方は、からかっているようでもあり、少しだけ温かくもあった。
僕は、その場の空気に少しだけ圧倒されながらも、ようやく気づいた。
ここで立ち止まっている暇はないのだ。
源悪の意志の構造体は切り離された。
美優たちも保護された。
けれど、それで全部終わったわけではない。あのガラXFIザAの機動要塞は、まだ『機怪天国』の外にある。
切り離された以上、今度は、それ自体が敵として動く可能性が高い。
マザーは、まるで僕の思考を先回りするように、静かに言った。
『さあ、巡洋艦『青葉』に戻り、敵に備えてください』
その声音に、もう迷いはなかった。
ここは、安堵に浸るための場所ではない。
必要なことは終えた。
だから、次へ進め、と言っているのだ。
僕は、こくりと頷いた。
「うん」
青葉も、隣で静かに答える。
「承知しました」
次の瞬間、足元の感覚が揺らいだ。
機怪都市の青白い床が、少しだけ遠ざかる。
周囲の光の密度が変わり、都市の輪郭が、水の底から見上げた景色みたいにゆらいだ。
僕は、反射的に青葉の方を見た。彼女も、こちらを見返して小さく頷く。
帰るのだ――巡洋艦『青葉』へ。
そして、現実の戦場へ。
マザーとキーフラスの姿が、揺らぐ光の向こうへ少しずつ遠ざかっていく。
その直前、僕には、二人がまだ少しだけ並んで立っているのが見えた。
長い時間を隔ててようやく再会した者同士のように。
あるいは、ずっと同じ罪と同じ願いを抱えてきた者同士のように。
その光景が、妙に胸へ残ったまま、僕と青葉の意識は、機怪都市から現実へ引き戻されていった。
***
意識が浮かび上がってきた時、僕は、まず金属の匂いを感じた。
社所ステーションの乾いた空気ではない。機怪都市の、あの青白く静かな空間でもない。もっと慣れた、もっと現実的な匂いだった。
循環する空気、機関の熱、微かに残る潤滑油の気配。それらが混じった、巡洋艦『青葉』の中の匂いだと分かるまで、ほんの数秒かかった。
目を開けると、視界の上に見慣れた天井材があった。
照明は落とし気味で、壁面表示の光だけが淡く揺れている。
身体を起こそうとした瞬間、頭の奥が少しだけ鈍く痛んだ。しかし、その痛みが逆に、自分がちゃんと戻ってきたのだという感覚を強くした。
「あ……」
喉から漏れた声は、自分でも驚くくらい掠れていた。
その音を聞いた途端、すぐ近くで椅子を鳴らす音がした。
「意識が戻ったのか?」
ブライアントの声だった。
彼は、いつものように腕を組んだまま立っていたが、その顔には隠しきれない安堵が浮かんでいた。わずかに身を乗り出し、こちらの目がちゃんと開いているのを確かめるように見ている。
そのすぐ後ろから、ナルディアも顔を覗き込んできた。
「ほんとに? 弓良、分かる? 見えてる? 喋れる?」
「いっぺんに聞かれても……」
そう返した瞬間、ナルディアが本気で息をついた。
「よかった……!」
その声がまだ完全には落ち着く前に、白い影が勢いよく飛び込んできた。
『弓良殿……!』
ジェプラだった。
彼女は、ほとんど抑えきれない勢いのまま僕へ抱きついてきた。
細い腕なのに、思っていたよりずっと強い。
肩口へ顔を寄せるようにして、確かめるみたいにぎゅっと抱きしめてくる。
「うわっ、ジェプラ……」
『よかった、本当に……』
その声が少し震えていたので、僕は、それ以上うまく何も言えなくなった。
ラギ・ギラも、少し遅れてこちらへやってきた。大きな翼をばたつかせていて、見るからに落ち着いていない。
『やー、ほんまに起きはったか! いや、そら起きるやろうとは思うとったけど、実際に起きはると安心するいうかな』
太郎も、足元から僕を見上げていた。
『弓良。起動確認』
「起動って……」
『太郎は、かなり心配した』
そう短く告げる声は、いつも通り平坦なのに、妙に本気で言っている感じがした。
「そうなんだ」
『かなり、だ』
その短い強調が、妙に嬉しかった。
僕は、ようやく周囲を見回した。ここは、社所ステーションではない。
医療区画に近い艦内の一室だ。寝台のような台に寝かされていたらしい。
つまり、僕と青葉の意識体が戻る前に、誰かがここまで運んでくれたのだ。
「どうして、ここに……?」
僕がそう訊くと、ブライアントがすぐに答えた。
「マザーから知らせが入った。お前と青葉の意識が戻る段階に入るってな。社所ステーションに置いておくより、『青葉』の中の方が安全だと判断して、陸戦隊と一緒に回収した」
そこで、ようやく状況がつながった。
機怪都市――キーフラス――源悪の意志――因果の路――。
それら全部を抜けて、僕は戻ってきたのだ。
その時、艦内に短い受信音が鳴った。
壁面表示の一部が切り替わり、狐族の独立魔女アラージが現れた。
彼女の顔には、いつもの余裕がまだ残っていたが、その奥には、はっきりとした緊張も見えた。状況はまだ、少しも落ち着いていないのだ。
『お目覚めのところ失礼します』
「いえ、大丈夫です」
僕がそう答えると、アラージは小さく頷いた。
『先に説明したとおり、黒狼族がガラXFIザA、Bに唆されて、この『機怪天国』を侵攻し、自分たちのものにしようしたのは、ほぼ確定しました』
その一言で、部屋の空気が一段引き締まる。
ブライアントも、ナルディアも、ギラも、すぐに表情を変えた。
『しかし、ガラXFIザAとBが仲違いして、Bが成果物の一部を持ち逃げしたようです』
アラージの視線が、僕へ向く。
『それが、弓良殿と美優殿です』
僕は、思わず息を呑んだ。
やはり、そうだったのだ。
僕と美優は、最初から、何かの“成果物”として扱われていた。
太郎が、低い声で言った。
『成果物という表現は、不満だ』
「……うん」
『弓良は、弓良だ』
その言い方は短かったけれど、妙に力があった。
でも、そこで太郎と会話を続ける暇はなかった。僕は、すぐにアラージへ言った。
「マザーが、その美優、白石源一郎、アーマッドを確保したと言っていました。それで、あのガラXFIザAの構造物を切り離したって」
アラージの目がわずかに細くなる。
『確認済みです。こちらの観測とも一致しています』
その直後だった。
艦全体が、低く震えた。
床がかすかに揺れ、壁面表示が一瞬だけ明滅する。機関の唸りが一段深くなり、どこか遠くで警報に似た低音が鳴り始めた。
『外部に大規模変動を確認』
青葉の声が、艦内放送として響く。いつもの落ち着いた声なのに、その硬さだけで状況の悪さが分かる。
壁面全体が外部映像へ切り替わった。
そこに映った光景に、僕は思わず身を起こしかけた。
『機怪天国』の表面から、巨大な噴煙が立ち上がっていた。
もちろん、宇宙空間だから本当の煙ではない。光を帯びた破片と、シャドーマターを含んだ粒子の奔流と、分子機械の雲が一斉に吹き上がり、人工天体の表層を裂きながら外へ噴き出している。
その中心から、棘だらけの巨大構造体が引き剥がされるように離れていく。
「あれが……」
僕は、すぐに分かった。
ガラXFIザAのバズギャン型機動要塞だった。
『機怪天国』へ食い込み、内部へ寄生するように埋まっていた、あの異形の要塞が、いまようやく切り離され、惑星表面から離脱しようとしていた。
しかし、その動きは普通ではなかった。表面の一部に『機怪天国』の構造材を引きずりながら、軋むように姿勢を変えていた。
無理やり引き剥がされた巨大な寄生虫のようだと思った。
「切り離したって、これか……!」
ブライアントが、低く吐き捨てる。
太郎は、外部映像を見上げて言った。
『大きい』
「うん」
『大きくて、嫌な形だ』
たしかに、その感想が一番正確な気がした。
しかし、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、要塞のあちこちが開いた。
装甲が花弁のように持ち上がり、そこから無数の影が吐き出される。
艦載機では、なかった。人型でもない。
『拡大します』
青葉がカメラをズームすると、それは、機械でできた異形の動物逹に似た何かだった。
狼のようなもの、鳥のようなもの、蛇めいたもの、虫じみた小型機――。
だが、そのどれもが、ただの“生物型ドローン”と呼ぶには不気味すぎた。
関節の位置も、装甲のつき方も、口の開き方も、まるで、画家が描いた悪夢の動物のようで、どこかが根本的に間違っている感じだ。
それなのに、動きだけは妙に生き物らしく、そこが余計に気持ち悪かった。
『暫定名称を付与します』
青葉の声が響いた。
『機怪ビースト』
「分かりやすいけど、そのまんまじゃん……!」
ナルディアが叫ぶように言った。
太郎は、納得したように頷いた。
『分かりやすい名称だ。危険で、獣っぽくて、機械だ。正しい』
青葉は、静かに『ありがとうございます』と返した。
しかし、突っ込んでいる余裕は本当に一瞬しかなかった。
機怪ビーストたちは、出現した次の瞬間にはもう散開していた。
群れを作って『機怪天国』へ向かうもの――。
一直線に『青葉』へ突っ込んでくるもの――。
高く上がってから斜めに落ちるもの――。
そして、それぞれが火線を吐いた。
ビームに近いもの、ミサイルのようなもの、シャドーマターを圧縮して投げつけるみたいな異常な攻撃――。
その全てが、『機怪天国』と巡洋艦『青葉』の両方へ降り注ぎ始めた。
『対空迎撃準備』
青葉の声と同時に、艦のどこかで砲が起動する低い震動が走った。
その時、別回線がひらいた。
マザーだった。
いつもより少しだけノイズがある。まだ『機怪天国』全体の損傷制御をしながら通信しているのだろう。
『あの要塞の中は、既に、生きて意識ある者はいません』
その声音は静かだった。
だが、その静けさが逆に重い。
『滅するのを手伝ってください』
その一言に、僕は、はっきり分かった。
これは、もう奪還戦ではない。
救出ではない――寄生を切り離したあとの、掃討だ。
ブライアントが、壁面映像の向こうの『機怪天国』を見ながら低く言った。
「……惑星の方の反撃が少ないな」
『はい』
アラージがすぐに答える。
『『機怪天国』自体は工廠惑星です。生産と供給には優れていますが、純粋な攻撃力は高くありません。要塞戦を想定した装備はないでしょう』
その説明に、ようやく腑に落ちた。
願いを叶える星、無限に物資を生み出す工廠――。
それは強力だ。だが、“強力”と“戦闘向き”は別の話だ。
『機怪天国』は、装備を製造するための星であって、正面から侵略艦隊を焼き払うための星ではない。
だからこそ、いま要塞を切り離すことまではできても、その先を単独で撃滅するには力が足りないのだ。
機怪ビーストの群れが、こちらへ近づいてくる。
「青葉」
僕は、声を絞り出した。
『はい』
「戦える?」
『もちろんです』
その返答には、一片の迷いもなかった。
ジェプラが、まだ僕の肩へ手を置いたまま、まっすぐ言う。
『弓良殿、私も参ります』
ギラも翼をたたみ、いつもの軽さを少しだけ引っ込めた顔で笑う。
『やー、これはもう、見てるだけやと後で絶対後悔するやつやな』
太郎は、足元から淡々と告げた。
『太郎も行く』
ナルディアが、ぐっと唇を噛む。
「アーマッドたちが無事って分かったばっかりなんだから……ここでまた全部壊させるもんか」
ブライアントが、短く言い放つ。
「制御区画へ移るぞ。寝起きで悪いが、もう休んでる暇はない」
僕は、寝台から完全に身体を起こした。
まだ頭の奥に、機怪都市の余韻が少し残っている。
キーフラスの言葉も、マザーの気配も、因果の路の感触も、全部まだ消えていない。
でも、その全部を抱えたまま、僕はここへ戻ってきたのだ。
だったら、ここから先も、僕としてやるしかない。
『機怪天国』を背に、バズギャン型機動要塞がこちらを睨んでいる。
そこから吐き出される、魂のない機械の獣たち。
生きた意識を失ったまま、ただ破壊だけを続ける異形の群れ。
それを見ながら、僕はようやくはっきり理解した。
いま、ここで止めないと、全部が、また奪われる。
だから、行くしかない。
艦内の低い警報が鳴り続ける中、僕たちは一斉に動き出した。
***
制御区画へ入った途端、空気が一段変わった。
寝台のある医療寄りの区画とは違って、ここは最初から戦闘のために作られた場所だ。
壁面の大半が外部映像と戦術表示へ切り替わり、艦内照明も少し落とされている。
床の下を流れる機関の振動が、さっきよりはっきり足へ伝わってきた。
巡洋艦『青葉』そのものが、もう戦いの姿勢へ入っているのだと、身体の奥で分かる。
『戦術リンク、同期開始。表示を統合します』
青葉の声が響く。
壁面いっぱいに、機怪天国の南半球周辺宙域が立体的な戦術図として開いた。中心にあるのは、巨大な人工天体――『機怪天国』。
その一角から無理やり引き剥がされたように離脱していく、ガラXFIザAのバズギャン型機動要塞。そして、その要塞から次々と湧き出してくる機怪ビーストの群れ。
さらに、その外側には、神殿監察部の艦隊が既に展開していた。
アラージは、艦隊を既に惑星『機怪天国』の近くまで寄せていたらしい。
監察艦隊が、扇状に布陣して要塞側へ火線を集中させている。艦の規模は大小さまざまだが、統率はとれていた。
あのアラージらしい、無駄のない布陣だった。
『神殿監察部艦隊、砲撃を開始しています』
青葉の言葉に合わせて、外部映像の中で無数の火線が走る。
監察艦隊から放たれた光条が、要塞の装甲へ何本も突き刺さる。
しかし、機動要塞の側も黙ってはいない。棘だらけの外殻のあちこちが開き、濃い紫がかった砲光が、反撃として監察艦隊へ叩き返された。
その一撃の重さは、映像越しでも分かった。
ただの高出力ビームではない。機怪天国の構造材を引き剥がしていた時と同じ、嫌なシャドーマターの揺らぎが砲撃に混じっているのが分かった。
さらに、要塞から吐き出された機怪ビーストたちが、一斉に散開した。
「多い……」
思わず、そう呟いていた。
狼型に見えるもの、猛禽のように翼を広げるもの、細長い蛇じみたもの、脚が異様に多い獣とも虫ともつかないもの、四足なのに、途中で身体を折り曲げて軌道を変えるもの――。
それらは、種類ごとに明らかに役割が違った。
狼型のものは、群れで機動して前衛を攪乱した――。
鳥型は高所からビームめいた射撃を浴びせた――。
蛇型は、長い胴を折り曲げながら誘導弾じみた動きを見せた――。
虫型のものは、小型だが数が多く、装甲の隙間へ潜り込むのに向いていそうだった――。
ナルディアが、壁面映像を睨みながら言った。
「ただの無人機じゃないよ。あれ、戦い方が変すぎ!」
『分子機械による自己再構成が可能な機体と推定されます』
青葉が即座に答える。
『種類ごとに異なる戦術特性を持っているようです』
ブライアントが、低く舌打ちした。
「厄介極まりないな。艦載機と対空兵器と突撃端末を、全部“獣のふり”で一緒にしてるみたいなもんだ」
『その理解で概ね正しいでしょう』
青葉の声は落ち着いていた。
『構成素材と制御方式は、機怪人形と近縁のテクノロジーで製造されている可能性が高いです。おそらく、『機械天国』の製造設備が一部、奪取されたのでしょう』
「機怪人形と、同じ……?」
僕がそう訊くと、青葉は少しだけ間を置いて答えた。
『ただし、おそらく魂――意志体は、統合されていません』
その一言に、妙な寒気が走った。
あれは、僕や美優みたいな存在ではない。
マザーや青葉みたいな人工意識体でもない。
器だけがあって、魂がない。
機怪天国の技術を、最悪の方向へ切り出したみたいな兵器群だ。
だからこそ、あの動きの気味悪さがあるのかもしれない。
生き物のようで、生き物ではない。意志があるようでいて、そこに“魂の重さ”だけがない。
『巡洋艦『青葉』、迎撃に入ります』
青葉の声が一段低くなる。
次の瞬間、外部映像の一角で、『青葉』の砲塔群が火を噴いた。
『青葉』の周囲に迎撃火線が展開される。
DVI砲の重い光条が、前方へ突出してきた狼型の機怪ビースト群をまとめて薙ぎ払う。何体かは、それだけで装甲ごと崩壊した。
続けて、アトパルスレーザー砲が、上空を旋回する鳥型の機体を正確に穿つ。レーザーの光は見えないものの、当たったら爆発するというより綺麗に切り裂かれて、その場で折れ砕ける感じだった。
太郎は、火線の動きを追いながら言った。
『迎撃を確認。数が多い。だが、多いだけなら、まだ対処できる』
その言葉は、妙に落ち着いていて、少しだけ救われる感じがした。
しかし、数が多すぎた。
撃ち落としても、次の群れがすぐ後ろにいる。
撃ち漏らしも、次々に機怪天国側へ向かい、人工天体の表面で小さな爆光がいくつも咲く。
しかも、小型の虫型じみた機怪ビーストたちが、撃墜された残骸の影からさらに散ってくる。
単純な火力の押し合いだけでは、こちらもじわじわ押される。
アラージの艦からの通信が、戦術表示の端で開いた。
司令補佐のギースが出た。
『左舷側の小型群を抑えます。青葉殿は中央を』
狐族らしい切れのいい指示だった。
映像の中で、監察艦隊の一群が素早く陣形を変えた。
先頭にいた大型艦が正面砲撃を受け持ち、その後方から中型艦が斜線を通して小型機怪ビーストの群れへ面制圧をかける。
さらにその間を縫って、神殿監察部の小型高速艇が、魔法拘束に似た光索を伸ばして敵の軌道を乱していた。
強かった。
さすが神殿監察部の主力と言うべきか、単に火力があるだけではない。隊列の切り替えも、損耗を避ける距離感も洗練されている。
それでも、苦戦していた。
機動要塞の主砲が重すぎるのだ。
一発ごとに監察艦隊の防御線が歪む。
さらに、機怪ビーストの群れが、その乱れた隙間へ噛みつくように入ってくる。大型艦が一隻、舷側を抉られ、姿勢を崩すのが映った。
ジェプラが、思わず息を呑む。
『アラージ様……』
「いや、持ちこたえているようだ」
ブライアントが、壁面を睨んだまま言った。
「だが、あの要塞を削り切れないまま群れに押し込まれると、じり貧になる。直撃されたら、まずい」
太郎が低く言った。
『味方の損傷が増えている』
その簡潔な報告が、かえって状況の悪さをはっきりさせた。
その時だった。
機怪天国の表面から、新たな艦影が飛び立った。
僕は、最初、それが何なのか分からなかった。
白い艦影の輪郭は細長く、鋭く、機能美があった。
しかし、装甲の質感も、流れるラインも、人類の設計思想だけではない。もっと〈先住者〉的な対称性がそこに混ざっていた。
「何あれ……えー」
ナルディアが、半ば立ち上がるようにして画面へ食いついた。
「……シラトリ?」
青葉が、即座に分析する。
『機体識別不能。探査船シラトリと似た形状のフレームと〈先住者〉艦艇構造の混成特徴を確認』
その艦は、機怪天国の表面から滑るように上昇すると、そのまま『青葉』と監察艦隊の中間へ割り込むように加速した。
そして、機怪ビーストの群れへ向かって、一気に火線を浴びせる。
火力は、シラトリのような探索艦にしては明らかに高かった。
細い艦体から、鋭く収束した光条が何本も伸び、前衛の狼型ビーストを正確に貫いた。
さらに、機首下部らしき位置から散弾的な光弾が放たれ、小型群をまとめて吹き飛ばした。
その直後、通信が入る。
『外部艦より直接通信。回線、開きます』
青葉の声と同時に、制御区画の中央へ新たな映像が立ち上がった。
そこに映ったのは、渋い感じの若い男だった。
年齢は若い。
でも、顔つきには、妙な落ち着きと骨太さがある。彫りの深い顔立ち。短く整えられた髪。余計な表情を見せない、鋭い目をしている。
――現場で何度も生き残ってきた人間の目だと、一目で分かった。
『これは、『機怪天国』に製造して貰った艦、仮名シラトリIIだ』
その男は、低くよく通る声でそう言った。
『私も、ここで機動要塞からの敵機を迎撃する』
一瞬、区画の中が静まり返った。
ナルディアだけが、次の瞬間に爆発した。
「アーマッド!!」
彼女は、もう踊り叫ぶような勢いで声を上げていた。
普段の少し気の強い感じも、落ち着いた探索者っぽい振る舞いも、全部吹き飛んでいる。
「生きてた! 本当に生きてたの? 兄さん、見た? 生きてる! アーマッドが!」
その反応があまりにもまっすぐで、僕は一瞬、戦況を忘れかけた。
……これ、惚れてるのでは?
思わず、そんなことが頭をよぎる。
いや、今それを言ったらたぶん殴られるし、状況も状況なのだけれど、それでも、あの反応はどう見ても“仲間が無事だったので嬉しい”だけでは済んでいない。
太郎が、しみじみと呟いた。
『かなり嬉しそうだ。声量で分かる』
「それは、分かるけど!」
こんな時なのに、少しだけ笑いそうになった。
ブライアントが、半ば呆れたような、でもほっとした顔で言った。
「分かったから少し落ち着け。本人は、それどころじゃない」
「だって!」
「分かるが、今は戦闘中だ」
そのやり取りの最中に、通信映像の端へ、もう一つの顔が割り込んできた。
僕は、それを見た瞬間に息を止めた。
すぐ分かった。
機怪人形――美優だった。
少しやつれて見えるけど、動いている。
そう、機怪人形として動いて、はっきりと、こちらを見ている。
彼女は、一瞬だけ画面越しに僕を見て、それから少しだけ目を細めた。
『……天河先輩』
その呼び方が、胸の奥へまっすぐ刺さった。
先程、因果の路の中で見た夕暮れの道での、事故の直前の、過去の僕――。
全部が、その一言で現在へつながってしまう。
「美優……」
僕の声は、自分でも驚くくらい小さかった。
美優は、それ以上は何も言わなかった。
今は、そんな余裕がないのだろう。彼女の背後では、シラトリIIの戦術表示が走り、別の誰か――たぶん源一郎だ――が何か指示を飛ばしている気配もある。
それでも、彼女がそこにいるというだけで、何かが大きく変わった気がした。
シラトリIIは、ただ救援に現れた艦ではない。
アーマッドも、美優も、そしておそらく源一郎も乗っている。
つまり、ガラXFIザAの機動要塞に捕らわれていた人逹が、今、現実宇宙の戦場へ戻ってきているのだ。
『感動の再会は後にしてもらえると助かる』
アーマッドが、いつもの低い声のまま言った。
その口調には、かすかに呆れが混じっている。けれど、完全に冷たいわけではない。
『こちらもまだ、機体の慣熟が十分ではない。無駄口を叩く余裕は、ないぞ』
「はいはい、でも無事でよかった!」
ナルディアはまだ半分叫んでいる。
ブライアントが頭を押さえた。
ギラが、少し楽しそうに翼を揺らす。
『やー、ええとこで出てくるなあ、ほんま』
太郎が、足元でぽつりと言った。
『再会イベントだ』
「太郎、そんな軽くまとめないで」
『だが、そういう空気だった』
そこは否定できない。
でも、その“再会イベント”の余韻に浸る暇は、本当にほとんどなかった。
機怪ビーストの群れは、まだ湧き続けている。
監察艦隊も、『青葉』も、シラトリIIも、今はまだ迎撃戦の最中だ。
しかも、要塞本体は、依然として巨大な砲をこちらへ向けている。
青葉が、即座に戦術表示を更新した。
『シラトリIIを含めた味方戦力を再計算。敵小型群に対する局地的優勢を確認。ですが、要塞本体への有効打は依然不足しています』
「つまり、雑魚は減らせるけど、本体はまだ硬いってことか」
ブライアントの要約に、青葉はすぐ頷く。
『概ねその通りです』
僕は、壁面映像の向こうで戦っているシラトリIIを見た。
とてつもない機動だった。機怪ビーストの群れの間を抜け、そのたびに正確な火線で敵を削っていく。
おそらく、現場の人、アーマッドが操る艦だから、というだけではないだろう。
機怪天国製であり、〈先住者〉技術が混ざった新しい艦だからこそ、あの動きができるのだ。
美優の顔が、通信画面の隅にまだ残っている。
彼女は、もうこちらを見ていなかった。
戦術表示へ集中し、何かの操作をしている。
その横顔に、僕は少しだけ見覚えのある意地の強さを見た。
生きている――しっかりと、ここで。
その事実が、胸の奥で静かな火みたいに灯っていた。
青葉が、低く言う。
『弓良』
「うん」
『戦況はまだ不利です。再会の確認で緩まないでください』
「はい……」
やっぱり青葉は青葉だった。
でも、その一言で、僕も今へ戻れる。
因果の路は断ったし、美優たちも戻ってきた。
けれど、戦いはまだ始まったばかりだ。
僕は、壁面の向こうにそびえるガラXFIザAの機動要塞を見据えた。
あれを止めない限り、全部がまた奪われるかもしれない。
だったら、ここでやるしかない。
それはもう、はっきりしていた。
このシリーズにオ○ンガーはおりません……




