第四十九章 幽霊みたいな魔女
アラージの“仮想体”が、取り調べ室の卓の向こうに自然に座っているのを見て、僕はどうにも落ち着かなかった。
見た目だけなら、高精度の立体映像に見えなくもない。
でも、何かが違う。
視線が合う。
こちらの間合いに“いる”感じがある。
ただ映しているだけの像ではなく、本人の存在の一部が、本当にこの部屋へ差し込まれているような圧があった。
ナルディアが「おばけぇ~」と叫んだのは、たぶん、かなり本質を突いていたのだと思う。
もちろん、あれは幽霊ではないんだろう。
でも、“そこにいるはずのないものが、自然にいる”という意味では、感覚としてかなり近かった。
僕は、目の前のアラージを見ながら、小さく青葉へ問いかけた。
「青葉、これって、ただの立体映像じゃないよね?」
『はい』
青葉は、いつもの落ち着いた声で答える。
『通常の映像投影とは異なります。高次思念通信と、〈先住者〉系のEPR相関通信網の一部利用を併用した、存在投射に近い現象です』
「……長い」
僕が思わず呟くと、ナルディアが横からすぐ言った。
「いや、ほんとに長いよね、それ」
『簡潔に言えば、魔女ネットワークを経由して、自身の存在の一部を同時に存在させているようです』
ラギ・ギラが翼をたたみながら口を挟む。
『簡潔になってない気がしますけどな』
けれど、僕もギラと同じ感想だった。
言葉の意味は、追える。
でも、あまりにもさらっと説明されると、逆に頭がついていかない。
「……ちょっと待って」
僕は、そこで青葉へ意識を向け直した。
「魔女ネットワークって、グラブール人の魔女だけが使える、超光速思念通信の“魔法”みたいなものじゃなかったの?」
『概ね、その理解で問題ありません』
「でも、今の言い方だと、青葉も使ってるみたいに聞こえる」
『はい』
あまりにもあっさり肯定されて、僕は少し言葉を失った。
「使えるの?」
『中継、接続補助、部分利用は可能です』
青葉は続ける。
『そもそも、弓良と本艦が一体的に通信している現象も、基礎的には同系統のEPR相関通信です』
「え?」
今度は、本気で変な声が出た。
僕は思わず、自分の胸のあたりを見た。
もちろん、そこに何か通信装置が埋まっているわけではない。
でも、青葉と自分が、タイムラグなしで、妙に自然に思考や感覚をやり取りしているのは、もう前から分かっていた。
分かっていたけれど、それが“魔女ネットワークと同系統”だとは思っていなかった。
「ちょ、ちょっと待って……」
僕は、今度は本当に整理が必要になった。
「僕と青葉が繋がってるのって、ただの通信リンクじゃなくて……魔女ネットワークと近いものなの?」
『正確には、魔女ネットワークそのもの、ではありません』
青葉は、丁寧に訂正する。
『ただし、基盤技術はかなり近いと考えられます。〈先住者〉は、銀河ネットワークとも呼べる広域EPR相関通信網を保有していました』
「銀河ネットワーク……普通のFTL通信とは違うんだよね?」
『はい。現在、人類や他の種族が使っている、ストライプド・リープと同様の原理に基づいた粒子波を使ったFTL通信とは、まったく別物です』
青葉は、いつものように淡々と続ける。
『魔女ネットワークは、グラブール人の魔女たちが、その一部を“魔法”として開いて使っているものようです。本艦も、条件付きで同じ系統へ接続できます』
その説明に、僕はしばらく返事ができなかった。
銀河ネットワーク――EPR相関通信網――魔女ネットワーク――。
そして、僕と青葉。
頭の中でいくつかの線が、急に別の形で繋がり始める。
ナウーピで感じた魔女たちの広域接続と、アラージの“仮想体”の妙な実在感……。
そして、僕と青葉の、普通の通信では説明できない一体感。
これれらが、全部、別々の現象ではない可能性がある。
「……じゃあ」
僕はゆっくり言った。
「僕って、もしかして、魔女に、ちょっと近い存在なの?」
その問いを口にした瞬間、部屋の空気が少し変わった気がした。
アラージは、面白そうに片眉を上げた。
ジェプラは、わずかに目を見開く。
ブライアントは腕を組んだまま、静かにこちらを見る。
ナルディアは「あー、そこ訊くんだ?」という顔をしていた。
青葉は、少しだけ間を置いて答えた。
『少なくとも、弓良は、魔女ネットワークと高い親和性を持っています』
「高い親和性……」
『はい』
『グラブール人の魔女は、シャドーマター制御と高次接続の素質を併せ持つ存在です。弓良も、そのうち“接続”の側面において、かなり近い位置にいると推定されます』
その一言は、わりと衝撃だった。
僕は、白兎族から神子と呼ばれてきた。
黒狼族には、取り戻すべき何かみたいに見られた。
機怪人形だとか、〈先住者〉の影だとか、そういうのは、少しずつ見えてきていた。
でも、“魔女に近い”というのは、また別の方向性のような気がした。
「……なんか」
僕は、自分でも変な顔をしている自覚があった。
「どんどん、普通の人間じゃないことが確定されていくような……」
「神子だもんね」
ナルディアが小声で言う。
「それは、そうなんだけど、さ」
難しい説明が一段落したところで、太郎が、ぽつりと言った。
『つまり、弓良は普通の通信機ではない』
「そのまとめ方はどうなんだろうね?」
『青葉と直接つながる。魔女ネットワークとも相性がよい。だいたいそういうことだ』
ナルディアが、小さく笑う。
「太郎の方が分かりやすい時あるね」
僕が言い返そうとすると、アラージがそこで、ようやく会話へ滑り込んできた。
『驚く気持ちは分かりますよ、神子殿』
その声音は、最初に会った時より少し砕けていた。
監察部の独立魔女という堅さは保っているのに、どこか余裕がある。
『あなたと青葉とが、魔女ネットワークと似た魔法通信で繋がっていることは、我々も推測していました。今さら驚くのも可愛いですが』
「……可愛いは、余計だと思います」
僕が、むっとして言うと、アラージの口元がわずかに緩んだ。
『そういう反応をするから、なおさらです』
この人、本当に調子が狂う。
狐族の監察部の中枢にいて、独立魔女で、仮想体まで飛ばしてきているような相手なのに、時々こうやって妙に人を食った言い方をする。
真面目な話をしていたと思ったら、急に温度をずらしてくるから困る。
そのアラージを、ブライアントが低い声で遮った。
「その前に、ひとつ確認したい」
空気が、わずかに締まる。
ブライアントは、卓の向こうにいる仮想体をまっすぐ見た。
「グィルディの事件について、こちらへ取り調べで訊ねることがあるなら、まず法的立場をはっきりさせてから頼む」
その言い方は、最初から交渉に入る人の声だった。
必要な礼は、崩さない。
でも、こちらの足場が曖昧なまま、相手の都合だけで話を進めさせる気はない。
「自分たちは、あくまで参考人扱いだ。法的拘束力のある質問は、拒否させてもらう」
ナルディアが、横でちょっと感心したような顔をする。
ギラも、面白そうに嘴の端を上げた。
たぶん、この場でそう言える人間はかなり少ないのだろう。
アラージは、その釘刺しに対して不機嫌になるどころか、むしろ少し楽しそうだった。
『ほんまに、地球人にしておくにはもったいない方ですね、あなたは』
その言い方は、今までよりさらに砕けていた。
冗談半分――でも、完全な冗談でもない。
ブライアントは、少しだけ肩をすくめる。
「褒め言葉として受け取っておく」
『そうしてくださると、助かります』
そのやり取りを見て、僕は、なんだか妙にむっとした。
別に、何か失礼なことを言われたわけではない。
むしろ、ブライアントの切り返しは格好よかったし、アラージの言い方にも悪意はないだろう。
でも、その“地球人にしておくにはもったいない”という言い回しが、どこか引っかかったのだ。
ブライアントが、地球人として優秀すぎるとか、異星人社会に向いているとか、そういう意味なのだろうか。
いや、それは分かるのだけど、何だか、面白くない。
僕は、黙ったまま少しだけ眉をひそめていたらしい。
アラージが、その顔を見て、今度ははっきりニヤリとした。
『神子殿、いま少しむっとしましたね』
「してません」
反射的に否定した。
でも、していたのはたぶん事実だ。
太郎が低く言った。
『弓良、顔に出ている』
「出てない」
『出ている』
ナルディアが、すぐ横で肩を震わせる。
「むっとしてたよね」
「ナルディアも黙っててよ!」
「いや、でも、ちょっと分かりやすかったし」
ジェプラまで、困ったような顔で口元を押さえている。
ギラは、もう、あからさまに面白がっていた。
『やー、これはまた、なかなか』
「ギラも黙っててほしいな」
僕が言うと、アラージは完全に面白がる側へ回ったらしかった。
『いえ、よいことです。そういう反応の方が、むしろ安心できます』
「安心?」
僕が眉をひそめると、アラージは少しだけ柔らかい声で言った。
『今みたいに、目の前の人の言葉にちょっとむっとしたり、言い返したりするなら、少なくとも、“あなた自身”は、人間として、ちゃんとそこにいる』
部屋の空気が、ほんの少しだけ静かになる。
さっきまで、からかわれているだけだと思っていた。
でも、この人は、この人なりにこちらの反応を見ているのだ。
だからといって、調子が狂うのは変わらないけれど。
「……なんか」
僕は小さく息を吐いた。
「ほんとに調子が狂うよ」
『それは光栄です』
アラージは、少しも悪びれずにそう言った。
やっぱり、この人はやりにくい。
でも、嫌いかと言われると、そこまででもないのがまた困る。
***
アラージは、僕たちが席に着くのを待ってから、静かに言った。
『まず、落ち着いてください。今回の場は、いわゆる脅迫的な意味での取り調べではありません』
「じゃあ、何なんですか?」
ブライアントが間髪入れずに聞く。
『立場と情報の整理です』
その答えに、ブライアントは少しだけ頷いた。
「立場の整理、か」
ブライアントが低く言う。
『はい』
アラージは即答した。
『神子弓良、『青葉』、ブライアント・ウォルデック、ナルディア、ジェプラ、ラギ・ギラ、ならびに随伴機太郎。あなた方は本件における重要参考人です。拘束対象ではありません』
その一言で、ナルディアが目に見えてほっとした顔をした。
「よかった……」
「まだ完全に安心していい段階じゃないだろ」
ブライアントはそう言ったが、その声にもわずかに力が戻っていた。
「嫌疑は?」
『グィルディ商会からの告発については、神殿監察部の初期精査で重大な瑕疵が確認されました。加えて、押収された裏帳簿と関連証言により、商会側の違法性が先に認定されています』
ギラが、そこで嘴の端を少し上げた。
『裏帳簿、よう働いとりますなあ』
『非常に有効でした』
アラージは平然と認める。
『したがって、ガナドラ娯楽ステーション内でのあなた方の行動は、緊急避難および不法拘束からの離脱として処理されます』
「つまり」
僕は、尋ねた。
「少なくとも、あそこでナルディアを連れて逃げたことそのものは、こちらの罪として扱われないってことですか?」
『はい』
その答えに、胸の中の重さがほんの少しだけ軽くなった。
もちろん、やったこと全部が綺麗に消えるわけではない。
ショックガンを奪い、会場で混乱を起こし、ドックゲートには穴を開け、光輪まで使ったのだ。
でも、少なくとも「ナルディアを連れ戻したこと」自体が罪になるわけではない。
「まあ、完全に無罪放免ってわけでもないだろうけどな」
ブライアントはそう言った。
それだけで、だいぶ違う。
ナルディアも、そこで小さく呟いた。
「じゃあ、あたし、ちゃんと“助けられた側”でいられるんだ」
その言い方に、少しだけ胸が詰まった。
ガナドラでは、あの子はずっと、“契約対象”だの“借金持ち”だの、向こうの理屈で拘束されていた。
だから、“助けられた側”という当たり前の立場を、今こうして確かめ直しているのだろう。
アラージは、今度はナルディアへも視線を向けた。
『ナルディア。あなたに対するガナドラ側の債務拘束は、現時点で監察部により凍結されています』
「凍結……?」
『少なくとも、神殿監察部の審査が終わるまで、その契約は効力を主張できません』
「うわ、それすごい助かる……」
ナルディアは本気でそう言った。
「いや、ほんと、あの契約書の文面、見れば見るほど嫌だったし」
「見たのか?」
ブライアントが低く言う。
「見せられたもん。しかも、あたしの知らない単語いっぱい入ってて、だいたい向こうに有利なやつ」
「だろうな……」
そのやり取りに、ギラが小さく首を振る。
『ガナドラの商会契約は、読むほど嫌になるんが基本ですわ』
「嫌な基本だなあ」
僕が言うと、ギラは肩をすくめた。
『せやけど、そういうのを潰すんが、監察部さんの仕事でもありますから』
アラージは、その軽口には反応せず、本題を進める。
『ただし、あなた方は完全な部外者ではありません』
その一言で、空気がまた少し締まる。
『参考人である以上、こちらから確認したい事項は多数あります。黒狼族、ガラXFIザA、シラトリ、神子弓良の力の行使、『青葉』との認証状態。いずれも、ガナドラ一件だけでは終わらない広域案件です』
広域案件。
その響きだけで、何だか話がずいぶん大きくなった気がする。
ギラが、ひらひらと翼を動かした。
『ほら、言うたでしょ。グィルディさん一人で済む話やあらへんのです』
「済んでほしかったけどね」
僕が言うと、ギラは苦笑した。
『わても、楽したかったですわ』
たぶん、本音なのだろう。
アラージは、今度はジェプラへも視線を向けた。
『白兎族見習い神官ジェプラ。あなたの同行と立ち会いも、正式に認められています』
『ありがとうございます』
ジェプラは少し緊張した顔で頭を下げた。
『白兎族の後見は、今回かなり重要でしたからな』
その一言で、ジェプラの表情が少しだけ引き締まる。
自分がただの付き添いではなく、ちゃんと意味のある位置に立っていると分かったのだろう。
***
そこで、ブライアントが一歩踏み込んだ。
「シラトリの件について、監察部は何か掴んでるのか?」
その声は低く、短かった。
でも、その一言に込められた重さは、ナルディアも、僕も、ジェプラもすぐに分かった。
ナルディアの肩がぴくっと震える。
僕も思わず息を止めていた。
アラージは、少しだけ目を細める。
『その質問が最初に来ると思っていました』
「答えは?」
『一部、掴んでいます。情報が集まりつつあります』
ナルディアが半ば立ち上がりかける。
「ほんとに?」
「ナルディア」
ブライアントが低く制した。
期待しすぎるな、という意味だろう。
でも、彼自身もかなり前のめりだ。声には出さなくても分かる。
「アーマッドたちのこと? 美優のこと? 源一郎さんも?」
アラージは、声の調子を変えずに続ける。
『シラトリ撃沈は、単独の偶発戦闘として処理するには、関連情報が多すぎます』
その一言は重かった。
「関連情報?」
僕が繰り返すと、アラージは頷いた。
『黒狼族の異常移動、ガラXFIザA側の接触記録、神殿監察部が別件で押さえていた航路情報、そして、ガナドラで押収された帳簿の一部――これらからシナリオを推定すると、シラトリはより大きな流れの中で襲撃された可能性が高い』
その説明を聞いて、ナルディアの顔がはっきり変わった。
ただ怖がっている顔ではない。怒りと希望と不安が、一度に来た顔だ。
ナルディアが、今度は声を抑えて聞く。
「じゃあ……アーマッドたちは、生きてる?」
『生死は、不明です』
アラージは、そこだけは、きっぱり言った。
『ですが、“行方不明のまま整理される程度の事件”ではありません』
その言い方は、すごく監察部らしい。
情緒的には、優しくない。でも、だからこそ、嘘でもない。
僕は、ナルディアの顔が少しだけ強張り、同時にわずかに希望を持ったのを見た。
アーマッド達は、明らかに“ただのチームメイト”ではないのだ。
ブライアントが、小さく息を吐いた。
「……なるほどな」
その一言には、まだ何も掴めていない苛立ちと、それでも何かがあると分かった時の冷静さが混じっていた。
僕は、そこで、ずっと気になっていた方へ踏み込んだ。
「その情報って……イハァトパー機関には、何か関係あるんですか?」
自分でも、少し唐突だと思った。でも、言わずにいられなかった。
でも、シラトリに黒狼族とガラXFIザA、そして、ガナドラでアラージが匂わせた“神子殿にも関係あること”――といえば、『青葉』の中枢に必要なイハァトパー機関と、これらがどこかで繋がっているのではないか、と思ったのだ。
部屋の空気が、一瞬だけ変わる。
ブライアントがこちらを見て、ナルディアも、ぎゅっと息を呑む。
ジェプラは目を伏せず、アラージの返答を待っている。
ギラは、今度は軽口を挟まなかった。
そして、アラージは、ほんの少しだけ口元を動かした。
にやり、というほどではない。でも、はっきりと意味のある笑みだった。
『神子殿にも関係あることです』
それだけを言う。
明言はしないが、否定もしない。
けど、その反応だけで、十分すぎるほど分かる。
僕の胸の奥が、どくんと強く鳴った。
イハァトパー機関――『青葉』の中枢に必要な、市場には存在すら確認されない高位機関だ。
その問題が、シラトリ撃沈や、黒狼族や、ガラXFIザAや、神子としての僕のあり方と――どこかで繋がっているかもしれない。
ブライアントが、少しだけ苛立った声で言う。
「そこまで言うなら、もっとちゃんと話せ」
『この部屋は、そのお話をするには、セキュリティーレベルが足りません』
その返しは冷たいが、筋は通っている。
「用心深いな」
『それはそうやろなあ』
ギラがそこで、ようやく軽く口を挟む。
『ここまで来たら、もったいぶってるんやなくて、ほんまに“場所を選んでる”感じですわ』
たしかに、その通りなのだろう。
意地悪で黙っているというより、この情報そのものがそれだけ重大性と機密度が高いのだろう、と思った。
ギラが、小さく口笛みたいな音を鳴らした。
『こら、オッコクに来た値打ちが一気に上がりましたなあ』
「値打ちって言い方、ほんとやめて」
僕が言うと、ギラは肩をすくめる。
『でも実際、そういうことですやろ。別々の箱に入ってる話やあらへん』
その軽い口調に反して、内容は重い。
重いのに、たぶん本当にその通りなのだ。
会話がそこまで進んだところで、アラージは少しだけ椅子の背へ身体を預けた。
『あなた方は、これからオッコク本部の深部区画に移動してもらいます』
『深部区画?』
ジェプラが小さく繰り返す。
『はい。通常の来客区画ではなく、監察案件に関わる特別立会い者用の区画です』
「つまり、そこでないと話せないってことだよね?」
『はい、先程の事案を共有します』
「僕に関係あるってやつ?」
『そうです』
ブライアントは、そこでようやく少しだけ納得したように頷いた。
「要するに、ここから先は“事情聴取を受ける参考人”というより、“広域案件の協力者”みたいな扱いになるんだな」
『そう思ってくれて構いません』
アラージは否定しなかった。
『少なくとも、あなた方は、もはやガナドラ事案だけの関係者ではありません』
その一言が、妙に重い。
ガナドラでのグィルディの件は、僕達にとっては、終わった。
そう思いたかったけれど、本当に終わったのは“市場で捕まるかどうか”という段階だけなのだろう。
その先の、もっと大きい構図の中に、僕たちはすでに両足を踏み入れている。
ナルディアが、ぽつりと言った。
「……なんか、どんどん面倒な事態に巻き込まれそう、っていうか」
「うん」
僕は、頷く。
「僕も、そうだとしか思えないよ」
「それ、全然うれしくない」
「僕も、そう思う」
ブライアントは、そのやり取りを聞きながら立ち上がった。
「だが、行くしかない」
「だね」
僕も、そう返す。
ギラも翼を整えながら言う。
『ここまで来たら、帰る方が気持ち悪いですわ』
ジェプラは、静かに頷いた。
『はい。白兎族としても、ここで目をそらすべきではないと思います』
太郎は、短く言う。
『進むなら護衛する』
「ありがとう」
僕がそう言うと、太郎は当然だという顔をした。
たぶん本当に、護衛以外の選択肢を最初から考えていないのだろう。
***
部屋を出たあと、オッコク本部の静かな通路を戻りながら、僕はずっと考えていた。
ナウーピ、ガナドラ。そして、オッコク。
旅を続けるたびに、場所が大きくなっていく。
最初は、一つの神殿とその周囲だった。
次は、市場と商会の街だった。
今度は、監察と政治の中枢だ。
そこで問われるのは、たぶん僕自身のことでもある。
神子とは何か――光輪とは何か――なぜ『青葉』と、こうも噛み合うのか。
そして、イハァトパー機関は、どこにあるのか。
ナルディアが、通路の途中でぽつりと言った。
「弓良」
「なに?」
「さっきの話、怖い?」
その問いは、変にまっすぐだった。
僕は少し考えてから答える。
「ちょっと怖いかな」
「そっか」
「でも、知りたいとも思ってる」
ナルディアは少しだけ口元をゆるめた。
「それなら、たぶん大丈夫だよ」
「なんで?」
「知りたいって思ってる時って、怖くても前に進けるから」
その言い方は、たぶんナルディア自身の実感なのだろう。
ガナドラであんな目に遭っても、なおアーマッドたちや美優のことを諦めていないのだから。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
軽い返事だった。
でも、それがちょっとありがたかった。
通路の先では、深部区画へ続く隔壁が静かに開いていた。
僕たちは神殿監察部の深部へ向かう。
ここから先で、この一連の出来事の本当の核心を知らされるかもしれない、と思った。
そんな予感を胸に抱えたまま、僕は次の区画へ足を踏み入れた。




