第五十六章 願いと工場~依頼の報酬
シャドーコンパスを手にしたまま、僕は、しばらく黙っていた。
丸い神具の表面は、さっきより光っていない。
けれど、完全に眠ってしまった感じではない。
こちらが意識を向ければ、またすぐに何かを返してきそうな、妙な気配がある。
たぶん、これはもうただの道具ではない。
少なくとも、普通の意味での“便利な探知機”ではないのだろう。読む側の前提まで含めて、試してくる感じがある。
僕が、そんな感覚を持て余していると、ブライアントが低い声で言った。
「……ひとつ、整理していいか」
その声は、思考を前へ進める時の声だった。
怒っている時とも、皮肉を言う時とも違う。
無駄なものをいったん横へどけて、骨組みだけ見ようとする時の声だ。
「うん」
僕が答えると、ブライアントは卓の上の表示を見たまま続けた。
「さっきからの話で、『雪の姫』の伝承を除いた『機械天国』の実際の働きを考えると、“願いを叶える星”って呼び方が、かなり誤解を招いている」
ナルディアが、すぐに反応する。
「誤解?」
「少なくとも、人類の感覚だと、何でも願えば通る万能の奇跡の星、みたいに聞こえるだろ?」
「そう……たしかに」
ナルディアは、頷いた。
「子どもの頃に読む、おとぎ話みたいな感じ」
「でも、実際のものとは違う」
ブライアントは、表示の中の供物と贈物の図を指した。
ギラが、横から雑にまとめる。
『要するに、天国云々はおいとくと、“なんでも好き放題叶う”んやなくて、“必要なもんが、神の判断で出てくる”感じですな』
「ギラのまとめ、微妙だけど分かりやすかった」
僕が言うと、ギラは翼を広げた。
『ほめ言葉として受け取っときますわ』
アラージは、そのやり取りを見ながらも、論点を崩さなかった。
『その理解は、おおむね正しいです。ただし、ひとつ補足します』
「うん」
『機怪天国が何を“必要”と判断するのかは、外部から完全には読めません。どのような要望が通り、欲しい贈物が得られるかは、長い年月での蓄積で経験的にしか分かっていません。そこに、神話性と政治性の両方が生まれます』
「ああ……」
僕は、その一言で、少しだけ背筋が冷えた。
必要なものが届く。
でも、何が必要かを決めるのは、こちらではない。
その判断がブラックボックスなら、確かに“神の気まぐれ”に見えるだろう。
ブライアントも、その意味をすぐに掴んだらしい。
「だから、『大集会』と神殿が接触権を独占している」
『はい』
アラージは頷く。
『機怪天国への接触権は、ただの交易権ではありません。“文明の供給判断へ誰が近づけるか”という問題でもあります』
そこまで言われると、グィルディがそこへ食い込みたがった理由も、また別の輪郭で見えてくる。
単に珍しいものを売りたいから、ではない。
文明の心臓部へ、商人としての手を差し込みたかったのだ。
考えれば考えるほど、ろくでもない。
***
しばらく、その話の余韻が部屋に残った。
ブライアントは卓に表示された図を見つめたまま、少し低い声で言う。
「……なら、カッシーナの件も、話が変わるな」
僕は、横目で彼を見る。
やっぱり、そこへ戻る。
彼にとって、“願いを叶える星”は、最初からそこへ繋がっているのだ。
「どう変わるの?」
ナルディアが聞くと、ブライアントは腕を組んだまま答えた。
「何でも好き放題を叶える魔法なら、むしろ望みは薄い。だが、高位の製造惑星なら、逆に“どういう願いなら通るか”を考えられる」
「……なるほど」
僕は、小さく頷く。
奇跡ではなく、極端に高度な手段――その方が、現実的な可能性としてはずっと掴みやすい。
アラージが、その流れを拾った。
『ブライアント・ウォルデック。あなたが追っている願いは、神殿監察部も把握しています』
その言葉に、ナルディアが一瞬だけ兄を見る。
ブライアントは表情を変えなかったが、わずかに視線が動いた。
『そして、今回の件へ協力した地球人が存在することは、グラブール人社会に対して無視できない意味を持ちます』
「意味?」
僕が聞くと、アラージは静かに言った。
『地球人が、この事案に協力してくれたら、地球と敵対する急進派の意欲を削ぎ、地球人との友好条約を締結する、かなりの手助けとなるでしょう』
その一言は、ちょっと意外だった。
いや、ちょっとではない。かなり意外だ。
ガナドラやナヴーピで見てきた限り、グラブール人と地球人の関係は、せいぜい局地的な友好か、露骨な敵対か、そのどちらかに見えていた。
それがいま、急進派を削ぎ、友好条約を助ける、という外交の言葉で語られた。
ギラが、少しだけ真面目な顔で補足する。
『グラブール人社会、部族によって地球人への温度差が大きいんですわ。白兎族みたいに協力したいと考えるところもあれば、黒狼族みたいに“神のものを荒らす野蛮人”として敵視するところもある』
「それは、まあ、分かるよ」
僕が言うと、ギラは頷いた。
『で、神子はんと『青葉』さんに、地球人の冒険者、いや山師やったな、が協力した、いう事実は、後者の連中にはかなり効くんです』
ブライアントが、そこで少しだけ鼻を鳴らした。
「つまり、俺たちは外交カードにもなるわけか」
『なります』
アラージは、そこを隠さない。
『そして、それは、悪いことばかりではありません』
その返答は、いかにもオッコクらしかった。
綺麗事だけではなく、でも露骨に使い捨てる感じでもない。
利益も現実も、全部そのまま卓上へ載せてくる。
ブライアントはしばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。
「……それ自体は構わない」
その声音は平坦だった。
けれど、そこで終わらないことは分かった。
「ただし」
やっぱり、そうくる。
「自分と妹の友人達が危機に陥っていることが明らかで、それは外交事案だ。そちらも、当然、対応してくれるんだろうな?」
その言葉が部屋へ落ちた瞬間、空気が引き締まった。
ナルディアも、まっすぐアラージを見る。
真剣な顔つきだった。そう、これは、兄妹そろって一番大事な問いなのだ。
アラージは、その視線を正面から受けた。
『当然です』
即答だった。
『その捜索の過程で、グィルディ商会の摘発に繋がったのです。まだ、所在が不明なのですが』
その答えを聞いて、僕は少しだけ息を吐いた。
少なくとも、ここではっきり“優先順位の外です”とは言われなかった。
ブライアントは、なおも視線を逸らさない。
「なら、依頼料としては、それを優先してくれ」
その言い方は、かなり強かった。
報酬とか謝礼とか、そういう柔らかい言い方ではない。
依頼料だ。
つまり、“こっちが協力する対価として、そこは絶対に外すな”という要求だった。
アラージは、数秒だけ沈黙した。
拒否の沈黙ではない。
たぶん、どう言えば最も正確かを選んでいる。
『優先対象の一つとして、明確に扱います』
そして、静かに頷いた。
『アーマッド、白石源一郎、美優、ならびに探査船シラトリ関連生存者の所在確認は、機怪天国案件と並行して優先照会します』
ナルディアの肩から、少しだけ力が抜けるのが分かった。
「よかった……」
そう呟いた声は、ほんの少しだけ震えていた。
ブライアントも、それ以上は詰めなかった。
たぶん、これ以上をいまここで押しても、監察部の返答は同じだろう。
***
アラージは、その流れを受けて、今度は少しだけ表示を切り替えた。
『なお、機怪天国が正常化された場合、協力者に対しては、相応の権利を付与します』
「権利?」
僕が聞くと、アラージは頷く。
『はい。正式に供物をこちらから捧げた上で、機怪天国に一つ、好きな願いをする権利です』
その言葉に、部屋の空気が、今度は別の意味で動いた。
ナルディアが、素で「うわ」と声を漏らす。
ギラが羽を半分広げる。
ジェプラは、息を呑む。
そして、僕は一瞬、意味を飲み込みきれなかった。
「えっと……」
僕は言葉を探しながら聞いた。
「それって、つまり、成功したら、本当に“願いを持ち込む権利”がもらえるってことですか?」
『そうです』
アラージは平然と答える。
『神殿監察部名義で正規供物を捧げ、その返答として、個別の願いを一件通す権利を付与します』
「それ、だいぶ大きくない?」
僕が言うと、ギラがすぐに頷いた。
『だいぶどころやないですわ。むちゃくちゃ大きいです』
アラージは、そのまま続ける。
『お探しのイハァトパー機関も、得られるでしょう』
その一言が、真っ直ぐ胸に刺さった。
イハァトパー機関――ずっと探してきて、『青葉』の中枢に必要なものだ。
市場にも、噂にもまともに乗らない高位機構――。
それが、“機怪天国の正常化”と引き換えに、現実的な到達目標として目の前へ置かれた。
僕は、一瞬だけ言葉を失った。
「……そこまで、はっきり言えるんですか?」
『イハァトパー機関ではありませんが、強力な魔法媒体を贈物として得た部族もいます』
アラージは、静かに答えた。
『黒狼族です』
「え?」
『彼らの強襲魔法艦隊が、粗転送魔法を使えるのは、そのお陰です。今回の事案で、『大集会』の権限で取り上げと封印が確定する予定ですが』
「そうだったんですか……」
意外な事実を知って、驚いた。
『いまや神話的な曖昧さで引っ張る段階ではありません。協力の対価は、明瞭であるべきです』
その言い方が、すごくオッコクらしい、と思った。
夢のある話を、ちゃんと契約と権利の形へ落とし込んでくる。
ブライアントは、僕の横で黙っていた。
でも、彼の目が少しだけ揺れたのが分かった。
イハァトパー機関だけではない。
“好きな願いをする権利”という言葉そのものが、彼にとっては他人事ではない。
アラージは、今度は僕だけでなく、他の面々にも視線を向けた。
『ジェプラ、ブライアント・ウォルデック、ラギ・ギラにも、機怪巫女が“個人の願い”として許容する範囲で、願いをする権利を付与します』
ジェプラが思わず目を見開いた。
「わ、私にも、ですか」
『はい』
アラージは頷く。
『白兎族の立会いと継続協力の価値は小さくありません』
ジェプラは、少し戸惑った顔で僕を見る。
僕も、ちょっと驚いていた。
彼女はきっと、自分が“そういう報酬を受け取る側”だとはあまり思っていなかったのだろう。
ギラは、逆にちょっと面白そうに羽を揺らした。
『やー、えらい話になってきましたな。わてにも、ですか』
『はい。ガナドラ潜入捜査と内通者確保、裏帳簿押収への寄与を評価しています』
『ありがたい話ですわ』
そう言いながらも、ギラの声には少しだけ本気の驚きも混じっていた。
ナルディアが、そこで勢いよく言った。
「えっ、じゃあ、あたしは?」
アラージは、ほんの少しだけ間を置いた。
意地悪しているわけではなく、言葉を正確にするための間だと分かる。
『ナルディア。あなたは本件の保護対象であり、シラトリ関連案件の当事者です。したがって、別系統で扱います』
「別系統?」
「たぶん、“報酬”というより“助けるのが先”ってことだろ」
ブライアントが言う。
ナルディアは一瞬だけ口を尖らせ、それからすぐに理解した顔になった。
「……あ、そっか」
たしかに、ナルディアにとって最優先は“好きな願い”ではないだろう。
アーマッドたちの行方だ。
そして、その件は、いまの段階で既に監察部の優先照会対象に入っている。
アラージも、静かに続ける。
『あなたに関しては、先に保護と捜索の方が優先です』
「うん、まあ、それなら納得」
ナルディアは、素直に頷いた。
その切り替えの速さは、やっぱり強い子だなあ、と思った。
***
しばらくして、太郎が、ぼそっと言った。
『太郎は?』
一瞬、部屋の空気が止まった。
いや、正確には、僕が止まった。
太郎は、難しい話なのか、大分、静かだった。それが、急に発言したのだ。
「太郎、そこ訊くんだ?」
『当然だ』
太郎はいつもの調子だった。
『護衛している。移動した。ぶつかった。役に立っている』
「うん、たしかに役に立ってる」
むしろ、かなり役に立っている。
でも、本人がこうも当たり前の顔で報酬の話へ入ってくると、ちょっと可笑しい。
ギラが肩を震わせ、ナルディアが口元を押さえている。
ジェプラまで、ほんの少しだけ困ったように笑っていた。
アラージは、そういう反応にまったく動じなかった。
むしろ、ほんの少しだけ口元をゆるめて言った。
『あなたには、神殿監察部で、何かお願いを聞いてあげます』
「ざっくりしてるなあ」
思わず僕が言うと、アラージは平然としたままだ。
『太郎に対して、機怪天国へ個人願望権を持ち込むのは、やや形式が合いませんので』
「たしかに形式は合わないけど」
『神殿監察部として、相応の便宜を図ることは可能です』
太郎は、数秒だけ黙って、それから短く言った。
『考えておく』
「いま決めないんだ」
『大事なお願いは、すぐに使わない方がよい』
その返答が妙に太郎らしくて、僕は少しだけ笑ってしまった。
ナルディアも吹き出す。
「太郎、意外と計画的ね」
『当然だ』
「いや、そこ当然なんだ」
部屋の空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
ずっと重い話が続いていたから、こういう小さな抜けがあるだけで息がしやすい。
***
でも、その和らぎは長くは続かなかった。
ブライアントが、もう一度、静かに言ったからだ。
「条件は分かった。報酬の筋も通ってる」
その声音は落ち着いている。
けれど、その落ち着きの下に、まだ尖った感情が隠れているように思った。
「だが、ひとつ確認する」
アラージは頷く。
『どうぞ』
「さっきも言ったが、アーマッド達の件は“好きな願い”の話とは別だ」
『ええ』
「俺たちが協力するなら、その捜索は外交案件として、ちゃんと優先するんだろうな?」
さっきよりも、言葉が少しだけ鋭い。
報酬としてではなく、義務として。
そこをはっきり切り分けにきている。
アラージは、その視線を正面から受けた。
『当然です』
やはり、迷いなく答えた。
『その捜索の過程で、グィルディ商会の摘発に繋がったのです。機怪天国案件とシラトリ案件は、現段階で切り分けて扱えません』
「所在は、まだ不明なんだな」
『はい』
アラージはそこだけは厳密に答える。
『まだ、所在は不明です。ただし、追う価値は非常に高い』
ブライアントは数秒だけ黙っていた。
それから、さっきより少しだけ低い声で言った。
「なら、やはり、依頼料としては、それを優先してくれ」
やっぱり、その言い方だった。
カッシーナの願いも、機怪天国の権利も、たぶん彼にとっては大きい。
でも、それより先に、いま目の前で消えた仲間たちの件を外すつもりはない。
その順番の付け方が、ひどくブライアントらしかった。
太郎が、珍しくきっぱりと言った。
『よい要求だ。行方不明者の確認は、報酬ではなく先にやるべきだ』
僕が少し驚いて見ると、太郎は続ける。
『整備でも、人命優先は基本だ』
ブライアントは何も言わなかったが、少しだけ目を細めた。
アラージは、今度は、ほんの少しだけ柔らかい表情になった気がした。
もちろん、よく見ないと分からない程度だ。
でも、たしかに、さっきまでより少しだけ“人の感情に対する理解”が表に出た。
『承知しました』
そして、静かに頷く。
『アーマッド、白石源一郎、美優、ならびにシラトリ関連生存者の捜索と所在確認を、優先照会項目として明記します』
ナルディアが、その言葉を聞いて小さく息を吐いた。
ほっとしたのだと思う。
たぶん、僕も同じだった。
***
その後、しばらく誰もすぐには喋らなかった。
機怪天国が正常化されたら、“好きな願いをする権利”が与えられる。
イハァトパー機関も、得られるだろうとまで言われた。
ブライアントとナルディアの友人たちの捜索も、優先照会として約束された。
ジェプラやギラにまで、個人願望権が提示された。
太郎は太郎で、“何かお願いを聞いてあげる”という、妙に太郎向けの報酬をもらった。
話としては、かなり大きい。
大きすぎて、すぐには飲み込めない。
僕は、卓の上の表示を見ながら、小さく言った。
「……本当に、そこまで払う価値がある案件なんですね」
アラージは、静かに頷いた。
『あります』
その一言には、迷いがなかった。
『機怪天国の失踪は、信仰の問題ではなく、文明運用の問題です。神話ではなく、基盤です。したがって、正常化に成功するなら、それに見合う対価を提示するのは当然です』
「基盤、か」
僕が繰り返すと、青葉が静かに補足した。
『適切な表現です。供給中枢が停止した文明は、すぐには崩れなくとも、やがて各所から綻びます』
その言葉を聞いて、ジェプラが少しだけ目を伏せる。
「白兎族の神殿圏でも、きっと長くは持たないのですね」
『はい』
青葉は平然と答える。
『表面化が遅いだけで、止まった供給は、必ずどこかを枯らします』
ギラも、その言い方へ頷いた。
『ガナドラみたいな市場は、まだ誤魔化しが利きますけどな。地方神殿圏の方が、ほんまは先に困るんですわ』
その一言は、ちょっと重かった。
ナヴーピ、白兎族の神殿、ゲラバ、ジェプラ――。
僕が見てきたあの場所も、このまま機怪天国が失われたままなら、いずれ確実に困る。
つまり、この探索は僕やブライアントたち個人の事情だけではない。
グラブール人の社会全体にとって必要な仕事なのだ。
だからこそ、報酬がこれだけ大きい。
そして、期待もこれだけ重い。
***
アラージは、最後にひとつだけ静かに言った。
『今の段階で、約束できるものはすべて提示しました』
その言葉は、妙に重かった。
ごまかしはない。夢だけを餌にもしない。
その代わり、ここから先は本当に命がけだと言外に伝えてくる。
『その上で、神子弓良。『青葉』。ブライアント・ウォルデック。ナルディア。ジェプラ。ラギ・ギラ。太郎。あなた方には、機怪天国探索への正式協力を求めます』
僕は、そこでゆっくり息を吐いた。
もう、話は全部つながっている。
神子、機怪天国、イハァトパー機関、そしてシラトリと黒狼族にガラXFIザA――そして、“願いを叶える権利”。
ここで止まるわけにはいかない。
「……やります」
僕がそう言うと、ナルディアがすぐに続いた。
「あたしも」
ブライアントは短く頷くだけだったが、それで十分だった。
ジェプラも、静かに姿勢を正している。
ギラは、もう最初から降りる気がない顔だ。
太郎は、当然という顔で僕の足元にいた。
アラージは、全員の顔を一度見たあと、小さく頷いた。
『結構です』
その一言で、この話は“提案”から“正式な案件”へ変わった気がした。
僕は、卓の上のシャドーコンパスをそっと手元へ引き寄せた。
軽いけど、そこへ乗っている意味は、少しも軽くない。
次に必要なのは、たぶん実際の出航準備だ。
オッコクでの監察段階は、ここでようやく終わりに近づいた。
ここから先は、静かな会議室ではなく、また宇宙へ出る。
そう思った時、胸の奥に、ほんの少しだけ別の感覚が混じった。
怖さだけではない。
わくわく、というには重い。
でも、未知の核心へ近づいていく時の、あの感じだ。
機怪天国――そこに何があるのか。
何が残っていて、何が壊れているのか。
そして、僕はその中心で何を見せられるのか。
そこはかとない不安を抱えたまま、僕はシャドーコンパスの縁を、もう一度だけ指でなぞった。




