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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第IV部 オッコク編

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第五十九章 社所ステーションと機怪巫女

 シャドーコンパスが示した“ずれ”は、最初は本当に、ずれとしか言いようがなかった。

 見た目で星があるわけではない。

 巨大な質量反応がはっきり見えるわけでもない。

 普通の航法センサーで見れば、そこにはただ、背景の星と、ごく薄いシャドーマターの揺らぎがあるだけだ。

 しかし、シャドーコンパス越しにその宙域を重ねると、明らかに“何かがそこに畳まれている”感じがある。

 それが、だんだん濃くなっていって、ついには、見えない巨大な球の縁へ、手で触れる直前みたいな感覚に変わった。

「……ここだ」

 僕がそう言うと、制御区画の空気が一段引き締まった。

 前方表示の中で、僕が指した領域へ、青葉が補助線を重ねていく。

 通常観測、シャドーマター偏位、局所位相ノイズ、航路誤差――。

 その全部を合わせると、“何もないはずなのに、何か巨大なものがそこにいる”形が、薄く浮かび上がってきた。

『高密度シャドーマター隠蔽フィールドの可能性が高いです』

 青葉が静かに告げる。

『規模から見て、惑星級構造物、もしくは、それに準じる人工天体を覆っていると推定します』

「惑星級……」

 ナルディアが、ごく小さく息を呑んだ。

「ほんとに、そこにあるんだ」

 ジェプラは、両手を胸の前で軽く組んだまま、小さく目を伏せた。

 祈っている、というほど明確な動作ではない。

 でも、白兎族の神官見習いらしい習慣が、こういう時には自然に出るのだろう。

 ブライアントは、表示の向こうを見ながら低く言った。

「見つけた、で終わりではないな」

「うん」

 僕も頷く。

「ここから、どう近づくかだね」

 ナルディアが、小さく言う。

「とりあえず、あたし達だけ、行くんだよね」

「それは、そうだろうな」

 ブライアントが応える。

「いきなり艦隊で押し寄せたら、向こうがどう受け取るか分からない」

 ギラが翼をたたみ直しながら言う。

『下手に本隊で押し寄せたら、壊れとる機械にさらに石投げるようなもんですわ』

『その表現は妥当です』

 青葉が、妙に真面目に同意した。

『高度な自律工場が機能不全に陥っている場合、大規模艦隊による接近は、防衛反応または完全閉鎖を誘発する可能性があります』

「じゃあ、やっぱり『青葉』だけ?」

 僕が聞くと、制御区画脇の通信表示にアラージの仮想体が現れた。

 狐族の独立魔女は、いつもと同じように静かな顔をしていた。

 けれど、その視線の奥には、さすがにいまの状況への緊張がある。

『はい。まず、巡洋艦『青葉』だけが進みます』

 その答えに、ブライアントがすぐに続ける。

「護衛は?」

『乗せます』

 アラージは、即答した。

『神殿監察部特殊陸戦隊の小隊を、『青葉』へ同乗させます。主に狐族で構成される先遣隊です。現地施設への突入、記録保全、神話的対象への最低限の礼を守った上での安全確保を任せます』

「陸戦隊まで乗り込むの?」

 僕が言うと、アラージは頷く。

『機怪天国の管理施設内部に入る可能性を考えると、必要です』

「でも、本隊は?」

『すぐ駆けつけられる位置で待機します』

 前方表示の中で、監察艦隊本隊の想定陣形が少し変わる。

 『青葉』が前へ出る。

 艦隊本隊は、外から飛び込める距離で待つ。

 近すぎず、遠すぎず――その距離感が、すごく“壊れた何かに対する慎重さ”を感じさせた。

 ナルディアが、ぼそりと言った。

「『青葉』だけでも、わりと十分に大げさじゃない?」

「神話の都合では、一番ましなんだろう」

 その言い方は、たぶん正しかった。

 神の船、神子――そういうものが先に立つなら、少なくとも“こちらは、制圧しに来たわけではない”と示せる。

 実際に、どう受け取られるかは別としても、最初の形としては、それがいちばん摩擦が少ない。

 アラージは、短く言った。

『準備を進めます』

 その言葉と同時に、制御区画の空気が一気に実務の方へ切り替わった。


***


 特殊陸戦隊が『青葉』へ乗り込んできたのは、それから間もなくだった。

 狐族が多い、とアラージは言っていたが、実際に来た隊は、ほぼ全員が狐族だった。

 ただし、前に会った神殿監察部員のような、すらりとした官僚めいた雰囲気ではなかった。

 全員、動きが静かで、体幹がぶれない。余計な緊張を表へ出さないまま、武装と礼節を両立させている感じがある。

 先頭にいたのは、狐族の女だった。

 長身で、焦げ茶の髪を後ろでまとめ、制服の上から軽装甲を着ていた。

 耳の動きが少なく、視線の運び方がやけに安定していた。

 現場慣れしている人だ、と一目で分かった。

『神殿監察部、特殊陸戦隊小隊長、レンコフです』

 短く、よく通る声だった。

『神子弓良殿、『青葉』の皆様。本件では、現地突入と安全確保を担当します』

「よろしくお願いします」

 僕が言うと、レンコフは、わずかに顎を引いた。

『こちらこそ。礼を失するつもりはありませんが、危険が顕在化した場合、即応を優先します』

 その言い方は、かなり好ましかった。

 変に敬いすぎて動きが遅い人より、こうして最初から言ってくれる人の方が、たぶん一緒に行動しやすい。

 ギラが、横で小さく僕へ囁いた。

『現場のええ人ですわ。狐族の中では、珍しく話が早そうや』

「珍しく、って言うと怒られない?」

『本人に聞こえるように言うたら怒られますな』

 でも、たぶんもう半分くらい聞こえていたと思う。

 レンコフはまったく反応しなかった。

 それが、逆にちょっと怖い。

 アラージの仮想体も、今回はそのまま『青葉』へ乗り込む形になった。

 もっと正確に言えば、アラージの遠隔意識を宿した専用アンドロイドが、隊と一緒に運び込まれた。

 そのアンドロイドは、ぱっと見では狐族の女性に見える。

 でも、近づくと違和感がある。

 皮膚も毛並みも、あくまで“そのように見せている”感じで、動きが綺麗すぎるのだ。

 生き物の偶然ではなく、設計された滑らかさに見える。

 ナルディアが、そのアンドロイドを見て小さく呟く。

「……増えた」

「何が?」

「美人の狐族が」

「そこなの?」

「そこだよ」

 その小声のやり取りを聞いていたのかいないのか、アラージの仮想体を宿したアンドロイドは、こちらを一瞥しただけだった。

 たぶん、聞こえていても流したのだろう。

 ブライアントが、その光景を見ながら小さく息を吐く。

「どんどん“ただの船旅”じゃなくなっていくな」

「だいぶ前からそうだよ……」

 僕がそう言うと、ブライアントは苦笑した。

「それもそうだな」


***


 本隊を背に、『青葉』だけが前へ出た。

 監察艦隊本隊は、すぐ駆けつけられる位置で待機する。

 それは心強い。

 けど、同時に、やっぱり最初に見て、触れて、判断するのは僕たちだけだ。

 前方の宙域には、シャドーマターの隠蔽フィールドが薄く張られている。

 通常観測では見逃してしまいそうなくらい、巧妙だけど、巨大だった。

 『青葉』が近づくにつれ、シャドーコンパスの中の線が複雑さを増していく。

 何重もの層が重なり、その一番外側に、薄い膜みたいなものがあるのが分かった。

 これが、たぶん隠蔽の皮膜だ。

「……ここで止めて」

 僕が言うと、青葉がすぐに反応した。

『減速。相対停止』

 床下の振動が変わる。

 『青葉』は、見えない巨大なもののすぐ外縁で、静かに止まった。

 僕は、シャドーコンパスを握りながら前方の空間を見つめた。

「……たぶん、ここ」

『アンチハイドを使用しますか』

 青葉が静かに訊く。

「うん」

 僕は、頷いた。

 ただ、破壊的に剥がすのではなく、“見えなくしている理屈だけをほどく”ような感じでいきたい。

 隠蔽フィールドそのものを吹き飛ばしたら、中身まで壊しかねない。

 同じことを思ったのだろう、アラージの仮想体が宿ったアンドロイドが、すぐに告げた。

『外層のみを剥がしてください。深部まで裂かないように』

「そのつもり」

 僕は、前方の見えない膜へ意識を向けた。

 アンチハイド――ナヴーピで知識層を調べて知った、隠蔽や擬装を解く側の魔法だ。

 でも、いま相手にしているのは、たぶん個人や小型施設の隠蔽ではない。

 惑星級構造物を丸ごと包める、〈先住者〉系の高位シャドーマターフィールドだ。

 普通なら、正面から解けるようなものではない。

 でも、シャドーコンパスが、その“ほどき方”の輪郭を教えてくる。

 どうも、シャドーコンパスは、単なるセンサーではなくて、僕のシャドーマターを把握する感覚を拡張して、その細部を見せてくれるようだ。

 ここを押す、ここを緩める、ここは触らない――そんな感覚が、妙に自然に流れ込んでくる。

「……いける」

 僕が小さく言うと、青葉が即座に補助に入る。

『補助します。局所分子機械群、待機。場の乱れは最小化します』

 僕は、前方へ向けて静かに魔法を流した。

 青白い輪が、極薄く、空間の上を滑る。

 ぶつけるのではなく、なぞった。

 切るのではなく、ひっかかっている端を探して、そこから縫い目をほどくみたいな感じだ。

 反応は、すぐに返ってきた。

 前方の宇宙が、ほんの少しだけ波打つ。

 背景の星が、一瞬だけ歪んだ。

 何もない場所の奥で、見えない皮膜が剥がれ始める。

『隠蔽フィールド外層、局所解除を確認』

 青葉が告げた。

 その直後、前方の空間から、何かがするりと現れた。

「……出た」

 ナルディアが、小さく息を呑む。

 そこに現れたのは、惑星そのものではなかった。

 もっと手前で、もっと外側――たぶん、惑星の周囲を回っている施設のひとつ。

 細長い軸と、そこから横へ伸びるリング状の居住、作業ブロックだ。

 発光ラインが外殻の上を流れ、接舷用らしい構造物がいくつか突き出ている。

 規模としては巨大ステーションだが、ガナドラの星系を覆うリング上にあった商業ステーションとはまるで違う。

 遊びも、装飾も、見栄もない。

 必要な機能だけを、必要な角度で組み上げた感じがする。

 アラージの仮想体が、そのステーションを見て静かに言った。

『社所ステーションです』

「社所?」

 僕が聞くと、アラージは補足する。

『神殿と管理所を兼ねる外縁窓口です。供物受領、外部接触、記録中継、そういった機能を持つ施設のはずです』

 “はず”という言い方が、逆に嫌だった。

 つまり、本来の機能を持っているはずだが、今はどうなっているか分からないのだ。

 レンコフが、短く言う。

『接舷できますか?』

『可能です』

 青葉が答える。

『外部損傷は、中程度。完全沈黙ではありません。最低限の環境維持系は生きています』

「じゃあ、行くんだね」

 僕が言うと、レンコフは頷いた。

『はい。ここから先は、まず現地確認です』


***


 『青葉』は、社所ステーションの接舷区画へ、静かに寄って行った。

 接舷アームは、残っている。

 でも、光の流れがぎこちない。

 何年も放置された廃墟という感じではないが、正常運用とも言いにくい。

 太郎は、前方表示を見上げながら、小さく言った。

『接舷前の静けさは嫌いだ』

「歓迎される時でも、静かな場合もあるよね?」

『ある』

 太郎は短く認めたあと、すぐに続ける。

『だが、今回のは歓迎の静けさではない』

「そうかな……」

 接続が完了すると、レンコフがすぐに部隊へ命じた。

『先行班、環境確認。神話対象への礼節を維持。勝手な発砲は禁止。機械的脅威が顕在化した場合のみ即応』

 狐族中心の陸戦隊は、短く応じて動き始める。

 無駄がなく、騒がない。

 でも、ただ静かなだけではなく、今にも飛び出せる密度がある。

 その陸戦隊の様子を見ながら、太郎が感心したように言った。

『狐族の陸戦隊、足音が軽い』

「軽いのに、強いよね」

『うむ。軽いのに、強い』

 太郎は少しだけ間を置いた。

『太郎は、ああいう歩き方はできない』

 ナルディアが小さく吹き出す。

「いや、太郎はそのままでいいと思う」

『安全確保後、神子殿とご一同様もお願い致します』

 レンコフから通信が入った。

「分かりました」

 ブライアントを見ると、頷かれた。

「僕達も、行こう」

 青葉を残していくわけにはいかないが、そうかといって、僕が制御区画に残るのも違う。

 シャドーコンパスを持つ僕が前へ行かなければ、ここから先の“読む”作業が進まないからだ。

 ナルディアが、少しだけ緊張した顔で言う。

「……ほんとに入るんだ」

「ここまで来たらね」

「分かってるけど!」

 言いながらも、ナルディアはちゃんと自分の装備を確認していた。

 軽装だが、ガナドラで回収したショックガンも整備されている。

 ブライアントは、もっと落ち着いていて、最小限の武装だけを身につけている。

 ジェプラは、護身用の小型神具と通信具だ。

 ギラも、表向きは軽いが、現場に入る顔になっていた。

 太郎は、いつの間にか僕の足元の定位置に戻っている。

 アラージの仮想体を宿したアンドロイドも、一緒に降りる準備を整えていた。

 自分の本体は、まだガナドラかオッコクにいるのに、こうして現地へ“来る”。

 やっぱり、何度見ても変な感じがする。


 接舷ハッチが開いた。

 その向こうは、薄暗い通路で、完全に停電してはいない。

 壁面の細いラインが、生きている最低限の光を放っている。

 空気もある。

 しかし、静かすぎる。

 人が住んでいるはずの施設の静けさではない。

「……廃墟、みたい」

 ナルディアが小さく言う。

「でも、完全に動いていない感じでもない」

 僕が返すと、青葉が通信越しに補足した。

『環境維持は継続中です。無人化期間が長いなら、もっと空調と電力に乱れが出るはずです』

「つまり」

 ブライアントが低く言う。

「まだ“誰かがいる”前提で考えた方がいい」

『はい』

 その答えが、逆にぞくりとした。

 レンコフが先頭に立ち、陸戦隊が広がる。

 僕たちは、その少し後ろだ。

 通路は幅が広く、人工重力も安定していた。

 ただ、ところどころに、見慣れないタイプの記号と、狐族の神殿系注記が併記されている。

「社所ステーション、か」

 僕は、小さく呟いた。

「名前の割に、だいぶ“工場”寄りだね」

 ギラが、前方を見ながら小声で返す。

『神殿であり、窓口であり、物流拠点でもあるんやと思いますわ。グラブール人の神殿、場所によっては、普通に行政施設と倉庫を兼ねとるんで』

 ブライアントが呟いた。

「それをもっと機怪天国に合わせた感じか」

「たぶん」

 その会話をしているあいだも、通路の先には人の気配がない。

 ただ、完全に停止している感じとも違う。

 空調と、ごく低い駆動音があった。

 壁の中を何かがゆっくり流れているような微振動も。

 施設が、かろうじて息をしているみたいだった。


***


 しばらく進むと、居住区らしいブロックへ出た。

 そこだけ、空気が少し違った。

 無人の居住区というのは、どこか妙な気配がある。

 生活の痕跡があるのに、人がいない。

 整えたまま置かれた卓と、壁面収納があった。

 休息用らしいスペースと、その奥へ続く細い通路が見える。

 レンコフが、そこで手を上げた。

 陸戦隊が一斉に止まる。

『……反応』

 短い声だった。

 僕も、そこで気づいた。

 奥の方に、微かに、機械的な出力がある。

 壊れた設備の残留電力とは違う。

 もっと局所的で、持続している。

「誰かいる」

 僕が小さく言うと、レンコフは頷いた。

『ええ』

 彼女は、隊を二手に分けて、慎重に奥へ進ませた。

 僕たちも、その後に続く。

 通路を抜けた先は、半分研究室、半分礼拝室みたいな奇妙な空間だった。

 壁には神殿系の意匠がある。

 でも、中央には制御卓と、分子機械の流路らしい光の線が走っている。

 そして、その奥に……。

「……っ」

 僕は思わず足を止めた。

 そこに、“誰か”がいた。

 狐族型のアンドロイドだ。

 女性型。

 細身だが、僕よりずっと機械寄りの構造が露出している。

 耳は狐族の形だが、付け根が明らかに機械フレームだ。

 顔立ちも人間的ではあるのに、頬から首筋にかけて細かな発光ラインが走っている。

 肩と腕の一部は、薄い外装の下に関節機構が見えていた。

 その身体が、分子機械のワイヤーで何重にも縛られていた。

 銀色の細い線が、手首、肘、首、胴、脚に巻きつき、壁面の固定具へ繋がっている。

 まるで、拘束というより、危険な機械を封印するみたいな縛り方だった。

 そして、そのアンドロイドは動いていない。

 俯いたまま、完全に沈黙している。

 最初に叫んだのは、レンコフだった。

『機怪巫女様!』

 その声には、さっきまでの現場指揮官の冷静さとは別の色があった。

 驚き、焦り、そして――敬意だ。

 僕は、その呼び方を聞いて、ますます目の前の存在を見つめた。

 機怪巫女――この人が。

 ステーションBで見た、人型アンドロイドたちを思いだした。

 あの時見た連中も、かなり“機械”を外へ見せていた。

 今、目の前の存在も、ちょうど、そのくらいのメカ度合いだ。

 近くで見れば、人間と見間違えない。

 でも、機械じみすぎているわけでもない。

 人と機械の境目が、わざと見えるように作られている感じだった。

 それに比べると、僕は、大分、違う。

 自分で言うのも変だが、僕の今の身体は、よほど近づいて、よほど細かく見ない限り、人間と見分けがつかない。

 耳も髪も、肌も、ほとんど自然だ。

 それが、今は逆に妙に意識された。

「……僕より、ずっと機怪人形っぽい」

 思わずそう呟くと、ギラが横で小さく言う。

『いや、神子はんは、もうほぼ人間にしか見えませんからな』

「そうなんだけど、こうして比較対象が出ると、自分でも変な感じがする」

 レンコフは、僕たちの会話を聞いている余裕はなさそうだった。

『生体ではない。機体固定。だが、停止ではない……』

 太郎は、すぐに機怪巫女の拘束状態を見た。

『拘束状態を確認。見た目より、ずっと悪い』

 僕が反射的にそちらを向くと、太郎は続ける。

『固定ではなく、封印に近い』

「封印?」

『早く解いた方がよいが、雑にやると壊れる』

 青葉が、ほとんど同時にそれを裏づけた。

『同意します』

 レンコフも、拘束ワイヤーの状態を素早く確認し、それから僕へ振り返る。

『神子弓良殿、分解できますか?』

 僕は、頷いた。

「やる」

 青葉が、すぐに通信越しに補足する。

『ワイヤーは分子機械系拘束です。攻撃用ではなく、維持と封印を兼ねた制御拘束と見ます。乱暴に切断すると、対象機体に逆流負荷が発生する可能性があります』

「じゃあ、ほどく感じでいく」

『それが最適です』

 僕は、機怪巫女の前へ膝をついた。

 近くで見ると、やっぱりこの自分の身体とは、だいぶ違う。

 もっと古いのか、もっと役割特化なのか、はっきり機械的な機構で動いているのが分かる。外装の見せ方も、厚みも異なっている。

 でも、だからこそ、“同じ系統”だというのも分かった。

 僕は、ワイヤーへ、そっと指を触れた。

 冷たいけど、青葉が使っているのと似たタイプの分子機械だ。構造は、読める。

「……青葉」

『はい』

「これ、拘束というより、半分は延命っぽい」

『同意します。暴走または自己崩壊を防ぐため、局所的に固定しつつ、最低限の機体保存を行っていた可能性があります』

 つまり、誰かがこの機怪巫女を“縛った”のは、単純な悪意だけではないかもしれない。

 少なくとも、壊れかけの機体を放置はしていない。

 でも、今それを考え込んでも仕方がない。

「分解するよ」

 そう言って、僕はワイヤーの結び目のような部分へ意識を向けた。

 この種類――〈先住者〉が好んで使っていたらしい分子機械の群れは、外部にタイトジャンクションというのがあって、分子間力と共有結合で、かなり強固に繋がっている。

 その繋がりも、まるで植物の繊維のように、フラクタルな構造をしている。

 これにシャドーマターで力を与えて、解き放させる。

 僕は、そうやって、切断ではなく“ほどく”方が得意だ。

 繋ぎ方を読んで、逆順に解いていく。

 銀色の細線が、少しずつ緩んでいく。

 手首、肩、胴、脚部――青葉が、逐一補助してくれる。

『負荷安定。そこは保持。次に左肩。首部ラインへはまだ触れないでください』

「了解」

 レンコフと陸戦隊は、半円状に距離を取って待機していた。

 武器は、下げている。

 でも、いつでも上げられる位置だ。

 ジェプラは、やや後方で息を呑んで見ている。

 ナルディアは、僕の肩越しに覗き込みたいのを我慢している顔だった。

 ブライアントは、機怪巫女そのものより、部屋全体と拘束の状態を見ている。

 ギラは、いつもの軽口を完全に引っ込めていた。

 最後の拘束線をほどいた瞬間、機怪巫女の身体が、ほんのわずかに前へ揺れた。

「……っ」

 僕が反射的に支えかけると、その機体は思ったより軽かった。

 いや、軽いというより、重心が人間と少し違う。

 中身の詰まり方が違うのだろう。

 青葉が、静かに告げる。

『基本拘束解除完了。機体反応、微回復』

 レンコフが、低く言う。

『機怪巫女様……』

 その呼びかけに応じるように、狐族型のアンドロイドの目が、ゆっくりと開いた。

 琥珀色に近い光が、その瞳の奥で一度だけ揺れる。

 機怪巫女は、数秒ほど焦点の合わない目で前を見ていた。

 それから、ぎこちなく、でも確かにこちらを認識し始める。

『……起動……』

 声が、かすかに漏れた。

 僕は、思わず息を止めた。

 起動――この人は、自分をそう表現するのか。

 機怪巫女の目が、僕へ向く。

 その視線には、驚きも警戒も、まだ整理されていない。

 ただ、“読もうとしている”感じだけがあった。

『……神子?』

 その一言で、部屋の空気がまた変わった。

 やっぱり、この人は、僕をそう見る、と思った。

 白兎族とも、黒狼族とも少し違う響きだった――もっと直接的な、役割名のような感じだ。

 僕は、小さく頷いた。

「弓良です。巡洋艦『青葉』と一緒に来ました」

 機怪巫女は、僕を見たまま、ゆっくりと周囲へ視線を移す。

 レンコフ、陸戦隊、アラージの仮想体が宿ったアンドロイド、ジェプラ、ナルディア、ブライアント、ギラ、太郎――。

 それから、また僕へ戻る。

『……識別が、混線しておる』

 その声は、まだ少し不安定だった。

 でも、完全に沈黙していたさっきよりは、ずっと“生きている”感じがある。

 アラージの仮想体が、静かに一歩前へ出た。

『機怪巫女様。独立魔女アラージです。神殿監察部として、機怪天国の異常を確認しにきました』

 機怪巫女は、その言葉を聞いて、小さく目を閉じた。

『……監察部……』

 その語を辿るように、唇が動く。

 それから、ふっと小さく息を吐くような動きをした。

 人間なら、ため息に見える動きだ。

 でも、この人が本当に呼吸しているのかは、まだ分からない。

『遅すぎじゃ』

 静かに、でもはっきりと、そう言った。

 その一言に、部屋の誰も、すぐには返事ができなかった。

 遅すぎる――。

 それは、責めているのか、事実を言っているだけなのか。

 たぶん、その両方なのだろう。

 そして、その言葉が、この先で聞かされることが、たぶんあまり軽くはないのだと、はっきり示していた。


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