第六十章 機怪巫女の異変
遅すぎじゃ。
機怪巫女がそう言ったあと、部屋の空気は、ほんの一瞬だけ凍ったみたいに静まり返った。
責めているのか、ただ事実を述べているだけなのか、その両方なのか――。
すぐには分からなかった。
けれど、少なくとも、この社所ステーションで起きていたことが、“よく分からない不具合”くらいの軽い話ではないと、それだけで十分すぎるほど伝わった。
拘束され、長く放置され、それでもなお機能を保っていた機怪巫女は、ゆっくりと身を起こした。
動きは、まだ少しぎこちない。
でも、さっきまで壁に縫い止められていた時より、ずっと“意志”がある。
狐族型の女性の姿だ。
ただし、僕と違って、彼女の身体は最初から“機怪人形”であることを隠していない。
頬の下から首筋へかけて、細い発光ラインが走り、耳の付け根には補助機構らしい金属フレームが露出している。
肩や肘も、人間の関節よりもう少し精密機器寄りの造りだった。
ステーションBで見た人型アンドロイド達と同じくらいのメカっぽさだ。
それに比べると、僕は、自分でも変なくらい“ほぼ人間”に見える。
髪も肌も、目も耳も、じっと観察しない限りは、人間の女の子にしか見えない。
その違いが、彼女の隣に立つとやけに、はっきりした。
機怪巫女は、その僕を上から下までゆっくりと眺めた。
その視線には、敵意はない。
でも、遠慮もなかった。
まるで古い部品箱の中から見覚えのある規格を探すみたいな、妙に実務的な見方だった。
『けったいな姿をしておるが、ご同類のようじゃな』
「……は?」
思わず声が出た。
僕が、むっとしかけた、その横で、太郎がぽつりと言った。
『けったいな姿、は少し失礼だ』
「そうだよね!」
『だが、気持ちは少し分かる』
「そこは分かるんだ……」
『弓良は、説明が難しい外見をしている』
まったく擁護になっていない気がした。
遅れて、ナルディアが僕のすぐ横で肩を震わせた。
笑いを堪えているのか、驚いているのか、一瞬分からない。
たぶん両方だ。
機怪巫女は、そんな僕の反応に、まるで頓着しなかった。
『わらわは、機怪巫女γと申す』
堂々とした名乗りだった。
機怪巫女γ。
その末尾の“γ”は、翻訳のせいで、ギリシャ文字に当たるようなアルファベットの三番目、という意味だろう。
その響きは神話じみているのに、番号が付いているせいで、急に型番っぽくも聞こえた。
ある意味、すごく、この場所らしい名前だと思った。
でも、それより先に、僕はちょっとむっとしていた。
「あの。けったいな姿って、どういう意味ですか?」
思わずそう言うと、機怪巫女ガンマは、わずかに首を傾げた。
『そのままの意味じゃが』
「ですから、そのまま、って?」
『いや、人とも機怪人形ともつかぬ、妙に滑らかな中間姿じゃ。珍しいではないか』
「珍しいのは、認めるけど……」
僕が言うと、ナルディアがとうとう小さく吹き出した。
「ご、ごめん、でも、なんか……最初から遠慮ないな、この人」
「人っていうか、巫女様だけどね」
そう返しながらも、ちょっとだけ助かった気もした。
神話の窓口みたいな存在と接触したのに、いきなり畏れ多さで押し潰される感じではない。
向こうは向こうで、僕を見て普通に“変なやつ”扱いしている。
レンコフが、一歩前へ出て姿勢を正した。
『機怪巫女ガンマ様。神殿監察部特殊陸戦隊先遣小隊長レンコフです。ご無事で何よりです』
『無事、というほどでもないがの』
ガンマは、わずかに目を細めた。
『いささか面倒なことになっておる』
「面倒なこと、で済んでるのかなあ……」
僕が小さく呟くと、ギラが横でぼそっと言った。
『この手の長生きしてる偉い方は、だいたい大ごとをそのくらいで言いますわ』
それは、ちょっとだけ分かる気がした。
ゲラバも、大事件のことをわりと平然とした声で話した気がする。
***
アラージの仮想体を宿したアンドロイドが、一歩前へ出る。
『機怪巫女ガンマ様。神殿監察部独立魔女アラージです。現在、機怪天国の失踪、ならびに社所ステーションの異常状態について確認しています』
ガンマは、その顔をじっと見た。
『魔女か。……ふむ、狐族の匂いじゃな』
「匂いで分かるんだ」
ナルディアが小さく驚くと、ガンマは平然と答えた。
『姿勢と、視線と、喋り方で分かる』
「匂いじゃないじゃん」
僕が思わず突っ込むと、ガンマは初めて少しだけ口元を緩めた。
『比喩じゃ』
そこで笑うのか、と思った。
でも、この巫女、思っていたより人間臭いのかもしれない。
アラージは、そのやり取りで無駄に時間を使うつもりはないらしく、すぐに本題へ戻した。
『まず、状況確認を。拘束はいつからですか』
ガンマは、少しだけ目を伏せた。
『時の数えは曖昧になっておるが……』
その言葉と一緒に、彼女の指先の発光ラインがごく弱く脈打つ。
内部記録を読み返しているのかもしれない。
『つい先日、じゃな』
「つい先日?」
僕が思わず聞き返す。
その言い方には、ものすごく長い時間が省略されている感じがあったからだ。
ガンマは、そんな僕を見て、少しだけ不思議そうな顔をした。
『何か、おかしいかえ?』
「いや、その……」
僕はちょっと迷ったが、そのまま言うことにした。
「僕たちの感覚だと、“つい先日”って、数日とか数十日とか、そのくらいの意味で受け取るんだけど」
『ほう』
ガンマは少しだけ考える顔をした。
『では、そのくらいじゃ』
「ほんとに?」
『たぶんの』
たぶん、だった。
その適当さに少し不安になる。
ガンマは、咳をするマネをした。
『うぉっほん。わらわは、この社所ステーションにて、供物と贈物の管理をしておった』
ガンマは静かに続ける。
『定期受領、照合、選定、返送、配布記録の中継。何千年も変わらぬ業務じゃ』
「何千年も一人で?」
ナルディアが目を丸くする。
『厳密には、一人ではない時期もあった』
ガンマは言う。
『だが、長く動いておったのは、ほぼ、わらわだけじゃな』
その言い方は淡々としていた。
でも、その中身はさらっと流していい話じゃない。
何千年も供物と贈物の管理を、ほぼ一人――。
聞いているだけで気が遠くなりそうだ。
そんな相手に、日付感覚のズレを文句言っても仕方がない気もした。
ギラが、素で少し引いた顔をした。
『やー、それはまた……よう働きますな』
『働くために造られておるゆえ』
ガンマはこともなげに言う。
その言い方が、逆に少し痛かった。
働くために造られている――それは、僕の中の何かにも近いのだろうか。
まだ分からないけれど、そういう問いがどうしても浮かぶ。
アラージは、そこで核心へ踏み込んだ。
『その“つい先日”、何が起きたのですか?』
ガンマの目が、少しだけ細くなる。
『黒狼族の無法者どもが来た』
その一言で、部屋の空気がまた引き締まった。
『それだけではない。妙な小型機械も連れておった。……あれは、こちらの系統ではなかったの』
「ドローン」
僕が呟くと、ブライアントが低く言う。
「ガラXFIザA側の可能性が高いな」
ガンマは、僕たちの言葉を拾うように続けた。
『最初は、定期外来訪として拒否した。神司輸送隊でも、正規祭祀系でもなかったゆえな。じゃが、奴らは礼も手順も無視して押し入り、わらわを拘束した』
そう言いながら、自分の身体へ巻きついていたワイヤーの跡を見下ろす。
肌に相当する外装の上には、まだ細い痕が残っている。
レンコフが、少し険しい顔になる。
『拘束後は、完全停止させられていたのですか』
『いや』
ガンマは首を振った。
『意識はあった。身体は縛られておったが、知覚は残っておった』
「うわ……」
ナルディアが小さく顔をしかめる。
「それ、最悪じゃん……」
『最悪という表現は、妥当じゃな』
ガンマは、妙に素直にそう言った。
『ただ、奴らの会話は断片しか拾えなんだ。黒狼族は乱暴で、余計な説明をせぬ。小型機械どもは、こちらの規格からずれておった』
「やっぱり、外部勢力が混ざってるんだ」
僕が言うと、ガンマは頷いた。
『そのようじゃ』
ブライアントが、冷静に問う。
「そいつらの目的は分かったのか?」
『完全には、分からぬ』
ガンマは言った。
『じゃが、“掌握”とか“先に押さえる”とか、そういう言葉は聞こえたの。意志様へ先に辿り着く、とも』
その一言で、また胸の奥が冷える。
意志様。
たぶん機怪天国の中心管理層だろう。
そこへ、黒狼族と外部ドローンが先に辿り着こうとしていた。
「……やっぱり、そこが中心なんだ」
僕が小さく言うと、青葉が静かに補足する。
『そのようですね。管理層または統治意志体への先行接触を狙ったと考えるのが自然です』
***
僕は、そこで、ずっと引っかかっていたことを口にした。
「えーと。機怪人形って、そもそも何なんですか?」
ガンマの視線が、すぐに僕へ戻る。
『何とは?』
「僕みたいな存在が、どういうふうに生まれるのか、ってことです」
言いながら、自分でも少し変な気分になった。
自分の出自を、神話の窓口みたいな存在へ直接訊いているのだ。
でも、ここまで来たら、もう曖昧なままにはできない。
ガンマは、ごく自然に答えた。
『機怪人形は、『機怪天国』の意志様により創られるものである。おぬしも、そうでないかえ?』
あまりにも当然みたいに言われて、今度は本当に言葉が詰まった。
「いや……」
僕は少しだけ視線を逸らした。
「その記憶がない」
『記憶がない?』
ガンマは、初めてはっきりと不思議そうな顔をした。
『創造記録も、起動記録も、意志様との接続記憶もないのかえ?』
「ない」
僕は、正直に答える。
「少なくとも、僕が覚えてる限りでは、人間だった頃の記憶があって、そのあと、今の身体になっている」
そこまで言ってから、部屋の空気が少し妙に静かになっているのに気づいた。
ナルディアは、目をぱちぱちさせている。
ジェプラは、真面目な顔で僕を見ている。
ギラは、さすがに軽口を挟まない。
ブライアントは、僕よりもガンマの反応を見ていた。
ガンマは、じっと僕を見る。
その視線に、さっきまでの“けったいな姿”という軽さはなかった。
もっと真剣に、構成を見直すみたいな目だ。
『……おかしいの』
「だよね」
『おかしい』
ガンマははっきり言った。
『機怪人形が、自らの起動と創造の系譜を知らぬのは、通常ではない』
通常ではない。
その一言が、重い。
分かっていた。
でも、こうして“そちら側の本職”に言われると、また意味が変わる。
アラージの仮想体が、その流れの中で静かに口を開いた。
『機怪巫女ガンマ様。ひとつ確認したい』
『何じゃ?』
『巫女様ご自身が、『機怪天国』を隠蔽魔法でお隠しになったのではないのか?』
その問いに、ガンマは一瞬、本当にぽかんとした顔になった。
『……は?』
それは、すごく人間的な反応だった。
『何を申す』
「……え」
僕も思わずアラージを見た。
アラージは平然としている。
監察部としては、その可能性も当然切っていないのだろう。
ガンマは、ようやくその意味を飲み込んだらしく、ゆっくりと周囲を見回した。
『待て』
その声に、初めて明確な戸惑いが混じる。
『そもそも、機怪天国は、隠れておるのかえ?』
その問い返しに、今度はこちらが一瞬固まる番だった。
「いや、えっと……」
僕が言葉を探していると、青葉が端的に答えた。
『はい。高密度シャドーマターの隠蔽フィールドに包まれ、正規航路から認識不能な状態でした』
『なにゆえ……?』
ガンマは、そこから先の言葉が出てこないみたいだった。
アラージが静かに続ける。
『巫女様なら、何かご存知ではないかと考えました』
『知るわけがなかろう』
ガンマは、今度は少し苛立った声になった。
『そもそも、わらわでも、惑星全体を覆うフィールドなど貼れぬ』
その一言は、かなり決定的だった。
レンコフが、小さく息を吸う。
ジェプラも、はっきりと顔色を変えた。
つまり、やはり、外縁窓口である機怪巫女ガンマの手には余る規模なのだ。
機怪天国をまるごと隠すようなことはできない。
なら、やったのはもっと上。
もっと中心の何か。
「じゃあ……」
僕は、小さく言った。
「意志様、ってやつがやったか、あるいは、やらされたのかな……?」
ガンマは、僕を見た。
『分からぬ』
その返答には、本物の混乱があった。
『わらわは、『機怪天国』の意志様と想いを交わせるのじゃ』
「想いを交わせる?」
『うむ。命令系統だけではない。状態も、意向も、ゆるやかに受け取れる』
その表現は、どこか魔女ネットワークの話にも似ている。
でも、もっと直接的で、もっと機怪天国寄りなのだろう。
ガンマは、そこで少しだけ視線を落とした。
『その意志様の声が聞こえなくなったと思うたら、わらわは、意識を失った』
その言葉に、僕は思わず眉をひそめた。
意志様との断絶。
その直後の意識喪失、拘束、隠蔽フィールド――。
全部が一本に繋がっていく感じがする。
***
アラージが、静かに問う。
『意志様とは、まだ連絡が取れないのですか?』
その言い方は、今度はかなり慎重だった。
ただ質問しているのではない。
ここが重要な分岐点だと分かっている声だ。
ガンマは、少しだけ黙った。
それから、ゆっくりと頷く。
『……いや、試してみよう』
そう言うと、彼女はその場で姿勢を正した。
さっきまでの混乱した様子が少しだけ引き、長い時間、同じ仕事を続けてきた者の静けさが戻る。
目を閉じ、両手を胸の前で軽く重ねる。
祈りにも見えるし、接続儀式にも見える。
部屋の空気が、ほんの少しだけ変わった。
外からは見えない。
でも、ガンマの内側で、何かが深いところへ伸びていく感じがある。
僕には、その程度しか分からない。
ただ、たしかに“繋ごうとしている”のは分かった。
数秒。
十秒。
もっと長く感じたかもしれない。
そして、ガンマの額に、じわりと汗が浮いた。
「……え?」
ナルディアが、小さく呟く。
汗――機怪人形が?と思った。
でも、たしかに額の表面へ細かな液状のものが滲み、頬を伝いかけている。
青葉が、低く言った。
『冷却系の異常反応です』
「冷却……」
僕が呟いた、その瞬間。
ガンマの身体が、びくりと大きく痙攣した。
『っ……!』
声にならない声が漏れる。
指先、肩、首、膝――関節が、人間的な可動域を完全に無視した方向へ跳ねる。
「ちょっと!」
ナルディアが叫び、レンコフが一歩踏み込む。
太郎の声が、いつもより一段低くなる。
『危険。下がった方がよい』
ナルディアが反射的に半歩動きかけたのと、ほとんど同時だった。
『あれは、単なる故障ではない。接続の奥で、何かが争っている』
その言い方が、余計にぞっとした。
でも、何をすればいいか分からない。
ガンマは、次の瞬間、さらに激しく痙攣した。
肘が逆方向へ折れ、耳がばちばちとノイズを散らし、顔面のラインが一瞬だけめちゃくちゃにずれる。
見てはいけないものを見ている感じだった。
生き物の苦しみと、機械の故障が、最悪の形で混ざっている。
『い、意志様……そちらへ参ります!』
それが、彼女の最後のまともな言葉だった。
そのあと、全身の関節がでたらめに動いた。
腕が縮み、脚が折れ、胴が捻じれ、外装が内側へめり込む。
無理やりひとつの塊へ丸め込まれるみたいに、身体そのものが形を失っていく。
「ガンマ!」
僕が叫んだ時には、もう遅かった。
狐族型の機怪巫女は、金属の塊になって床へ倒れた。
ごとり、と重い音がした。
誰も、すぐには動けなかった。
レンコフが、絶句している。
ジェプラは、顔を青くしている。
ナルディアは、半歩下がったまま、ショックガンを握る手に力が入りすぎている。
ギラも、本当に言葉を失っていた。
ブライアントだけが、反射的に周囲全体へ目を走らせている。
何が次に来るかを警戒しているのだ。
僕も、ほんの一瞬だけ動けなかった。
だって、何が起きたのか本当に分からなかったからだ。
「いったい何が起こったんだ?」
思わず叫んだ、その瞬間だった。
部屋の奥にある前方窓の外が、ゆらゆらと揺らぎ始めた。
***
最初は、目の錯覚かと思った。
宇宙空間が、熱で揺れるはずがない。
でも、確かに揺れている。
社所ステーションの外に広がるはずの何もない宇宙が、水面みたいに波打っていた。
「……外!」
ブライアントが短く叫ぶ。
全員の視線が、一斉に窓へ向く。
何もなかったはずの場所だ。
でも、その向こう側に、いま、巨大な輪郭が浮かび上がろうとしていた。
背景の星が、線を引くように曲がる。
シャドーマターの隠蔽膜が、外から剥がれるのではなく、内側から破れて広がっていく。
その裂け目の向こうに、まず見えたのは、鈍い金属光だった。
「……うそ」
ナルディアが、ほとんど囁くように言う。
そして、惑星『機怪天国』が、姿を現した。
明らかに、大気はない。
青も、白も、雲も、海もない。
そこにあったのは、金属の塊のような星だった。
でも、ただの無機質な球体ではない。
全惑星表面に、細い光のラインが走っている。
無数の線が、格子のように、血管のように、回路のように広がっていた。
その一本一本が、ただ線として存在しているのではなく、細い塔や橋や溝や管のような立体構造を伴っている。
遠目には光の模様だ。
でも、僕のカメラ眼でズームすると、惑星表面そのものが、巨大で複雑な機械構造の集合体なのだと分かる。
僕は、その光景に、しばらく言葉を失った。
惑星規模の人工天体で工場で神殿――それら全部が、目の前のひとつの星の中で矛盾なく同居している。
青葉が、静かに告げる。
『人工天体です。直径は、一千km弱。濃厚なシャドーマターに包まれています』
「……一千キロ」
僕は小さく繰り返す。
惑星としては、小さい。地球の月以下だろう。
でも、人工物として考えれば、ほとんど狂っているサイズだ。
ギラが、呆けたように呟く。
『ほんまに、星や……』
ジェプラは、胸の前で両手を組んだまま、その光景から目を離せないでいた。
『これが……神の星、機怪天国……』
レンコフでさえ、短い言葉しか出ない。
『記録を最大で回しています』
たぶん、隊長として自分を立て直したのだろう。
でも、その声の奥にも、押しきれない驚きがある。
僕も同じだった。
探し物の果てに、もっと現実的な“高度な工場惑星”みたいなものを想像していなかったわけじゃない。
でも、実物は、その想像を軽く飛び越えてきた。
工場だけど、神殿でもある。
星だけど、完全に人工物だ。
そして、そこに走る無数の光のラインは、何千年、おそらく一万年を超えた意志と機構が積み重なった結果に見えた。
誰もが言葉を失っている中で、太郎だけが妙に実務的な声で呟いた。
『大きい』
それは、あまりにも率直な感想だった。
『整備対象としては、現実味がない』
僕が思わず少し笑いかけると、太郎は続ける。
『だが、壊れているなら、直す者がいる』
その時だった。
青葉が、少しだけ声の調子を変えた。
『天体から、通信が入っています』
その一言で、全員が我に返る。
「出して」
僕がすぐに言うと、青葉は頷くように応じた。
『接続します』
前方窓の片隅に、新しい光の窓が開いた。
そこに現れたのは、若い女の人だった。
いや、正確には、若い女の人の姿をした何か、だ。
薄青色の長い髪で、整った顔立ちをしている。
涼やかな眼差しだった。
――そして、その姿は、思わず息が止まるくらい、僕に似ていた。
「……え?」
僕の口から、間の抜けた声が漏れる。
見れば見るほど、似ていた。顔立ちも、髪色も、全体の雰囲気も。
でも、僕より少し年上に見えるし、もっと落ち着いていて、もっと“完成している”感じがあった。
僕が人間そっくりの外見を与えられた機怪人形なら、目の前の女は、その設計思想そのものが、こちらを見返してきたみたいだった。
ナルディアも、思わず声を上げる。
「弓良?」
「いや、違う……!」
違う。でも、違うだけでは済まない。あまりにも近い。
その女は、僕たちの驚きをまるで気にせず、静かに微笑んだ。
『私は、この人工惑星『機怪天国』の管理意志体、機怪母です』
声は、穏やかだった。
優しいとすら思えた。
でも、その裏にあるスケールが大きすぎて、むしろぞっとする。
管理意志体。機怪母。この星そのものを束ねる存在――。
女は、そこで少しだけ首を傾げた。
『“お母さん”と呼んでください』
今度こそ、僕は、本当に言葉を失った。




