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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第IV部 オッコク編

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第四十九章 幽霊みたいな魔女

 アラージの“仮想体”が、取り調べ室の卓の向こうに自然に座っているのを見て、僕はどうにも落ち着かなかった。

 見た目だけなら、高精度の立体映像に見えなくもない。

 でも、何かが違う。

 視線が合う。

 こちらの間合いに“いる”感じがある。

 ただ映しているだけの像ではなく、本人の存在の一部が、本当にこの部屋へ差し込まれているような圧があった。

 ナルディアが「おばけぇ~」と叫んだのは、たぶん、かなり本質を突いていたのだと思う。

 もちろん、あれは幽霊ではないんだろう。

 でも、“そこにいるはずのないものが、自然にいる”という意味では、感覚としてかなり近かった。

 僕は、目の前のアラージを見ながら、小さく青葉へ問いかけた。

「青葉、これって、ただの立体映像じゃないよね?」

『はい』

 青葉は、いつもの落ち着いた声で答える。

『通常の映像投影とは異なります。高次思念通信と、〈先住者〉系のEPR相関通信網の一部利用を併用した、存在投射に近い現象です』

「……長い」

 僕が思わず呟くと、ナルディアが横からすぐ言った。

「いや、ほんとに長いよね、それ」

『簡潔に言えば、魔女ネットワークを経由して、自身の存在の一部を同時に存在させているようです』

 ラギ・ギラが翼をたたみながら口を挟む。

『簡潔になってない気がしますけどな』

 けれど、僕もギラと同じ感想だった。

 言葉の意味は、追える。

 でも、あまりにもさらっと説明されると、逆に頭がついていかない。

「……ちょっと待って」

 僕は、そこで青葉へ意識を向け直した。

「魔女ネットワークって、グラブール人の魔女だけが使える、超光速思念通信の“魔法”みたいなものじゃなかったの?」

『概ね、その理解で問題ありません』

「でも、今の言い方だと、青葉も使ってるみたいに聞こえる」

『はい』

 あまりにもあっさり肯定されて、僕は少し言葉を失った。

「使えるの?」

『中継、接続補助、部分利用は可能です』

 青葉は続ける。

『そもそも、弓良と本艦が一体的に通信している現象も、基礎的には同系統のEPR相関通信です』

「え?」

 今度は、本気で変な声が出た。

 僕は思わず、自分の胸のあたりを見た。

 もちろん、そこに何か通信装置が埋まっているわけではない。

 でも、青葉と自分が、タイムラグなしで、妙に自然に思考や感覚をやり取りしているのは、もう前から分かっていた。

 分かっていたけれど、それが“魔女ネットワークと同系統”だとは思っていなかった。

「ちょ、ちょっと待って……」

 僕は、今度は本当に整理が必要になった。

「僕と青葉が繋がってるのって、ただの通信リンクじゃなくて……魔女ネットワークと近いものなの?」

『正確には、魔女ネットワークそのもの、ではありません』

 青葉は、丁寧に訂正する。

『ただし、基盤技術はかなり近いと考えられます。〈先住者〉は、銀河ネットワークとも呼べる広域EPR相関通信網を保有していました』

「銀河ネットワーク……普通のFTL通信とは違うんだよね?」

『はい。現在、人類や他の種族が使っている、ストライプド・リープと同様の原理に基づいた粒子波を使ったFTL通信とは、まったく別物です』

 青葉は、いつものように淡々と続ける。

『魔女ネットワークは、グラブール人の魔女たちが、その一部を“魔法”として開いて使っているものようです。本艦も、条件付きで同じ系統へ接続できます』

 その説明に、僕はしばらく返事ができなかった。

 銀河ネットワーク――EPR相関通信網――魔女ネットワーク――。

 そして、僕と青葉。

 頭の中でいくつかの線が、急に別の形で繋がり始める。

 ナウーピで感じた魔女たちの広域接続と、アラージの“仮想体”の妙な実在感……。

 そして、僕と青葉の、普通の通信では説明できない一体感。

 これれらが、全部、別々の現象ではない可能性がある。

「……じゃあ」

 僕はゆっくり言った。

「僕って、もしかして、魔女に、ちょっと近い存在なの?」

 その問いを口にした瞬間、部屋の空気が少し変わった気がした。

 アラージは、面白そうに片眉を上げた。

 ジェプラは、わずかに目を見開く。

 ブライアントは腕を組んだまま、静かにこちらを見る。

 ナルディアは「あー、そこ訊くんだ?」という顔をしていた。

 青葉は、少しだけ間を置いて答えた。

『少なくとも、弓良は、魔女ネットワークと高い親和性を持っています』

「高い親和性……」

『はい』

『グラブール人の魔女は、シャドーマター制御と高次接続の素質を併せ持つ存在です。弓良も、そのうち“接続”の側面において、かなり近い位置にいると推定されます』

 その一言は、わりと衝撃だった。

 僕は、白兎族から神子と呼ばれてきた。

 黒狼族には、取り戻すべき何かみたいに見られた。

 機怪人形だとか、〈先住者〉の影だとか、そういうのは、少しずつ見えてきていた。

 でも、“魔女に近い”というのは、また別の方向性のような気がした。

「……なんか」

 僕は、自分でも変な顔をしている自覚があった。

「どんどん、普通の人間じゃないことが確定されていくような……」

「神子だもんね」

 ナルディアが小声で言う。

「それは、そうなんだけど、さ」

 難しい説明が一段落したところで、太郎が、ぽつりと言った。

『つまり、弓良は普通の通信機ではない』

「そのまとめ方はどうなんだろうね?」

『青葉と直接つながる。魔女ネットワークとも相性がよい。だいたいそういうことだ』

 ナルディアが、小さく笑う。

「太郎の方が分かりやすい時あるね」

 僕が言い返そうとすると、アラージがそこで、ようやく会話へ滑り込んできた。

『驚く気持ちは分かりますよ、神子殿』

 その声音は、最初に会った時より少し砕けていた。

 監察部の独立魔女という堅さは保っているのに、どこか余裕がある。

『あなたと青葉とが、魔女ネットワークと似た魔法通信で繋がっていることは、我々も推測していました。今さら驚くのも可愛いですが』

「……可愛いは、余計だと思います」

 僕が、むっとして言うと、アラージの口元がわずかに緩んだ。

『そういう反応をするから、なおさらです』

 この人、本当に調子が狂う。

 狐族の監察部の中枢にいて、独立魔女で、仮想体まで飛ばしてきているような相手なのに、時々こうやって妙に人を食った言い方をする。

 真面目な話をしていたと思ったら、急に温度をずらしてくるから困る。

 そのアラージを、ブライアントが低い声で遮った。

「その前に、ひとつ確認したい」

 空気が、わずかに締まる。

 ブライアントは、卓の向こうにいる仮想体をまっすぐ見た。

「グィルディの事件について、こちらへ取り調べで訊ねることがあるなら、まず法的立場をはっきりさせてから頼む」

 その言い方は、最初から交渉に入る人の声だった。

 必要な礼は、崩さない。

 でも、こちらの足場が曖昧なまま、相手の都合だけで話を進めさせる気はない。

「自分たちは、あくまで参考人扱いだ。法的拘束力のある質問は、拒否させてもらう」

 ナルディアが、横でちょっと感心したような顔をする。

 ギラも、面白そうに嘴の端を上げた。

 たぶん、この場でそう言える人間はかなり少ないのだろう。

 アラージは、その釘刺しに対して不機嫌になるどころか、むしろ少し楽しそうだった。

『ほんまに、地球人にしておくにはもったいない方ですね、あなたは』

 その言い方は、今までよりさらに砕けていた。

 冗談半分――でも、完全な冗談でもない。

 ブライアントは、少しだけ肩をすくめる。

「褒め言葉として受け取っておく」

『そうしてくださると、助かります』

 そのやり取りを見て、僕は、なんだか妙にむっとした。

 別に、何か失礼なことを言われたわけではない。

 むしろ、ブライアントの切り返しは格好よかったし、アラージの言い方にも悪意はないだろう。

 でも、その“地球人にしておくにはもったいない”という言い回しが、どこか引っかかったのだ。

 ブライアントが、地球人として優秀すぎるとか、異星人社会に向いているとか、そういう意味なのだろうか。

 いや、それは分かるのだけど、何だか、面白くない。

 僕は、黙ったまま少しだけ眉をひそめていたらしい。

 アラージが、その顔を見て、今度ははっきりニヤリとした。

『神子殿、いま少しむっとしましたね』

「してません」

 反射的に否定した。

 でも、していたのはたぶん事実だ。

 太郎が低く言った。

『弓良、顔に出ている』

「出てない」

『出ている』

 ナルディアが、すぐ横で肩を震わせる。

「むっとしてたよね」

「ナルディアも黙っててよ!」

「いや、でも、ちょっと分かりやすかったし」

 ジェプラまで、困ったような顔で口元を押さえている。

 ギラは、もう、あからさまに面白がっていた。

『やー、これはまた、なかなか』

「ギラも黙っててほしいな」

 僕が言うと、アラージは完全に面白がる側へ回ったらしかった。

『いえ、よいことです。そういう反応の方が、むしろ安心できます』

「安心?」

 僕が眉をひそめると、アラージは少しだけ柔らかい声で言った。

『今みたいに、目の前の人の言葉にちょっとむっとしたり、言い返したりするなら、少なくとも、“あなた自身”は、人間として、ちゃんとそこにいる』

 部屋の空気が、ほんの少しだけ静かになる。

 さっきまで、からかわれているだけだと思っていた。

 でも、この人は、この人なりにこちらの反応を見ているのだ。

 だからといって、調子が狂うのは変わらないけれど。

「……なんか」

 僕は小さく息を吐いた。

「ほんとに調子が狂うよ」

『それは光栄です』

 アラージは、少しも悪びれずにそう言った。

 やっぱり、この人はやりにくい。

 でも、嫌いかと言われると、そこまででもないのがまた困る。


***


 アラージは、僕たちが席に着くのを待ってから、静かに言った。

『まず、落ち着いてください。今回の場は、いわゆる脅迫的な意味での取り調べではありません』

「じゃあ、何なんですか?」

 ブライアントが間髪入れずに聞く。

『立場と情報の整理です』

 その答えに、ブライアントは少しだけ頷いた。

「立場の整理、か」

 ブライアントが低く言う。

『はい』

 アラージは即答した。

『神子弓良、『青葉』、ブライアント・ウォルデック、ナルディア、ジェプラ、ラギ・ギラ、ならびに随伴機太郎。あなた方は本件における重要参考人です。拘束対象ではありません』

 その一言で、ナルディアが目に見えてほっとした顔をした。

「よかった……」

「まだ完全に安心していい段階じゃないだろ」

 ブライアントはそう言ったが、その声にもわずかに力が戻っていた。

「嫌疑は?」

『グィルディ商会からの告発については、神殿監察部の初期精査で重大な瑕疵が確認されました。加えて、押収された裏帳簿と関連証言により、商会側の違法性が先に認定されています』

 ギラが、そこで嘴の端を少し上げた。

『裏帳簿、よう働いとりますなあ』

『非常に有効でした』

 アラージは平然と認める。

『したがって、ガナドラ娯楽ステーション内でのあなた方の行動は、緊急避難および不法拘束からの離脱として処理されます』

「つまり」

 僕は、尋ねた。

「少なくとも、あそこでナルディアを連れて逃げたことそのものは、こちらの罪として扱われないってことですか?」

『はい』

 その答えに、胸の中の重さがほんの少しだけ軽くなった。

 もちろん、やったこと全部が綺麗に消えるわけではない。

 ショックガンを奪い、会場で混乱を起こし、ドックゲートには穴を開け、光輪まで使ったのだ。

 でも、少なくとも「ナルディアを連れ戻したこと」自体が罪になるわけではない。

「まあ、完全に無罪放免ってわけでもないだろうけどな」

 ブライアントはそう言った。

 それだけで、だいぶ違う。

 ナルディアも、そこで小さく呟いた。

「じゃあ、あたし、ちゃんと“助けられた側”でいられるんだ」

 その言い方に、少しだけ胸が詰まった。

 ガナドラでは、あの子はずっと、“契約対象”だの“借金持ち”だの、向こうの理屈で拘束されていた。

 だから、“助けられた側”という当たり前の立場を、今こうして確かめ直しているのだろう。

 アラージは、今度はナルディアへも視線を向けた。

『ナルディア。あなたに対するガナドラ側の債務拘束は、現時点で監察部により凍結されています』

「凍結……?」

『少なくとも、神殿監察部の審査が終わるまで、その契約は効力を主張できません』

「うわ、それすごい助かる……」

 ナルディアは本気でそう言った。

「いや、ほんと、あの契約書の文面、見れば見るほど嫌だったし」

「見たのか?」

 ブライアントが低く言う。

「見せられたもん。しかも、あたしの知らない単語いっぱい入ってて、だいたい向こうに有利なやつ」

「だろうな……」

 そのやり取りに、ギラが小さく首を振る。

『ガナドラの商会契約は、読むほど嫌になるんが基本ですわ』

「嫌な基本だなあ」

 僕が言うと、ギラは肩をすくめた。

『せやけど、そういうのを潰すんが、監察部さんの仕事でもありますから』

 アラージは、その軽口には反応せず、本題を進める。

『ただし、あなた方は完全な部外者ではありません』

 その一言で、空気がまた少し締まる。

『参考人である以上、こちらから確認したい事項は多数あります。黒狼族、ガラXFIザA、シラトリ、神子弓良の力の行使、『青葉』との認証状態。いずれも、ガナドラ一件だけでは終わらない広域案件です』

 広域案件。

 その響きだけで、何だか話がずいぶん大きくなった気がする。

 ギラが、ひらひらと翼を動かした。

『ほら、言うたでしょ。グィルディさん一人で済む話やあらへんのです』

「済んでほしかったけどね」

 僕が言うと、ギラは苦笑した。

『わても、楽したかったですわ』

 たぶん、本音なのだろう。

 アラージは、今度はジェプラへも視線を向けた。

『白兎族見習い神官ジェプラ。あなたの同行と立ち会いも、正式に認められています』

『ありがとうございます』

 ジェプラは少し緊張した顔で頭を下げた。

『白兎族の後見は、今回かなり重要でしたからな』

 その一言で、ジェプラの表情が少しだけ引き締まる。

 自分がただの付き添いではなく、ちゃんと意味のある位置に立っていると分かったのだろう。


***


 そこで、ブライアントが一歩踏み込んだ。

「シラトリの件について、監察部は何か掴んでるのか?」

 その声は低く、短かった。

 でも、その一言に込められた重さは、ナルディアも、僕も、ジェプラもすぐに分かった。

 ナルディアの肩がぴくっと震える。

 僕も思わず息を止めていた。

 アラージは、少しだけ目を細める。

『その質問が最初に来ると思っていました』

「答えは?」

『一部、掴んでいます。情報が集まりつつあります』

 ナルディアが半ば立ち上がりかける。

「ほんとに?」

「ナルディア」

 ブライアントが低く制した。

 期待しすぎるな、という意味だろう。

 でも、彼自身もかなり前のめりだ。声には出さなくても分かる。

「アーマッドたちのこと? 美優のこと? 源一郎さんも?」

 アラージは、声の調子を変えずに続ける。

『シラトリ撃沈は、単独の偶発戦闘として処理するには、関連情報が多すぎます』

 その一言は重かった。

「関連情報?」

 僕が繰り返すと、アラージは頷いた。

『黒狼族の異常移動、ガラXFIザA側の接触記録、神殿監察部が別件で押さえていた航路情報、そして、ガナドラで押収された帳簿の一部――これらからシナリオを推定すると、シラトリはより大きな流れの中で襲撃された可能性が高い』

 その説明を聞いて、ナルディアの顔がはっきり変わった。

 ただ怖がっている顔ではない。怒りと希望と不安が、一度に来た顔だ。

 ナルディアが、今度は声を抑えて聞く。

「じゃあ……アーマッドたちは、生きてる?」

『生死は、不明です』

 アラージは、そこだけは、きっぱり言った。

『ですが、“行方不明のまま整理される程度の事件”ではありません』

 その言い方は、すごく監察部らしい。

 情緒的には、優しくない。でも、だからこそ、嘘でもない。

 僕は、ナルディアの顔が少しだけ強張り、同時にわずかに希望を持ったのを見た。

 アーマッド達は、明らかに“ただのチームメイト”ではないのだ。

 ブライアントが、小さく息を吐いた。

「……なるほどな」

 その一言には、まだ何も掴めていない苛立ちと、それでも何かがあると分かった時の冷静さが混じっていた。

 僕は、そこで、ずっと気になっていた方へ踏み込んだ。

「その情報って……イハァトパー機関には、何か関係あるんですか?」

 自分でも、少し唐突だと思った。でも、言わずにいられなかった。

 でも、シラトリに黒狼族とガラXFIザA、そして、ガナドラでアラージが匂わせた“神子殿にも関係あること”――といえば、『青葉』の中枢に必要なイハァトパー機関と、これらがどこかで繋がっているのではないか、と思ったのだ。

 部屋の空気が、一瞬だけ変わる。

 ブライアントがこちらを見て、ナルディアも、ぎゅっと息を呑む。

 ジェプラは目を伏せず、アラージの返答を待っている。

 ギラは、今度は軽口を挟まなかった。

 そして、アラージは、ほんの少しだけ口元を動かした。

 にやり、というほどではない。でも、はっきりと意味のある笑みだった。

『神子殿にも関係あることです』

 それだけを言う。

 明言はしないが、否定もしない。

 けど、その反応だけで、十分すぎるほど分かる。

 僕の胸の奥が、どくんと強く鳴った。

 イハァトパー機関――『青葉』の中枢に必要な、市場には存在すら確認されない高位機関だ。

 その問題が、シラトリ撃沈や、黒狼族や、ガラXFIザAや、神子としての僕のあり方と――どこかで繋がっているかもしれない。

 ブライアントが、少しだけ苛立った声で言う。

「そこまで言うなら、もっとちゃんと話せ」

『この部屋は、そのお話をするには、セキュリティーレベルが足りません』

 その返しは冷たいが、筋は通っている。

「用心深いな」

『それはそうやろなあ』

 ギラがそこで、ようやく軽く口を挟む。

『ここまで来たら、もったいぶってるんやなくて、ほんまに“場所を選んでる”感じですわ』

 たしかに、その通りなのだろう。

 意地悪で黙っているというより、この情報そのものがそれだけ重大性と機密度が高いのだろう、と思った。

 ギラが、小さく口笛みたいな音を鳴らした。

『こら、オッコクに来た値打ちが一気に上がりましたなあ』

「値打ちって言い方、ほんとやめて」

 僕が言うと、ギラは肩をすくめる。

『でも実際、そういうことですやろ。別々の箱に入ってる話やあらへん』

 その軽い口調に反して、内容は重い。

 重いのに、たぶん本当にその通りなのだ。

 会話がそこまで進んだところで、アラージは少しだけ椅子の背へ身体を預けた。

『あなた方は、これからオッコク本部の深部区画に移動してもらいます』

『深部区画?』

 ジェプラが小さく繰り返す。

『はい。通常の来客区画ではなく、監察案件に関わる特別立会い者用の区画です』

「つまり、そこでないと話せないってことだよね?」

『はい、先程の事案を共有します』

「僕に関係あるってやつ?」

『そうです』

 ブライアントは、そこでようやく少しだけ納得したように頷いた。

「要するに、ここから先は“事情聴取を受ける参考人”というより、“広域案件の協力者”みたいな扱いになるんだな」

『そう思ってくれて構いません』

 アラージは否定しなかった。

『少なくとも、あなた方は、もはやガナドラ事案だけの関係者ではありません』

 その一言が、妙に重い。

 ガナドラでのグィルディの件は、僕達にとっては、終わった。

 そう思いたかったけれど、本当に終わったのは“市場で捕まるかどうか”という段階だけなのだろう。

 その先の、もっと大きい構図の中に、僕たちはすでに両足を踏み入れている。

 ナルディアが、ぽつりと言った。

「……なんか、どんどん面倒な事態に巻き込まれそう、っていうか」

「うん」

 僕は、頷く。

「僕も、そうだとしか思えないよ」

「それ、全然うれしくない」

「僕も、そう思う」

 ブライアントは、そのやり取りを聞きながら立ち上がった。

「だが、行くしかない」

「だね」

 僕も、そう返す。

 ギラも翼を整えながら言う。

『ここまで来たら、帰る方が気持ち悪いですわ』

 ジェプラは、静かに頷いた。

『はい。白兎族としても、ここで目をそらすべきではないと思います』

 太郎は、短く言う。

『進むなら護衛する』

「ありがとう」

 僕がそう言うと、太郎は当然だという顔をした。

 たぶん本当に、護衛以外の選択肢を最初から考えていないのだろう。


***


 部屋を出たあと、オッコク本部の静かな通路を戻りながら、僕はずっと考えていた。

 ナウーピ、ガナドラ。そして、オッコク。

 旅を続けるたびに、場所が大きくなっていく。

 最初は、一つの神殿とその周囲だった。

 次は、市場と商会の街だった。

 今度は、監察と政治の中枢だ。

 そこで問われるのは、たぶん僕自身のことでもある。

 神子とは何か――光輪とは何か――なぜ『青葉』と、こうも噛み合うのか。

 そして、イハァトパー機関は、どこにあるのか。

 ナルディアが、通路の途中でぽつりと言った。

「弓良」

「なに?」

「さっきの話、怖い?」

 その問いは、変にまっすぐだった。

 僕は少し考えてから答える。

「ちょっと怖いかな」

「そっか」

「でも、知りたいとも思ってる」

 ナルディアは少しだけ口元をゆるめた。

「それなら、たぶん大丈夫だよ」

「なんで?」

「知りたいって思ってる時って、怖くても前に進けるから」

 その言い方は、たぶんナルディア自身の実感なのだろう。

 ガナドラであんな目に遭っても、なおアーマッドたちや美優のことを諦めていないのだから。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 軽い返事だった。

 でも、それがちょっとありがたかった。

 通路の先では、深部区画へ続く隔壁が静かに開いていた。

 僕たちは神殿監察部の深部へ向かう。

 ここから先で、この一連の出来事の本当の核心を知らされるかもしれない、と思った。

 そんな予感を胸に抱えたまま、僕は次の区画へ足を踏み入れた。


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