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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第V部 機怪天国編

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第六十四章 魂は計算資源~おまんじゅうの話

 機怪人形は、魂を保っています。

 魔法を使うには、魂が必要です。

 僕は、中心塔へ向かう光の流れを見ながら、しばらく何も言えなかった。

 魂――その言葉自体は、子供のころから何度も聞いている。

 神話でも、宗教でも、怪談でも、もっと軽い日常会話でも出てくる言葉だ。

 でも、今この機怪都市で、マザーが口にした“魂”は、多分、そういう概念的なものとは違うだろう。

「その言い方だと……」

 僕は、慎重に口を開いた。

「……魔法って、シャドーマターを集めて、何かを動かす技術、というだけではないんですか?」

『集めるだけでは足りません』

 マザーは、穏やかに答える。

『シャドーマターは、ただの燃料でも、ただの流体でもありません。高次元空間へ干渉するための媒体として使われる素粒子です』

 僕は、その言葉を頭の中でゆっくり組み立てた。

 媒体――燃料ではない――使えば何かが起こる、不思議なガスみたいなものではなく――。

 青葉が、すぐ横から補足する。

「たとえば、通常の機械が電力だけで動くと考えると、誤解が生じます」

「うん」

「電力があっても、制御回路がなければ意味がないように、シャドーマターがあっても、それをどのように高次元空間へ通し、どのような超弦振動モードで作用させるかを操作、制御するための中核が必要です」

「それが、魂?」

「少なくとも、私と弓良が使うシャドーマター制御では、そう呼ばれるものが関与しています」

 機械の比喩で説明されると、少し分かりやすい。

 でも、その分だけ、逆に気味が悪かった。

 魂――そんなものを、制御回路みたいに言われると、宗教でも文学でもなく、いきなり工学のど真ん中へ引っ張り込まれた気がする。比喩でも、宗教的な言い回しでもない。もっと実際的で、もっと冷静なものとして、魂という概念をそこへ置いている。

「魂って、そんな、計算資源みたいなものなの……?」

 自分でも、変な質問だと思った。けれど、そう聞くしかなかった。

 マザーは、少しだけ首を傾げてから答えた。

『“みたいなもの”ではなく、そのものです。もっとも、通常の計算機械のように単純な演算装置ではありません。魂は、重力によって時空に刻まれた構造です。知的生物が生き、観測し、記憶し、選択し続けた結果、その存在の全体が、高次元にまで張り出した情報構造体として固定されるのです』

 僕は、ますます分からないような、でもどこかで妙に腑に落ちるような気持ちになった。

 重力に、時空に、刻まれた構造――それは、青葉が時々さらりと口にする〈先住者〉のテクノロジーの解説に、そういうのがあった気がした。

 隣にいた青葉が、静かに補足した。

「だからこそ、物質的な脳が失われても、意志体として一定の持続性を保つことがあるのです」

 マザーは、僕を正面から見て、頷いた。

『魂は、重力により時空に刻まれた構造です。シャドーマターをブレーンを超えて制御できるのは、その重力だけ。機怪人形は、その意志体――魂を宿すことで“魔法”が使えるのです』

 その言葉を聞いて、僕は自分の胸のあたりへ手を当てた。

「じゃあ、僕が魔法を使えるのも……」

『あなたの中に、魂があるからです』

 マザーは、迷いなくそう言った。

 ガンマが、僕の横顔を見ながら口を開いた。

『おぬし、魂をもっと、ふわふわしたものだと思うておったな?』

「そうかも……」

『無理もない。グラブール人でも、そう思っておる者は多い』

 彼女は、少しだけ肩をすくめた。

『じゃが、魔法を操るグラブール人や機怪人形から見れば、魂はふわふわした飾りではない。なくては困る中核じゃ』

「中核……」

『魔法を成立させるための、最終的な主体と言ってもよいでしょう』

 マザーがそう言って、手のひらを軽く持ち上げた。

 その動作だけで、僕たちの目の前に、幾何学的な光の図形が浮かび上がる。

 最初は、ただの球だった。

 その周囲に、いくつもの輪と流路が重なっていく。

 青白い粒子が、その流路に沿って動き出す。

 僕がいままで魔法を使う時、感覚でだけ掴んでいたものを、誰かが外から見える形に具現化したような図だった。

『これは、単純化した魔法発動モデルです』

 マザーの声が続いた。

『最外層にあるのが、環境中のシャドーマター。中層が、それを取り込み、方向づける構造。そして、中心にあるのが意志体です』

 中心の小さな核だけが、他より少し濃く発光している。

 その核が、外側の流れ全部の基準になっていた。

『この中心がなければ、シャドーマターは拡散するか、暴走するか、あるいは意味のある結果を持たないノイズとして消えます』

「意志がないと、魔法にならない?」

『はい』

「でも、それなら、魂とか言わず、“意志”でよくない?」

 僕が、そう聞き返すと、マザーは少しだけ目を細めた。

『それが、単なる意識、計算の方向性ではないのです』

 図が変化した。

 今度は、中心核がただの光点ではなく、複雑なネットワーク構造を持つ塊として表示された。

『判断能力や思考能力だけでは足りません。自己同一性、記憶との連続性、安定性、外界との相互参照、それらを含んだ“存在の芯”が必要になります』

 長いけど、なぜか、分かる気もした。

 たとえば、青葉は、ただ賢いだけではなく、青葉としての一貫性がある。

 僕も、いま混乱していても、弓良としての自我は、保っている。

 それが、ただの高度演算や自動応答とは違うのだろう。

 青葉が、静かに言った。

「機械知能だけでは代替しきれないもの、という理解が近いでしょう」

「青葉でも?」

「私単独であっても、高度な制御は可能です。ですが、本艦が弓良と結びついて以降、シャドーマター制御効率と高次元干渉の安定性が著しく上昇したのは事実です」

 それは、さらっと言っているけれど、かなり大きな話だった。

「……つまり、僕がいないと、青葉も、うまく魔法を使えない?」

「そうです」

 青葉は、あっさり頷いた。

「逆に言えば、本艦だけでも成立する領域と、弓良との接続を前提に本領を発揮する領域がある、ということです」

「それ、思ったより共同作業なんだなあ……」

「元よりです」

 少しだけ、柔らかい返事だった。

 マザーは、そのやり取りを見守ってから、さらに説明を進めた。

『機怪人形においては、それがより顕著になります』

 図がまた切り替わる。

 今度は、人型の輪郭が浮かび上がった。

 その中を、細い光路がびっしりと走っている。

 筋肉でも神経でもなく、ちょっと工業的なのに、同時に生体っぽい複雑さもあった。

『機怪人形の身体は、エキゾチック物質を含む分子機械の超越量子構造体により、生体と同様に高次元構造体である魂を保持するように設計されています。そして、シャドーマターの微細流路調整機能により、極めて高いシャドーマター制御能力を持ちます』

 その人型の手が持ち上がり、周囲の粒子が、揃って反応する。

 図示されたそれだけで、普通のグラブール人より、ずっと魔法を扱いやすいというのが、とてもよく分かった。

『しかし、空のままでは、不安定です』

 次の瞬間、その人型の中心核が消えた。

 すると、外側の光路が一斉に乱れた。

 粒子の流れが揺れ、手足の輪郭が少しずつ崩れ、最終的には全体がノイズみたいに震えていく。

『シャドーマターの制御系だけが高性能でも、中心に安定した意志体がなければ、機怪人形は、自壊か暴走へ向かいます。』

 それを見て、僕は思わず顔をしかめた。

「すごく、怖いね……」

『はい』

 マザーは、ひどく落ち着いた声でそう言った。

『実際、単に人工知能だけの制御でシャドーマターを扱おうとした多くの試みが失敗した、と聞いています』

 その一言に、都市の空気が少しだけ冷えた気がした。

 ガンマも、軽口を挟まなかった。

『空の器は、見かけよりずっと危ういのじゃ。だから、新たに造られた機怪人形は、魂を求める』

「空の器が魂を……」

 僕は、その言葉を反芻した。

 空の機怪人形、美優、そして、僕自身――。

 胸の奥へ、嫌な予感みたいなものがゆっくり広がっていく。


***


『弓良。ここで説明しておかなければならないことがあります』

「……僕と美優のこと?」

『はい。そして、ここにいる“機怪人形たち”のことです』

 そう言われて、僕は少しだけ周囲を見回した。

 さっきから、広場の端や、歩廊の影や、遠くの薄い光の向こうに、何かがいる気配はあった。人影のようにも見えるし、都市の機能の一部のようにも見える、うっすらとした光の塊だ。よく目を凝らすと、それらは皆、なんとなく人の輪郭をしていた。

 ガンマ――いや、機怪巫女γが、そんな僕の視線の先を追うようにして、少しだけ肩をすくめた。

『わらわの身体は、かなり古くなっておっての、意志体の緊急転送に耐えられんかった。見苦しいものを見せたかもしらぬ』

 その声音には、前のような余裕が少し戻っていた。

 社所ステーションで、彼女の身体が痙攣し、金属の塊みたいに崩れた時の嫌な記憶が、僕の中で少しだけ和らぐ。

「いや、見苦しいっていうか……かなり、びっくりしたけど」

『そうじゃろうな』

 ガンマは、ふっと笑うように目を細めた。

『じゃが、ここでは、あれは珍しいことではない。器が古くなれば、意志体だけを先に避難させることもある。もっとも、わらわの場合は少し慌ただしすぎたがの』

 マザーが、静かに言葉を継いだ。

『多くの機怪人形たちは、この『機怪天国』へ戻りたいと願い、ここに住んでいます』

 そう言われて改めて周囲を見ると、広場の外れや高い歩廊の途中にいた光の人影たちが、わずかにこちらへ意識を向けたのが分かった。目があるようには見えない。顔立ちも曖昧だ。けれど、今の言葉に対して“頷いた”のだと分かる程度には、そこに意思があった。

「ここに、住んでる……?」

『はい』

 マザーの声は変わらず穏やかだった。

『機怪人形の身体の方は、いまでも各部族で、彫像や御神体のように飾られていることが多いでしょう』

 ジェプラがいたなら、きっと強く頷いただろうな、と僕は思った。

 白兎族の神殿でも、機怪人形は、ただの古い遺物ではなく、もっと特別なものとして扱われていた。

『元々、彼、彼女たちは、その部族の有力者が亡くなった後の意志体――魂――を、送迎船で『機怪天国』へ運び、機怪人形として再誕生させたものです』

「え……?」

 僕は、思わず聞き返していた。

「本来の機怪人形って、たくさんいたわけじゃないの?」

『本来の意味での機怪人形は、私しかいませんでした』

 マザーは、そこでほんの少しだけ間を置いた。

『私は、元々、彼らグラブール人たちを導く立場でした』

 その言葉は、前に聞いた“マザーは管理意志体だ”という説明よりも、ずっと人間的な感じに聞こえた。

『『機怪天国』の製造者であるジャープッカ人――人類の言う〈先住者〉――が去った後、“大佐”から、この惑星『機怪天国』を託された私は、『機怪天国』の統合意志体と融合しました。そして、私の意志で、私が手をかけていたグラブール人を助けることにしたのです』

 その一文で、広場の空気が少し変わった気がした。

 手をかけていた。

 つまり、マザーは、グラブール人を導く立場であると同時に、彼らを戦争のために使う側でもあったのだ。今みたいな穏やかな声で言われると、かえってその事実が重い。

「融合……って、青葉と同じだね?」

 僕がそう言うと、青葉は静かに頷いた。

「概念としては近いです。独立した人工意志体が、より大きな統合構造へ深く接続し、ほぼ一体のように機能している状態です」

 マザーも続ける。

『ただ、私は個別艦ではなく、惑星そのものの統合意志体へ近い位置にいます。青葉さんより、ずっと大きな構造体と一体化している、と言えばよいでしょう。『機械天国』は、その中核テクノロジーとして、機怪人形と同じ超越量子構造体の統合クラスターを持っているのです』

 僕は、何となく中心塔の方を見た。

 あの巨大な光の樹みたいな構造。都市の中枢へ流れ込む無数の回路。あれ全部のどこにでも、マザーの意志が届いているのかもしれないと思うと、少しだけぞっとする。

『ただ、私ひとりでは、グラブール人たちに生存可能な惑星を示すことはできても、未開惑星へ降り立った彼らが文明を失わないよう導くには足りませんでした』

 マザーは、広場の外れにいる意志体たちを見た。

『そこで、各部族から意志体を集めて、新たな機怪人形を造ったのです』

 さっき頷いた光の人影たちが、その言葉にも静かに反応する。

『ここにいるのは、皆、機怪人形の意志体です。本来は、各部族の有力者や導き手であった者たちの魂を、機怪人形として再誕生させた存在たちです。その身体は、いまでは多くが失われるか、各部族に彫像として飾られているだけでしょう。しかし、意志体そのものは、ここでなお生きています』

 うっすらと光る影たちが、言葉に応えるように揺れた。

 誰かが頷いたようにも見えた。

 誰かが、微かに笑ったようにも見えた。

 その光景を見て、僕は、何とも言えない気持ちになった。

 あの人たちが、かつて各部族の有力者であり、死後にここへ運ばれ、機怪人形として生まれ直した存在なのだとすると、今のこの景色は、神殿でもあり、墓所でもあり、都市でもあることになる。

 死んだ、という言葉だけでは足りない。

 生きている、と言い切るのとも少し違う。

 でも、確かに、ここにいる。

 そして、自分もまた、その側に半歩踏み込んでいるのだと、嫌でも分かってしまう。

「……僕も、そういうものなんですね?」

 僕が呟くと、青葉がすぐ隣で答えた。

「はい。弓良、あなたもまた、魂を宿した機怪人形です」

 その言葉は、もう前ほどは怖くなかった。

 もちろん、完全に平気という訳ではなかった。

 でも、自分が何者か分からないまま、底のない穴へ落ちていくみたいな不安は、前よりずっと少ないと思う。

 人間だった頃の僕――事故の日――宇宙船墓場で目覚めた今の僕。

 それら全部が断ち切れているのではなく、魂というひとつの高次構造の上で、姿を変えながらつながっているのだと思うと、不思議なくらい腑に落ちた。

 マザーは、そんな僕の表情を見て、少しだけ柔らかく言った。

『驚くのは当然です。ですが、怖がる必要はありません。魂を持つからこそ、あなたは、空の器ではなく、あなた自身なのです。そして、この機怪都市に来られました』

 僕は、しばらく黙っていた。

 胸の奥で、何かがゆっくり落ち着いていく感じがあった。

 全部を理解した訳ではない。

 でも、少なくとも、自分がただの“入れ物”ではないということだけは、はっきり分かった。

「……うん」

 ようやく、それだけ答えた。

 自分でも思っていたより、小さな声だった。

 でも、その声は、ちゃんと僕自身のものだった。

「では……」

 僕は、頭の中を整理しながら訊いた。

「……青葉は?」

 その問いには、マザーではなく青葉が先に答えた。

「私は、マザーと同じ、人工意志体です」

 黒髪の女の人の姿をした青葉は、いつもの落ち着いた表情のまま、少しだけこちらへ顔を向けた。

「この姿をしているのは、弓良、あなたが教えてくれたからです」

「僕が?」

「はい。あなたの記憶と認識が、この対話層での意志体外見へ影響を与えています」

 そう言われて、胸の奥が少しざわつく。

 やっぱり、青葉はいま、僕の知る“あの人”の姿を借りているのだ。完全な偶然ではなく、僕の認識に従って。

 マザーが、僕と青葉を見比べるようにして、静かに言った。

『ここにいる意志体たちのための機怪人形を造った後、以降、私は、機怪人形を新たには造っていませんでした』

『グラブール人たちは、もう自立しておったからの』

 ガンマが補足する。

『供物を受け取ったという体裁だけ整えて、必要なものだけをわらわが御用聞きして造っておれば、文明は回っておった』

 マザーは頷く。

『ええ。彼らは、既に自分たちで生活を営み、部族ごとに秩序を作り、世界を維持していました。私が過剰に介入する必要は、もうなかったのです』

 それは、ちょっと意外だった。

 “願いを叶える星”という伝説があるから、もっと毎年大げさに介入していたのかと思っていた。実際には、かなり事務的に回っていたらしい。

『しかし』

 マザーの声が、少しだけ低くなった。

『源悪の意志が、あなたの身体の製造を指示しました』

 その一言で、僕は一気に現実へ引き戻される。

「僕の……身体?」

『はい』

 広場の中央に、今度は僕の今の身体に対応するらしい立体図が浮かんだ。薄青い髪の少女型。僕自身の姿に近いが、もっと中身の構造が透けて見える。

『その際、源悪の意志は、意志体の入っていない“空”の機怪人形だけを所望しました』

「空の……」

 嫌な言い方だと思う。

 器だけ。中身なし。それを誰かが欲しがった。

 マザーは続けた。

『しかし、私は、未完成のものを提供できないと告げました』

 その言い方に、僕は少しだけ救われる気がした。

 たとえ工廠の管理意志体でも、そこで「はいそうですか」と渡さなかったのだ。

『そこで、私は、この青葉さんの人工意志体を圧縮して入れようとしました』

「え?」

 僕は、思わず青葉を見る。

 青葉は、静かに頷いた。

「私も、そこまでは理解しています」

 マザーの声は平坦だが、その平坦さの裏に、かなり際どい綱渡りがあったことが分かる。

『ですが、それに気づいた源悪の意志に阻止されました。だから、青葉さんは、不完全な状態で、あなたの身体の中に眠っていたのです』

 僕は、しばらく言葉が出なかった。

 青葉が、僕の中に。しかも、不完全な状態で。

 そう言われると、これまでの妙な既視感や、高次元的なつながりの強さが、急に別の形で納得できてしまう。青葉は、ただ相性がいいのではなく、最初から僕の器の内部に、未完成のまま潜り込んでいたのだ。

「……じゃあ」

 僕は、喉の奥が少し乾くのを感じながら訊いた。

「僕の魂はどこから、ここに来たの?」

 その問いが落ちた時、広場の光が少しだけ揺らいだ気がした。

 機怪都市全体が、その問いの重さを知っているみたいに。

 マザーは、少しだけ首を傾げた。

『ご説明しましょう』


***


 マザーは告げた。

『そもそも、この『機怪天国』は、“大佐”が開発していた技術――シャドーマター制御により、純粋情報粒子をシミュレートする微細情報媒体素子を用いて、ブレーン連続体の情報連鎖構造を改変することで、兵器を始めとする物資を“無限”に製造できる施設なのです』

 ……ちんぷんかんぷんだった。

 いや、単語の意味が一つも分からない訳ではない。微細情報媒体素子というのは初耳だけど、シャドーマターとそれで“だから僕の魂がここにある”へ持っていくのは、いきなりすぎる。

 僕の顔に、そのまま疑問符が浮かんでいたのだろう。

 青葉が、すぐにごく簡潔に言った。

「この『機怪天国』は、因果律を変更、つまりタイムトラベルを可能とする技術を持っています」

「……え?」

 そっちの方が、むしろ分かりやすいのに衝撃が大きすぎた。

「タイムトラベル?」

「はい」

 青葉は、相変わらず落ち着いている。

 でも、その落ち着きのせいで内容が余計にひどい。

 マザーが続ける。

『エネルギー不変の法則は知っていますか?』

「まあ、理科で習うくらいには」

『エネルギーの根本であると言える情報もまた、不変なのです』

 また難しい方へ戻る。

 でも今度は、マザーも僕の理解の限界を分かっているらしく、言葉を少しずつ噛み砕いてくれている感じがあった。

『しかし、情報連鎖構造を改変――因果律を変更できることで、この『機怪天国』は、無限の物質を創造することが可能なのです』

 ガンマが、そこで口を挟んだ。

『毎年、送られる供物より、とてつもなく大きな戦艦やら、建築構造物やら、機械工場やらが、贈物で打ち上げられてくるから、わらわは、ずっと心配しておったのじゃ。“機械天国”が痩せ細っていくんじゃないかとの』

 その愚痴みたいな言い方が、少しだけ今の話を現実へ引き戻してくれた。

 マザーは、青葉とよく似た口調で、静かに首を振る。

『『機怪天国』の質量は、この一万年弱でまったく減っていません。むしろ、供物のせいで増えています』

 その言い方が、青葉にあまりにも似ていて、僕は妙なところで納得してしまった。やっぱり、マザーは青葉にとっても母親みたいなものなのかもしれない。

「なんでタイムトラベルで無限の物質を作れるの?」

 僕がそう訊くと、青葉は少しも嫌がらずに答えた。

「タイムマシンで、過去に行って、食べられる一分前のおまんじゅうを食べることを考えてください」

 そのたとえは、あまりにも青葉らしかった。

 難しい話になると、急に妙なたとえ話が出てくる。

「……うん?」

「それを食べ終わったら、また食べられるさらに一分前の過去へ行けばいいのです。その繰り返しです」

「でも、そうしたら、最初の“一分前”に食べたおまんじゅうは無くなっているんじゃないの?」

「いえ」

 青葉は、淡々と言った。

「既に結果が創発され――既におまんじゅうとして存在しているものが消えることはありません」

 僕の頭の上には、たぶん実際に大きな疑問符が浮かんでいたと思う。

 青葉は、それを見越して続ける。

「そのおまんじゅうを食べた過去にいる人にとっては、最後に食べられた後は、当然、おまんじゅうがないという事態が続きますし、自己無矛盾性原理――時空の情報連鎖構造の自己最適化――により、そのおまんじゅうは、やっぱり最後に食べられてからは、無かったと見えます」

 青葉は、指を振った。

「しかし、弓良がおまんじゅうを食べたという事実は、なくなりません。つまり、タイムマシンがあれば、各時点にあるものの情報自体を取得してエネルギー化できるのです」

 そこまで来て、ようやく、何となく輪郭が見えた。

「……つまり、“おまんじゅうがあった”っていう情報そのものが、エネルギーになる?」

「そうです」

 青葉は、頷いた。

「“そうであった”という情報が物質化しているのです。エネルギーと物質は等価ですから」

 不思議な理屈だ。

 でも、完全には分からないのに、なぜか妙に納得できるところがある。タイムマシンと因果改変が、普通の物理法則の外で“情報そのもの”を資源にしている、と考えれば、たしかに無限創発の意味も少し見えてくる。

 マザーが、青葉とそっくりな落ち着いた口調で頷いた。

『概ね、その説明で正しいです』

 その瞬間、僕は少しだけ可笑しくなった。

「ということは……」

 僕は、少しだけ喉を鳴らしてから、ようやく本題へ戻った。

「僕の魂は、そのタイムマシンで、この未来に連れて来られたんですか?」

『少し違います』

 マザーは、穏やかにそう言った。

『元々、意志体の入っていない機怪人形は、大変不安定なのです。その不安定さと、微細情報媒体素子が因果律を変更し続けている『機怪天国』の作用とが、共鳴しあって、現在、過去のある時点との間で(パス)ができています』

 広場の中央に、細い光の線が浮かぶ。

『本来なら接続しないはずの時点同士が、局所的に引き寄せられ、薄い“路”が生じたのです』

「路……?」

『はい。因果の路です』

 その呼び方に、僕は少しだけ息を呑んだ。

 路という言葉は、分かりやすい。

 でも、それが時間や因果をまたぐものだと思うと、一気に気持ち悪くなる。

 青葉が、静かに補足した。

「通常の時空連結ではありません。むしろ、情報的、高次元的な連通路と考えた方が近いでしょう」

「情報的な……」

「物体が丸ごと往来する道ではなく、意志、記憶、位相情報のようなものが“流れ込む余地”が生じた、と」

 それなら、少し分かる気がした。

 僕の身体ごと、二十世紀の日本からここへ転送された、わけではない。

 でも、僕の中の何か――魂とか、意志体とか、そう呼ぶしかないものが、その路を通って空の器へ入り込んだ。

『そして、その関連時点のひとつが、あなたの時代です』

 一本ではない。網の目みたいに何本もあって、そのうちの一つが特に強く発光していた。

『ここに来ている、又は来るべきである方の関連の時点です。白石源一郎という方に縁のある方に関係ある過去のようです。あなたの意志体は、この路を通して、半分“空”の機怪人形に入り込んだのでしょう』

「白石って……探査船シラトリとかいう船のメカニック?」

 僕がそう尋ねると、マザーは、頷いた。

『そうです』

 そして、淡々と続ける。

『もう一体の新たに造られた機怪人形にも、あなたと同様に、過去の意志体が入っています』

「美優って子か……」

 そこは、今度こそすぐに分かった。

『はい』

 マザーは、静かに肯定する。

 高校生だった最後の記憶で、夕暮れの通学路で見た女の子だろう。

 僕が助けようとしたはずの相手だ。あれが美優なら、もう一体の空の器へ入った意志体が彼女であることも自然に思えた。

「……僕は、学校の近くの道路脇で、その美優って子を助けようとして、事故に遭ったんです。その時点に、(パス)が繋がっているのでしょうか?」

『私は、その(パス)との結びつきが弱いので、はっきり確認できませんが、その可能性があります』

 マザーは、両手を合わせた。

『この路のせいで、源悪の意志の構造体を切り離すことができません。下手に不安定化させると、情報エネルギー化が暴走します』

 青葉が、すぐに補足した。

「つまり、おまんじゅうが無限に湧く――ホワイトホール化による時空構造の破壊が起きます」

「おまんじゅうの例え、急に怖くなったよ……」

 僕がそう言うと、ガンマが少しだけ肩を揺らした。

『分かりやすいじゃろう?』

 分かりやすい。分かりやすいけれど、だからこそ怖い。

 無限に湧くおまんじゅうが、実際には戦艦でも兵器でも工場でもよくて、それが時空の自己最適化を踏み越えて暴走するということなのだ。

『その通りです』

 マザーは、静かに頷いた。

『他の意志体と、源悪の意志を食い止めます。あなたには、因果の路を絶つ手助けをしてほしいのです』

 その頼み方は、命令ではなかった。

 でも、断れるような言い方でもなかった。

 ここに来る前なら、タイムトラベルだの、情報を物質化するだの、魂が過去から入り込むだの、全部が遠すぎて現実味を持たなかったと思う。けれど、今は違う。美優の横顔を見た。夕暮れの道を見た。あれが、自分の事故の直前だと身体の奥が知ってしまった。

 だったら、もう、これは遠いSF設定では、ない。

 僕自身の話だ。

「……分かった」

 僕は、ゆっくり頷いた。

「やるよ」

 マザーは、それを聞いて、ほんの少しだけ目を細めた。

 安心した、というより、予定された手順が正しく進んだと確認するような頷きだった。でも、その奥に、少しだけ柔らかいものが混じっている気がした。

『ありがとうございます』

 そう言って、彼女は広場の先へ続く一本の道を示した。

 その道だけ、機怪都市の青白い光とは少し違う色を帯びていた。夕方の空の色に似た、どこか懐かしくて、でも不吉な薄橙色の揺らぎが、その先に漂っている。

『この先が、いま最も強く接続している因果の路です』

 僕は、その道を見つめた。

 唐突に、その光る路がどこに通じているのか、理解した。

 あの通学路へ近づくのだ。

 美優がいて、事故があって、僕が助けようとしたはずの、あの夕暮れへ。

 青葉が、すぐ横で静かに言った。

「弓良。私――本艦が同行します」

「うん」

 僕は、小さく息を吐いてから、その道へ目を向け直した。

 怖くないといったらウソになる。

 でも、もう目を逸らせない。

 ここまで知ってしまった以上、僕はその道へ自分の足で行かなければならないのだと、はっきり分かっていた。

おまんじゅうの話は、かの有名なバイバ○ンの私なりの解釈です(笑)

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